隣街への道のり
服を片付け、昼食を食べ、今は都市の門に集まっていた。
と言っても、一番時間がかかったのは商人たちであり、一番遅く来たのはシンを含む商人達一行だったわけで、つまりシンたちが着いてすぐに出発するのだった。
当然だが緊急依頼で会った三つのパーティーはいない。
一同は今後の予定を確認する。
「今から出発しても一日長くなりますよ? それと、ゴブリンの森はどうしますか?」
「そうだな。やはりアレのせいで魔物の生態系にも変化が生じているみたいだしな。本当はゴブリンの森を抜ける予定だったんだが、仕方ない、ゴブリンの森は極力避けるようにして、外側に沿って行くようにしよう」
「わかりました。では行きましょう」
確認を終えて出立する。
「……っと、そろそろです」
しばらく進むと冒険者達が歩みを止めた。そして、街道を外れて森の方へ向かう。そう、さっきまでいたゴブリンの森だ。
「何で曲がったの?」
シンはルルの袖を引き尋ねる。
今シンは他の商人とともに荷馬車に乗っている。
「それはね、この先に数年前から危険な魔物が居座っているからよ」
「危険な魔物?」
「そう、魔王軍幹部にして最強の騎士とも謳われる魔物、デュラハンよ。討伐隊を組もうにもデュラハンに勝てる人がいないから様子を見るしかできないのよ」
「魔王軍?」
「魔王軍っていうのはね…...」
ルルの説明を聞いてシンは分からない言葉を尋ねるといったことを繰り返す。ルルにも分からない事はブレイや他の大人達が助け舟を出し、シンはこの世界の知識を深めていく。
そのままゴブリンの森に入るが、先ほどゴブリンキングと多くのゴブリンを倒したのでほとんど出てこない。
それでも僅かに出てくるのがゴブリンの数の多さを物語っていた。
午前中はそのまま真っ直ぐ進んだのだが、今回は少し入ったところで曲がり、すぐに森の外へ出た。
そのまま森に沿って進み続ける。
たまに森の中からゴブリンが出てくるが、冒険者達が即座に切り倒していく。
そうして進んで行くが、特に何もないまま日が沈み始める。
「今日はここまでにしましょう」
冒険者の一人が声をかけると馬車も停まり、他の冒険者も集まってくる。
野営の支度をするのだ。
「……ここは?」
「ゴブリンの森の外、ヴァルキから少し離れた所、かな? 今日はここで野営をするの」
ルルに付いて馬車を降りると、すでに冒険者達が野営の準備をしていた。
ルルとシンはそれらを手伝い、食事の用意をする。
それぞれの商会にはいくつかの特徴がある。
一度に運ぶ商品の量、速さ、品質の維持、取り扱っている商品など、生きるためのお金を稼ぐために、趣向を凝らしている。
そんな中で、ハンデル商会が売りにしているのは品質の維持と商品のバリエーションの豊富さである。
ハンデル商会の人員は大きく二つの仕事に別れている。
各地で農民や職人から商品の仕入れと販売をする人達と、各地の店を回り、店舗の商品のバリエーションを充実させる人達である。
各地を回るグループは超巨大なハンデル商会では、わずかに十グループしかいない。
だが、各グループに一つ、時空袋があり、それによって他の追随を許さないほどの売り上げを出しているのである。
時空袋とは、一定の質量までという上限があるものの、様々な物を空間を広げて収納することができ、中に収納した物は時間が止まるという便利な袋である。魔導師作である。
この時空袋を使い食材の鮮度を保ったまま各地で売れるのである。
当然高価なものはこの中にあり、だからこそゴブリンに襲われたときにほとんどためらわずに荷馬車を手放せたのである。
この時空袋を初めに、ブレイは様々な魔道具を持っている。それらの魔道具こそブレイが一代にして巨大商会を作り上げた力の元である。
一行はブレイが腰に付けている時空袋から取り出した新鮮な食材を使った、他の商会や冒険者ではできない食事をとる。
シンは食事を摂り終えると旅の初日で疲れていたのだろう。すぐに眠ってしまった。
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朝
いち早く目を覚ましたのは、商隊のリーダーであるブレイだった。
ブレイは街の外の危険をよく理解しているため、街の外で野営をするときはあまり寝ないように体に覚えこませているのだ。
その他の商人の中でも、起きることを慣らしている者が起き始めた頃、シンも目を覚ました。
シンの場合は単純に生活のリズムがそうなっていただけである。
シンのスラム領域では農場で働く母親がほとんどだったため、日が出る前に朝食を済ませ、働きに行っていたのだ。
それに合わせて子供たちもこの時間に起きていたのである。
「お、シン早いな。おはよう」
「……おはよう」
シンが馬車から出ると、ブレイが挨拶してきた。
「……何してるの?」
「……何って、見ての通り体操だよ」
ブレイは馬車の外で体を動かしていた。
「いくら俺が商人で、冒険者を雇っているとは言え、冒険者も完璧じゃない。その万が一に備えての日課だよ。ほら、昨日のゴブリンみたいにな」
「……ふーん」
しばらくすると残りの商人や冒険者達も起きだし、冒険者達が使っていたテントを片付けながら朝食の支度をし、食べ終えたらすぐに出発するのだった。
因みにルルは最後まで寝ていて朝食完成間近にようやく起きたのだった。
