リタと僕の大掃除
1週間の休日も今日で終わりだ。
明日には試験がある。
僕はこの休みを贅沢に過ごした。
一切、何もしなかったのだ。
ただ起きて、ご飯を食べて寝る。
これの繰り返しだ。
学生最高!
過去の世界の過酷な社会人生活から、異世界学生生活。
学園では家事や炊事、掃除など何もしなくても使用人さんが全てしてくれる。
お陰で僕は、完全に怠けきっていた。
試験の事は心配だが、クリフもリタも何も分からないと言ってたんだ。
どうしようもないので、悩むくらいなら休みを豪遊する事にした。
クリフは朝食を食べ終えるといつも何処かに行ってしまうので、部屋には居ない。
身体でも鍛えに行っているのだろうか?
することも無く、部屋でゴロゴロしていると扉がノックされた。
クリフか。
また荷物でも抱えてて、自力で開けられないのだろう。
荷物を置いて開ければ良いのに。
「今、開けるー。」
扉を開けるとそこに居たのは、クリフではなくリタだった。
「いきなりごめんなさい。お時間よろしいですか?」
「え?あ、はい。どうぞ中へ。」
いつもとは違う真剣な様子に、こちらもなぜか敬語になってしまう。
部屋の中へと案内する途中、だらしなく服のボタンが3つほど開いて胸が見えそうになっている事に気が付き、急いで直した。
サラシを巻いていたから良かったものの、危ないところだ。
最近、油断しすぎだったかもしれない。
今後は気をつけよう。
とりあえずリタには椅子に座ってもらい、机をはさんで反対側に僕が座る。
彼女は何か話し辛そうに、もじもじとしている。
こんなこと前もあったなーと思っていた時、クリフが僕を女だとバレてしまった時の事を思い出した。
そう言えばあの時、クリフも話し辛そうにしていたな。
ってまさか、リタにもバレてるのか?
ど、どうしよう。
クリフの時は幸いにも、言わないでいてくれたしご飯だけで何とかなったけど、リタはそうはいかない。
彼女は妙に真面目な所がある。
学園に報告する気だろう。
事情を言って、納得してくれるだろうか?
「ベラ、あなたにお話があるんです。クリフはいらっしゃいませんよね?」
「今はどこかに行ってるみたいで居ないよ。」
クリフが居るかどうかを確認することから、かなり重要な話なのだろう。
なんて言い訳をしよう。
こう言うの苦手なんだよ。
夏休みの宿題やってなかった時の言い訳とか、すっごくへただったんだから。
「部屋の片付けを手伝ってください。」
『ドゴッ』
椅子から勢い良く立ち上がり、腰をほぼ90度に曲げ、鈍い音を立て机に頭を思い切りぶつけた。
今のはかなり痛いだろう。
しかし彼女は怯む事も無く、机の上に頭を乗せたまま停止した。
「部屋の片付け?」
ほっとしたが、言ってる意味がイマイチ理解できない。
部屋の掃除は使用人さんがやってくれる。
当然リタの部屋も同じだ。
「実は使用人の方々に断られてしまいまして・・・。もうあなたしか頼れないんです!」
そう言えば前に、クリフがリタと部屋を交換した時に散らかってたって言ってたけど、使用人さんが嫌がるほどなのか?
と言うか、彼女の前の部屋の清掃で嫌気が差したのかもしれない。
「クリフを待とうよ。人数多い方が早く終わるし。」
「ダメですわ!クリフはがさつそうですし。物を壊しそうなので。」
彼女は下げていた頭を一気に上げ、必死に訴えかける。
何となく風景が浮かぶ。
適当に辺りのものを踏みながら進んで行ったり、勝手に物を捨てたりするクリフの姿が。
「あー、うん。何となく分かったよ。でも手伝うのは良いけど、僕もイマイチ自信ないよ。リタの私物の場所とか知らないし。」
「大丈夫です!聞いてくだされば指示いたしますわ!」
リタに手を引かれて部屋を出る。
初めて女の子と手を繋いだ。
彼女の手は僕の手よりしっとりとしている。
連れられるがまま、廊下を挟んだ正面の部屋に入る。
僕はこの時、女の子の部屋に初めて入るので期待していた。
しかし、扉が開いた瞬間そんな甘い考えは粉砕されたのだった。
部屋の廊下には、リタが脱ぎ捨てたのであろう私服が積もっており、床は見えない。
「ここは踏んで良いので、中にいきましょう。」
足場の悪い廊下を進んで行くと、廊下と同じくらいの高さまで服や何かが積もった部屋が現れた。
そしてここに入った瞬間、なんとも言えない異臭に襲われる。
何が原因かは一目で分かった。
部屋で食べたのであろう、食堂の食器やゴミが部屋中に散乱している。
しかも、いつのか分からない物ばかりだ。
「うぶっ!」
あまりの臭いに、何かが上がってきた。
咄嗟に両手で口を押さえ、何が飛び出るのを耐える。
「もしかして、明日までに片付けるとか言わないよね?」
「1日二人で頑張れば、簡単に終わってしまいますわ!」
「ごめん、そう言えば用事があって・・・。」
1日じゃムリ!
