元勇者との出会い・2
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「準備なぁ…どうしようかなぁ」
まぁいいかと呟いておっさんが上着のポケットから何か取り出す。
「これな、こいつに必要なものを入れてきな」
「んん?リュックサックか」
明らかにポケットから出てくるはずがない大きさの布製のリュックサックが俺に渡される。
「こりゃあ冒険者のカバンって言うんだ、人にもよるがかなりの量が入るんだ」
おっさんの説明によると
この冒険者の鞄はおっさんの魔力で機能していて使える期間は最長半年。
鞄に入る物の大きさに制限はなく「強いて言うなら兄ちゃんが持てるサイズだな」とのこと。
容量は俺次第だという。
頭からはてなマークをひねり出していると教えてくれた。
「魔法の行使ってのは魔力量とイメージだ、兄ちゃんが普通の鞄だと思えば大して物は入らねぇが無限に入ると思えばかなりの量が入るんだよ」
「じゃあおっさんが使ったらどれくらい入るんだ?」
俺が聞くとなんでもない風に答える
「俺ぁこれでも元勇者だ。大きさなら大型バイクでも余裕だし、容量ってならドーム2つ分入れても釣りがくるな」
さすが元勇者。
それからいくつかレクチャーを受けて旅程を決めた。
準備もあるだろうからと2週間後に飲み屋街近くの神社に待ち合わせることになった。
ほろ酔い加減で帰宅した俺は早速おっさんに貰った鞄を試してみる。
アイロン、ミシン、スーツと部屋に出しっぱなしの荷物を
次々しまってみるがどんどん入っていく。
昔勢いで買った2mもある模造のポールアックスがスルスルと
全高70cmもない鞄に吸い込まれていった瞬間笑いが込み上げてきた。
本物だ。本当に本物だ。
それから12時間後、気が付いた時には
部屋の中にはいくつかの家電品と布団しかなかった。
「アホか俺は…」
明日着るものまで仕舞った自分に自身でちょっと引いたお陰で頭を冷やせた。
一度寝てよく考えよう。
勇者のおっさんと出会ってから1日経ち色々と冷静になり
何を揃えるか検討することにした。ダメな方向な冷静さとかではない。決して。
家中のものは入れてしまったのでいいとして
どうせならダンジョンだけではなく向こうの世界を少しくらいは回りたい。
先月から無職の俺には渡りに船。
おっさんとの待ち合わせまでの時間を最大限に使って都内を駆けずり回り
ネットショップを大活用して準備を整えた。
そうして迎えた当日、3時間も前に到着したのに既におっさんはいた。
「へへっ、早かったな。兄ちゃん」
「そういうおっさんこそ随分じゃねぇか、いいのか?」
「何、俺ぁ仕事を取らなきゃいつだって時間はあるんさ。じゃあもう行くかい?」
誘う言葉に否応もない。
「おし、行こう」
そういうことになった。
そうしておっさんに着いて行くと地下鉄に続く地下街への…
「防火扉?」
防火扉に付けられたくぐり戸だった。
「ようこそ、新宿迷宮へ」
おっさんは何気ない風に開かないはずのくぐり戸を開ける。
そこは迷宮だった。