地神龍
シンとファルナはゴドフ含む五人と共にヴェヴェングルの街に向かう。
シンが請け負った依頼は調査隊の護衛で、その調査隊と合流する為に一度街まで行く必要があるのだ。
調査隊はゴドフの甥を含めた騎士団の小隊でそれなりに腕は立つらしい。
道中、シンは立体型魔法陣の研究を続けていた。
当然森の中を歩いているのだから草木が生えていたり地面が凸凹としているのだが、シンは見えているかの様にスタスタと歩いて行く。
ファルナはそんなシンの後ろをくっつくようについて行く。流石に作業をするようなことはなく、周囲の警戒をしていた。
「ねぇねぇ、シン君。それはいったい何をしているの?」
話しかけてきたのは護衛に当たっている騎士の中で、一番若く、一番弱そうな男だ。
ゴドフと前方の警戒に当たっている二人が僅かに顔を顰め、気を張ったのが伝わってくる。
もう一人の男は興味深そうに、しかし、気にしていない態を保とうとしている。
シンは声をかけてきた青年を一瞥すると、
「お前に説明する価値はない」
そっけなく切り捨てる。
「ありゃりゃ」
「おい! 仮にもシン殿は魔導師だぞ。その研究にほいほいと首を突っ込むんじゃない。ぼやぼやしてる余裕があるなら周囲の警戒に向けろ!」
青年がシンの対応に目を丸くしていると、警護の一人から注意を受ける。
「いや~、そうは言ってもこの辺は魔物どころか生き物一匹いやぁしないじゃないですか」
「ええい、口答えするくらいなら……」
「はぁ~い、はい。分かりましたよ」
青年は注意を遮って警戒に戻る。
その後、街に着くまで三日三晩歩きどおしで、幾度か青年はシンと話そうとしてきたが、いつもシンはそっけなく返し、青年は怒られるという場面があった。
✩ ✩ ✩ ✩ ✩
三日後の昼時、シン達はヴェヴェングルの街に到着した。
領主の館に直接つながる秘密の抜け穴を通って街中に入った。
「シン殿、ファルナ殿、今日はこの館の一室を使うと良い。女官を付けるから欲しいものがあれば言いつけると良いぞ。可能な限り用意させよう」
「分かった」
流石にゴドフも疲れているようで、そう言い残すと伸びをしながら奥の方へ行ってしまった。
その言葉にシンは頷いて返事をし、ファルナはお辞儀を返す。
シンとファルナは女官に案内されて部屋に向かう。
『街に行け』
部屋に入った途端に全身の感覚がなくなり、頭の中に聞きなれない声が聞こえる。
だが、それは一瞬のことで、シンが明らかな違和感を覚える前に元に戻る。
「お昼のついでに街の様子でも見に行く?」
「うん!」
シンが街に向かうことを提案すると、ファルナは嬉しそうに同意する。
膨大な魔力を持つ魔導師はそうそう簡単には疲れない。
二人が部屋を出るとそこに控えていた女官が驚いた顔をする。
「どうなさいましたか?」
「ちょっと街の様子を見てくる。商店街はどっち?」
「はぁ、商店街でしたらここより東側になりますが……」
「ありがとう。行ってくるよ。行こう、ファルナ」
一応女官に尋ねたが、人の魔力を感じ取れるようになったシンには人口の過密が大体わかる。
それに、この世界の街はどこも基本構造は同じだ。魔導師が作った水を生み出す魔道具と光を生み出す魔道具の恩恵を市民にも行き渡らせる最適、かつ、戦争や魔物の襲撃に備えた最適の街の構造はかつて一人の魔導師が考えたものから更新されていない。
それは他の魔導師によって大陸全土に広まっている為、少なくとも人同士の戦争が街中に及ぶことはない。
各街での違いは土地の広さや気候、周囲の魔物に応じた街壁くらいのものだが、それらの違いや住む人の違いで生じる街ごとの差がシン達の楽しみの一つである。
「二人きりでこうして街を歩くのは久しぶりかな」
「うん。ルルちゃん達と旅をしている時以来だから、一月か二月ぶりかしら」
「まずは食通りから行って昼食にしようか」
シンの提案で二人は昼食を摂ることに決め、商店街の裏にある食通りへ向かう。
いくつかの店や屋台が並ぶ中、二人はやや大きい大衆食堂を見つけると、中に入る。
昼時を少し過ぎている為か、店の大きさに比べて客が少ないように感じる。
しかし、それでも十分客の姿はあり、賑わっている。
席に座ると、店員がメニューを持ってくる。そのまま注文し、食事が来るのを待っていると、周囲の客の話し声が聞こえてくる。
