似たような母子
「___さん、よ。名前ぐらいは聞いた事、あるんじゃない?」
『おいおい、待てよ……俺の死の謎にアイツが関わっているって言うのか!そんな…そんな訳ない!アイツとは盟友だったんだ、裏切った筈ない……』
美冬の声は掠れていてうまく聞こえなかった、しかしそれは大臣の盟友の名だった。険しい顔でもがき苦しむように言う大臣に美冬は心苦しくなった。彼が盟友と例えるその男は彼が死んだ後に変わり果てた。むしろ、彼が生きている間は器用に本性を隠していたのかもしれない。何も言えずに大臣の姿を見ていた。
「大臣……申し訳ないけど、確かな情報。彼について何か思い出せない…?死の直前の記憶はまだ戻らないの?じゃあ、さっき聞いた盟友だった“彼”の名前は覚えている?」
『知ってるに決まっているだろう!アイツは優しかった、アイツは……__ッ!ちょっと、待て…アイツの名前は……何だっけ?』
「思い出せない…よね、えっと“彼”の事を思い出してみて。」
何かを悟っている美冬の眼を見て、大臣は未だに思い出せないが何となく自分の死の真相を知ってしまった。
『アイツは……』
__済まない、こんなつもりじゃなかったんだ!
__人生50年なんて戦国時代だけだ……た、た…頼むから…_
__は…は…ハハハ、ハハハハハ!馬鹿な男、隙が有りすぎたんだよ…お前は。
__ドクン!
胸の辺りが締め付けられるようにぎゅっと痛くなって息を止める。呼吸をせずとも生きていける、身体などもうないので傷など負う事も朽ちる事もない筈のその身体も心もそれはそれは傷ついていた。盟友の顔は朧気で思い出せない、でも真相はもう分かったも同然…あんまりではないか、裏切られ、傷つけられ死んだなんて、家族も誰もその死を悼んではくれなかった。
『神は何故に我が身を幽霊として現世に残した!あまりにも残酷すぎる…死して尚、貶められなければならないのか!こうなったら、心を殺め、俺の尊厳を貶めたすべての人間を恨んで、恨んで、恨み殺すしかない…!アイツらに、アイツらに報いを…!!』
「だ、大臣!しっかりして、しっかりしてよ……!」
美冬は大臣の豹変に何もできなかった。行動しなければならないことは分かっていても大臣の心情を考えると彼の怒りはもっともで、このままでは怨霊となってしまう。もしなってしまったなら彼を祓わなければならない、しかし彼を祓うなど美冬にはできなかった。大臣の首筋の血管が浮き出てきて周りに霊力を発散した、このままだと大臣は間違いなく怨霊となる。そしてしばらくの葛藤の後、大臣は苦しそうに呼吸を荒々しくしながらなんとか正気へと戻った。
『ぜぇ…ぜぇ…ぜぇ…疲れた、さっきのは一体…危うく呑まれそうになった。』
「大臣は正気を失って、怨霊になりかけていたの。よかった、あのままだったら大臣を本気で祓わなければならなかったから。」
『おいおい、美冬…マジなトーンで言うなよ……怖いな』
「あら、私は本気よ。……大臣、本当に先に進むの?この先は見たくないこと、聞きたくないことばかりだと思うわ」
『ふん、そんなの恐れているようじゃ何もできないよ。それに、よくよく考えてみたけど、俺は死んだし今更名誉回復なんてされても嬉しく無いよ。進むしかないだろ、ここまで来たなら。』
2人は今、闇に覆われた真相へと突き進む事を決めた。ああ、それにしても式神の五輪丸はまだ戻ってきていない、アイツの事だからどこかで遊び呆けているのだろうけれど一体どこで道草をしているのやら……。
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「うぁ……夢、夢なの?」
机で寝ていたのか身体の節々が痛む。気だるげに身を起こすと机の上に“大待ち”の単行本の塔ができていた。ああ、そうだった…確か、昨夜は杏子への手紙を書いていたけれどどうも身が入らないので“大待ち”を読んで心を慰めていたのだった。しかし、夢にまで出てくるとは……しかも出てきたのは物語も佳境に入った所の大臣、死の真相編とは…どうせならもう少し明るい序盤の方がよかった。ダルい身体を無理矢理起こすと下に降りていった。
「んん…おはよう」
「おはようじゃないよ、もう昼になるよ!夏休みだからと言って遅くまで寝てると9月から起きられなくなるよ!」
