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14 ”日常”の終わり

「ライー、ちょっといい?」

「だから勝手に入ってくるなと何度言えば」

「買い物行くから付き合って」

「おい」



 部屋へ突撃訪問した私にライが顔を顰める。今日は部活もなく予定もない。勿論夏休み中で学校もないので、私は暇を持て余していた。宿題? まだ一か月以上あるのだから余裕だ。



「大体俺が付き合う必要なんてないだろうが」

「いいじゃんどうせ暇でしょ」

「……ま、しょうがない。お友達がいなくて寂しい一葉の為に付き合ってやるよ」

「誰が友達いないって? それなりに居ますー」



 軽口を叩き合っているとライが立ち上がる。「着替えるからさっさと出て行け」と部屋から放り出された私は、閉められた扉を振り返って、小さく溜息を吐いた。





 先生からの伝言は動画の話と共にライに伝えてある。それを聞いたライは無言で眉を顰め厳しい表情を浮かべていた。



「伝言の意味分かる?」

「さあな」



 そう言いながらも、ライの中では何かしらの思考が組み上がっていそうだった。それからしばらくずっと険しい顔で何か考え込んでいたのだから。



「おい」

「っわ」

「いつまでぼさっとしてるんだ。お前もさっさと準備しろ」



 扉の前でぼんやりしていると既に着替えたらしいライが顔を出した。慌てて準備をするために部屋に戻ると、私は大きく息を吸って数秒目を閉じる。



「……よし」



 心を落ち着かせて顔を上げる。いつも通り、いつも通りに。


 強い日差しと蝉の声の中、私とライが向かったのは高校の傍にあるショッピングセンター、以前ライがここに来たばかりの頃に一緒に来た場所だ。

 夏休みとあって案の定店内は沢山の客で溢れかえっている。あちらこちらへ行き交う人々の間を縫うように歩いていると、後ろから早足で歩いて来た男性が私を追い抜かそうとして腕がぶつかった。

 思わずたたらを踏むとすぐに隣にいたライが私の腕を掴んで支える。



「っ、ありがとう」

「間抜けめ。もっと周囲に気を配れ」

「後ろから急にぶつかられたのにどうしろって言うのよ」



 今のはどう考えても私が悪いとは思えないんだけど。相変わらずの言動に溜息を吐きながら、どの店に入ろうかと周囲を見回す。



「それで何が欲しいんだ」

「服! あと新しいサンダルも見たい」

「はいはい」



 気のない返事を聞きながら目についたお店に入る。後ろからライが着いてきているのを確認しながら、いくつかの服を手に取って鏡の前に立ってみた。



「これどう?」

「いいんじゃねえの」

「じゃあこっちは?」

「いいんじゃねえの」

「……適当に言ってるでしょ」

「ああ」



 はっきり言った!



「ライも服とか見たら?」

「俺はいいからさっさと選べ」

「……分かった」



 どこかへ行く訳でもなく、しかし選んだ服にコメントくれる訳でもなく着いて来るライに気を取られながらも店内を回る。しかし中々琴線に触れるものもなく、諦めて別の店に行こうとした。



「あ」



 しかし店を出る直前でぱっと目に付いた涼しげなワンピースに視線が奪われる。淡いグラデーションの青色が映えるそれを、私は一瞬で気に入ってしまった。



「これいいなあ……げ」



 しかし試着しようかと思った所で値札が目に入り我に返る。予想よりも一桁多い。動きを止めた私を不審に思ったのかライが手元を覗き込み、納得したような声を上げる。



「貸さないからな」

「分かってるよ……」



 流石に諦めざるを得ない。だけどどうにも名残惜しくてワンピースを見ていると、痺れを切らしたライに腕を掴まれて、引き摺られるようにして店を後にした。

 そのまま腕を取られて歩く。ライの背中を見ながら足を動かしていると、何となく笑いが込み上げて来た。

 小さく笑っていると訝しげにライがこちらを振り向く。



「何だ」

「……なんか、あんたと最初にここに来た時のこと思い出した」

「あの時か」

「携帯買えなくて、私が引っ張ってったなあって」



 今の状況とはちょうど逆だ。



「あの時本当にムカついた。いきなり案内しろとか命令して来て酷い態度だったし」

「お前もお前で最初から大概の口の悪さだったがな」

「何よ」

「事実だろうが」



 軽く言い合うけど、勿論どちらも怒ってはいない。少し前にここに来た時は険悪だったというのにそれが可笑しくて、私は再び笑いながら前方に見えた店を指さした。



「ねえ、あの店寄って行こうよ。久しぶりにパンケーキ食べたい」













「大分遅くなっちゃったね」

「誰の所為だ誰の」



 真夏だからかまだ周囲は明るいが、それでも随分遅くなってしまった。買い物袋を揺らしながら駅から家までの道を歩いていると、ライが不満そうな声を上げた。



「交通手段が電車だけとは……ったく、車ぐらい免許なんかなくても運転できるだろうに」



 日中ほどではないが暑いのでそう言いたい気持ちは分かるけど仕方がない。



「捕まるから止めてよ。そうでなくても犯罪ぎりぎりっていうか銃刀法違反でばれたらアウトなんだから」

「そんなへまはしない」

「大した自信で」

「当然だろう」



 ライの返事に肩を竦める。まったくこの男は……。

 特に話したいことがある訳でもないのにぽつぽつと途切れずに会話は続く。どうでもいいような話ばかりしていると段々風が涼しくなって来て辺りも薄暗くなって来て、家の傍まで来た頃には暑さも殆ど感じなくなっていた。



