元勇者との冒険・1
<三>
防火扉というものがある。
学校、ホテル、デパート等の建築物そして地下街に。
シャッター式やスイング式等があり、大型の場合は防火扉が閉まった後の通行用にくぐり戸が取り付けられている。
シャッター式の場合は通路を一部ふさぐ形でくぐり戸が付けられていて
スイング式の場合は防火扉の一部がくぐり戸になっていたりする。
さて今回開かれたくぐり戸なのだが防火扉はスイング式で扉の向こうは壁のはずなんだが…
「おら兄ちゃん、行くぞ」
おっさんは閉められたままの防火扉のくぐり戸を抜けた先で手招いていた。
広がるのはコンクリ床でもリノリウムでもなく天然の洞窟のような岩壁で人の手によるものとは思えない。
「お…おうよ」
若干呆けた頭で慌てて戸をくぐり抜ける。
おっさんが戸を閉めると一瞬ドアが光って完全な暗闇が訪れた。
「さぁて、それじゃ今更だが自己紹介をしようか。俺はマグナス、元勇者だ」
掌に火を浮かべておっさん…元勇者マグナスが名乗る。
「根木優人<ねぎゆうと>…求職中だ」
若干情けない自己紹介だと思うがおっさんは気にしたふうもない。というか「そんなら向こうで仕事を探すか?」と笑ってる。
さて、と呟いてマグナスがジャケットのポケットから剣と鎧を取り出して着込みだす。
年季が入った傷だらけの鎧と無骨な剣で戦う道具と言った感じだ。
「ほら、兄ちゃんも準備しな」
勇者からのレクチャー「多少でいいから身を守るものを用意しとけ」だ。
「用意は防具だけ武器とかいらねぇの?」レクチャーされた時に聞いたが「こっちでどれだけのモノが手に入る?用意してやるから気にすんな」と言ってた。
準備したバイク用のプロテクターをレザージャケットの下に着こみ、軍手とヘルメットを身に着けた。
「準備できたよ」短く合図する俺にマグナスは槍を渡してきた。
斧付きの槍、所謂ハルバードってやつで長さは穂先が俺の頭より高く2mほどもある。
対して洞窟?ダンジョン?は高さは3m、幅は2mぎりぎりあるかないか。
「こんな長い得物振り回せねぇぞ、大丈夫かこんなので」
ぼやく俺に対して剣は素人には扱えねぇ、遠間から突けと答えるマグナス。
「さぁて楽しい冒険の始まりだ。覚悟しな、優人」
そしてマグナスの言葉に答えるようにモンスターが湧き出し
血みどろの戦いが始ま…らなかった。
光源を火の魔法からマグライトに切り替え歩くこと3時間、洞窟の中をひたすら歩いた。
「冒険はどうした、元勇者」
「冒険してるじゃねぇか、お前にとっちゃ未知の洞窟だろ」
「なんかこう…モンスターが出てくるとか宝箱があったりとかさぁ
「バカ言え、こんな浅い処にモンスターが沸いたら向こうの世界に溢れちまわぁ
3時間歩いて浅い処かよと思っていると洞窟の突き当りに着いた。
ただし普通に突き当りではなく、直径10mの円柱状の空間が広がっていた。
RPGならボスの出現地点かボス前のセーブポイントと言ったところか、入り口の反対側に何か光ものがある。そうなるとセーブポイントの方が当たりかな。
とりあえず少し休もうと言ってくれたのはありがたかった。
「煙草はいいかい?」
「ん、ここならいいか」周りを見回し本人も飲み物を取り出して座り込む。
「さて優人、あそこにあるのは転移クリスタルと言ってな、この迷宮内の街に通じるんだ」
「街!ファンタジー!エルフとかドワーフとか獣人とかいるのか!」
「いや、遺跡の街でよ。人っ子一人いやしねぇ」
それに、とマグナスは続けた。
「街と言っても主要は軍事施設だったようで多少の武器は転がっていたがそんなに面白くはねぇぞ」
お前が今持ってる槍もそこのものんだと笑う。
「元々いた街の住人はどうなったんだ?あんたみたいにこっちの世界にいたりするのか?」
「さぁ?聞いたことねぇなぁ。なんせ古い話だからな」
「それに調査してたなら結果の報告とかしなくてよかったのかよ」
「調査と言っても先行調査でよ、トラップやらモンスターの駆除が殆どさ」
「勇者の扱い酷くない?」
「ん~?あぁ、これを受けたのは偽装の身分証だったからなぁ」
ストレス発散に色々やってたらしい。
一息ついてクリスタルの元に歩いて何やらもにゃもにゃやっていたマグナスがこちらに振り返って言った。
「さぁ、転移するぞ」
瞬間クリスタルが光り出し景色が白一色に包まれ、気が付けばぼんやり光る広大な空間に立っていた。