マーノウスの悩み
本編からずれてます。主人公が出てきません。
気難しくて有名な事業家マーノウスと、食料業者マルユークの悩みは同じものだった。
マーノウスは政略結婚だが愛しく思う幼妻との、マルユークは幼い時から姉弟の様に育った1つ上の新妻との、夜の営みについて悩んでいたのだ。
つまりあけすけにいうと、結婚して月日は経つのに未だに初夜を迎えられず悶々とした男は何処いく?娼館でしょ。って事なのだ。
マーノウスはわざわざ秘匿性も高そうな高級娼館を選んでるあたり切実さが伺える。しかもそこまでして来た娼館で悩みを見透かされ結局相談してしまうなんて、涙を誘う話だ。
せめて相手がエールじゃなったら・・・元締めがエールを選ぶほどこの若者が優秀でなければ・・・彼の当初の欲望は満たされたろうに。考えても先ない話だ。
マルユークは実はマーノウスほど切迫してはいない。しかし結婚してからそろそろ1ヶ月ともなれば、好きあって結婚した健全な男ならば枕で殺す嗚咽がそろそろ聞こえてきそうなものである。
そして共通する一つに彼らが言う2つの問題も挙げられた。
妻が初心で大切にしたい。妻の逃げが卓越していて行為まで至らない。
というものだった。
*** **** *****
その日、2つの問題までマーノウスから話を聞いたエールは、確かにと肯定しつつ少し離れて一つの本を手に取った。
(この時はまだマルユークに聞かれていると気づいていませんでした)
「相手にも己にも一つずつの問題があると言うんですね。確かにそうだと思います」
エールはちらちらと見え出したマーノウスの記憶の中の幼妻グリウスの姿を本に見る。
30台前半のように見えるマーノウスに対してグリウスは幼く見えるが、話しぶりから実際に20歳を越えていないようだ。
参考資料を読むようにパラリパラリと2人のやり取りを読む。
彼らが結婚したという1年と2ヶ月間程の彼の記憶を読んでエールは眉をひそめた。
マーノウスが本を読み出したエールに、参考になるなら見せてもらおうとした時、エールが静かに本を閉じて言う。
「2つの問題から導き出される本当の問題は、お二人の距離がまだ夫婦のものではない、という事じゃないでしょうか」
「ふむ、例えばどういう事だろう?」
「そうですね・・・式は挙げられたとの事でしたが」
「ああ、そうだな、盛大なものだった。彼女の乳母という者がセンスがよくてな、ドレスも花嫁によく合うものだったし。俺も彼女が喜ぶならば金を惜しまなかったからな」
と、満足げに頷いた。其れを見てエールは、
「式のなかでマーノウス様が決められた事はありますか?」
と問うた。
すると、記憶を覗かないまでも分かるほどに、はてな?という顔をした。
「誓いの言葉は?」
「乳母殿だな、いや呼び方だけ少し変えたな、グリウスと」
「変える前は?」
「乳母殿の草稿では、リュースだった」
台無しです・・・突っ込みを心のなかで相殺し他の可能性を探す。
「では、教会は?」
「彼女の母上だったな。こだわりがあったらしい」
「そうすると花やインテリアもそうですわね」
其れは仕方ない。次です。
「招待客はお友達だったのですか?」
「いや、恥ずかしながら友人と言えるものは少なくてな、仕事で来れない友人ばかりだし、ほとんどが仕事関係者だったよ、いや、一人仕事関係でのみ友達がいたな。随分と酔ってグリウスに絡んでいたから、追い払ったんだ」
「ああ、酔った男性は若い女性には怖く映りますものね」
グリウスにしたら、まずまずの好印象ではないか。と思いニッコリする。
「いや、その友達は女性だ。気がいいし頭の切れる頼れる奴なんだが、からみ酒でな。仲間内では若手の俺が標的になりやすい」
と可笑しそうに笑う。