「おい、聞いたか? 何でもここから一番近いとこにある街に帝国騎士団が来てるらしいぜ」
「一番ちけー所ってぇと、ヴォルガントだろ。何だってまたそんなとこに?」
「あそこの領主は黒い噂が絶えねぇって聞くぜ?」
「それで皇帝が遂に動いたって言うのか。でも何で今更?」
「これも軽く耳にしただけなんだが、何でも奴隷を抱え込んでて、そん中に偉い人がいるかもしれないんだと」
「偉い人が奴隷に?」
「ああ、よくは知らねえけどな、わざわざ騎士団が赴くくらいには偉い、いや、偉かった人か? なんだろうよ」
「そうそう、騎士団って言えば……」
…………
ふと耳に入った話に少し思考を向けるも、シンはすぐに興味を無くす。
しかし、ファルナは何かに怯える様に躰を硬くして、震わせていた。
シンはファルナの異変に気付いていたが、それも気にしないことにした。
『ヴォルガントに向かえ』
再びシンの頭の中に聞きなれない声が響く。
シンは微かに違和感を感じ首を傾げる。
その後、食事が運ばれてくるも、ファルナは半分も食べることが出来なかった。
その間も、シンは気にする様子を一切見せず、ファルナが席を立つのを待った。
食堂を出てすぐはシンの腕に張り付く様に歩いていたファルナだったが、街を見て回る内にいつもの調子を取り戻し、日が傾き領主の館に戻る頃にはむしろ調子が良い程だった。
屋敷に戻るとやけに騒がしかった。
『戻ったよ。何かあったの?』
シンはいきなりゴドフの脳内に直接念話を飛ばす。
「なっ!? 『っとと、シン殿。これで聞こえますかな?』」
『うん。そのまま話してくれれば聞き取れるよ』
突然頭の中に響いた声に驚いたゴドフだったが、すぐに対応してくれた。
『今騎士団の方々が来ておってな、申し訳ないが十日程姿を隠して貰えるかな? 勿論あの山に戻って貰っても構わない。この街に魔導師がいるという事実がなければ問題ないのじゃ』
『分かった。それじゃあ十日後の夜にまた来るね』
ゴドフから事情を聞き、シンはファルナを伴って転移魔法を使う。
瞬時にシンとファルナの姿が消える。
転移した先は街の外、南東の方角。
「博士のとこに戻らないの?」
博士のいる山から離れる方向に転移したことにファルナが訊ねる。
「うん。なんとなくだけど、そうしなきゃいけない気がしてね」
シンは首を傾げながら答える。既に万能の力を持つであろうシンが何かに興味を持つことは珍しいことなのだ。
だが、対してファルナは嫌な感覚を感じていた。その感覚に怯えるかの様にそろそろとシンの腕を取り、抱き着く。
既に日は傾き、山の向こうに沈もうとしている。
「あんまり大きい魔力を使うと感づかれてゴドフさんに迷惑がかかるかもしれないからね。ゆっくり行こうか」
シンはローブの形状を変え、ファルナを中に入れると、歩き出す。
こうすることで魔力を極力漏らさずに魔法が使える。気温の調整と身体強化で視力と聴力を強化、夜目も効く様にする。
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数日歩くと岩盤地帯に入り込む。
そこかしこに穴が空いていたり、洞穴になっている。
ここには昔、土龍が住み着いていて、これらの穴はその土龍が掘ったものだと言われている。
たくさんの冒険者が調べに来たものの、今となってはその姿は欠片も見当たらないどころか、魔物一匹住み着いていない。
だが、シンは地下深くに強大な魔力が存在しているのにしっかりと気付いていた。
それは当然ファルナも気づいており、シンに問う。
「ねぇ……シン」
「うん。ちょっと見てみようか」
そう言うと、シンは探索魔法を使い地下深くまでの様子を探る。
「……どう?」
「いるね。前にエンドさんの所で精霊の土龍を見たけど、あれと同系統の魔物がいるね。少なくとも龍種であることは間違いないよ」
シンの様子を窺いながら訊ねるファルナにシンは探知したことを答える。
「それと、人間が二人」
「うそ!? 龍種と人間が一緒にいるの?」
ファルナも魔導師であり、強い知識欲を持ち合わせている。
龍種という珍しい存在に興味を隠せない。
「行く?」
ファルナは期待に満ちた目でシンを見る。
シンとしても行かない理由はない。
