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12 プレゼントの予約

 あれからライとは、特に何もなくいつも通り接している。勉強を教えてもらったりつまらないことで口喧嘩したり、そんなごく普通の生活を繰り返す。向こうの世界についての話は一切していない。

 あんな風にライを引き留めてしまって、けれどもそれを拒まれてそれ以上何も言えなかったのだ。

 ……通信機なんて、直らなければいいのに。




 学校の帰り、シャーペンの芯を買いに私はコンビニに寄った。蝉の声が大合唱をしている中コンビニ入ると、途端に涼しい空気が私を包み込んで癒してくれる。

 気の抜けた「いらっしゃいませー」という声を聞きながらまずは文具コーナーへ向かってシャーペンの芯を手に取る。あとはどうしようか、ちょっとテスト勉強のご褒美に甘い物でも……それは、別に今日はいいか。何しろ家に帰ればそれら既に待っているだろうから。


 結局他には何も買わずにレジに行くことにした。元々そんなにお客さんがいないので待つこともなく会計も終わる。相変わらずやる気の感じられない動きの店員を眺めながらシールの張られた商品を鞄に入れ、私は早く帰ろうと自動ドアの方へと向かった。

 しかし外に出ようとした所で先に別のお客さんが店の中に入って来る。私はその男性を避けようと端に寄ったのだが、何故か彼はそのまま私の方を見ながら歩いて来た。



「……え?」



 一瞬のうちに肩を掴まれたかと思うと、そのまま強い力で引き寄せられる。そして……首元に光る何かが突きつけられたのが微かに見えた。



「金を出せ! こいつがどうなってもいいのか!」

「ひいっ、ご、強盗!」



 状況を理解した時にはもう遅かった。男に拘束されて喉にナイフを突きつけられた私は、震え上がるように悲鳴を上げた店員の前に連れて来られる。そして見せつけるようにナイフが首に僅かに触れた。



「ど、」



 どうしよう、どうしようどうしよう!

 強盗の人質になるなんて勿論想定外だ。どうすればいい? このまま大人しくしていれば無事に解放されるのか。それとも……殺されてしまう?



「さっさとレジを開けろ! このまま目の前で殺してやってもいいんだぞ!」

「は、はいいっ」



 がたがたと震えながら店員が動き出す。私も同じように震えながらそれを見守ることしか出来ない。

 怖い。もし犯人が気まぐれに手を動かすだけで、私は簡単に死んでしまうのだ。何が強運だ、今まで怪我をしなかったとしてもこんな所で死ぬ危機に瀕している。

 誰か助けて。そう思っても私を助けてくれる人なんていない。何人かいたはずのお客さんも息を潜めているようで、勿論見ず知らずの私の為に体を張ってくれる人などいやしない。



「あ、あの、レジ開けましたけど……」



 たどたどしく店員がそう言うと犯人がぎろりとレジを睨んで一万円札を掴み取る。そしてそれを乱暴に鞄に突っ込むと、私は再び引っ張られるように自動ドアに向かって歩かされる。



「は、離して!」

「黙れ! お前も来い!」



 もう私なんて必要ないだろうと身をよじると恫喝されてナイフがさらに強く押し付けられる。見えないだけで血も出ているかもしれない。

 血……。



「やだ、誰か!」

「大人しくしろっ本当に殺されてえのか!」



 この前の血の海を思い出して悲鳴を上げてしまう。ますます食い込むナイフに何も考えられなくなる。

 誰か、助け――ライっ!



「さっさとこっちに――」



 犯人の怒鳴り声が、不自然に途切れた。それと同時に私は何かに突き飛ばされてバランスを崩して前に倒れ込む。けれどナイフはその前に先に甲高い音を立てて床に落ちた。



「え?」



 突然のことに混乱していた頭が真っ白になる。そして次の瞬間背後から犯人の悲鳴が聞こえ、私は反射的に体を起こして背後を振り返った。



「寝てろ」



 聞き慣れた低い声がそう言ったかと思えば、犯人が白目を剥いて床に倒れてしまった。

 唖然としているのは私だけではない。店内の誰もが状況を把握できずに動きを止めている中、犯人の傍に立っている男――ライはおもむろに私に近付くと腕を掴んですぐさまコンビニの外に出た。



「ら、ライ」

「少し黙ってろ」



 有無を言わせない響きを感じる。ライはそのまま逃げるように走り出し、腕を掴まれている私も引っ張られながら一緒に走った。

 コンビニと家との中間くらいだろうか、そこまで来た所でようやくライの足が止まった。大分走ったので息が切れてかなり苦しい。



「はあ……はあ……」

「体力ないな」

「あんたと一緒にしないでよ……」



 何度か深呼吸をしてようやく呼吸を整えると、私はようやくまともにライの顔を見た。



「ライ……その、ありがとう。また助けてくれて」

「コンビニに寄ろうとしたら強盗が入ってて、おまけにお前が人質になってるのが見えた。……ただでさえ運が悪いって言うのによりにもよって今日ってどれだけついてないんだ」

「……うん、私も思った」



 気が動転していた私は気付かなかったが、コンビニに入ったライは暴れていた私に犯人が気を取られているうちに素早く近づいてナイフを叩き落した。そして私達を引きはがして犯人を気絶させたのち、すぐに私を引っ張って走り出したのだ。