そうですか、ここでまさかの三角関係発覚ですか。マーノウス様は気づいてないですね。グリウス様も女友達様も御愁傷様です。
エールは少しこめかみを押さえたが、ここで悩んでは先に進まない。それに自分の仕草や行動が相手に与える影響を彼女は知っていた。悩む仕草は悪手!毅然と!と背を伸ばすと、はっとしたようにマーノウスも頭を2・3回振った。
取り敢えず、次です。
新婚旅行は、旅行先で商談と接待を受け、その間グリウスはマーノウスに寄り添うような立ち位置でニッコリ笑っていた。見るからによき妻であったらしい。
7日間の予定だった旅行は4日目にこれまた仕事関係でトラブルが起きる。
流石に帰るのを渋る彼を説得したのはグリウスだったらしい。
その時もよき妻であろうとしたのか判らないが、現状のそもそもの要因はここだったのではないかとマーノウスはいった。
「このトラブルが、帰ってみたら1転も2転もしていて、暫定対応に2週間、寝る暇もないくらいだった。そのあとも対応に追われて家に帰れたのが1ヶ月後。彼女がまだ起きているうちに帰れるようになったのは2ヶ月後、それから夕食を共に取れるようになったのがさらに2ヶ月後だったんだ」
項垂れたマーノウスの横顔を見る。
「5ヶ月以上も・・・長いですね」
「ああ、まさか仲間の1回の対応ミスで此処までよじれるなんてな・・・」
エールは何か引っ掛かりを覚え問う
「そのお仲間さんって?」
「若い子だよ。まだ2年目だったんだ。難しい契約だったから先輩に見て貰ったと言ってたんだけど」
どうやら懸念は外れたらしいが、一応確認しておく。
「男性の方なんですね」
「ああ。彼は有望だよ。去年のあの一件で潰れてしまわなくて良かった」
「そうでしたか。不幸中の幸いでしたね。でも、優秀な方とでも5ヶ月も掛かるなんて・・・」
「ああ、いや、実際にはもっと人員が必要だった」
マーノウスはため息混じりに当時の事を思い出した。エールはその言葉に嫌な予感を覚える
「まったく頭の痛い対応だった。寝ようとすると次の対応に追われて眠りも出来ないんだ。最悪のタイミングで次の連絡が来たり、眠さでメモをなくしたり。俺でさえ返答を間違いそうになったりしたな」
「旅行中断というのもありますが、それらを除いても最悪な災難でしたね」
「ああ、仲間内に声を掛けて、短期で入ってもらう事でやっと対応できたんだ。やっぱ普段の付き合いや横のつながりの必要性を痛感したよ」
「短期の?それはまさか式に出られなかったという?」
「いや、出た方だよ。酒のんでた彼女だ」
予感は的中した。エールは苦い顔をしながら次の質問をする
「まさか、泊まり込みって彼女も?」
「いや!まさか女性にそこまでお願いできないよ」
「ですよね」
ホッと息をつくも、
「流石に眠るときは家に帰ってもらったよ。女性は身だしなみもあるだろうしね。時間が惜しいとか言ってたけどね。それでも普通なら夕食時に帰り朝暗いうちに来てくれて俺たちの仮眠の時間に受付してくれてた、助かった」
人々が帰宅後に事務所を離れ、人々が仕事に迎う前にはもう戻っている。
そして、訪ねると彼女が受け付けている・・・ということは、
「それって、他人からみたら、泊まっている様に見えるんじゃないでしょうか」
「・・・そうかもな。しまったな。もう少し配慮してやるべきだった。結婚前の女性なのに考慮がかけていたな」
そう思案しているマーノウスの様は、彼女に誰か紹介でもしてあげそうな感じである。
しかしエールは思う。多分、それ計画犯ですよ。5ヶ月もかかる対応っていうのも怪しい気がします。
しかし、これは1年も前の話だ。もしかしたら少しは好転しているのかもしれない。もうこの話を突っ込むのは止そう。大体、問題はその彼女ではなく、マーノウスとグリウスがうまく行くように出来ないか、という点だし!
