ヴォーンズの街
ミザロンから東に向けて数十キロの位置にあるヴォーンズ。
ルル達が到着した時にはひどく慌ただしくなっており、農民から冒険者、警備兵から騎士に至るまで、落ち着かない様子で、街中が賑やかであった。
「何か騒がしいですね。何かあったんでしょうか?」
ルルが街の様子に疑問を抱き、イプラに問いかけている。
訊かれたイプラは苦笑を浮かべながら、
「何かあったも何も、道中やらかして来たじゃないですか」
イプラの答えに納得の表情を浮かべる商人一行。同時に嫌そうな顔をする。
「デュラハンのことはすぐに判明するでしょうから口にしても構いませんが、シンとファルナちゃんのことを漏らすようなことは絶ッッッ対にしないで下さいね」
ルルが商人達に口止めを伝えると、傍らに座っていたシンが徐に立ち上がり、親指を立てて首の前で横に動かして見せる。
冷たい視線を浴びて商人達は慌てて首を縦に振る。
ルルは自分の後ろで音を立てずに動いたシンの行動には気付いていない。ルルが振り返る前にシンは音を立てずに座り、何もしてない態を貫く。
依頼達成の証書を書いて渡すときに、冒険者全員に同じことを伝え、シンが同じく脅しをかけた。
シンの覇気を間近で感じた冒険者であり、抗う術もないことを魂に教え込まれた立場であって、冒険者たちは決して情報を漏らすまいと誓い合った。
しかし、人の口に戸は建てられぬとあって、いつの間にやらハンデル商会が魔導師を抱えているという情報が出回っていた。そして、皮肉なことに、この街にハンデル商会の支店は建っていない。
大きな理由として、商隊が通らなかったというのがある。
デュラハンの襲撃からもう八年が経つが、八年前はヴァルキを通ってミーハに向かうのが商隊の進路だった。
次に、人材不足だ。
デュラハンの襲撃から逃げれたハンデル商会の商人はミザロンを中心に周囲の支店に別れて、働き続けている。しかし、最も商品の多かったヴァルキで商品の大半を無くすことになり、支店に一つ置かれている通信用魔道具である魔法鏡も無くなってしまった。
そして、土地不足だ。
ヴァルキの住民が大勢逃げ出して、周囲の街の人口はどっと増えた。それを見越して、ヴァハラ皇帝の命で領地の貴族が土地を押さえて、使ってしまっていた。故に店を出せなかったのだ。
最後に商会の増加だ。
ヴァルキが潰えた所に商機を見出し、商会を立ち上げた若者がそこそこいた。成功したのはほんの一握りだが、もともとあった中堅が大手に手を届かせる程度には儲けが出しやすかった。そこに数年遅れで店を構えれるほどの余裕は当時のハンデル商会にはなかった。
ともあれ、商人達は仕事もなく、冒険者交代の日数分の休暇を得たのだった。勿論冒険者の雇用は商隊長のルルの仕事だ。
商人達は宿をとって休むのだが、情報を求めたハイエナたちに狙われて宿を出れなくなっていた。
「はぁ……退屈」
宿の部屋の中で特にすることもなく時間を潰す。
宿の中に居れば少なくともわらわらと湧き出る、情報を欲しがるハイエナからは逃げれる。
次の街までの護衛は雇わないことにした。ヴェルマ達がいるし、何よりシンがいれば魔物に怯えることはない。
何をして今日を過ごすかそう考えているとドアが叩かれる。
「どうぞ」
ルルが返事をすると、扉を開いて女将が顔を見せる。
「お客様、お客様にお見えになりたいと言うお方が……」
「またですか、次はどなたですか?」
「それが、領主様でして」
既に何度目と知れないやり取りにルルが辟易して答えるも、女将の口からでた人物に驚く。
「領主様自らですか?」
「はい」
再び確認するルルに女将の答えは変わらない。
「すぐ行きます」
ルルはとりあえず整えてあった身なりをきちんと整えてから、部屋を出て行く
「いい、シンとファルナちゃんは絶対に部屋から出ないでね」
お留守番を言い渡されたシンとファルナは魔法陣をつくって時間を潰すのだった。
部屋を出て階下に下りると、身なりが良く、お供を引き攣れた中年男性が待ち構えていた。
この街には支店がなく、情報が少ないが、現領主の名はピートン・ヴォーグルだったはずだ。
と、ルルが相手の情報を記憶から引き出していると、向こうから声をかけてきた。
「うぉっほん! 私はプートン・ヴォーグル。この街の領主をやっております。貴女がハンデル商会の副会頭であるルル殿ですかな?」
「はい、ハンデル商会副会頭、ルル・ハンデルです」
わざとらしい咳払いと、上を向いた髭が癇に障るが、相手は貴族だと言い聞かせて応える。あと、名前違った。
「少々お話を聞かせて貰いたいのですが、お時間のほどはよろしいですかな?」
「ええ、構いませんよ」
ルルが笑みを浮かべながら答える。
プートンの隣に立つルルと同年代と思われる少年が間抜け面をさらしてこちらを見ているのに気付く。
ルルがそちらを見て笑いかけると、慌てて顔を逸らす。気に入らない。
「亭主殿、話し合いに使える部屋はあるかね?」
「あ、いえ、申し訳ないのですが、そのような部屋は備え付けてございません……」