 ライの顔を見上げていると、不意に彼の手が私の喉元に伸ばされる。



「怪我はないようだな」

「え、よかった……」



 ナイフが触れた感触はしたが、どうやら切れてはいなかったらしい。首に触れながら心底安堵すると、ライは掴んだままだった腕を引っ張ってそのまま歩き出した。



「でも、なんであんなに逃げるように走ったの?」

「ようにじゃない、逃げたんだ。事情聴取なんて受けるのも厄介だし、そもそも俺は国家機関に関わりたくない。他の客の証言が不自然になっても困るから暗示も掛けられなかったしな」

「そっか」

「それに、今日はそんなものに時間を割く余裕なんてないだろ」



 ライの言葉に少し驚いている間にも腕を引かれて足は進む。そう、今日は特別な日なのだ。

 ……よりにもよって、誕生日にこんな事件に巻き込まれるなんて。













「一葉、十六歳の誕生日おめでとう」

「ありがとう」



 家に帰っていつもよりも豪華な夕食が始まる。毎年のことだがお父さんはまだ帰って来ない。だけど今年は目の前に座るお母さんだけではなく、空席であるはずの隣に座る人がいる。



「それにしてももう高校生なのよねー」

「どうしたのいきなり」

「彼氏も出来たみたいだし、本当に大人になったわねって」

「か、彼氏なんていないから!」



 この前の遊園地の件をまだ勘違いしていたらしい。慌てる私を横目に取ろうとしていた唐揚げがライに奪われた。私の誕生日なんだから少しぐらい遠慮があってもいいと思う。しかし不満げに横を向いてもライはどこ吹く風だ。

 お父さんが帰って来る頃にはもうケーキも食べ終わってしまって、残り物を出されたお父さんが少し拗ねていたのは余談だ。







「一葉」



 そして夕食後、部屋でお祝いメールに返信していると、珍しくライが先に声を掛けてから部屋に入って来た。



「どうしたの?」

「やる」



 言うやいなや入ってすぐの所から何やら小箱が放り投げられる。慌てて落とす直前にキャッチしてみせると、随分軽いものだった。

 箱は白い箱のシンプルなもので中身が何かは窺えない。



「もしかして誕生日プレゼント?」

「前に言っただろう、適度な飴も必要だと」



 淡々とそう言ったライがそのまま私の隣に腰掛ける。……素直じゃない、とつい笑いそうになった。今日だって強盗から助けてくれた癖に今更飴が必要だとか言い出すなんて。



「ありがとう、開けるね」



 何が入っているんだろうと期待しながら小箱を開ける。蓋を持ち上げると、そこには半透明の淡い緑色が光る、小さなピアスが入っていた。



「え、ピアス?」

「何か問題が?」

「私ピアスの穴開けてないし、そもそも校則違反になっちゃう」

「なら、卒業するまでは付けないでおくんだな」



 確かに可愛いものだけど、そもそもどうしてピアスを選んだんだろう。ライならば同じ高校に通っているのだしそれくらい知っていそうなものだ。



「……でも、意外。ライが誕生日プレゼントくれるなんて」

「どういう意味だ」

「いやだって、何て言うか……怒らないでね?」

「?」

「誕生日とか、祝ったことなさそうだったから……」



 物心ついた時には工作員になるべく生活していたというライ。だからこそ誕生日という概念があると思えなかった。

 私の言葉に、ライは怒ることなくさらりと「そうだな」と肯定の声を上げる。



「確かに祝ったことなどない。俺も誕生日なんて知らないしな。けど、この世界ではそういうものなのだろう?」

「うん」

「それに……」



 何かを言おうとしたライの声が途切れる。どこか言いにくそうにするライをじっと見て待っていると、ややあって溜息と共に言葉が続いた。



「俺自身の痕跡は残せないが、それくらいならいいと思っただけだ」

「え? それは」



 どういう意味だと尋ねかけた所で私ははっとした。思い出すのは先日写真を撮るのを拒まれたことだ。せめて写真だけでも残したいと言った私にライは首を振った。つまりこのピアスはその代わり――確実にライという存在がこの世界に居たという証明になる。

 プレゼントがあえて、ライが普段から付けているピアスを選んだというのもそれが理由なのか。



「……馬鹿」

「だから馬鹿はどっちだ」

「そっちだってば」



 意味もなく悪態をつく。それでも手にしたピアスの入った小箱を大事に手に持つと、机の鍵が掛かる引き出しの中にしまった。



「ライは、誕生日分からないんだよね」

「そうだ。そもそも他の世界含めて正確に日時を知ってる方が珍しいからな」

「だったら……」



 私は数か月前に思いを馳せる。忘れように絶対に忘れられない、あの日のことを。

 ライがこの世界にやって来て、凪野雷になった日。



「ライが初めてうちに来た日、それを今からあんたの誕生日にするから!」

「はあ?」

「はい決定!」

「決めて何の意味が……」

「だから! 次のあんたの誕生日にはお返しにお祝いしてプレゼント上げるから!」

「……それは」



 遠回しに言った言葉の真意に気付いたのか、ライは黙り込んだ。だけど私は喋るのを止めずにそのままライに詰め寄った。



「で、プレゼントは何がいい?」

「今から決めろって?」

「そう!」

「……じゃあ、ケーキ」



 せめて、来年の誕生日までは。

 口には出さなかった言葉まで理解したように、ライは意地悪く笑って見せた。



「俺が納得するようなもの作らないとプレゼントと認めないからな」

「望むところ!」



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