ご乱心
結局クリフとリタの試験は15分くらい掛かってしまったので、その間先生から書類を手渡され記入していた。
今回の記録更新の事に関する書類だ。
不本意ではあるものの、そこにありもしないことを書き提出した。
何だか少し、心が痛んだ。
学生内の順位は明日、個人に通知させるらしい。
まぁ、見なくても結果はなんとなく分かるけど。
そして今、寮に帰って明日からの授業の選択をしている。
これを今日中に出さなくてはいけない。
リタは、僕たちが書いた授業の用紙を見てから決めるそうだ。
「そう言えばお前、先生に連れられて何してたんだ?」
「え?魔法適性試験だけど。」
「何処でやってたんだ?」
「更衣室。」
「何でそんなとこでやってたんだ?」
「それは、レスたー先生が…。」
危ない!
重要な書類を記入してるから、危うく喋っちゃうところだった。
でも、クリフにならいいかな?
女だって事もバレてるけど、広言はしないでいてくれてるし。
「何だよ、隠すなよ。気になるだろ。」
「一つ質問があるんだけど、教師が生徒にお金を渡すって普通の事なのかな?」
「ん?普通は無いと思うぞ。」
やっぱり!
嘘じゃないか。
じゃあ、あのお金は受け取れない。
フィリスの件は、何とか自力で解決するしかないか。
「成績優秀者とか特別待遇されるような生徒と、教師の間になら良くある話だけどな。」
「でもそれって、学校側にバレると退学とかになるんじゃ無いのか?」
「それはねぇな。将来優秀になるであろう生徒の学習を促進させる行動として学校側は受け取るみたいだから、問題にはならん。」
そうなのか。
前の世界とはまた違った考え方だ。
「何でそんな事聞くんだよ。」
問題にならないのなら、話しておいても良いか。
隠し事は得意な方じゃないし、するべきではないだろう。
「実は僕、レスター先生からお金貰うことになったんだ。それで…。」
今日あった事を全て伝えた。
「つまり、口裏を合わせる為に買収されたって事か。お前そんなにお金欲しかったのか。意外だな。」
「フィリスに仕送りしたくって。大変だろうから。」
「やっぱお前、やさしいな。きっと喜んでくれると思うぜ。」
クリフが僕の頭に手を乗せ、撫ではじめた。
数秒間、無言で撫でられ続けた。
「く、くりふ?」
「あ!すまん!」
僕の声に驚いたクリフが咄嗟に撫でる手をどけてしまった。
「あうぅ。」
乗せられていた手が急に無くなり、少し切なくなった。
頭を撫でられるって、マッサージしてもらってるみたいで気持ち良いんだな。
もう少し撫でていてくれても良かったのに。
って危ない、本題を忘れるところだった。
「こほん。後、一応だけど誰にも言わないでね?」
「分かってるって。でもその内容なら、学園に申し出れば援助金が出ると思うぞ?」
「援助金?何それ?」
「その名の通り、学校が生徒を援助する際に出される金だ。と言うかお前、優等生の割りに知らない事はとことん知らないんだな。」
学園の事、詳しく知らないんだよね。
入学前に学園の詳細が書かれた本を貰ったけど、面倒で一回も目を通していない。
前の世界と同じだろうと高を括っていた。
「優等生じゃないからね。ただ偶然、良い結果が出ただけだし。そんな事よりそれってどれくらいお金貰えるの?」
「そうだなー。俺も詳しくは分からんが、一月で大金貨一枚って所だろうな。」
大金貨!?
金貨十枚分の価値がある物だぞ!?
そんなの僕が貰う予定のお金より、かなり高額じゃないか!
しかも、不正の無い綺麗なお金だ。
「どうやったら貰えるの?」
「専用の書類を書いて申請が通ると、毎月決まった日に学園から封筒が渡されるんだよ。そんでその場で中身を確認してから、自分の名前と送り先を書いて使用人に返すと学園が不正が無いか確認してから届けてくれるらしい。」
そうなのか。
そんなシステムがあったのか。
まぁ、実際に申請が通るかは分からないけど。
「と言うか、何でそんなに詳しいんだ?」
クリフって実は凄い奴なんじゃないのか?
