帝国が消えた日
『バビロン』という、ストラテジーMMOがあった。
ファンタジー世界で国を作り、人を増やし、領地を広げ、発展させる。
他国と争い、技術や資源を奪う。時に交易といった形で手を取り合う。
時に未知の領域を探索し『住人』や『資源』を探す。
最終的な目標という物は無く、各々が決められた期間内に理想の国家を作ろうとするだけのゲームだ。
国そのものをクローズすることも出来るため、戦争を含む外交などのルートを閉ざすことも可能。完成した国のスクショを自慢し合う公式サイトもある。
逆に戦争へリソースを全投入する猛者もいる。ただ、戦争とそれ以外のバランスが非常に厳しいので、内政に力を入れていかねばそのうち詰むのだが。
楽しみ方は人それぞれだ。
それが許される土壌があった。
そんな世界が現実化し人口1000万人の『帝国』の皇帝になった僕は、皇帝歴3年目にして最大最後の危機を迎えていた。
僕が普段いるのは、皇帝専用の執務室だ。
そこで書類処理を行うのが常である。
権限の委譲で決済が必要な書類は当初の1割にも満たないけど、それでもその数は膨大だ。日に何百枚もの書類に目を通し、決済印を押さねばならない。
あとは玉座のまで他国の使者と会うことも多い。その前に別室で事前交渉の結果と本番の段取りを執務室で確認しないといけないのだが。
ただ、今日の僕に起きた出来事は、そんな日常からかけ離れた物だった。
「陛下には、本日を以て皇位を退いて戴く」
「ご挨拶だな。皇妃、皇太子、宰相に元帥。大将軍と騎士団長に宮廷魔術師長まで雁首揃えてやってきたと思えば、それか。暇なのか?」
いつものように仕事をしてると、廊下の方で近衛兵達が誰かを止めようと騒ぐ声が聞こえる。
そしてその制止の声を振り切り国の中でもトップクラスの重要人物が全員やってきたのだ。
ご丁寧に、騎士達は完全武装である。
「3年前より始まる近年の混乱は無視し得ず、収まる兆しが見えない。民は疲弊し、不平不満が高まっています。
我々も当初は陛下を信じついて行きましたが……結果は、陛下もご存じのはず。
よって民意の総代として立ち上がったのですよ、我らは」
一同を代表し、語るのはこの国の宰相。
ゲーム開始当初に仲間になった、エルフ族の男。今では成長と進化を重ね、『ユグドラ・エルフ』に至った国一番の知恵者。
本当に、僕が信頼していた一番の側近だ。
そんな男が、僕に『否』を突きつけた。
現実化した帝国は、ゲームとは全く違う統治を求められた。
食糧の自給は問題ない。
資源の探索も、出来なくはない。
ただ、インフラ、娯楽や生産分野で大きな問題が出た。
ゲーム時代のインフラというのは、とにかく簡略化される。
道を作るにしても外観を考慮するだけで実用性など考えない。どこでもいいから、設置すればそれに応じた国家ステータスにボーナスが発生する。
水源なども生産量が問題なのであり、利便性は考慮されない。
娯楽面もゲームなら特定施設に偏らせても問題ないのだが、現実化すれば「飽き」という敵と戦わねばならず、多様性と発展性も求められる。
僕がリアル知識チートでアイディアを出したが、民を満足させるには至らない。
ゲームでは、ただ施設を設置するだけで住民の満足度が上昇したんだけど……。
生産分野で言えば、こちらも簡略化というか、「ゲームで表現されなかった部分」が問題になっている。
ゲームアイテムの生産であれば問題ないのだが、例えばコップやその他食器など「ゲーム時代は何のボーナスも与えず、インテリアとしても考えられなかったアイテム」は誰も作った経験がない、など。
他にも各種毒や病気の薬がない。ゲームでは一括で「それぞれのバッドステータスを回復する水薬」があっただけなのだ。毒と言っても種類は豊富だし、それぞれに応じた薬が必要だったのだが……現実化は、そこに対応してくれなかった。
例えば毒消しの水薬は万能ではなかった。ゲームシステムにフォローされた毒には対応しているが、その他の、現地にあった毒には何の効果も無かった。
