次元魔法
一行はシンの転移魔法で地神龍のもとに来ていた。
地面の中とはいえ、だいぶ広い空間だったのだが、流石に龍が二匹寝転ぶスペースは無かった。だが、それは大した問題ではない。
そもそも魔法とは世界を書き換える力だ。そして、ここには魔法を息をするかのように自在に使える魔導師が三人もいる。空間を広げることなど造作もなかった。
「戻ってきたか。娘はどうした?」
地神龍がシンに訊ねる。そこで、シンは一連の事の顛末を語る。とはいえ、内容はそんなに多いわけではなく、ヴォルガントに向かい、異質な魔力を感じた為すぐに離れたが、男との戦闘になり、男が魔術を使い始め押されている所に、エンド、ルフィー、雷帝龍が駆けつけ、雷帝龍と契約を交わし、魔術を行使することで諦めさせ、逃げ帰って来たと、順序通りに語っても大したことはない。
シンの経験としては過去最大の危機だったわけだが。
「そうか。戻ってきたのは良い判断だった」
地神龍はシンの話を聞き、何かに納得するかのように頷く。
「あの男は?……いや、魔術とはいったいなんだ?」
「本来ならばそれは自分で見つけ出さねばならないことなんだがな。神託が降った。特別に教える許可が下りている」
地神龍が述べた言葉にシンとエンドは楽し気な笑みを浮かべる。
「だが、許可が下りているのはお主とお主、そしてその契約者だけだ。魔術について教えるのに他の者がいてはならぬ」
そういって地神龍はシンとエンドを指さす。
「それはつまり……」
「そこの小娘にはまだその資格はないということだな」
そこに居た全員の視線がファルナに集まる。
当のファルナは縋るような視線をシンに向けていた。
シンは短く溜息を吐いた後、ファルナと正面から向き合う。
「ファルナ。君が邪魔になった。僕が先に進むのに君はついて来れない」
ファルナはシンの態度や考えがいつかこの結論を導くと予想していた為、あまり驚かなかったが、自分が支えとしてきたシンを失うショックでその場に崩れ落ちる様に座り込む。
「おいおい、シン。そいつはいくら何でも、言い方ってもんが……」
「そうよ。女の子は大事に扱ってあげなさい」
エンドとルフィーが口を出すが、シンは二人の方を一瞥すると、
「ちょっと黙っていてください」
一言で二人の言葉を遮る。
「お、おぅ」
エンドは今までに見たことのないシンの態度に驚き、つい黙ってしまう。
「僕は君の過去に立ち入る気はないし、これ以上守ってあげる気もない。自分の過去を清算して、それでもまだ僕の横に居たければ、その僕と同等以上の才能で追いついて来るといい。今はまず、博士の下へ戻れ」
座り込んで放心しているファルナにシンは言葉を重ねると、転移魔法を使ってファルナを博士の下へと飛ばす。
しばらくその場に沈黙が広がり、最初に口を開いたのはエンドだった。
「良かったのか? 婚約者だったんだろ?」
「良いんですよ。必要があれば彼女ならすぐ追いついて来るでしょう。エンドさんも彼女の才能はみたでしょう」
「あぁ」
(五年もしねぇであの技……あれも魔術だったか、を覚えたシンより優れてるとは思わねぇんだけどな)
エンドはシンが自分の実力を過小評価しているのを気にしながらも、ファルナに才能があるのは認める。
「さて、良いかな?」
ファルナがこの場からいなくなったことで、地神龍は話を始める。
「とはいえ、何から話したものか。そうだな、とりあえず魔術について話すとしよう」
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話すのが下手な地神龍の話を簡単にまとめると、魔導師は神になれる存在であり、この世界は神になる魔導師を選ぶ場でもある。魔術が使えるようになることは神になる為の条件の一つで、他の条件には人以外の何らかとの契約といったものが必要だったりする。シンの場合は雷帝龍、エンドの場合は大精霊である。
誰が付けたとも分からない、魔導師は神の子というのもあながち間違ってはいなかった。
「とりあえず、娘については後回しだ。先にお主らに次元魔法を教える。魔術が使えるようになり、この世界について知った今なら、別に教えずともいずれ神の次元におのずと行くだろうが、どうにも急いでいるようでな、お主らには神になって貰うようだ」
地神龍の言葉を聞き、シンとエンドは再び面白そうな笑みを浮かべる。
「それで、何をすりゃぁいいんだ?」
「やることは簡単だ。世界に干渉し、時間と空間を超越すればよい」
エンドの問いに地神龍は答えるが、全く意味が伝わってこない。
シンとエンドが首を傾げていると、何とか説明しようと地神龍が言葉を続ける。
「今、ここに構成されている世界という空間の外側をイメージするのだ。そこに出る為の魔力の穴、それこそが次元魔法の一番簡単なものだと思うんだがな」
「ほら、あれじゃない? エンドが創ったっていう世界魔法。あれの内側から外に繋げる~みたいな?」
どう言えば伝わるか頭を捻っている地神龍を見かねて、ルフィーが口を挟む。
だが、エンドは怪訝な顔で首を横に振る。
「ルフィーも知ってんだろ。あの世界は術式を組んで固定してある。それこそ穴を開けようと思ったら術式そのものを動かさねぇと無理だろ」