と思い、この三角関係問題は捨て置き決定とした。
「じゃ、じゃぁ、話を少し戻しますね。贈り物はどうされたんですか?これも他の人が決められたんですか?」
「あぁ。・・・贈り物か。彼女の母親が口を出したかったようだが、グリウスが決めてくれたんだ」
と、少しはにかむようにして細いタイを留めていたピンのボタンを触る。
この国では結婚時の慣習としてボタンを贈ることが通常だった。始まりは騎士に花嫁からマントを止めるブローチを贈った事だったらしい。しかし、時代とともに平民も真似をするようになると女性にも贈れて装飾として一般的で邪魔にならないボタンになっていった。
「同じデザインですか。大変素晴らしいデザインですね」
「ああ、俺に合うように設計してくれたらしい。色も同じだよ。ただ」
言いよどむマーノウスが何を言いたいかは、エールにはわかった。
「・・・そうですわね。このデザインで同じ色なら、若い女性には合わないかも知れませんわ」
本で容姿を知っているグリウスには合わないだろうと思えるものだった。
「そうなんだ・・・言ってもしょうがないが、あの旅行さえ中断しなければなぁ」
エールはその一言に首を傾げたが、マーノウスが堰を切ったようにそのあとの事を話し出す。
「そのトラブルから戻った2週後から1ヶ月は、夜遅くだったし朝は早くから出たから彼女の寝顔を一瞬見るだけだったな。可愛かったが・・・。それから何とか終わらして就寝前に帰れるようになった日、彼女は玄関まで出迎えに来てくれたんだよ」
「そうなんですか?でもなんだか嬉しそうではないですね」
「そうかな。玄関ホールで久しぶりに顔を合わせて話したんだ。嬉しかったよ。やっと家に帰れたという心地になった。夕食も楽しく過ごせたな。彼女はもう済ませていたけど一緒に軽食を取って俺の夕食に同席してくれたんだ」
「よかったです・・・ね?」
どう見ても嬉しい話をしているようには見えない。エールの合いの手はなんとなく疑問形になってしまった。
「彼女と食後にお茶を飲んだあと、グリウスが言ったんだ。『長くお疲れ様でした。また明日も早いですよね?侍女にはお風呂を入れさせていますわ。今日はゆっくり休んでくださいませ。私はおじい様がマーノウス様のお仕事を心配されていましたので、少しお手紙を書いたら休ませていただきますわ』とね」
エールは何も言わず、ただ頷いた。
「私も少し思うところはあったが、明日も早く出ないといけなかったので、ここは言葉通りに親切ととってその日は休んだんだ。次の日も夕食は一緒ではなかったけど、玄関には迎えに出てくれた。でも別の部屋で眠る、これが2ヶ月続いた。俺はきっと全部終わらせたら本当の夫婦になる、と思ってた。けれど変わらなかったよ」
「マーノウス様・・・」
「それから今日まで、夕食は共にし、お茶もする。街に散歩に出たりもするし、買い物も一緒に行ったりする。エスコートは当たり前なので、腕も組んで歩いている・・・人前では。」
絶望を感じさせる声だとエールは思った。反対に見るとそれほど今の状況は彼の思惑と違うと言う事になる。つまり彼はちゃんと妻を愛し、そして愛されたいと願っているんだろう。
「俺ももう少し歩み寄りたいと思ったこともある。だが失敗ばかりでね、彼女に八つ当たりしてしまって・・・憂さ晴らしをしたくてここに来てしまった・・・執事に怒られるな。はは」
むなしく笑う彼を見て、この夫婦の歪さを変える薬が必要だとおもう。
「・・・彼女は政略結婚の意味を正しく理解されているのですね」
「そ、そうだ。・・・そうなんだ」
エールの言葉にショックを受け、打ちのめされた彼は見るからに肩を落とした。
「それ以上は無いとお思いなのですね」
「あるとは、思えない」
マーノウスは完全に下を向いてしまってエールから顔が見えなくなっていた。
エールはその回答を聞きつつ、再び本をめくった。グリウスとのやり取りの箇所を新しい日付から今度は注意深く読んだ。そして、また閉じると今度は紙とペンを用意してマーノウスの座る向かい側に座りすごい勢いで書きだした。
マーノウスはしばらく何も気づかずにいたが、エールが熱心に書いているペンの音に気付き、聞いてきた。
「何をしているんだ?」
