来訪者
シンとファルナが博士の助手に就いてから早一ヶ月。
シンはいつも通りの時間に起床し、魔力トレーニングをする。それによって目覚めるファルナが、しばらくして朝食を作り始め、日が昇る頃には朝食となる。山の中に居る為日が昇ったかどうかは分からないが。
それから研究の試行錯誤を前日の続きから始める。ほとんど進歩がなくとも時は過ぎる為、シンの体内時計に従って昼食の時間となる。
昼食後は再び作業に戻り、やはり進歩があろうがなかろうが、シンの体内時計に従って晩食の時間となる。
そんな毎日を繰り返していくうちに、シンがようやく一つの立体型魔法陣を完成させる。
「ほう。もう出来たのか。なるほど。ここがこうで、こっちがこれか」
早速シンが作った立体型魔法陣を博士が元の魔法陣と見比べていく。
じっくりと時間を使って検分した博士はシンの方に向き直る。
「それで、立体にする上での特徴などは分かったか? 些細な事でもいい。立体にする上での何かしらの条件を絞れればこの研究は大幅に進む筈じゃ」
研究の第一目標である、立体化の特徴について訊ねてくるが、試行錯誤の上で偶々たどり着いた立体型であるため、シンには他の立体型魔法陣と共通する条件は分からず、首を横に振るだけだった。
「そうか、まぁそんなもんじゃろう。これからもっと続けていけば見つかるじゃろう。まずは共通点を見つけねばじゃからな」
シンが分からないことは承知していたように博士は作業に戻る。
無論、シンが一つ作ったくらいで見つけれるようなものであればとっくに博士が見つけていることだろう。
そんな博士の態度に熱を入れたのはファルナだった。
その三日後にファルナも立体型魔法陣の制作に成功する。
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それから数日が過ぎた。
いつもの様に研究を続けていると、部屋の外、山の土の向こうで入り口に近付く集団を察知する。
この周辺には魔物がいるわけではないから、冒険者が来ることは考え辛い。
その分商人が通行することは多いのだが、整備された道から離れた所の見つけづらい所にあるこの入り口に真っ直ぐ向かうのは考えにくい。
そもそもここは隠蔽魔法と認識阻害魔法がかけられている為、並の方法では見つけることどころか、記憶に留めておくことも難しいはずなのだ。
そんな条件で真っ直ぐここに向かう集団がいればシンが気付かないはずもなく、同様に博士とファルナも気づいていた。
「客人じゃ。お茶を用意しておくれ」
博士は手に持っていた本を机の上に戻し、部屋を出る。そのまま博士は入り口の戸に向かい、その集団を招き入れる。
シンとファルナは調理場に向かい、お茶の用意をする。
集団は五名だが、席に着いたのは一人。用意するお茶は博士の分と座った人の分の二つでいいだろう。
ファルナが淹れたお茶をシンが転移魔法で送る。場所はシンも最初に通された客間だ。
シンの才をもってすれば部屋の中の机の上にピンポイントで転移させることも容易だ。
突然出てきたお茶に驚きを示したのは席の後ろに立つ四人の内の二人だけだった。いや、他の者も驚きはしたが、すぐに受け入れていた。
ここが魔導師の研究所ということを意識していたからか、単純に実力の差か、はたまた慣れか。
ともかく、シンは覗き見るのはその辺にして、研究室に戻る。
博士の実力は今のシンを上回っている。戦闘経験も豊富だと感じるし、シンが気にするようなことは全て何とでもするだろう。
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博士と来客の会話は既に一時間ほどになる。
シンは既に来客の事を意識から追い出して研究に没頭していた。
そこに突然、博士から念話が入る。
『シンよ。ここに来なさい』
「うわぁあ!?」
「ひゃっ!」
突然頭の中に響く博士の声にシンが驚き、飛び起きながら声を上げる。その時、机の脚を蹴り、机の上に積まれた本が崩れる。同時にシンの声に驚き、ファルナが身を竦ませ、声を上げる。
『何をやっとんじゃ、お前は。はよ来んかい』
「クッ、集中し過ぎた。『今行きます』」
シンは自分の失態を悔やみつつも博士に返事を返す。
ファルナには念話は来ていないようで、ファルナは不思議そうな顔をしている。
シンは不思議そうな顔をしているファルナをそのままに博士のいる部屋に転移する。
突然現れたシンに驚いたのは、先程お茶を出した時にしばらく驚いていた二人だ。勿論博士を除く他の面々も驚いてはいたが、すぐに驚きを隠す。寧ろ、驚いている二人は驚きすぎて腰の剣を抜きかねなかった。
博士に対面して席に座るのは中年の男性だった。山奥だからか、服装は軽装になっているのだろうが、それでも無駄な装飾の付いた高質な服を着ており、一目で貴族か豪商だと分かる。
その後ろに立つ四人は皆同様の鎧を纏い、腰に帯剣している。
「彼は今儂の助手をしている内の一人でな儂と同じ魔導師なんじゃよ。彼を貸してやろう。先に言った対価忘れるでないぞ」
「う、うむ」
転移してきたシンを無視して博士は話に区切りを付けたようだ。
そして、シンを手招きして近くに呼びつける。
