0,眠っているときに見るだけの夢の話
「あ、これは夢だ…」そう気づいた事はないだろうか。小さい頃はよく夢の中を夢だと気づいていながら冒険していた。だが、大人になってからというもの夢を見ている時、私は殆どその事に気づかない。目が覚めて、夢であった事に気づく。そこにはほんの少しの後悔と憂鬱、あるはずのない思い出が広がっている。
リアルな夢というものはある。たいてい現実に起こり得る日常のトラブルやイベントの渦中におり、安らかなはずのひと時が終わる頃には精神的疲労感に追われている。逆に突飛で起こり得ない事が行われていても私は夢だと気付けない。もし気づく事が出来たのなら私はすぐにでも現実では出来ないことをしようとするだろう。とはいえ、例えば男性として一度は考えた事があるが、異性に対してセクハラ紛いのことをするのは夢の中とはいえ恐怖がある。「もし夢じゃなかったら…」と、実際に人を傷つけ世間から苛まれる事に恐怖を感じる。だから、するとしてもせいぜい上司に嫌味ごとを言われるだけの会社をサボってカロリーを気にせず数千円のパンケーキを貪るのが関の山だ。
連続して同じ夢を見ることもある。昨日と同じ夢の世界で似たような事を経験しながら、ちょっとだけ前とは違う展開に遭遇するのだ。三日も続けて同じ夢を見れば四日目も期待してしまうが、大抵そういう時は気付けば朝を迎えている。夢は絶対にコントロールすることの出来ない物の一種であり、気まぐれな猫のようである。見たい時には現れないくせに、ふと寂しくなると朝まで相手をしなくてはならない。
そう、夢は気まぐれなのだ。決してまともに相手にしてはいけない。私はそれをちゃあんと分かっているのだ。分かっているのだが、でも、もしも、仮に…………今日でひと月経つと言ったらどう思うだろう。何の話ではない、ただの夢でもない。私のやり直したかった時代を延々と、心地良く、思うがままに、何の障害もなく過ごせているとしたら?
私が見ている夢は高校に入って間もない頃の夢だ。ずっとやり直したかった。夢の中ではようやく四月を終えたところだが、この先もまだこの夢を見ていられるのだろうか。例え夢だと理解っていても、変えたい過去がある。今の自分なら確実に変えられる過去がある。
だがきっとそんな世界は心地良すぎて、現実とのギャップに苦しむだけだ。
なら例えばこの夢が永遠に続くなら……?
ずっと過去を自分の良いように過ごす事が出来るなら……?
いらないのは———。