悪役令嬢モノでよく見掛ける光景
テスト準備期間中、部活動は大会前でもない限りは練習を行わないが委員会は普通に活動がある。そんなテスト準備期間中のある放課後、私は秋山君と共に書庫で古書のホコリを叩いていた。それが終わってから彼と少し話をする。
「それにしても、君はいつ朱雀さんと仲良くなったんだい?」
「少し前かな?どうしたの、もしかして心配してくれているの?」
「そりゃあ、もちろん!だって、あの人とやっと絶交できたんだよ……!それなのに朱雀さんと関わるなんて危険だよ……彼女は朱雀財閥の令嬢、自分の身を守るくらいできる。でも君は普通の中学生なんだよ…もし何かあったらどうするんだい、それに彼女が君を守るとは限らないだろう。くれぐれも気をつけてくれ。」
「分かった、気をつける。」
人の気配、司書の高松先生だった。お団子頭に眼鏡をかけてふくよかな体型の優しそうな中年女性、この高松先生は川満アリスに悩まされて私が病んでいた時の姿も知っていて心配してくれている先生だった。先生は
「整理は今度でいいわ。テストも近いからもう帰りなさい。」
と一言だけ言った。時刻は5時前、いつもなら帰るのは早いくらいだけどテスト準備期間中ならば少し遅いくらい。はたきを元の場所に戻してから手早く帰り支度をしてカバンを持って図書室を出て廊下に向かう。図書室を出て、少し行った所に葵が私を待っていた。
「美咲、帰りましょう。」
「うん、分かった。」
そこから3人で校門まで向かおうという事となった。そして廊下を歩き、階段に差し掛かろうとした所で急にダダダと走る音が聞こえてきて、なんだと首を傾げながら振り返った途端に今度は前でズザザという滑るような音がした。
(…何の音!?)
前を向くと何故だかアリスが目の前に飛び込んできた。どうやら先程の滑るような音は彼女が転んだ時の音だったようだ。もう他の生徒は帰った筈の時間なのに何故!?と内心驚いていると彼女は目をウルウルさせ始めてこちらを見つめてくる。これではまるで私達が彼女に足を引っ掻けて転けさせたような場面にしか見えないじゃないか……!何この変な絵、web小説とかでよく見掛けるヤツだ!
そんなやや現実逃避気味にそんな事を考えていると今度は物凄い勢いで外山様と……誰かもう1人引っ掛かった男子生徒がやって来て彼女の体をバッと起こした。
「アリス、何があったんだ!」
「そ、その…ちょっと転んでしまって……」
アリスは愛らしい顔を引きつらせ、小動物のように怯えながらチラチラとこちらを見ながら言った。葵の方を見ると『なんだか面倒な予感がするからもう手遅れだろうけど第三者を装いこのまま帰りましょう』と目配せをされたので私達は知らん顔しながら階段を降りて帰ろうとしていた。そして階段を数段降りた所で後ろから手を掴まれた。
「おい、待て!お前、アリスを転けさせたのに何勝手に帰ろうとしているんだ?」
外山様ではなくもう1人の男子に手を掴まれる私、この男子が中々世間ではカッコいいと持て囃されるような顔をしていて乙女ゲームのスチルのような1場面に見えなくもない。
「私は何もやっていませんが?……そして、貴方は誰でしたっけ?見覚えありませんが……」
「なっ!この無礼者、俺の名も知らぬとは!?」
何故、自分の正体を知らないだけでそんなに驚くんだ、学園に何人の同級生が居ると思っている。う~ん、なんか時々見かけたような気はするんだけどやっぱり思い出せないな……そう思っていると横にいた秋山君がこっそり『鬼瓦君、D組の鬼瓦恭太郎君だよ』と教えてくれた。ああ、アリスの罠に掛かる可能性があると言われていた方の1人、D組の鬼瓦恭太郎様でしたか……。
「で、誰でしたっけ?」
「お、鬼瓦恭太郎だ!」
「へー、そうですかー!」
鬼瓦恭太郎様、時代劇などで活躍していた大物俳優鬼瓦恭三郎の孫。浅黒い肌にスッキリと引き締まった筋肉質な体で所謂ワイルド系イケメンと言われる種類だろうか。性格は熱血系…と聞いたことがある。
「で、私は彼女を転けさせたりしてませんよ?彼女がそう言っているじゃありませんか。」
「わ、私が勝手に転んだだけです。」