「あれ?お祖父ちゃんは?」
「あの人ならゲートボール倶楽部に行ったよ、そんなことより早く食べてしまいなさい。」
お祖母ちゃんにそう言われる。身体が重かったから適当に言葉を交わしてなんとかやり過ごした。すっかり冷めた朝ご飯を食べてまた部屋に戻って宿題をしたり、手紙を書いたりしていると仕事が休みでたまたま家に居たお母さんが部屋に入ってきた。
「ちょっと、“大待ち”貸して。たまには読み返してみたくなっちゃった。」
「うん、そこに積み上がってるから適当に取っていって。」
「あら?手紙なんて珍しい……内容からしてお詫びかしら、それならお母さんの部屋に“紫のヒヤシンス”の便箋あるから本番はそっちに書いたら?」
お母さん曰く、紫のヒヤシンスの花言葉は哀愁とか悲しみという意味があるらしくそれがお詫びの意味を表すらしい。目上の人間という訳ではないが、他人となってしまった杏子にそれなりの気配りは必要だと思い便箋を数枚受け取ってまた添削をした。水無月さんの言葉を思い出しながら、許すことはできないけど関係を修復できたらという想いを込めて手紙を書いた。
「友達、友達って何なんだろ……」
昔から冷たい、平安時代の通い婚でもしているような関係しか築けなかったと思う。それは自分の臆病さからだと思うが、たった1つの好きな作品を貶す言葉で何年も続いた関係は一瞬にして壊れた……杏子の事はそれなりに信用していると思っていたのに、当時の事を思い出して自然と腕に力が入ってシャーペンの芯がボキリと折れて床をめがけて飛んでいった。
「………こんな所で怒ってたらダメ。アリスに比べれば彼女はまだ優しいのだから」
黙々とペンを動かし、さらさらと手紙を書いていく。そして、一通りごくごくありふれたような文章で自分の想いを伝えることができたような感じになったので先程の便箋にその文章を写し出した。書き終えて肩をトントンと揉みほぐしていると読み終えたのかお母さんが部屋に入ってきた。
「ちょっと~お母さん!ノックぐらいしてよ」
「ごめん、ごめん。」
そうやって明るく笑いながら本棚に単行本を戻すお母さんを見て、美咲はふと気になった事を口にした。
「そういえば聞いてみたかったんだけどお母さんってなんで“大待ち”のファンになったの?」
「友達が好きだった漫画だったの……それで何となく読んだら面白くて好きになってた。」
「でも、今本当にファン少なくなったよね……こうやって発売されているだけ御の字だよ。二次創作は19件、気持ちを共有するには少なくとも10年以上は前の廃墟みたいなスレッドを見ないとファンを見つけられないんだもん……」
「あんたね、ネットが普及した後の作品だからそっちはまだいいじゃないの!私が貴女ぐらいの歳の時なんてネット普及前だからファンなんて周りか読者のお便りコーナーで探し出すしかなかったのよ!」
母は珍しくキレていた。考えてみれば、ネットがあるだけマシか……でも、“大待ち”はお便りコーナーとか無いし周りにファンなんていない…ネット普及前だと死んでたわ。
「お母さんはそんな世の中でどうやって息をしていたの?」
「私はね、お便りコーナーに本当に助けられていたの。それ以外にも『お便りコーナーも何もない、ファン数人の不人気劇団にハマりまくったお祖父ちゃんや誠一郎伯父さんに比べればマシよ』と毎日10回唱えていたわ。………マイナー好きやものぐさは山内家の伝統的な特徴よ。」
嫌な遺伝だなと美咲は思った。そして、お母さんがその当時ハマりまくったのも今じゃ名前も聞かないような少女漫画だったので確実に受け継いでしまっていると思った。
「本当にね、あの漫画は当時それなりに流行っていたの!ただ、ファンが局地的にしか居なくて私の周りには全然居なかったの。」
「へ、へぇー……そうなんだ」
「あのお便りコーナー、今考えてみると本当に変人とマイナーしか居なかったわね……ファンが少ないせいか滅茶苦茶コメントに熱が籠っていたし所々ハートマークとか飛びまくってたなあ…そして__」
「この話、まだ続くの!?」
お母さんのマイナー昔話はその後、一時間半続いた。それを聞いた美咲は平成の世に生まれてよかったと心の底から思った。母が去ってからの部屋で静かに本棚へと“大待ち”の単行本を並べた。




