1-1話 異世界に来ちゃったの?
「あー面白かった!」
メガネをかけた少女が自室の中で独り言をつぶやく。
彼女は制服を着て勉強机の前に座っていたが、手には閉じられた一冊の漫画があり、勉強をしているわけではなさそうだ。
「いやー、友達に借りたこの異世界ものの漫画よかったなー」
丁度漫画を読み終えたといったところだろうか。
少女の名前は増口 文。
近所の公立中学校に通う普通の14歳。
普通……その言葉の通り、彼女は他の人よりなにかに関して特別優れているわけではない。
勉強はそこそこできるが、学年上位というわけでもないし、クラス内でもトップというわけでない。
運動は……平均よりだいぶ落ちる。
そんなスペックのどこにでもいそうな中学生だ。
とはいえ、まだ中学生なためなのか、彼女は自分が普通であることを気にしたこともない。
だが、そんな彼女にも、一つの憧れを抱いていた。
「私もこの漫画のヒロインみたいに、カッコいい勇者様に救われる、っていうシチュエーション味わってみたいなー」
この漫画のヒロインは王国の”姫”であるのだが、ある日、突然その世界の”魔王”に攫われてしまう。
そんな不幸なヒロインを救うのが主人公の”勇者”なのだ。
……なんか、どこかで聞いたことのあるような設定かもしれない。
キノコの王国の姫、亀の魔王、髭が特徴的なおっさんを連想するかもしれないが、気のせいだろう。
「文―! 晩御飯できたわよー!」
自分の世界に入っていると、部屋の外から母親の呼ぶ声で、彼女は現実に戻ってきた。
妄想を邪魔されて、少しイラっとしたが、お腹も減っているのも事実。
夕食を食べるために部屋の扉に向かおうとした。
そんな時のことであった。
「えっ?」
前に出した足が地に着かない。
ビックリした彼女は足元に目線を向けると、そこには人っ子一人入りそうな穴がポッカリと開いていたのだ。
「ちょ……なにこれええええええええ!!」
彼女は穴の中に引き込まれてゆく。
そして、穴に吸い込まれた彼女の声はだんだんと遠くなっていき、やがては、穴自体が静かに部屋から消えていった。
◇◇◇◇◇
「ん……んー……ま、まぶしぃ」
急に部屋の中に現れた穴から落ちた文は気を失っていた。
だが、まぶしい光に照らされてようやく目を覚まし身体を起こした。
「……? え……? …………え?」
目を覚ました文は度の入った厚いメガネを落としてしまって周りがハッキリとは見えなかったが明らかにさっきまで自分がいた部屋の中ではないことは分かった。
自分の部屋くらいならメガネを外した状態でも何度も見たことがある。
ぼやけた風景を何度もキョロキョロするが間違いない、ここは自分の部屋ではない。
周りの景色をハッキリと見るために落としたメガネを探すために地面を手当たり次第に探っていく。
固い地面に触れて不安を感じつつもやがてメガネのフレームが手に触れたような感触。
メガネを探し当てることができた文は自分のメガネをかけて再度周りの景色を確認した。
「ど……どこ、ここ!?」
思わず番組の企画で東北の田舎に目隠しされたまま放置された芸人のような叫びをあげてしまう文。
狭い自分の部屋から広大な森へと知らない間に移動していたのだ。
叫びたくなるのも無理はない。
(本当にここどこよ!?
え? 私、自分の部屋にいたはずよね?
人工物しかなかった部屋から唐突に自然で覆われた場所に放り投げられてるんだけど!?
そもそもここは日本なの?
あーもう! 全く見当がつかない!)
彼女はしばらくその場でいろんな事を考えていたが、わからないことが多すぎてイライラが止まらない様子。
そんな状態で考え事などできるわけもなく、頭の中の情報を全く整理ができないようだ。
「すぅう……はぁっ」
とりあえず落ち着こうと深く息を吸い込んで胸を撫でおろす。
新鮮な空気が肺を満たし気分が多少晴れてきた。
「……と、とにかく……ここがどこなのか、まずは調べなきゃ……」
深呼吸に寄り心の中の不安が多少取れたところで、まずはここがどこなのか調べようと考え、その時、
プニョップニョッ
彼女の耳になにやら奇怪な音が入ってきた。
何かが近づいてくることを感じた文はとっさに木の陰に隠れて、音が聞こえた方向に目を向ける。
するとそこには信じられないものがいた。
なんとロールプレイングゲームで定番の雑魚キャラの"スライム"らしきものが2体いたのだ。
ゲームでしか見たことのないような生き物を見た文は自分の目に入った光景に困惑していた。
(え、なに? あれは?
あんな生き物見たこと……いや、ゲームの中で似たようなのを見たことはあるけれど……
スライムってやつだよね?
ぷにょぷにょ音を鳴らしながら移動している……)
とあるロールプレイングゲームでスライムというモンスターがいたことと、そのスライムが移動する時に似たような音を立てて移動していたことを文は思い出す。
何なのよ……?
これじゃあ、まるでここがゲームの世界みたいじゃない……
"まるでゲームの世界みたい"
そう思った時、文はハッとなり、頭の中にとある仮説が浮かんできた。
もしかして、ここは漫画やアニメで見る"異世界"というやつなんじゃないのかな?