「シンこいつはこの山を東に降った所の街の領主じゃ。簡単に説明すれば儂の財布の様なもんじゃ。お前さんはちょっとこいつに付いて行って頼みを聞いてやれば良い。儂はこれで」
言うなり博士は席を立って部屋を出ていく。
さっぱり理解出来ぬまま残されたシンはとりあえず席に座り領主を見る。
「すみません。見ての通り博士は何の説明もしてくれなかったので、詳しい話をお願いします」
「う、うむ。そうじゃな。一から話すとしよう」
領主はシンを魔導師と知って、接する態度に気を配っているようだ。
シンは十五歳で成人してはいるが、見た目はまだまだ子供だ。それでも、魔導師の力は十二分に脅威であり、並の人の到達できる領域を超えている。
魔導師を怒らせると国が滅ぶとは貴族の間ではよく噂されている。
「三十年前までこの山脈は戦場じゃったのですが、それはご存知ですかな?」
シンは首を横に振る。
領主はシンの様子を窺いながら話を進める。
「その戦争は我らヴァハラ帝国がヴァルキ王国を侵攻する形で起こったのですが、ヴァルキ王国の思わぬ強い抵抗に、十年にも及ぶ長い戦となったのです。私が治めている街は戦線に最も近く、多くの兵士を出し、多くの人が支援し、そして多くの人が亡くなった。その時は私の父が領主として街を治めており、私は一兵士として戦場に出ていたのです。前線は酷い有り様でして、死んだ人は弔ってやらねば早ければ三日で生きた屍になる。しかし、人が斬り合い、矢や魔法が飛び交う戦場でそんな余裕はなかった。前線は味方と敵兵とゾンビの三つの勢力が争う、まさに地獄だった。更に、ヴァハラ帝国は大きくなり過ぎた。情報が伝わる前に各地の兵は出立し、次々と戦場に送られてくる。対抗してヴァルキ王国も戦力をつぎ込んでくる。結局戦争を終わらせたのはゾンビどもに間を完全に遮られ、ヴァルキ王国がゾンビ退治に協力を求める為に、降伏したからじゃ」
初めて耳にする戦争の話にシンは耳を傾けて聞き入る。
領主の後ろに控える、よく驚いている二人も聞き入っていた。
残りの二人は何かを懐かしむようにしていた。
「それで、ゾンビ達はどうなったんですか?」
よく物語はエンディングまで語られるが、気になるのはその後だ。
「うむ。まだ残っておる。この山脈を南下した所にある台地にうようよと存在しとるわ」
領主はシンの問いに一拍置いて答える。
物語のその先はまだ空白だった。
「んん。では今回の依頼というのは……」
「いや、まだ話は途中なんじゃ」
依頼の内容は後ろの護衛達も把握しているのだろう。居住まいを正していた。
「実はの、ほんの数日前にその古戦場に浮遊していくものを見たと言う者がおってな、それも一人や二人なら見間違いで済ませるのじゃが、二十人以上の目撃者がいてはな、放っておけんという訳じゃ。しかも、もうじき新魔道暦も千年になる。魔王がこの世に姿を現したと言われてから千年じゃ。各地で魔王軍幹部と名乗る魔物が戦力を集めているという情報もある。ましてや古戦場は魔物の宝庫じゃ」
「なるほど。そこで魔導師である博士に調査もとい退治の依頼に来たというわけですか」
話を聞き、シンは依頼の内容を古戦場の調査と危険の排除と推測する。
「いいや、依頼は調査だけじゃ。いろいろと複雑な事情があっての、ここで魔導師殿の力を借りていることが露見するわけにはいかないのじゃ」
「はぁ、それなら古戦場に飛んで行ったというものの正体を突き止めて報告すればいいんですか?」
シンとしては領主の事情とやらには興味はない。
それこそ、戦争の話には興味を惹かれたものの、早く終えて立体型魔法陣の研究に戻りたいのだ。
「依頼の内容は調査隊の護衛兼助力といったところじゃ。並の者ではあそこは立ち入ることすら敵わぬ。しかし、調査は必須。その上で魔導師がいることは隠さねばならぬ。その結果がこれじゃ」
シンが確かめる依頼の内容を告げる。
それは明らかに無駄な手間をかける内容だった。当然シンは嫌そうな顔をする。
「今はタイミング悪く帝都からの使節団が近くに来ておってな」
「分かりました。だったら早くしましょう。時間は有限なのですから」
シンは領主の言葉を遮って、さっさと依頼を始めることを促す。
「そ、そうじゃな。では一度街に戻って調査隊と合流しようかの。無論他の者に魔導師とばれぬ様にしとくれ」
領主のその言葉を締めに、シン達は部屋を出て、街に向かうことになる。
『では博士、ファルナ、行ってきます』
『うむ』
『え? 行くって、どこに? 待って! 私も!』
言うや否やファルナがシンの前に姿を現す。
「ファルナ、でもそれじゃあ博士の手伝いが」
「いやっ! シンと一緒にいたいの!」
ファルナはシンの手を取り、強く握る。
『まぁ良い。ただし道中も研究を続けるんじゃ。もとより時間のかかる研究じゃからな』
『『はい』』
ファルナの強い要望に博士が許可を下ろす。
シンはファルナを伴い、先行く領主の下に駆け寄る。
「シン、この方達は?」
「依頼人、博士の財布、近場の街の領主」
ファルナの問いにシンは自分の持つ情報を答える。
その内容に領主も苦笑している。
「自己紹介がまだでしたか。私はゴドフ・ヴェヴェングル。ヴェヴェングルの街の領主をしとります」
ゴドフは自己紹介をして手を差し伸べてくる。
「僕はシン。こっちは妻のファルナだよ。よろしくゴドフさん」
シンは名乗り、差し出された手を取る。