「帰ったらまた数学の課題教えて」

「お前がすぐに理解するなら構わないが」

「ライが分かりやすく教えてくれたらすぐに理解する」

「人の所為に――っ」



 それは、酷く唐突だった。

 呑気に話している途中、不意に言葉を切ったライが私を片手で突き飛ばした。そしてそれに驚いている間もなく、私とライの間に背後からすぐさま人影が割り込んでくる。


 その手に持つ、ぎらりと光る大振りのナイフを振りかざしながら。



「……あ」



 碌に声も出ないままその光景を目で追う。性別も判断できない、フードを目深にかぶったその人は私には一切目もくれることなくその手の凶器を躊躇いなくライに向かって付き出した。



「こいつ」



 動けずに見ていることしか出来ない私とは違い、ライの顔には動揺も焦りも一切浮かんではいなかった。冷静に向かってくる人間に目を向けたライは、そのままナイフを持った手首をタイミングよく掴み、そのまま押さえつけようとする。

 しかしそれだけでは終わらない。ライに負けないくらいの力でそれに対抗するフードの人間は諦めることなくそのナイフをライに向け続けている。



「暗示が効かない……やはり追手か」



 追手? それは確か、ライがこの世界に来る前に追われていたっていう……。どうして、今更ここに。

 追手だと言われた人間は何も言わない。ただひたすら無心にライを殺そうと機械的に凶器を振りかざすだけだ。



「いい加減にっ!」



 ライが小さく舌を打った、その瞬間追手の腹にライの膝が思い切り叩きつけられる。流石に耐え切れなかったのかよろよろと数歩下がった追手にすかさずライは手を動かした。

 拳銃を取り出したライが、間髪入れずにそれを追手に向ける。

 そして私は、引き金に掛けた指が躊躇いなく引かれるのを見てしまった。



「っ」


 目の前の光景に息を詰まらせる。

 一発、ニ発と続けて銃口から飛び出した銃弾が追手の体に食い込み、その体がゆっくりと崩れ落ちて行く。


 ライが、人を殺した。



「一葉、大丈夫か」



 たった今人を撃ったライがこちらへやって来る。その手に凶器を持って。

 私は差し出された手を掴むことも出来ずに座り込んだまま後ずさる。



「一葉……?」



 顔が強張る。何も言えなくて、ただライを見上げることしか――。



「――ライ後ろ!」



 だけど考える前に声が出た。見上げたライの背後に、今しがた撃たれたばかりの追手が立ち上がっていたのだから。

 私の声に反応してライが振り返る。その時には再び銃は追手に向けられていて、もう一度耳をつんざくような銃声が大きく鳴り響いた。

 追手は悲鳴も上げない。ただ、また同じようにその場に崩れ落ちたのだ。



「……自動修復プログラムか。うかつだった」

「修復、プログラム?」

「壊れた際に自動で体や体内回路を復元するプログラムだ。核であるメインコンピュータを壊してしまえば問題ない」



 淡々とそう言ったライが倒れた追手に近付き、そしてその頭部に銃口を押し付ける。思わず目をつぶるとすぐさま銃声が響き、私は恐る恐る目を開けた。

 ばらばらになった頭部。しかし酷く動揺しながらもパニック状態にならなかったのは、辺りに散らばったのが血ではなく螺子や金属板だったからだ。



「に、人間じゃない……?」

「この世界でいうロボット……プログラムの通りに動くだけの自我もない人形だ。生身の人間を使うよりも便利だからな」

「……そっか」



 ライは誰も殺してなかった。……よかった。



「だが」



 追手だった人形から目を離さずに、こちらを見ずにライが感情の籠らない声で言葉を続ける。



「ライ?」

「人形だけじゃない。俺は今まで普通の人間も手に掛けて来た。直接殺さなくても、情報を奪うことで間接的に殺して来たんだ」

「……」

「それが戦争だ、スパイだ。後悔なんてない。ただ……」



 ライは動かない。こちらに背を向けたまま、どんな顔をしているかも分からない。



「一葉、先に家に戻ってろ」

「え?」

「どうせすぐそこだ。そんな所に座ってないでさっさと家に入って休め」

「でもライは」

「俺も後から行く」



 そう言われても、本当にこのままライを置いて戻ってもいいのだろうか。何だか嫌な予感がして、私はふらつきながら立ち上がった。向かうのは家じゃない、ライの傍だ。



「言ってることが分からないのか」

「ライを置いていけないよ」

「……どいつもこいつも、暗示が効かないっていうのは厄介だな。良いからさっさと」

「でも!」

「本当は怖くて堪らないくせに、人殺しの傍にいるって言うのか?」



