敵の敵は案外味方なのかも
茶番の翌日、登校し普通に教室に入るといつもと教室の空気が少し違っていた。重い事に変わりはない、だがその重さは私に向けられたものではなく、どうやらアリス達に向けられたものであるようだった。
(一体、昨日のうちに何が起きたんだろう?まあ、あの人達と関わっていたらまた妙な事に巻き込まれるだろうし、せっかくの学園生活が戦場に変わるなんて面倒くさい……)
よく分からないが、関わりたくもないので知らんぷりした。夜中の雨が止んだ後の薄曇りの湿っぽい空気に私の気分は駄々下がりだ、こんな時にあの方々と関わってその気分を余計に下げるような事はしたくない。周りにはテスト勉強を必死にしている生徒も居たが、この憂鬱な気分で勉強しても頭の中に入らないと思い、私は机に伏せて寝ていた。しばらく、そうしていると誰かに揺り起こされた……机の位置からして秋山君だろう。頭を起こすと案の定そうだった。
「何が起きたの?チャイム、まだ鳴ってないでしょ?」
「それどころじゃないよ!女子達が川満さん達と大喧嘩しちゃって!」
「はい?何故にそんなことになっているの」
周りを見回すと確かにあんなにワイワイと騒いでいたアリス達やそれを目の敵にしていた内部生の女子達の姿がない。教室に居たのは、寝ていた私と秋山君と葵、そしてガリガリと勉強していた人ぐらいでとても静かだった。どうなっているのか見に行こうとすると葵に手を掴まれて止められた。
「貴女、また川満さんに関わるつもり?痛い目を昨日見たことを忘れたの、ダメよ。それに……机の中、ちゃんと見てみなさい。」
「机……?」
そう言われて机を探ると机の奥底から丸められた紙ボールをたくさん発見した。くしゃくしゃになったそれを見てみると私に対する罵詈雑言が書かれていた。『ウソつき、親がブラックな癖に!』や『虎の威を借りる鼠!』などと書かれていた。内容的に見てアリス達だろう。内部生達は幼稚園からの付き合いもある人が多い、私の親がどこに勤めているとかは知っていると思う。
「低俗な事をするね、アリスも。これじゃ、切ってメモ用紙として再利用も出来ないなあ。残念だけどゴミ箱行き……」
「貴女、そんなケチなことしているの?川満さんが“ブラック企業勤務で薄給な親を持つ娘”って勘違いするのもおかしくなさそうだけど……」
「いや、普段メモ用紙なんて持ち歩かないから…家にはあるんだけどそういう習慣ないんだ。だから、応急措置としてレシートの裏とかノートの切れ端に書いていたらそっちが習慣になっちゃった。」
「そうなの……まあ、その紙くずは捨ててきなさい。どうも何処かから昨日の事が漏れたみたいね、女子達が騒いでいるのはそれが原因。どこから漏れたのかしらね…」
葵はため息を吐いていた。
きっとアリスが騒いでいたのを部活動で残っていた生徒に見られてそこから電光石火の勢いで広まったのだろう、女子の噂を舐めると酷い目に遭う。……何故ケンカしたのか怖いもの見たさに野次馬に混ざろうとしたが葵に物凄い止められて渋々ゴミ箱に紙くずを捨てて席について事態が落ち着くのを待っていた。しかし、中々ケンカは収まらないようだ。段々と騒ぎ声が大きくなっている気がする、さすがにマズイんじゃ……そう思っていた所に担任の谷口先生が入ってきた。先生は入ってきた途端に
「な、な、なんなのよぉ~!皆どこに言ったの!?」
と騒ぎ始めた。先生、私は貴女がそんな面倒くさい人とは思いませんでした。最近、谷口先生への好感度が急落中の私は外を見て他人事のように振る舞った。他の生徒も私と同じように外を見たり、机の中から参考書を取り出して勉強を始めたり小説を読んだりと先生を無視していた。すると、ガリ勉君の1人が言う。
「先生、そうやって泣きわめいている暇があったら早くケンカを止めてきてください。まったく、僕には時々先生がどうして青華の教員採用試験を通ったのか不思議でたまりません。」
誰だったっけ……?でも、結構毒舌だな。暗に教師失格と言っているようにも聞こえる。酷い言葉ではあるがその通りだと思ってしまった自分も酷いなと少し思った。谷口先生はバッと教室を出ていき、ケンカを止めにいった。3分ほど経って皆がようやく息を上げ、髪が乱れ、汗をかきながらぞろぞろと教室に入った。
「もう!なんで皆、ケンカなんてしたの!」
谷口先生がそうキレ気味に言うとアリスは涙を一筋流して泣いていた。内部生の女子は鼻息を荒くして大きな声で言った。
「先生、川満さんは婚約者のある方と行動し、我が学園の品位を損ねています!昨日、転けさせられた振りをして罪の無い人を陥れて同情を買おうとしていました。これは問題ではありませんか?先生、この事についてお答えください。」
「わ、私……」
アリスが目をウルウルさせて俯いたのを見て、外山様がバッと席を立ち上がって葵の席の前に立ちはだかった。
「葵、まさかとは思うがお前の差し金か……生徒を使ってアリスをいじめようとは汚い奴だ。昨日の件も本当はそこの影山美咲を使って行ったのではないか?」
「まさか、私はそんなことしていませんし彼女が転んだという結論で終わった話をどうして今更蒸し返すのです。……私の顔も見たくないとおっしゃるのなら外山のおじ様を通じて婚約破棄の文書を正式に送るなりなんなり好きにしてくださいな。そうすれば愛しい、愛しい彼女と幸せになれますわ。」
ピリッとした張りつめた空気が教室内に重くのし掛かる。ああ、本当に外山様が悪役令嬢モノの馬鹿王子にしか見えなくなってきた。もうこれからは馬鹿王子と呼ばせてもらおう。
「本当の所はどうだか。お前は代議士夫人になりたくって手を回しているんだろ!そのためにアリスを虐げているのだ!」
「憶測だけで物を言わないでくださいませ。それに、私は外山のおじ様から1番上のお兄様に後を継がせると聞きました。私がどうやったら代議士夫人になれるのでしょう。それになりたくもありませんわ。………先生が困っていらっしゃるわ。貴樹さん、席に戻った方がよろしいわ。」
「……ッチ!」
馬鹿王子外山は舌打ちをして戻っていった。そして、彼が席に戻ったのを見て、葵は立ち上がって言った。
「皆様、皆様が危惧されている事はよく分かりますわ。確かに、昨日騒ぎがあったのは事実です。しかしながら、これは既に解決済で騒ぐ事ではありません。それに品位を損ねていると言うのなら貴女達もそうやって彼女と低次元な言い争いをしている時点で学園の品位を損ねているものです。……両者共に青華の誇り高き生徒としての自覚を持って行動してくださいませ。」
そう締めて事態は鎮静化した。美咲はボーッとしながら眺めて……葵、結構代議士夫人とか似合いそうとぼんやり思った。その後、その内部生女子達の一部は時々であるが話しかけてくれるようになった。