さっきからすらすらと答えられてるし。
もしかすると、僕なんかより頭が良いかもしれない。
「メシ代をそこから出してくれないかなーと思って、休みの間ずっと申請してたんだよ。」
やっぱりクリフはクリフか。
ご飯の事しか頭に無かった。
「と言うか、ご飯なら僕が奢ってあげてるじゃないか。」
「なんか申し訳なくってな。でもダメだったわ。」
当たり前だろう。
そんな私利私欲の為に、お金が出るわけ無い。
「明日、付き合ってくれないか?」
「いいぜ。」
「後それと、女の子の頭は急に撫でない方が良いと思うぞ。人によるけど、運が悪かったら叩かれるぞ。」
一応忠告しておこう。
叩かれて終わるくらいなら良いけど、二度と会話出来なくなる可能性もあるし。
「おう。すまん。」
教科選択の書類を書き終えて、教科書を貰い部屋に戻った。
結局、僕が選択した教科を、リフとリタは丸写しただけだ。
友達と同じ科目を取りたいのは分かるけど、本当にそれで良いのか?
まぁ、一年目は基礎ばかりで実技が無いから、必然的に似たり寄ったりになってしまうけど。
部屋に戻ったのは良いものの、得にする事が無い。
「クリフー、何か面白いこと無い?」
「ねぇよ、俺だって暇なんだ。」
この世界、娯楽が少なすぎる。
ボードゲームもないし、トランプも無い。
皆、毎日働いていて遊んでいる暇が無いのが原因だろうか?
「そう言えばさ、俺お前の家に行ったじゃん。」
「うん。」
「今度休みがあったら俺んち来ないか?」
「いいのか?」
「おう。」
またしても、沈黙。
暇だー。
まだお昼過ぎなのに。
面倒だけど、学園のことでも勉強しておこう。
「そうだ!」
椅子から立ち上がろうとした時、クリフが大きな声を上げた。
「何!?」
急に大きな声を出したので、心臓が飛び出るかと思った。
「そう言えば俺、学園に来る時、仲間から高い紅茶貰ったんだ。一緒に飲もうぜ?」
椅子から急に立ち上がり、自分の荷物を漁り始めた。
「び、びっくりした。」
そんなに大きな声上げなくてもいいだろうに。
紅茶か。
あんまり得意じゃ無いんだよな。
コーヒーとか紅茶とか、砂糖を入れないと飲めない。
「入ったぞー。」
目も前に洒落たカップが置かれた。
色味はいたって普通の紅茶だ。
「いただきます。」
一口、飲んでみる。
ちょっと変わった味だ。
苦味が少し強く、後味はあっさりとしている。
茶葉の苦味と言うよりも、薬品系の苦味のような気がする。
「クリフの友達ってお洒落なんだな。紅茶を渡して来るって、女の子の友達なのか?」
「いや、男だぞ。好きになった奴に飲ませてやれって、無理やり渡されたんだ。」
飲みかけの紅茶を噴出しかけ、咄嗟に飲み込んだ。
「何でそんなの僕に飲ませるんだ?」
「そりゃ、お前の事好きだからな。」
こいつ、面と向かってなんて大胆な事を言うんだ。
鼓動が高鳴る。
男からの告白なんて、嬉しくないはずなのに。
「友達として、お前とリタの事は大好きだぞ。でも、男友達が居ないのはちょっと寂しいけどな。」
「そんな事だろうと思ったよ!」
ちょっと期待したのに、紛らわしい言い方するなよ。
「何で怒ってるんだ?てかお前、顔赤いぞ。」
紅茶を飲んでから、何かおかしい。
クリフを見てるとドキドキしてくる。
もうちょっとだけ、クリフを近くで見たい。
「あのさ、そっち座ってもいい?」
「良いけど大丈夫か?」
椅子から立ち上がり、机の向かい側に向かう。
何だかフラフラするので、机に手を突きながら何とか反対側に移動した。
そして、椅子に腰を下ろした。