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そうしてゴブリンの森に沿って進み続け、三日目の夜が明けた。
シンがいつもの時間に目を覚まし、馬車の外に出ると、やはりブレイが体を動かしていた。
「お、シン。今日も早いな」
「……おはよう」
「なあ、シン。お前は確かスラム育ちだったな。今日はミーハの街に着くからルルと一緒にいろいろ見て回ると良い」
「……分かった」
ブレイの提案に短く返事をする。
しばらくするといつもの様に他の人達も起きてくる。
「さあ、今日は街まで行くぞ、森を突っ切るから冒険者諸君よろしく頼む」
ブレイは出発前に冒険者に声をかけ、地図を取り出し進む方向を指示する。
この地図も魔道具であり、一度行ったことがある場所ならば、その場所の現在の地形が詳しく分かるものだ。
そうして一行は森の中に入っていくのだった。
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ゴブリンの数に比例した巨大な森を抜け、しばらく進むと街道に出る。
そのまま街道に沿って進むと街の外壁が見えてきた。
少なくともこの周辺の街で、街の絶対防衛ラインである街壁の外で生活する人はいない。そもそも許されていない。人間一人の魔力で魔物一匹が上位種になると言われているのだ。わざわざ危険を大きくするモノ好きはいない。少なくとも普通の人間の中には。
この街はヴァルキに比べると二回りほど小さいが、それでも元王都のすぐ隣の都市だけあって結構な大きさを持つ。
街に入ると、ブレイが依頼達成の書類にサインして冒険者各グループに渡し、冒険者達はギルドへ、シンと商人達はこの街の商店へ向かった。
店に着くとそこにはハンデル商会と書かれた看板があった。
周囲にもまだ開いている店がたくさんあり、とても賑わっていた。
早速ブレイが支持を出す。
「ルル、早速だが、ギルドに行って次の街まで護衛する冒険者の募集をかけてきてくれ。イプラさん、ついて行って問題ないか確認してくれ。他のみんなは荷降ろしな」
「うん、頑張るね」
「わかりました。行きましょう、ルルさん」
イプラさんというのはこの商隊の副隊長で、ブレイがどこかの店に留まる時はこの商隊を動かしている人だ。
ルルとイプラ、それとルルの後をついて歩くシンは店を出て、商会ギルドを目指す。
街の中故に歩いて向かっているが、ここ商店街から商会ギルドがある貴族街まではそこそこ距離がある。
商会ギルドが貴族街にある理由は、貴族がわざわざ貴族街の外まで行かなずともどんな商品でも集められるようにである。商会ギルドには大手の商会のほとんどが登録しているため、基本的な物ならばなんでも取り寄せることができる。
ギルドに向かいながらイプラがルルに内容の確認をする。
「ルルさん、書く内容は分かっていますか? 穴があると後で痛い目を見ますからね」
「大丈夫ですよ、イプラさん。雇う冒険者のランク、人数、日にち、距離、報酬、その他諸注意ですよね?」
「それと、次の街までの危険度や出立日もですよ」
「あぅ、そうでしたぁ」
「まぁ、最後に私も確認しますし、ギルドの方でもちゃんとした人を派遣してくれるので心配いりませんよ」
三人は商会ギルドに着くと中に入る。
その建物は決して大きくはないが、外装も内装も美しく作られていた。
中には数人の商人が順番待ちをしていた。
カウンターは三つあるが、今は男性一人と女性一人の二席しかやっていなかった。
どちらも美形である。
ルルが、イプラの確認を取りながらギルド内に置いてある依頼書を埋める。
しばらく待つとルル達の番が回って来た。
「こんにちは。納品でしょうか? 発注でしょうか?」
「あ、えっと、依頼です」
ギルドの窓口業務員の問いは貴族を相手にする時用のものであり、さっさと自分の要件を伝えるのが正解だ。
ルルは自分のカードと依頼書を渡しながら答える。
「そこに手をかざしてください」
魔力の波調を読み取る装置だ。
人の持つ魔力の波調には指紋の様に個人個人特徴がある。
本人と断定した後、そのカードを別の装置にかけ、商会を特定する。
商人や冒険者ならこのギルドカード、貴族なら貴紋章と家名で身分を証明する。
「確認できました。依頼、確かに承りました」
業務員はそう言うと、依頼書を奥の人に渡す。
「よくできました。戻りましょう」
イプラが声をかけ、三人はギルドを出てお店に戻った。
店に戻ると、そこでは荷物を入れ終えたからか、ブレイと支店長の姿しかなく、二人は店内の品物チェックをしていた。
「お父さん、依頼出してきたよ」
「戻りました」
ルルとイプラの二人が声をかけるとブレイが、こちらに気づく。
「ああ、ご苦労さん。ほれ、ルル駄賃だ」
「えっ、こんなに? いいの?」
渡された小包はルルが予想していたよりもだいぶん重く、そこそこの金額であることが窺えた。
「シンの分も入ってる。二人で街を見てくると良い。ルル、シンにいろいろ見せてやれよ」
「うん、わかった」
得心が行ったのか、ルルは笑みを浮かべると、シンの手を掴んで街に駆けだそうとする。
そこにブレイが声をかける。
「ルル、いつも言っていることだが暗くなる前に戻ってくること、人の少ないところには近寄らないこと、わかってるな?」
「大丈夫、いってきます」
返事をすると今度こそシンの手を引いて街へ駆けだしていった。




