エールの力
エールのとんでも能力~
ご覧あれ~
名前を呼んだエールは、オーノの変化にも気付かずまだあたふたとしている。
ホッと一息吐いて気を取り直し、エールの気を向けるために、彼女に手を伸ばし、おもっきし頬を摘まんだ。
「このばか!なに幼女に誘惑かけてんだ。堕ちてたらどうするんだよ!傀儡になって自分じゃ動けなくなって、体は森で凍死だぞ!!」
「ごめんなさい。オーノ・・・」
「おい、通称はやめろ。今は略称で呼べよ」
再び強ばった声で言葉を遮るとエールが青醒める。オーノは其れを見ていくらか態度を和らげ説明した
「ここはお前の精神世界と言っていい場所だよ。凄くお前の力の影響を受けんだよ。しかも・・・」
少し決まり悪そうに続ける
「えーと、その、久々過ぎたせいだと思うけど、オレも気を抜きすぎていつも以上に掛かりやすい状態なんだと思う・・・」
エールはあっと気付いたように小声で口許をおさえた。オーノは誤解を拭えたことを見て、口の端しを少し上げながら続ける
「お互い喜びすぎで興奮しすぎってこと。こんなに相思相愛なのに意思疏通も儘ならないなんて切ないもんだな」
「オッ!オーーノーーーー」
エールはブワッと涙を浮かべたかと思うと、叫びながらオーノの小さい体を抱き上げ泣き出した。魅了と誘惑の力が強まった感じがして、オーノも必死に叫ぶ。
「わあ!止めろ!オレの名前をちゃんと呼んでくれ!そして離れろ」
「ゲィド・ユルダータ・オルライオネル様っゲィド・ユルダータ・オルライオネル様ー」
「早く離せ!そんな感激いらねー。軽く笑い合うとこだろ、さっきのは!」
「ゲィド・ユルダータ・オルライオネル様ーゲィド・ユルダータ・オルライオネル様ー」
呪文のように唱えながら、けして離すまいと力を入れられる。
オーノは手足をバタつかせながら、心身ともに抵抗するという、恐ろしく労力を使う状況を暫く強いられた。
結局、頭に血が登ったオーノが鼻血を出すまで抱っこされ、今は図書室の長椅子で寝かされている。
「申し訳ありません、オルノーヴル・コルディア・ゲィド・ユルダータ・オルライオネル様」
暴走をやっとやめたエールは、少し離れさせられたところで眉を下げて肩をすぼめている。その姿は思わず手を貸してやりたくなるほど頼りなさげで可愛いが、名前を呼ばせて主従関係云々の抑制力とやらは毛ほども感じぬ暴走ぶりだった
「・・・この疲労感。この状態を易々と許しがたいんだが。主の器量が試されてんのか?・・・はーっ、取り敢えず熱いお茶をくれないか?」
そう言うと、エールがいそいそと動き出す。部屋を出て暫くして戻ってきたときにはティーセットと蜂蜜とミルクを乗せたトレイを持っていた。
オーノは長椅子にもたれ掛けた頭を動かすのも億劫なくらい疲れていたが、漸く首を回し準備しているエールの様子を探った。
まだ力が少し漏れている。部屋に来た時は気付かなかったが、彼女に見つめられた時、僅かに動揺したことを思うと、最初からエールは不安定だったのではないか、と思い至る。
エールが差し出してくれたお茶を何とか手に取り、熱いお茶をすする。喉を通りお腹に入るのが分かる。意識して其れを続けると意識がはっきりとして、疲労が薄れてきた。
少し気だるいが、何気なく聞こえる様に聞いてみた。
「エール、この冬の間に街に何か変わったことがあったか?」
「えっ?そんな・・・何もないですよ」
「いや、何かあったな?誤魔化せてない。言え」
「それはその・・・」
「なんだ?仕事場の事か?」
「いえ、そうなんですが、ちょっと違うというか」
何が言いたいのか要領を得ない。しかし少し顔を赤らめてもじもじしているところを見てピンと来た。
「なんだ、エール!遂にいい人が出来たんだなっ!?」
「全然違いますっ」
やった!とばかりに叫んだが、間断入れず否定される。
エールの話はこの冬に彼女が起こした一大旋風についてだった。
それにはまず彼女の力について知らなければならない。
*** **** *****
エールは高級娼館の売れっ子だ。その名は王都の飲み屋でも噂に登るほどである。
どんな偏屈であっても老人であっても性別さえも関係なく、誰しもが満足して帰っていく。
彼女の声音は甘露のごとく。
変幻自在で聖母にも猛獣にも美しく変化し、
恐ろしくも魅了される大空のようだとも、
季節により綺麗に色づく森穏やかなの木々のようだ、
ともいう人がいた。
それら全てがエールの噂だった。
また、噂は真実だと物語る逸話もある。
まだエールが娼館に入ったばかりの頃、その日は街の御祭で宿が全て埋まってしまったらしい。
それを知らずに街に入り立ち往生していた別領地の富豪のゴークールの一行が、せめてベッドを貸してほしいと交渉に来た。
