1 超常現象
異世界ものが好き過ぎて自らも書いてみたくなりました。
「ああ・・・眠くて死ねる・・・」
今日も今日とて残業だ。
普通に考えて一人の仕事量では無いが限りなくブラックに近いグレーなこの会社に居る時点でそれは諦めるしかない。
疲労と比例する様に仕事の量は年々増えて行く。
一つの仕事に時間配分を決め全体的に進めて行く方法は健康状態が良好であれば効率的でも、今の俺には重い重圧が一気に押し寄せて来る感覚でしかない。
今日も30分仮眠を取っただけで、この一月は休み無く働き続けている。
そしてそれらには栄養錠剤、濃いブラックコーヒーは欠かせない。
もはやコンビにで買える数百円の栄養ドリンクでは覚醒しない不眠の脳を揺さぶる為に、エスプレッソ並みの濃さのコーヒーをがぶ飲みする毎日。
眠気には強い苦味が一番効くんだ。糖分はダメ、前に眠くなったし。
俺の仕事は設備屋だ。
真夏に熱いボイラー室で作業する事もあれば、換気扇の清掃や給湯器の取替えなどある意味何でも屋だ。
仕事の為に取らなければならない資格はてんこ盛り。
28歳というそこそこの年齢にも関わらずオッサンしか居ない会社で俺は若造扱いされるので、いつも資格を取りに行かされたりもする。
「お前は若いからいけるだろ?オッサンにこんな辞書みたいな本、暗記出来ると思ってんのか?」
そう言って50代後半の先輩は、ただでさえ仕事が立て込んでいるというのに会社のソファで新聞を広げて欠伸している。
「今日は天気が良いな~」
じゃねえよ!
俺だってソファでゆっくり休みたいわ!
だから58歳にもなって中途で上司じゃなくて先輩なんだよ!
酷い悪態をついてしまったが、誤解しないで欲しい・・・。
この先輩はそんなに悪い人ではないのだ。
忙しくしている俺にいつも缶コーヒーをおごってくれたり、会社に入ったばかりで不規則な現場の立会いを一緒に行ってくれては丁寧に仕事を教えてくれた。
そう、良い人なんだ・・・だから俺が猛烈な疲労から心の中で思った暴言は良くない事だとわかってる。
でも残念な事に彼は仕事が出来ない。
俺が入社して8年が経つ頃にはオッサンを追い抜いてしまい、新規の仕事などは俺がオッサンに割り振ったり、仕事を教えたりするようになっていた。
俺が丁寧に教えた事は聞いた覚えが無いと言い、業務メールは読まず、メモを渡しても失くしてしまう。
取引先でトラブルを起こす事も多く、最終的には先方に間違った資料をメールしてしまったオッサン。
それには機密情報が含まれていた物もまぎれていた。
もう懲戒免職にされても文句言えないレベルだっての!
俺が頭を抱えて上司に報告すると肩をぽんぽんと叩き300円を渡しながら「これで昼飯でも食え」と良い笑顔で去って行く・・・。
んああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!
ちがうううううううううう!!!!!!!!!!
そう言う事じゃねえええええええ!!!
それに今時300円で飯が食えるか!
買えてもほ○弁の一番安い弁当くらいじゃねえか!
そう何度心の中で叫んだ事か・・・。
今日もオッサンがしでかした後始末と仕事のスケジュールで俺の予定だけビッシリと真っ黒に染まっている。
仕事が多いのは遣り甲斐があるからいいんだ・・・。
そう自分を慰めながら今日も黙々と請求書とメールを片付けて行く。
基本的には手作業が多いこの仕事だが、取引先や下請け業者などとのやり取りもあるので事務も多い。
はあ・・・・もう・・・限界だ・・・・。
あまりの疲れに(お願いだから俺の目よ・・・覚めてくれ・・・・)と呟いてもその甲斐なく汚れた作業着姿でパソコンを前にキーボードを叩いていた俺の意識は少しずつ薄れて行き、最後にはブラックアウトした。
思わず身が震えるような寒さで目をさました。
デスクで仕事していた事は覚えているんだけど、多分そのまま眠ってしまったのかもしれない。
仕事が立て込んでいた俺は眠ってしまった事に焦って飛び起きた。
「えっ・・・・外?」
デスクやパソコンはそのままだけど、何故か床は乾いた土だった。
上を見上げると空があり、周りを見渡すと岩山や所々乾いた木々が見える。
「何だこれ?」
夢にしてはリアルなので顔を抓ってみる。
「いって!」
どうやら夢ではないらしい。
しかし、何故かコンセントが無い野外にも関わらずパソコンはそのまま起動している。
なんだろう・・・ドッキリか何かか?
前に見たお笑い番組でベッドごと芸人を外に運んでドッキリをしかけているのを見た事があるけど、今の状況がまさしくそれだ。
でも一介の会社員にドッキリを仕掛ける意味はあるのだろうか?