ひょんなことからゲームのような世界に転生や転移させられるというものをいくつか見たことがある。
考えづらいけれど、現に今、目の前に漫画やゲームでしか見たことのない生き物が存在するのだ。
もしかして、私は異世界転移しちゃったの?
自身が考えていることがいかに非現実的なことかはわかっていたが、それ以外にいきなり知らない場所にいたことと、目の前の生き物が存在する理由が思いつかない。
なんとなくではあるが、ここが自分のいた世界とは別の世界なのではないかと文は考えたのだ。
そんな予想を立てた彼女であるが、とある行動を起こすことを決意した。
(よし! あのスライムを倒してみよう!
武器はないけど……スライムってゲームだとザコキャラだよね? 楽勝でしょ。
きっとこの相手はこの世界にきたばかりの私に対するチュートリアルのようなものなのだ。
それに漫画や小説で見た異世界に飛ばされた人って大抵何かしらの能力を貰っている者なんでしょ?
だったら私にもきっと何かしら凄い能力が宿っているはずだよ!)
何故かゲームや漫画の主人公の気分になった文は目の前の敵を倒そうと、意気込み木の陰から飛び出す。
スライムの前に立った彼女は不敵に笑いスライムに向かっていく。
「えいっ!」
そして、掛け声をあげてスライムめがけて蹴りをかます。
「え? うわっ……」
しかし、予想と反して彼女の足はスライムの体に埋め込まれた後に弾力のある身体により押し返されてしまった。
「つっ……! いったぁ……」
押し返されたことにより態勢をくずし、尻餅をついてしまう。
すると、さっきまで大人しかったスライムは身体を蹴られたことに怒ったのか、文にむかってとびついてきた。
「ちょっと! 来ないで!」
とびついて来たスライムにむかってとっさに拳を突き出すが、全くダメージがないようである。
スライムはそのまま文の腕に絡みつき、服の袖から服の中に入ってきた。
「ひゃあ! 嫌ぁ! 離れて!」
ぬめぬめした気持ち悪い感触が肌を伝い、すっとんきょうな声をあげる。
離れるように声をかけるが、言葉が通じるわけもなく、ぬめりながら体を移動するスライム。
その気持ち悪い感触は腕からどんどん文の身体の中央へ登っていった。
「ひゃぁぁぁ!」
ついには胸部にまで上がってきてしまい、再び甲高い声を出してしまう。
ブラウスのボタンを外し、身体にひっついたスライムを剥がそうとするが、非力な文の力では到底無理なようだ。
それでもなんとかしようと抵抗を続けるが、スライムも身体に張り付いているためかビクともしないようである。
しかし、しばらく文がスライムをひっぺがそうと抵抗を続けていると、スライムはいらだったのか、胸部から離れ移動し始めた。
ただし、それは下半身に向かって……だった。
「ちょ……ちょっとぉ! 待ってぇ!」
必死に止めようとするがやはり文の力ではとても抵抗できない。
「やめてぇ! そこだけは……お願いぃ……」
泣きそうになりながらも懇願するが、やはり言葉が通じるはずもない。
抵抗むなしくスライムはスカートの中を通過、そして下着の中にまで入ってきた。
「いひゃぁぁぁぁ! 嫌、嫌嫌嫌ぁ!」
下着の中にぬめぬめしたものが入り今までとは比べ物にならないくらいの不快感が文を襲う。
だれにも触られたことないのに、こんな変な生き物なんかに……
もう打つ手がなくなった文は助けを呼ぶしかなかった。
「だれか助け―――」
しかし、言い切る前にもう一匹のスライムが顔にとびかかり、顔を覆われ声が出せなくなってしまう。
対抗する手段も助けを呼ぶことも呼吸もできなくなり"絶望"という文字が文の頭の中をよぎった。
せっかく異世界に来たと思ったらスライムごときにまけてしまうなんて。
やっぱり漫画のように異世界で無双なんていかないのね。
物語の主人公になった気でいたのが恥ずかしいわ。
呼吸ができなくなり走馬灯のようなものが文の脳内をよぎっていく。
(だめ……もう意識が……
あぁ……
ここが本当に異世界というやつなら、あの漫画のように"勇者様"が助けに来てくれないかな……)
死を予感したそんな時の事であった。
グチュッ!
唐突に顔を覆っていたスライムに何かが突き刺さり、ミカンを握りつぶしたような音が鳴り、スライムが息絶えた。
「ぷはぁ……!」
スライムが死んだためか、文の顔に張り付いていたスライムから空気の隙間ができ、呼吸ができるようになる。
刺さっていたなにかが抜き取られ、透明なスライム越しにぼやけて見えづらいが人の顔が映り込んだ。
だれ? も、もしかして本当に勇者様が助けに……?
文がそんなことを考えた時、目の前の人物が口を開く。
「だいじょーぶですかー? 困った女の子の元へ駆けつける勇者ちゃんでーす☆」
その声は男性の声ではなく女の子の声であった。
どうやら文の目の前に現れた人物は勇者"様"じゃなくて、勇者"ちゃん"だったようだ。