料金を倍に払うと言われ、喜んで部屋は貸されたが、元締めが欲を出して娘たちを男衆の元に送り出した来た。
エールは大旦那ゴークールの部屋に送られた一人だったが、一喝されて皆部屋から出されてしまった。ただエールは部屋を出るときに時計を後ろ向きにして出ていった。
其れを見た彼は、少ししてエールを呼び戻し何故かを問うと、「旅でお疲れかと思いましたので、ゆっくりと休んでいただきたかったのです」と答えた。答えを聞いた大旦那は「そうか」といって目元を隠すように俯いていたが、暫くして穏やかな顔を上げると「もう少し話がしたい」といい、結局それは5日続いた。
6日目の朝に呼び出された元締めは、驚かされた。
ゴークールは、エールの身請けを考えたが、出来そうに無いのでせめて館を与えたい。彼女に身を売らせるなと言えないが、せめて自分の顔をたてて彼女を安売りするのはやめてほしい。という内容をお願いしたのだ。
元締めはまだ新入りのエールをよく知らなかったので渋ったが、大旦那が既に手を回し進めてしまったので、承諾せざる得なくなった。しかも宣伝もかって出た大旦那により2ヶ月もしないうちに 指定は入り、これも大旦那の薦め通り、価値を上げるため客引き回数を制限したため需要が上がり売上は倍となり、文句も言えない状態になったのだ。
ゴークールの滞在は、当初の予定を大幅に変更しエールが娼婦として不遇を受けないよう磐石を調えるまで続いた。
流石に贈り物の大きさに驚き何度となくエールは辞退を申し出るが、この街の足掛かりとする初期投資といって断固遂行された。
下世話な誰かが、ゴークールになぜそこまでしたのか聞くと、「彼女と話すと亡くした妻の思い出が鮮やかに思い出されるんだ。ちょっとした仕草や物事の考え方が似ているのかも知れないが。話したあとは少し悲しいがそれ以上に満たされた気持ちになれる」と穏やかな笑顔で応えたという。
また、冒険者でデュークという男がいた。彼はまだ若いのに性欲が無くなってしまったことを誰にも言えず、人知れず悩んでいた。
そんな時、護衛任務が終了した日の夜の祝賀会で、雇い主のボンが知り合いのつてで高級娼館を紹介してもらえるから行こうと言い出した。その冒険者は断ることも出来ずに、成り行きで娼館まで連れて来られてしまった。
項垂れる彼に気付くこともなく仲間たちは妖艶で豊満な女たちを選んで部屋に消えていく。
残されたのは、造りは悪くないものの華奢で地味目な容貌の女だった。
彼は彼女を見て湧いてこない欲情にため息を吐きたい気分だった。娼婦といえども彼女たちにもプライドがある。断るには気が引けるがどうしようもない。せめて彼女の非ではないと分かるように断らねば。と思っていた。
彼らは別の街から来て噂をよく知らなかったのだろう。残った女こそ、この高級娼館1の娼婦だということを。
冒険者が暫く悩んでいると、エールはお茶に琥珀色の高そうな酒を入れた飲み物を出しながら話しかけてきた。
「あなたには、何か・・・悩みがあるのですか?」
ピクリと強ばる頬を笑みに変えながら、やっと応える
「なぜそう思う」
「何故って。目的のはっきりした場所で其れをなさらないのでそう思ったのです」
頬に朱が差したのがわかった。彼は羞恥で居たたまれなくなり、広間から出ようと腰を浮かしかける。エールは続けて声を掛けた
「もし!・・・もしよろしければ、私は新たな方法を試してみせます。ですが、其れはあなたのお悩みを拭えるかは解りません」
小首を傾げて考えている彼女が可愛く見えた
「もしかすると、新しい悩みにもなり得ます」
彼は性交渉に関心が無いわけじゃない。じゃなきゃこんなに悩まない。エールの言葉に好奇心をもったが、未だに訪れぬ高揚に躊躇する。
思案しつつエールを見ると目があった。彼女はにっこりと品よく笑い、彼の答えを待っていてくれた。
そして彼は決心をすると、彼女の手をとり一室に伴っていく。閉ざされた扉は翌日の昼まで開かなかった。
一番遅く広間に戻ってきた彼に向かい、遅い朝食を食べながら仲間たちがからかった。
「おいおい興味無さそうに見えたのにお前が一番最後かよ。そんなによかったのかー?」
周りの連中も一緒になってギャハハと笑うなか、彼はどこか恍惚とした目をして「ああ。スゴかったよ。今までにない高揚と快感だったぜ」といって、ニヤリと笑った。
その日彼が時おり、服に隠れた腕や首を擦りながら昨晩の行為を思い出す姿を見かけた仲間たちは、後日、彼の相手があの娼館一の女だと知り、なるほどと頷きあった。
とまあ、枚挙にいとまがないエールだが、その真相は彼女には淫魔の力があるからだった。
淫魔は夢魔とも言われる夢を操る魔物で、夢の中で性や強い想いを捧げさせる事でエネルギーを奪う。
また現でも、軽い誘惑や魅了を使う事も出来た。