「なら、この世界を創っているその式を見つければいいのかな?」
エンドが呟いた言葉にシンが反応する。
「そう! それだ! この世界を創っている魔術がもたらしているこの世界の法則。その表面でなく根源に直接干渉する魔法。それこそ次元魔法……のはずだ」
地神龍が言葉を濁すのは、結局分からないからだ。
魔導師は感覚的に魔法を駆使する為、個人によって感じ方、表現が変わる。すなわち、実際に試してみなければ分からないということだ。
「ま、やってみるとすっか」
早速シンとエンドは試行錯誤を始めることにした。
まず、二人が行ったのはいくつもの時空間魔法を術式に直すことだった。
次元魔法がどのような現象なのか想像がつかないが、時間と空間を超越するということなので、時空間魔法の系統にヒントになるものがあるのではないかと考えたからだ。
結論から言えば、大した成果は出なかった。
分かったことといえば、時間と空間に干渉することは出来るが、永続的効果を出すには術式を固定し、常時魔力を流しておかなければならないという、既に広く知られたことだった。
そもそも、時空間魔法で出来ることが限られており、いくつかのパターンを作っても比べるほど数がないのだ。
「はぁ、違う方向から考えてみますか」
シンとエンドは思ったより手こずりそうな魔法に溜息を吐いた。
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あれから十日弱、シンはゴドフとの約束通りヴェヴェングルの街に来ていた。
次元魔法についてはほとんど分からないままであり、今もエンドが継続して調べている。
雷帝龍は自分が率いていた群れの様子を見に戻り、ルフィーはエンドが創った世界の様子を見に戻っている。
シンは街に入る前に探知魔法を街全体にかけ、騎士団がいないことを確認すると、ゴドフに念話を飛ばす。
『戻ったよ』
『シン殿ですな? 依頼についてなのですが、例の古戦場には騎士団が調査に向かうとのことなので必要なくなりました。博士に頼まれたものは用意でき次第送ると伝えておいてください』
『そう、それなら僕は用事があるからもう行くね』
シンは念話を切ると、転移魔法を発動する。
向かう先は博士の下だ。
使わせてもらっていた部屋に直接転移する。
部屋の隅で丸くなってうずくまっていたファルナが驚いて顔を上げ、シンを見るが、シンは目もくれずに部屋を出て、博士のいる部屋へと向かう。
「依頼は終わったのか?」
部屋に入って来たシンを一瞥した博士は短く訊ねる。
「その依頼ですが、必要なくなったそうです。博士が頼んだものは用意できたら届けると言っていました」
「そうか」
シンの報告を聞いた博士は短く返事をし、作業を続けている。
「博士に聞きたいことがあるんですが、立体型魔法陣の制作にあたって、共通となる式を探しているんですよね? 通常の術式で発動する場合の共通点や干渉される側の界力の法則なんかは見つかっているんでしょうか?」
シンの問いに博士は作業を止めて顔を上げる。
「何かやる事が出来たようだな。私が調べたことでよければ教えてやろう」
博士はそう言うと、部屋の中に積まれている本や資料の山の中から一部の資料を取り出し、シンに渡す。
「これは?」
「私が昔調べた魔法の共通点の一覧とその考察だ。今から少しばかり話してあげるから目を通しながら聞きなさい」
普段は時間を割くのを嫌い早口で話す博士が珍しく普通の速さで説明を始めた。
「数多くの魔法陣を比べることで魔法を発動する際の最重要事項は魔力の流れにあることが分かった。魔導師はそれを感覚的に理解し、実行している。また、継続的な魔法の発動には一定の魔力循環が存在することも分かった。そして、一番重要なことだが、魔力による界力への干渉、これは言い換えれば一定界力内に魔力による疑似世界を構築し、それをこの世界上に実際に反映させていると、私は考えている」
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基礎魔法である火を発生させる魔法を例に挙げれば、地点Aに火を発生させるとして、まず、魔力を用いて疑似世界を創る。その疑似世界における地点Aに火を想像する。すると界力がその魔力の流れを読み取り、実際にその現象が起こる。ということだよ。
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博士の言葉にシンはその現象をイメージする。そして浮かび上がる疑問を問いかける。
「では、魔力を読み取る界力に仕組まれた術式はどのようなものですか?」
「…………界力に仕組まれた術式だと? そんな話は知らないが?」
博士に説明を求められ、シンはエンドが作り上げた世界魔法について語り、世界の構築には固定された術式が用いられていることを説明した。
「ふむ。…………よし、エデンに向かうぞ。私は先に向かうから、その、何と言ったか、お前の師匠とやらも連れてこい。それと、戻って来てから部屋でうずくまっているファルナもここに置いてくんじゃないぞ」
そう言うと、博士は転移魔法を発動し姿を消した。




