2-1話 元勇者に会いに行こう!
一晩知らない世界の夜を明かした文は、ユウキの案内により元勇者であるおじいさんの家に向かっていた。
しばらく歩いていると一軒の木造の家が目に入ってくる。
「あ、見えた! あそこが私のじいさんが住んでる家!」
ユウキからそう告げられ、それが目的地であることが分かった。
その森の中にある家は木の陰から射す光に照らされて映えており、普段あまり自然に触れる機会のなかった文は、その神秘的な景色に目を奪われる。
そして、近づいてみると意外に大きな家だということが分かり、文は家を見上げていた。
「たっだいまー」
ユウキが帰宅したことを告げてドアを開ける。
するとドアを開けたと同時に中から何者かが飛び出して来てユウキの顔面に蹴りをかました。
「だ、だれ!?」
ドアの方へ視線を向けるとそこには白髪交じりの男の人が腕を組んでおり、倒れたユウキを見下ろしていた。
「な、なにすんのよ!! クソじじい!!」
倒れていたユウキは起き上がりざまに怒鳴り声をあげる。
どうやらこの男が昨日話したおじいさんらしい。
そのおじいさんは歳の割に引き締まった身体をしており、前に勇者をやっていたという事実を示しているようであった。
「朝帰りとはいい身分だな、おい! 昨日の内に帰ってくる予定だっただろう!」
「別にいいじゃん! 仕事はちゃんとやったんだし!」
「俺の飯を作ったり風呂を沸かす仕事があるだろうが! 遅れるなら先に言っておけ!」
「じゃあ自分の携帯ぐらい買ってよ! 連絡のしようがないじゃんか!」
「あんな軟弱なもの必要ないわ!」
「はん! 使いこなす自信がないだけの老害のくせに偉そうにして!」
お互い怒号を交し合い流れを割って入る空気ではないため、文は二人の言い争いをただ見ているしかなかった。
しばらくその言い合いを眺めているとおじいさんが文に気づいたのか、一旦落ち着きを取り戻した。
「ん? そこの君は誰なんだ?」
「あ、はい! 私、昨日魔物に襲われているところをゆーちゃ……ユウキさんに助けてもらった者です」
「おぉ、そうだったのか、なぁにこいつは一応勇者だからな、助けるのは当たり前のことだから気にしないでくれ」
先ほど怒りの感情しかなかったおじいさんの表情は次第に落ち着きを取り戻していった。
身内以外には優しいのか、ユウキとの態度の差が激しいため文はどう反応していいのかわからない。
そして、そんな対応を見たユウキは明らかに自分と違う対応をしたことにムスッとした表情をしていた。
「それにしてもなんでこの子をここに連れてきたんだ? 家に帰してあげればいいんじゃないか?」
今度はユウキの方に顔を向けたおじいさんは文を連れてきた理由を聞きだす。
その質問を受けて、ユウキも先ほどまで膨れていた頬を戻し、気持ちを切り替えていた。
「いや、この子ちょっと迷子(?)らしいんだけどさ、この子の住んでいる場所がわからないのよ。それで、今まで世界のあちこち旅してきたじいさんなら知ってるかもしれないと思って連れてきたわ」
やはりユウキの中で文は迷子という認識であるみたいだ。
いつの間にか別の世界からやって来たことを精一杯説明したつもりでいた文は未だに信じてもらえなかった事実にショックを受けうなだれる。
「それで? その場所っていうのはどこなんだ?」
ショックを受けていた文であったが、うなだれた顔を上げておじいさんに聞きだす。
「日本っていうところを知らないですか?」
「ニッポン……聞いたことないな……」
「そ、そうですか……」
(やっぱりダメかぁ……
もしかしたらと思っていたけれど……)
ある程度予想はしていたが、多少の希望を抱いていた文は『はぁ……』と小さくため息をついた。
「で? そのニッポンというのはどういうところなんだ?」
おじいさんに日本のことを聞かれた。
日本がどういうところかを深く考えたことがない文は質問に対して『えーっと……』と考え込んでいると、先にユウキがおじいさんの質問に勝手に答えようとする。
「この子曰く別の世界の国らしいよ」
「別の世界?」
「うん、この子はこの世界とは別の世界に住んでいた人間でいつの間にかこの世界に迷い込んだって」
「お、おぅ……そ、そうなのか……」
(なんか引かれてしまった!?)
先ほどまでの文を見ていたおじいさんの暖かい視線が完全に色物を見る目へと変わっており、頭のネジが飛んだ娘だと思われていることを察してショックを受ける。
楽観と聞いていたユウキと違い、冗談で言っていると思われなかったらしい。
実際のところ冗談ではないのだが。
「ところで君は何者なんだ? そのなりは冒険者ではないようだが……」
今度は何者か?
といった質問が飛んできたが『別世界から来た人間』としか文は答えようがない。
だけど先ほどと同じ反応されることは分かり切っている。
また同じ反応をされるのかな……と思い悩んでいると、ユウキが肩に手をかけてきて、再び質問に勝手に答えようとした。
「この子はね、私の未来のお嫁さん! ね?」
「ちょ……なるなんて一言も言ってないし、なる気も全くないのだけど……」
ユウキのお嫁さん発言に対して文は呆れる。
「嫁……だと?」
しかし、その冗談らしき発言を聞いたおじいさんはさっきまで落ち着いていた態度を急変させ、再び声を荒げた。
「お前この娘と結婚する気なのか!? 女同士って正気か!?」
「しかたないじゃん、だって好きになっちゃったんだもーん」
「子供はどうするんだ!! 今まで築いてきた勇者の家系をお前の代で潰す気か!?」
「安心して! 今の時代なら女の子同士でも子供は作れるの!! 普通のことだから!!」
(へー、この世界では女の子同士でも子供を作れることができるんだ……って、そういう問題じゃないでしょ!)
この世界の技術について関心したが、さりげなく自分と子供を作る気満々のユウキに文は心の中で突っ込んでいた。
「ほぅ……今時は普通のことなのか……それなら跡継ぎの問題はないのだな」
「騙されないでおじいさん! この世界のことはよく知らないですけど多分普通ではないですから!」
ユウキの言葉におじいさんが納得してしまったことで文は我慢できず声を張り上げた。
言いくるめられそうになっていたおじいさんはハッとなり、再度『しかしだな……』と話しを続ける。
「仮に女同士で問題ないとしてだぞ、こんなどこの馬の骨かもわからない娘との結婚なんて認めんぞ」
(えー? なんで私がそんなこと言われなきゃいけないの?)
別に結婚したいわけでもないのに酷い言われように文は理不尽な気持ちを感じていた。
「ふふーん! この子を甘く見ちゃダメよ! こんな可愛いらしい見た目だけど私を吹き飛ばすほどの力を持っているんだから!」
「ちょ、ちょっとゆーちゃん」
ユウキはフォローするかのように、昨日自分を吹き飛ばした謎の力のことを話すが、文にとっては余計なお世話であった。
わざとではないとはいえ暴力を振るってしまったことに後ろめたさを感じており、なるべくそのことについて話してほしくなかったのだ。
しかし時すでに遅く、ユウキは何故か自分の事のように誇らしげに喋ってしまった。
「ほう……ユウキを吹き飛ばしたとな?」
その言葉を聞いたおじいさんは眉をピクリと動かし、顔をしかめて文の方をじっと見つめていた。