2 開眼
虐待や残酷な描写がありますのでお気をつけください。
俺が今、変に冷静なのには理由がある。
冷静と言うと良さそうなイメージがあるがそんな素晴らしいもんではない。
要は冷めているだけだ。
俺の両親は10年前に亡くなった。
だから苦労したと思うだろうが、そうでもなかった。
うちの親はいわゆるDVの激しい人達だった。
仕事でイライラすると帰って来ては毎日俺を殴って憂さ晴らしをしていた。
物心ついた頃には家事をしていたし、お小遣いなんて物も無かった。
世間体を気にしてか、最低限の衣食住は与えてくれていたが、俺にとって両親とは面倒を見てくれる人と言うより、いかに怒らせない様に世話をするかを考えなければならない人達だった。
刷り込みという物はおかしなもんでその生活が当たり前になると、殴られている時は苦しいが徐々に適応して行くものだ。幸いにもそれなりに人目を気にする両親だったので、骨が折られたり歯が欠けたのは一度くらいで大抵は手加減してくれていたし、怪我をしたら病院代も出してくれた。
他の大人には体についた痣を転んだと言って誤魔化していれば、たまに自販機でジュースを買ってくれたりもした。体が大きくなるとやり返されると思ったのか流石に酷いDVは無かったが、母親のヒステリーと父親の罵倒は俺が16歳になるまで続いた。
そして、ある日、父親が入院した。末期癌だった。既に体中を蝕んでいた病は3ヶ月で父の命を奪った。
その間に母は一度だけ見舞いに来たが、その後、離婚届けにサインをしたものを置いて男と出て行った。
養って貰える保障がなくなったので父の元を去ったという事だろう。
母が出て行ったのをきっかけに父は治療を止め、自宅で過ごす事になった。
いつも俺を怒鳴り散らしていた父は途端に無口になり、荷物の整理を始めた。
父が亡くなると、ベッドのサイドボードには簡易的な遺言書が置いてあり、墓はいらんから海に散骨しろだとか最後まで汚い字で乱暴に書き殴ってあった。
その後、同じ時期に母が事故で亡くなったので確認に来て欲しいと警察から連絡があった。
新しい男と車に乗っていたところをトラックが追突してきたらしい。二人とも即死だった。
そんな中でも俺は生きる為に淡々と毎日の作業をこなして行く。
葬式に来てくれた親戚は同情した顔で
「いっぱい殴られて辛かったでしょう?」
と父の事を訪ねられた際に「特には・・・」と無表情で言って気味悪がられた事もあった。
つまり親戚は父の手癖を知っていたが黙認していたという事だ。
それを目の当たりにしても俺には何の感情も湧いてこなかった。
当時18歳だった俺は生きて行く上での手続きを子供の頃から自分でしていたので特に困る事も無く、父の遺産として凍結されてしまう前に彼の口座から引き出しておいた現金を切り崩し、細々と生活した。
銀行でいつも必要な金をおろして税金や光熱費を払いに行くのは俺の役目だったので引き出しもスムーズだった。
バイトをしながら相続税を払う。
住んでいた家は一軒屋だったが、ボロボロなくせに敷地だけはそれなりにあったので、バカみたいな資産税がかかった。
俺は正式に名義が俺に変更されるとすぐに売りに出し安いアパートを借りた。両親が居なくなったというのに何の感情も沸かないのは不思議だったが、生活に困っていた訳では無かったので気にしたのはその一度きりだった。
家を売った金で専門学校に通い、今の会社に入社したのが8年前。
自分の労働が金になって返って来る事に初めて感動を覚えたのを覚えている。
今まではどんなに家事をやっても何も無かったからかなり嬉しかった。
仕事をするうちに人間らしい感情というものも沸いてきたし、物欲も出てきて欲しい物も買えるし、実際今が一番幸せと言っても良かった。
それに色々な事を自分でやってきたせいか、あまり物事に動じなくなっていた。
急に殴りつけられた時に痛みを受け流しながらも派手に見える身のかわし方も、面倒な役所の手続きもそれに伴う簡単な法律も頭に入っていたので、取引先の厳ついオヤジが突然意味も無く怒りだして今にも殴りかかりそうでも冷静に対処する事が出来た。
こちらに非が無いながも頭を下げながら考えていた事は、
「殴るなら殴れば良いし、殴って来たら警察か民事での解決をチラつかせればよほどの相手でない限り黙るし」だった。
それに俺の行動は会社の全員がスケジュールで見られるので殴られたまま監禁などの心配も無い。