他にも人間関係が理由でもめ事が起こるなど、全部が全部、僕に多大な負荷を与えてきた。
悲しいかな。僕の仕事はただの会社員で、しかもヒラ。
一般的なゲーマーで25歳だった僕に皇帝の職務は重責過ぎた。
それでも皇帝なのだからと歯を食いしばり、ここまで来たんだけど――全部、無駄だったみたいだ。ここに詰めかけた面々の、僕を見る目は厳しい。
「それにしても。妻と息子にまで裏切られるとはな」
「裏切ったわけではありません、陛下。陛下の能力にふさわしい場所に居ていただこうとする、ただそれだけなのです。
これも皇妃としての務めですよ」
『バビロン』にはプレイヤーの結婚システムがあり、子作りに関するものもある。
これは優秀なユニットを確保するためのシステムであり、プレイヤーは増やしたい種族を妻(もしくは夫)にする事で同じ種族で配偶者の能力をある程度引き継いだユニットを作ることが出来る。
また、王太子(皇太子)を指名することで『プリンス/プリンセス』という特殊能力を持たせることも出来たのだ。
妻の種族は『エンジェル』系最上位の『セラフィムロード』。息子もそれに準じる。
性格は「潔癖/完全主義者」といった面があるが、どちらも国政において“ゲームであれば”有利に働く事が多い。能力の高さも相まって、ここでもずいぶんと頼りにしてきた。
その二人も、僕に皇帝は無理だと言う。
そして興味をなくしたかのような視線を向けている。
元帥以下戦闘職の面々も、最近の出番のなさを含め不満を抱えている。
戦争のセッティングも僕の仕事だったが、現実化した後に戦争をセッティングするほど僕はとち狂っていない。だから反乱を起こされる。
エルフ魔法弓術師団、竜人航空騎兵団、獣人高速遊撃団、ゴーレム装甲歩兵大隊。その他、僕が鍛え上げた軍団は僕に刃を向けることにためらいを感じていない様子だ。
この場に居ないのは、近衛師団ぐらい。さすがに国よりも皇帝に絶対の忠誠を誓ったみんなは、僕に刃を向けたくないようだ。彼らが僕に反旗を翻したなら、僕は何も信じられなくなっていただろうね。
「なるほど、なるほど。ククク……」
「何がおかしいのです?」
「これが笑わずにいられるか。
もっとも。ここまで道を共に歩き、苦労を分かち合ってきた者から刃を突きつけられる感覚は、されてみねば分からんよ」
「ふん、ならば返答を。回答次第では、望まぬ結果が訪れることは分かっていますね?」
なぜか、腹の底から笑いがこみ上げてくる。
全部無駄だった。
ゲーマーとして国を作り上げ。
皇帝として国を治め。
喜びと楽しみから多くの時間と金を費やし。
何度も眠れぬ夜を過ごし、不安と恐怖に打ち勝ち積み上げた全てが。
何の価値もないと言われたようなものだから。
これが笑わずにいられるだろうか?
「ああ、良いだろう。皇帝の座を退こう。
だが部下も民も、付いてくるものは連れて行かせてもらうぞ」
だから僕は笑ったまま、相手の要求をのんだ。
多少の条件を付けて。
そのまま何か言う宰相達の言葉を聞き流し、僕はコンソールを操作する。
『緊急指令:皇帝が国を捨てますが、ついて行きますか? YES/NO』
引き継ぎユニット・国家データをフィルタリングを使い指定。
忠誠の高いユニットと、僕に付いてきてくれるかという問いに「YES」で返した民だけは引き継ぐ、連れて行くと決める。
『全ての国民が指令を終了しました』
しばらくすると、結果が出る。
付いてきてくれるのは、近衛師団200人と1000人にも満たないわずかな民。あと、皇宮で働いていた文官や女中、寵姫など。
『国をリセットします。よろしいですか? YES/NO』
自分一人でないことを確認した僕は、『国をリセットした』。
そう言えば、元帥とかが僕に危害を加えようとして執務室の防御システムに弾き飛ばされていたけど、何をやっていたんだろうね?
執務室なんて重要な場所で刃状沙汰が出来るようにするわけないのに。
ちゃんと防御システムぐらい組んであるよ。今まで出番がなかったとは言え、馬鹿じゃないかな?