 思わず肩が揺れた。ライがこちらを振り向いて、怒っているような辛そうな、よく分からない表情を見せる。

 さっきの動揺の意味に、気付かれていた。

 言葉を失う私に、ライはまるで作ったように表情を和らげる。



「嘘じゃない、少し用が終わればすぐに戻る。だから先に戻ってろ」

「……分かった」



 子供に言い聞かせるようなその言葉に私は何も言い返せなくて、大人しくライに従うことしか出来なかった。













「ただいま」

「お帰りー。あれ、雷は?」

「……すぐ帰ってくるよ」



 玄関の扉を開けてリビングに入ると、一人だけで帰って来たことを不思議に思ったのかお母さんが首を傾げた。それに小さな声で返事をすると、私は一人になりたくてすぐに階段を駆け上がって自分の部屋へと飛び込んだ。



「……」



 鞄を床に放置してベッドに俯せになって転がると、あの少しだけ辛そうな顔をしたライの表情が蘇って来た。

 傷付けたのだ。放っておけないと思った癖に、私はライを拒絶した。

 分かっていたはずだ。最初に出会った時に拳銃を向けられた時点で、戦争中の世界から来たスパイだという時点で想像ぐらい出来たはずなのだ。ライが人を傷付け……命を奪わざるを得ない状況に置かれていたことを。



「謝らなくちゃ」



 この世界に来る前のライのことなんて殆ど知らない。だけど彼が私怨や好き好んで人を傷付けていた訳ではないはずだ。それを確信するくらいには、ライのことを信じている。

 それなのに躊躇いなく銃を撃ったライに恐れを抱いた。そしてあんな顔をさせてしまった。

 ……本当に、ライは戻って来るだろうか。この家には戻らずにもう二度と会えないんじゃないか、そんな嫌な予感ばかりが過ぎる。


 不安ばかりが心の中を支配する中、ふと遠くで玄関の重い扉が開かれる音がした。それと同時に、微かに「ただいま」という声が耳に入って来る。

 慌ててベッドから飛び起きた私はどたばたと音を立てながら階段を駆け下りる。「もっと静かに降りなさい!」とお母さんの声が聞こえるが、私は構わずに靴を脱いでいるライの前に飛び出した。



「ライ!」

「ホントに騒がしいなお前は」



 返って来た言葉はまるでさっきのことなどなかったかのようないつも通りのものだった。



「ごめんなさい、私」

「別にお前が謝ることなどなかったはずだが」

「でもライを傷付けた」

「……自惚れるな。俺が傷付いた? 馬鹿なことを言うのも大概にしろ」



 はっ、と鼻で笑うようにしてそう言ったライはそのままリビングへ入ろうとして……直前に押さえつけるように強く私の頭に手を置いた。



「ちょ」

「巻き込んで悪かった」



 小さく聞こえて来た声に顔を上げようとするが、頭を押さえつける手の所為で頭を上げることが出来ない。

 だからこそ、その時のライの表情を見ることは叶わなかったのだ。













 またあの夢だ。

 翌日、目を覚ました私は今しがた見ていたいつもの夢を思い出していた。ライにそっくりなあの人が泣き笑いのような顔を浮かべ入る、いつもの夢。


 夏休みで更に部活もない今日は目覚ましも掛けていない。それなのに朝練の時と同じ時間に起きてしまった私は、何となく二度寝する気にもなれずにベッドから体を起こして着替え始めた。

 小さく欠伸をしながら昨日とは違って静かに階段を降りる。そして誰もいないリビングを通ってキッチン顔を出すと、お母さんが少し驚いたように目を瞬かせた。



「休みなのにこんな時間に起きて来るなんて珍しいわね」

「何か目が覚めて」

「ちょっとまだ朝ご飯作ってるから待ってて」



 曜日感覚がおかしくなりそうだが今日は日曜日だ。お父さんもまだ起きて来ていないらしく、平日よりもお母さんものんびりしている。



「手伝うよ」

「じゃあ目玉焼き焼いておいて。卵はそこに人数分出してあるから」

「はーい」



 ちょうど焼こうと思っていたのかフライパンはもう火にかけてある。そのまま油を引いて卵を割ろうとした所で、私は伸ばした手をぴたりと止めた。

心臓がどくん、と大きく脈を打ったのを感じる。



「……ねえ、お母さん」

「何?」

「卵、一つ少なくない?」



 声が僅かに震える。目の前にある卵は何度数えても変わらない。

 しかし私の動揺に気が付かなかったお母さんは「何言ってるの?」と不思議そうに首を傾げている。



「うちは三人家族じゃない。また寝ぼけてるの?」




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