「おい!何だ!?」
クリフはびっくりしている。
無理も無いだろう。
なぜなら今、僕は彼の膝の上に座っている。
カチカチだが、椅子よりかは柔らかい。
片足の上に座るとバランスが取れないので、両足を閉じさせその上に座る。
「よし。」
さっきよりも安定した。
「何が『よし。』だ、退いてくれ。」
僕の脇腹を両手で掴み、持ち上げようとする。
「やーめーろー。」
身体をねじらせて抵抗してみた。
「暴れんなって、あぶねぇから!」
段々と掴んでいる手が、服を捲りながら上にずれてくる。
そして服をおへそが見えるまでまくられた時、クリフの手は胸の位置まできていた。
「えっち。」
からかうようにクリフを睨む。
「わ、わるい!」
「あ!」
咄嗟に掴まれていた手が離され、クリフの足の上に尻餅をついた。
「もー、急に離すなよ。痛いじゃないか。」
立ち上がり、今度は向かい合うように足の上に座る。
「おい、あんまりからかうなよ。我慢できなくなったらどうする気だ。」
「どうでもいいや。そんなことより頭撫でてよ。」
抱きつきながら、自分の頭をクリフの胸板に猫のように擦り付けた。
「くっ…。」
クリフは何かを堪ええるような声を漏らしながら、頭を撫で始める。
撫でられ始めてすぐに、猛烈な眠気に襲われそのまま寝入ってしまった。
数時間後。
僕は座ったまま寝てしまっていたのか、身体の節々が痛い。
何か硬いものに顔を埋めて眠ってしまってたようだ。
と言うか、どこで寝たんだっけ?
段々と意識がハッキリしてきた。
何かに頭を撫でられている?
そう言えば僕、クリフの上で寝てしまってたのか!
さっきまでの事を思い出し、急激に恥ずかしくなった。
絶対あの紅茶のせいだ!
クリフの友達は何を贈ったんだろう?
好きになった相手に渡せって、まさか媚薬じゃないだろうな。
頭を撫でていた手が、段々と背中に移動してきた。
そしてそのまま、お尻の方へと降りていく。
いやらしい手つきで、大きな手がお尻を揉み始めた。
「ちょっと、何してるんだ!」
身体を起こし、中断させようとしたが肩を抱かれており身動きが取れない。
「…。」
クリフは黙り込んでいる。
完全に暴走してるじゃないか。
お尻を揉んでいる手が、ゆっくりと中心の方へ移動し始めた。
このままじゃ何されるか分からない!
何とかして抜け出さないと。
お尻を揉まれながら、抵抗を試みる。
クリフの馬鹿力でホールドされている為、左右には殆ど動けない。
しかし、縦には少し動けそうだ。
思い切って両足に力を入れて、勢い良く立ち上がる。
『ゴスッ』
頭頂部が何かに当たった。
鈍い音と共に、激しい痛みが伝わってくる。
クリフの拘束は解けたが、しばらくの間頭を抱えながらその場で悶えていた。
やっと痛みが引きいたのでクリフの方を見ると、どうやら僕の頭が顎に直撃したみたいだ。
間抜けな顔で気絶している。
急いで机の上にある紅茶を捨て、食器を洗い元の場所にしまう。
「んあ?」
作業を終えた頃、クリフが目を覚ました。
「痛っ!めちゃくちゃ顎がいてぇ。」
「座ったまま寝たから、何処かに打ったんだろ?」
「そうだったのか?確か、紅茶を一緒に飲んで…。」
「何言ってるんだ?暇だって言って、すぐ寝ちゃったじゃないか。」
「そうだっけか?」
顎を擦りながら、どこか納得いかない様子だったが急に顔を赤らめた。
「そうだよな、夢だよな!あんな事…。」
「う、うん!じゃあ僕、ご飯貰って来る!」
逃げるように、その場を後にした。
ちくしょう。
完全に憶えてるじゃないか。