仕事で監禁とか思っている時点でちょっとおかしいかもしれないが、身を守るにはやり過ぎくらいでちょうどいいと思っていた。
人に対して期待しないし、本当の意味で信用などもしていないのだ。
何だか暗い話になってしまったが、忙しいながらも俺は身軽なこの生活をとても楽しんでいた。
この場所に飛ばされるまでは・・・だが。
手始めに今デスクを隠しているでかい岩の肌にドライバーで✖印をつける。
ここが出発地点だ。さっそく方位磁石がついた腕時計を見ながら南に向かって歩く事にする。
歩数より時間で計った方が分かり易いかもしれない。
ただ、腕時計の電池がどのくらいもつかを考えると歩数の方がよいかもしれないと思い、万歩計を起動させて歩く事にする。
スマホについているものでも良かったが、いつ充電が切れるがわからない。
電波の届く所に行けば電話して救助だって呼べるかもしれないしな。
それに、初めてのボーナスで奮発して買った耐久性の高い、某時計なら間違って落として壊す心配もない。
バインダーを脇に挟むと歩き出す。
特徴のある岩山があると立ち止まって形を書き込んで行き、現在の歩数を記入する。
それをひたすら繰返すと、岩山が内向きに3個並んでいるところに出くわした。
時間も17時になり、日が落ち始めてきたので今日はここで野宿するのが良いかもしれない。
岩山に最初と同じようにキズをつけると方位磁石を片手に来た道を戻った。
歩きながら地面にもキズをつけて歩いたので方位磁石が無くても大丈夫そうだった。
隠していたデスクにゴムを巻きつけ、キャスターのロックを外す。
思いの他地面がゴツゴツしていなかったのでそこまで困る事は無かったが、1時間近く歩いた場所まで引いて行くのは流石に重くて骨が折れた。
休憩を挟みながら歩いたが、野営予定地まで2時間以上かかってしまった。
暗くなったら野生動物なんかが襲ってくるのでは・・・と心配したけれど何も起きなかった。
汗だくになりながら作業用のペンライトで照らし、大量に集めた枯れ木にベンジンをケチって少しだけかけ火を起こす。ブルーシートを開いてみると一緒に防災用のアルミシートも畳んでいたようで、これ幸いとそれを寝袋代わりに体に巻きつけ眠る事にした。火が消えてしまうと危ないので腕時計の目覚まし機能で1時間ごとに起きて火の確認をする事にした。元々ショートスリーパーなのであまりきつくは無かった。
それに仕事の日は忙しすぎて殆ど眠っていなかったので1時間を何度も眠れる事で逆に体の調子が良くなった。
5時になったら日が昇って来たので、昨日と同じ様にバインダーを片手に周りを探索する。
朝早くから行動出来たのでかなりの距離まで地図を埋める事が出来た。
昨夜の反省を生かしてゴムネットを袋代わりに歩きながら16時までには薪になる枯れ木を集める。
そして17時には錠剤とコーヒーなどを夕飯代わりに飲み込んだ。
(まいったな・・・・)
今わかっている事は拠点から約、半径5キロには食料になる動物や果実がこの荒野には無いという事。
ただ、その5キロ地点から遠くに見える場所にうっすらとだが緑がある事。
緑が見えるところも、森なのかも怪しい。そして、緑があるという事は獣がいる可能性があるので食料は手に入るかもしれないが、逆に野獣に襲われる可能性があるかもしれない事。
さて、どうするべきか・・・。
このままここに居ても飢え死にするだけなのは明白なので向かうしか選択肢が無いのが辛いところだ。
ふと、緑の場所を見つめていた目を休ませる為に眼鏡を外し眉間の皺を揉む。
普段は目が良くないのでコンタクトを入れているのだが、使い捨てだったので勿体無くても捨てるしかなかった。持ち歩いている眼鏡も何故か徐々にぼやけて見える様になってしまいやたらと目が疲れる。
度を合わせたのは3年前くらいなのでもしかしたら目が更に悪くなったのかもしれなかった。
おもむろに眼鏡を置いて両手でこめかみをマッサージする。
少しマシになった気がするのでそのまま目を開いた。
すると・・・何故か遠くまで良く見渡せる。
カメラのピントがずれたようになって目の前に立っている人の顔すら識別できないくらい悪かった目が何故かクリアになっている。
もう一度目を擦り辺りを見渡して見ると、やはり鮮明に見える。
裸眼でここまで見えるのが不思議で眼鏡をかけると先ほどの様にぼやけでしまう・・・。
あれ?俺もしかして目良くなってる?