周りにカメラの機材が隠れる様な場所は無いし、大声で叫んでみても返答は返って来ない。
しばらく待ってみたが、何もアクションは無かった。
小一時間過ぎた頃には今の状況が異常な事に気付き始めていたし、このままここに居ても仕方がないので行動することにした。
それにここは寒い。
夏用の作業着は通気性が良すぎてもう耐えられそうにない。
(その辺を歩いてみるか・・・)
そう思い両腕を抱く様にさすりながらチラリとデスクに目線を移す。
もしもこれがUFOに拐われたとか超常現象か何かで外国に飛ばされたと仮定したとしよう。その場合、今の俺にあるのはこのパソコンとデスクに入れっぱなしのインスタントコーヒー、お茶、コピー用紙に文房具などにその他もろもろ・・・。それに尻のポケットに入っている財布にある2万5328円とスマホくらいだ。他にはドライバーなどの基本工具がささったポーチが机の上に出しっぱなしになっているだけ。
もしここが見知らぬ土地ならこれらを売ってでも帰る為の資金にしなければやらない。幸い大きなデスクはキャスター式で引く事が出来る。重いけど・・・。
そうだ!そう言えば、まだ封を開けずに放置していた冬用作業着が一番下の引き出しにあったはず!
寒さに耐えながら引き出しの奥に小さく詰まっていた作業着を取り出すと上下とも重ねて着る
(冬になる前にストッカーから持って来ておかないと自分で発注をかけないといけないから面倒でいつも早めに確保しておくんだよな)
そして、幸いにも裏地が起毛タイプのジャンパーも奥に押し込んであり、グシャグシャだが見つかった。初めてズボラな自分を誉めてやりたくなった。
しかもラッキーな事に、冬まで使わないからと本来ならファイルを入れる一番大きな引き出しには使い捨てカイロの箱が3箱とハッキンカイロとベンジンのストックが2本入っている。
それに火をつける為の使い捨てライターが6個もあり、100均でまとめ買いしてそのままだった事を思い出す。
外で作業する事も多いのでカイロは毎回安い時期に大量に購入する。それでも足りずにハッキンカイロを使い何とか現場での寒さをしのいでいた。
まだ心もとないが、防寒着や火を起こせるものが見つかったので寒さも多少だが和らいだ。
少し気持ちに余裕が出来た為、他にも使えるものが無いか机の中をごそごそと探る。
良く探すと釘の箱やら引き出しに散乱した鉛筆や半だごての他に作業する時に使う2mのブルーシートもある。あとはハシゴを車に取り付ける為の長いゴムバンドが数本、スタックに荷物を固定する為のゴムネットの予備が出てきた。前に使っていたものが千切れたのでホームセンターで買っておいたのが幸いした。
ゴムバンドを片側2本のデスクの足に取り付けて腰に回せば引くのが楽になるかもしれない。ゴムネットもパソコンを寝かせて固定すれば落とさずに済むだろう。
(とりあえず引き出しの中身は把握したし、今日眠る場所を探さないとな)
周りを見渡してみても広い広野と岩山が続いているだけで目を凝らして見ても遠くに建物の形すら見当たらない。腕時計を見ると16時を指していたので町を探し歩いて見つからなかった場合、日がくれたら野宿になるのは確実だ。今の時点でこの気温だと夜は最悪、凍死も考えられるのでそれだけは避けたかった。
今日は周辺を探索して寝られそうな場所を探したら火を起こそう。幸いな事に枯れ木はそこら中にある。
腹が減ったが今は栄養剤と安売りしていたのをまとめ買いした缶コーヒー、あとはアミノ酸のストックくらいしか無い。貴重な栄養源だから節約しないといけないな。
コーヒーは1日一本で錠剤は120錠のものが2瓶あるので3粒にしようと決め、砂糖でコーティングされた錠剤を缶コーヒーで流し込む。
「おし!」
腹から声を出して気合を入れると机を岩陰に引きずってそこらへんにある枯れ木を集めてデスクを隠し、念のため、缶コーヒーをポケットに入れる。手には仕事で取引先にサインを貰う為のバインダーにコピー用紙、と鉛筆、消しゴムを挟む。これは闇雲に歩き回らなくて良い様に現在地を把握する為だ。
腰にベルトで工具用のポーチを括りつけ、念のため武器になりそうな折りたたみ式のミニ鋸と万能ナイフを差し込む。これは色々な種類のナイフが引き出せて、USBメモリーがついた便利な物なので重宝してたんだよな。まあ今は何の役にもたたなけど・・・。鉛筆削りが無いので芯が丸くなったらこのナイフで削る事にする。
俺は思いつく限りの重くない装備をしてさっそく岩山に沿って歩き出した。