彼女は怯えきった様子で私を見てくる。今度は外山様が
「影山美咲、お前はそこにいる葵の指示を受けてやったのではないか?」
「いえ、全然そんなことありません。」
「そ、そうだよ。外山君、影山さんは何もしてないよ。彼女がいきなり転んだだけで……」
秋山君のフォローもあり、その場はアリスが勝手に転んだという結論になった。……というか本当に転んだだけだし。外山様は『覚えてろよ!』と悪人の捨てゼリフみたいな言葉を吐いてアリスと鬼瓦君と共に去っていった。……数日で鬼瓦君が堕ちるとは。もう1人の中崎敦盛君だったっけ?彼もそう遠くない将来、あそこの仲間入りするのかと美咲は思った。
何だったんだろうね、怖かったねと言葉を交わしながら下駄箱に向かう。
「あれってさ、悪役令嬢モノでよく見掛けるヤツじゃない?」
「悪役令嬢モノ?」
葵が首を傾げたので、私はカバンから典型的な悪役令嬢モノの漫画を取り出して渡した。読んでいくと葵は
「確かに、そっくりだわ。ただ、ここは異世界でも乙女ゲームの世界ではじゃないし貴族令息とか王子が相手じゃない事は違うけど似ていると言われれば似ているかも……」
説明しよう。悪役令嬢モノとは……前世の記憶を取り戻す→私、前世でやってた乙女ゲームの悪役令嬢じゃん!→処刑エンドなんてイヤ!→運命変えてやる!…だいたいこんな流れの小説や漫画である。その中でたいていヒロインは前世の記憶持ち(そのゲームも攻略済)の庶民or男爵などの庶子で悪役令嬢が仕事しないのに怒って自ら冤罪をでっち上げる。
「それに、外山様はメインヒーローの王子様、鬼瓦君は熱血系の騎士団長の息子とかと性格とかソックリなんですよね……」
「影山さん、ここは現実世界だよ。」
「………これだと貴樹さんが悲惨な目に遭う未来しかないですけど。」
「まあ、あの調子じゃそうなってもおかしくはないと思いますよ。」
「そうよね……」
誰かに聞かれたらヤバいと秋山君がハラハラしながら周りをキョロキョロいるのにも気づかずに私達は話した。そして、おもむろに葵は言った。
「なんとしてでも康弘さんに連絡取って、そろそろ協定を結ばないといけないわね……」
「朱雀さん、康弘さんって青龍康弘君の事?確か、病弱でよく学校を休んでいるという青龍財閥の御曹司だよね……」
「そうよ、秋山君。ま、私の幼馴染でもあるのだけれど。まあ、病弱で休むというよりは仮病なんだけど…美咲、多分彼は川満アリスの罠にはかからないわ」
葵は何故かやけに自信満々に胸を張って言った。その言葉の真意は次の言葉で分かった。
「彼、女性不信なのよ!そして、人嫌いも併発しているから本当に幼馴染以外近寄らない人だから川満アリスみたいなあのような方は1番嫌う人間なの!」
「「そ、そうだったんだ……」」
嬉々として話す葵を見て、そうとしか言えなかった。大会前なのかグラウンドで練習する女子ソフトボール部の声が聞こえてくる。私達は下駄箱で靴に履き替えて門の所まで歩いていると中央棟の方から担任の谷口先生がやって来てこう言った。
「影山さん、貴女は川満さんの事を転けさせたようですね!どうして、どうしてそんなことを!」
「いいえ、転けさせたのではなく彼女が勝手に転んだのを外山様や鬼瓦君達が誤解しただけです。彼女に聞いてみてください、転んだと言っていましたから。」
「そ、そっか……分かった。」
谷口先生は校舎の中に入っていった。私の方を見て秋山君が苦笑していた。
「影山さんって本当に谷口先生が嫌いなんだね。今の顔、鏡で見た方がいい。」
「秋山君の言う通りよ、能面のような無表情ってこの事を言うのね。」
「ちょっと~!2人共、本当にひどいこと言うね!」
私は谷口先生が嫌いではない、好きでもない。ただ教師として信用していないだけ。彼女の明るい人柄は生まれつき人と過度に関わるのが嫌いでものぐさな私には真似できないから羨ましく思う。ただ、アリスの前例もあるから積極的に関わろうとは思えないけど。
…青春ってこういう何気無い瞬間にあるのかな、一緒に帰っている2人の横顔を見て、美咲は何となくそう思った。