何故か良くなっている視力を確認する為に眼鏡をつけたり外したりしたが間違い無いようだった。
そしてある事に気がついた。
目を良く凝らすと双眼鏡の様に遠くが拡大されて見えるのだ。
何度も遠くを見て確認したので間違いない。
それに、あれは何だろう?と心で疑問が沸くと、それらを指し示す矢印が見え説明文が出るのだ。
実験した結果、ミクロレベルまで内容が分かるという事がわかった。
例えば地面を見つめてこれは何だろうと心に浮かべると、土の成分からどういった加工に向いていてどういった事に使えるのか、何と混ぜたらより固まるのかなど、植えるべき作物から陶磁器のレシピなどまで出てくる。そう、全てが分析する様に表示されるのだ。
これは本格的におかしい・・・。
やっぱり夢なのか・・・それとも超能力でも芽生えたのか・・・。
試しに自分の腕を「特徴は?」と念じ見つめると自分のステータスの様なものまで見る事が出来た。
さらにこれは何だ?と強く念じると、【紺野さとる 28歳 左 前腕】というように情報が現れた。
更に細かく分析すると性格や職業、疲労度、更には血液の健康状態やまで知りたい情報は全て現れるのだ。
現時点で分かっているのはこんな感じだった。
【紺野さとる 28歳】
レベル12
体力レベル5
筋力レベル6
体脂肪 19
身長 175
体重 70
魔力 1
能力1 :サーチアイ1
能力2 :工具召喚1
能力3 :なし
能力4 :なし
能力5 : なし
おお!すげえ、ちょっとゲームみたいだ。
子供の頃にさせてもらった事が無いのに何故分かるかと言うと、仕事に慣れて生活が安定した頃に念願だったパソコンやゲーム機器、漫画なんかを一気に大人買いしたのだ。
本気でゲームをした事無かったので最初はヘタ過ぎて笑えた。
でも映像の綺麗さとかにマジで感動しておどろいたんだよね。
仕事がまだ忙しくなかった時は楽しすぎて廃人化してた事もあったし。
それはさて置き、さっそくステータスを見ることにする。
レベル12って中途半端だなあ・・・。
しかも体力レベルも高いのか低いのか基準がわからんし。
おお!魔力が1だけどある!すげー。
それに良く分からない能力が多すぎて今一ピンと来ない。
多分目が良くなったのはこのサーチアイってやつかもな。
一通り見てふとした事に気がついた。
「もしかして・・・・ここって異世界・・・とかじゃないよな?」
思わず呟き、半信半疑で地形全体を意識して見ながら「名前」と念じてみる。
【世界名】メルトア
【国名】 グランシア
【地】 べラム領
「・・・・・・はは・・・本当に出ちゃったよ・・・」
そう・・・俺はめったな事には動じない。
だからいつも冷めた目で冷静に物事を観察している。
でもさ、これはないだろう・・・・・。
「ありえねぇーーーーーーーーーーーー!!!」
そう、思わず絶叫してしまった冷静な俺なのだった。