エールは正真正銘人間だったが、幼少の頃に力を発現させた。
彼女の両親や姉弟、遠い親戚に至るまでエールのような力を持つ者はいなかった。貴族であるため土地からの加護が受けやすい事を踏まえても、彼女の力は異例だった。
どうやらエールの力は先祖返りによるもののようだと判断されていた。
エールの場合、表面に出ている安易な想いなどは、簡単なシンクロで分かるようになる。分かるというか正確性が上がるというものらしいが。
そして相手が心を開く程になると、殆どの考えや記憶まで、夢をシンクロさせる事で細かく知ることが出来たし、本にして深階層の図書室に記録しておくことが出来た。
しかし人の心はいつも移ろっているらしく、その時その時の記憶をとっていても、少し経つと記憶や想いが変更されていることも珍しくない。細かく記録しだすと人一人でも膨大な量になるしかし記録するまではなくとも自分の記憶との矛盾に困惑してしまうので、他人の考えなど見ない事が賢明なのだそうだ。
なので、エールの噂の種を明かすと軽いシンクロで心をつかみ、話をし心を開かせて顧客の望みに沿った夢を見せるのだ。
富豪の老紳士ゴークールには、彼も忘れかけていた奥方の話をしてやっただけだし、冒険者デュークには彼が関心持ちつつも頑なに拒み、彼自身が気付かないようにしていた性癖を教えてやったのである。(デュークの性癖は幾重にもロックが掛かっていたので少し時間が掛かったが、彼の協力的な思念もあったため成功した)
そして、もう一つの力として
この図書室がある家のように、精神のパルスを合わせる事が出来る者とは離れていても夢で会うことも出来た。
ついでにいうと
彼女の情事は夢の中の為、彼女は物理的には貞操を守っている事になる。
オーノが恋人もいないのかっと嘆いてる理由でもあった。
*** **** *****
始まりは、エールの邸に出入りしていた食料業者のおじいさんがぎっくり腰になり配達に来れないことからだった。
おじいさんのかわりに来た孫のマルユークは連日の不眠で、注文をまとめてくれている家令を待つ間にうたた寝をしたという。
其れを聞いたオーノは吹き出しつつ聞いた
「ぶっ、それって夢に入られたって事?」
「はい・・そうです・・・」
いかにも可笑しそうに笑いを噛み殺すオーノとは対照的に苦い薬でも食べたような顔でエールは応える。
エールがこんな顔をするという事は、その夢が仕事中だったことを指す。オーノは年端もいかぬ子供だが、ものごころついた頃に養母は高級娼婦となり暫くその環境で暮らせば、彼女たちがどの様な仕事をし、どこまでを冗談で笑えるのかを、空気を吸うように判断していた。
「マルユークは起きると、私に会いたいと言い出しました」
「ん?おかしいなそれ、客じゃない奴は夢に入れても、内容は忘れるんだろ」
客に夢だとばれたら、エールは商売あがったりだ。どころか人によっては騙されたといい、訴えられる事もある。最悪な事態は異様な力を怖れられ問答無用で処刑されることも考えられるのだ。
なのでエールは客に、如何にも現実であったと洗脳させるため、必ず特殊な暗示を掛けている。
「いかにエールの床技術に翻弄されても、いい夢見たなーぐらいで終わるはずなのにな」
「オーノ、言い方っ」
「はは、気にすんなよ。恥ずかしいたって、各々の客の記憶にしかお前の姿は残らねえんだ。どんなにその素晴らしさを伝えたくても、言葉にしたら陳腐になるってもんだろ、ましてや内容的に他人に話す奴なんていねえだろ」
「そうですけど」
分かられている事が何とも恥ずかしいのだろう。だが言えばいうほどどつぼに嵌まるタイプの話なので、これ以上言うことは止めて、真っ赤になった彼女に先を促す。
「マルユークは客側にパルスが合って入ったようです」
そりゃあそうだろと思った。いろんな事が特殊なエールとパルスが合う奇想天外がそうそういると思えない。しかしオーノはなにも言わず頷くに止める。
「どうやらその時の顧客の悩みに強く共感したらしいのです。悩みの解決口を探していたところで、私の夢に入り光明をみたためか、夢だと思いたくなくて、ご自分で暗示を掛けられたのかと思います」
「うんうんそれで?」
エールの新たな逸話誕生の話が始まった。
エールの力は、考え出すと何でもできそうな力です。夢の中限定。
でも人を動かせるとっても際どい力でもあります。
話の途中にも書きましたが、魔女裁判があれば処刑ものの脅威だと思います。
そういうことで、エールは良心のイメージを大切に書いていきたいです。
それにしても話が全然進みません。ここで書かなくてもいいようなエピソードも入れたくて入れたばかりに、なんか長い。くどくなってすみません
だけどエールの活躍(?)はまだまだ続きます・・・