「マーノウス様、もしかして、結婚式の宣誓以後、ちゃんと想いを伝えられていないのではないですか?」
「そうだな・・、なぜか節目やイベントごとの時にはタイミングが合わないし、日常的に言うのもさっき言った通り失敗続きでな」
「タイミングが合わない?」
「あぁ、会食がはいったり、友が遊びに来たり。親が来たり。家を間違えた出前が来たり。泥棒が入ったと通報を受けたと兵士が来たこともあったな。ネズミが大量に出たとジョイユスが走り込んできた事も、それとグリウスの腹痛は心配だったな。」
エールはそれを聞くと、書いていた紙をぐしゃぐしゃと丸めて、ポイッと床に捨て、また猛然と書きながら、マーノウスに言った。
「明日は、病気でお仕事を休んでください。そして、朝から私が今書いている内容のとおりに行動してください」
「え?病気?なぜだ。ここ十数年体を壊したことなんてないぞ」
「時を逃すと、チャンスの神様が逃げると言いますよ。突然に!誰にも言わずに!それが今回の成功の鍵ですから」
それから念を押すように強く言った
「忘れないでください。誰にも計画をばらしてはダメです。あなたは執事の方以外には病気で通してください」
「仕事場に・・・」
それを聞きエールは信じられないとでも言うように声を大きくしながら彼の声を遮る
「まだ解らないのですか!!今、グリウス様との距離があるのも、仕事がこの頃滞り気味なのも、全て!全てが家庭と仕事の両立ができていなからです!」
「な、なぜ仕事の事を知って?」
勿論マーノウスの記憶の本からであるが、エールは聞こえなかったように勢いで捲し立てる
「まずは、グリウス様に愛の言葉を伝え、仕事への姿勢を伝え、マーノウス様が何を大切に思っているかを認識を合わせるのです。そうすればグリウス様もご自分の事を話してくださるでしょう!澱をなくさなければいけません!」
「認識を?私達は何か思い違いをしてるのか?」
「とにかく!明日は仕事をしない!1日まるごとグリウス様にあげてください。そしてグリウス様にいうのです!・・・彼女だってずっと耐えて待っていると思いますよ」
そう言いつつ、バーンと『愛の軌跡~ノーマウス・グリウス物語~』とタイトルの書かれた紙の束を前に突き付けて、一言。
「執事の方に、ご協力を仰ぐと成功率が上がります」
呆然と紙を手に取るマーノウス。
「あとは、贈り物があったらよかったんですが、明日では間に合いませんね・・・」
と、エールがつぶやくと、はっとしてマーノウスが言った。
「贈り物はある。あの旅行の最後の日に渡そうと準備していたものがある。彼女に似合うデザインを考えたんだ。色が少し違うが俺とお揃いだ。ずっと渡したか・・」
「っ!そうなんですか!?ちょっと貸してください!ここをこう直して、よし!はい。マーノウス様、これを覚えてください。心を込めて言えるようにちゃんと覚えてくださいね!」
食いぎみに遮って、マーノウスの手にあった紙束を引ったくり、勢いよくペンを走らせ終わると、再びマーノウスの手にバシッと置いた。
「え?え?」
とまだついていけていないマーノウスをせっついて覚えさせる。
やっと台本に集中しだした彼に、エールは暗示を掛け、ちょっと席を外すがちゃんと覚えるように。と言い含め夢を出た。
そして、もう一度、現実用の台本を書いたのである。
少し経つと、マーノウスが起きた。
ソファーに崩れて座る格好に「あれ?」と一瞬状況が判らないような声をだす。すかさず
「起きられましたか?うたた寝をしたのは、ほんの数分ですよ。んーでも体が睡眠を欲していたんですね、顔色が少し良くなりました」
と言いながらニッコリした。
普段の致した後ならこんなフォローは要らないが、今回は相談で終わってしまったので必要だろう。
我が身が掛かっているので疑念に残りそうなことは少しでも潰しておくのは大事だ。
「眠られている間に清書しました。私が言ったことを忘れないでくださいね」
「ああ、頑張るよ」
マーノウスは確かな闘志を目に、静かに意気込みを見せ帰っていった。
ちょっと脱線してエールの回顧録になりました。
がんばれ!マーノウス!
女心が全くわかってなくて現状を甘んじていたマーノウスのエールの評価は低いです。