せめてクリフと使用人さんを呼ばないと、今日中にはムリだ。
「用事が無い事は存じていますわ!ここ最近、何もしてなかったではないでしょ!」
部屋から逃げ出そうとした僕の肩をがっちり掴み、逃げる僕を引き止める。
僕の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
せっかくの休みが。
しかも最終日に・・・。
とりあえず、部屋の掃除は廊下から始まった。
汚れた洋服はまとめて、使用人さんに渡そう。
ごめんなさい、使用人さん達。
服の下から、虫が出て来るのではないかとビクビクしながら作業を進めて行き、廊下の掃除が終わる頃には、もう午後だった。
「さ、次は部屋ですわ!この調子なら問題なく行けますわね。」
リタは服の分別を僕に指示するだけで、殆ど何もせず見ていただけなので元気そうだ。
一方、僕は汗だくで、腕はもう上がる気配が無い。
膝も笑い、力が入らない。
正直もう限界だ。
「早くやしましょう?」
だが、リタは一切休ませてくれそうに無い。
鬼だ。
「先に洋服を使用人さんに渡してくるよ!」
「それもそうですわね。場所も出来る事ですし、お願いします。」
何とかリタの部屋を出て、少しでも時間をかけて荷物を運び出す。
服を入れた袋を量のロビーまで運び、ゆっくりと時間をかけて部屋に戻る。
4往復で荷物は無くなり、ほんの少しだけ体力が回復できた。
その間、リタは部屋で紅茶を飲んで休んでいたようだ。
一体、誰の部屋の掃除なんだろう。
その後も何度も吐き気と戦いながら一人、部屋の掃除を進め午後8時にやっと部屋の掃除が終わった。
午後3時からは、空腹と終わりの見えない作業に半泣きになりながら、作業をしていた。
僕は作業が終わった直後、リタの部屋で動けなくなっていた。
床に仰向けで寝転がり、目を閉じて息を整える。
リタは、最後の最後で力尽きてしまった僕の変わりに、洗い終えた食器を返しに行っている。
お風呂に入らなくてはいけないが、そんな事よりもう寝てしまいたい。
正直、あの量を一人で片付けられたのは奇跡だと思う。
それにしても、リタもひどい奴だ。
手伝うと言うよりも、ほぼ僕がやらされた。
彼女は指示を出しながら時折、紅茶をおいしそうにすすっていた。
僕なんて次々と指示を出されるから、洗面所の水を飲んでたんだぞ!
しかし、正面をから文句を言う度胸は無い。
リタって、僕の事をどんな風に見ているのだろうか?
もしかして、召使みたいなものかだと思っているのではないか?
友達としては見られてない?
都合のいい奴か?
リタへの不信感が募っていく。
そんな事を考えていると、部屋の扉が開けられ誰かが入って来た。
誰かと言っても、ここに入ってくるのは一人だけなんだけど。
足音が少しずつこちらに近づいてくる。
かなり近くで足音が止まる。
何をしているんだ?
目を開けるのが面倒なので、気付いていないフリをする。
しばらく待っていると、顔に何かが近づいてくる。
気配を無視していると、僕の頬に少し弾力のあるものが触れた。
驚き目を開くと、リタが僕の頬にキスをしていたのだ。
「ん!?」
驚き声が漏れる。
僕の声に彼女も少し反応したが、行為は続行された。
彼女は目を瞑り、口付けを続ける。
至近距離で見るリタの顔は、妙になまめかしく見えた。
結構な時間が経ったと思う。
満足したのか、彼女の唇が僕の頬から離れていく。
「少し、しょっぱかったですわ。でも、ベラのほっぺたはすごく柔らかいんですわね。」
「ぼ、僕帰るよ!また明日!」
急な出来事に飛び起きて、全力でリタの部屋から逃げ出した。
ほっぺたにはまだ、リタの唇の感触が残っている。
ずるいよ、リタ。
そんな事されたら許すしかないじゃないか。
それに、明日どんな顔すれば良い分かんないよ。
廊下に出て、頬をさする。
僕はしばらく放心状態で動く事ができなかった。