ファルナに頷いて返し、先程探索魔法で把握した龍の下まで続く穴へと向かう。
穴はだいぶ深くまで続いており、まただいぶ垂直な為、歩いて下りていくのは難しそうだ。
「ファルナ、龍はこっちに気付いてると思う?」
「ん~、私には龍がどれくらいの存在なのか分からないから……。でも私たちと同じかそれ以上に強い魔力を持っているなら気付いてるはずよ」
「だよねー。ならさっさと行こうか」
一応ファルナに確認を取ると、シンはローブの中のファルナを片腕で抱き込み、風魔法と圧魔法の同時使用による飛行魔法を発動する。
シンはファルナを連れて穴の中を進み、龍の前まで数秒でたどり着く。
「ほう、人間。……いや、魔導師か。どちらにせよ珍しいな。こんな地中深くに何の用だ?」
その龍、地神龍は強者の威圧を放ちながらシンに声をかける。
その圧倒的な存在に、魔導師として膨大な魔力を持ち大抵の事には抵抗のあるファルナも竦んでいた。
「は、はは、ははははは」
唐突に穴の中に響いた笑い声を上げたのはシンだった。
「どうした? 魔導師よ」
「いや、何でもないよ。まさかこんな所で神の格を持つ龍に会えるとは思わなかったからね」
「ほう、龍の格を理解するか」
「前に帝の格を持つ龍に会ったことがあってね、調べたんだよ」
地神龍と会話をするシンに臆した様子は一切見られない。
「それで、こんな地中に何の用だ?」
地神龍は改めて問いかける。
「特に用はないよ。ただ、龍種と人間が一緒にいたのが気になってね、様子を見に来ただけだよ」
「やはり気付いていたか。おい、出てくるとよい」
地神龍は自分の背後に声をかけると、龍の後ろから二人の人間が姿を現す。
まだ四十に届かないくらいの年齢で、纏っている割と上品な服装が身分の高さを示していた。ただ、その服は汚れており、いかにも荒事を連想させる。
「こやつらは我の知り合いでな、とある事情で身の安全を脅かされていてな、我が護っているところだ」
「神の試練」
地神龍が二人について話している所にシンが口を挟む。
「……魔導師、どこまで知っている?」
「遥か昔、創造神は世界を創り、生命を創った。神が創った生命は大きく三種類。世界を護り生命を護る龍種、世界を書き換え生命を導く魔導師、世界を彩り生命を増やす人間。神は各種族の役割に合わせて知識と能力を与えた。しかし、長い歴史の中で、神の想像通りにいかない場面が何度か訪れる。その度に神はこの世界の生命に力を授け、新たな道を創る。それを魔導師の歴史の中に置いて神の試練と呼ぶようになった」
シンが知っていることを語る。
「…………そうか」
地神龍は短く呟く。
その様子にシンは眉を寄せる。
「何か違っていた?」
「いや、何も違ってはいない。ただ、それは全体の概要に過ぎないだけだ」
「どういうこと?」
地神龍の含みのある言い方にシンは問い詰める。
「今を生きる者は今起きていることを対処しなければならないということだ」
地神龍の言うことが理解できずシンは首を傾げる。
「さて、理解できぬようだから改めて説明するとしよう」
地神龍は改めて二人の人間に視線を向ける。
「この二人は神の試練の鍵となる一族の末裔でな、代々神から授けられた石を継承していたのだ。だが、こやつの治めていた国はついこないだ無くなってしまってな、ついでに世界の脅威である魔王の手先によってその土地を追い出されることになった。その時に持ち出した石を持っているこやつらの娘がこの辺にいるはずでな、少なくとも石の所在だけははっきりさせて置きたいのだ」
「???」
地神龍が改めて語った内容は纏まりがなく一度聞いて理解するのは難しかった。
シンが首を傾げているのを見て、地神龍は言葉を重ねる。
「神の試練には人間と魔導師と神のクラスを持つ魔力生命体の三種が絶対に携わることになる。この周辺にいる神龍は我だけだ。故に我が此度の試練に携わるのは既に決まったことであり、試練に必須の石の場所を把握しておくべきであるはずなのだ。だが、未だ神託が聞こえんので時を待っているのだ」
「なる、ほど?」
まだ、シンは地神龍の言葉を整理しきれず、思わずファルナの方を見る。
既に龍の威圧に竦むことはなくなっていたが、ファルナも地神龍の言葉を理解は出来ていなかった様で、首を傾げる。