プートンが亭主に部屋の有無を訊ねるが、そんなにいい宿ではない。
消え入りそうな声で亭主が答える。
「ふむ、ではどこか食堂にでも行きますか。亭主殿、どこか近くに良い店は無いですかな?」
「それでしたら、ここから右に三つ目の建物なんかがよろしいかと」
相変わらずヘコヘコしながら亭主が答える。
「では、そこへ参るとしますかな?」
「はい」
プートンがルルに確認をとるのに答えて、先に宿を出るプートンの後に続く。
移動先の喫茶店は簡易的な仕切りで隔てられた空間が作られており、話をするのに適していた。
店の隅の一席にプートンが先に腰掛け、ルルにも着席を促してくる。そのままプートンの対面に座ると、プートンの横に少年も腰掛ける。共に連れて来ていた兵は少し離れた位置に立っており、席二つ以上近くに座る客はいない。
しかし、店の中には他の商人か、情報屋、貴族の手先の様な客しか見当たらない。それに気付けるほどにはルルも成長したということか。
「うぉっほん! では改めて、私はこの街の領主、プートン・ヴォーグルです。こっちはせがれのピートンです」
ピートンは息子の名前だった様だ。
「ハンデル商会副会頭ルル・ハンデルです。それで、お話というのは?」
ルルも再び名乗り、話を促す。
「まぁまぁ、慌てずに。何か頼みますか? 私がもちますよ?」
「そうですか? ではお言葉に甘えて」
ルルは促されるままにメニューを手に取る。
『ゴールデンストームパフェデラックス』
『私、ストロベリーミックスパフェ』
ざっと目を通していると、頭の中にシンとファルナの声が響く。
驚いてあたりを見回すが、姿は見えない。
「どうかなさいましたか?」
「あ、いえ、なんでも」
キョロキョロと周囲を見るルルに気付き、プートンが声をかけてくる。
気のせいと判断し、プートンに感づかれないように平常心を保つ。
「決まったかね?」
「はい、フルーツパフェにします」
ルルが答えると、プートンが店員を呼ぶ。
先にプートンとピートンが注文して、ルルも注文する。
「フルーツ『ゴールデン!』ゴールデン『ストロベリー!』ストロベリー……って、ちょっと!」
途中で頭の中に響いたシンとファルナの声がそのまま口に出てしまう。
驚いて、ツッコミを入れる。
「どうかなさいましたか?」
「あ、いえ」
店員がルルの様子に目を丸くして訊ねる。ルルは慌てて口を紡ぐ。
「注文は以上でよろしいでしょうか?」
「あと、紅茶を頼むよ」
「かしこまりました」
確認を終えて、店員はそそくさと引っ込んでしまう。
(……あるんだ)
ルルのメニューに載ってない注文を店員がどう受け取ったのか、甚だ出てくる物に期待と不安が高まる。
「さて、早速ですが、ルル殿は御結婚など考えておいでですか?」
「は?」
唐突に話題を切り出したかと思いきや、突拍子のない話題にルルが目を白黒させる。
「ですから御結婚ですよ。いや、もしかして既婚でしたか? ああ、それは大変失礼を」
ルルの思考が追いつく前に転々と話すプートンに対応ができない。
「いえ、まだ結婚はしてませんが……」
なぜ急にこんな話が出てきたのだろうか。ルルの思考が追いつく前にプートンは話を進める。
「おおっ、そうですか。では、不肖うちの息子なんかどうです? これで次期領主であることは決まっておりますからな」
軽快な笑い声を上げるプートン。
未だ思考の追いつかないルルは何故こんな話に、と考えていた。同時に上手い断り方と、話の逸らし方も考えていた。
「あ、あのっ、ルルさん。その、私ではダメですか?」
「は? あ、いえ、その、……あー、うーん、えーっと……」
急に声を出した不肖な息子ことピートン。
男のくせになよなよとしているところが気に入らない。特にかっこいいわけではないが、整えられた髪が育ちの良さを物語っている。多少鍛えているのか、それとなく筋肉がついているが、普通に働いている農夫の方が立派だろう。貴族の英才教育を受けていて魔法も使えるだろうが、果たしてヴェルマより強いだろうか。何に措いてもシンの兄のヴェルマに及ばない。
はっきり言って好みじゃない。
だが、相手は貴族である為、相手の体裁も保たなくてはならない。
ルルが返答に困っていると、注文したものが運ばれてくる。
それを受け取りながらなんとか考えを纏める。因みに出てきた物はミカンやマンゴーなどの黄色い果実とイチゴの載った普通のパフェだった。
「その、私には父の後を継いで商会を動かす仕事がありますから」
ルルの言葉を濁した否定にプートンは大して気にした様子はない。一方ピートンは絶望を露わにしている。
「そうですか。まあそれは些細な事です。さて、聞きたいことはここからなのですが、ミザロンの街との間に何があったか、いえ、何がいたのか、ご存知ですか?」
前半を軽い空気で流して、そのままの空気で後半に差し掛かるが、そうはいかず、空気が冷えた感覚が襲う。
プートンの態度だけではない。周囲の商人や情報屋も神経を尖らせたためだろう。
店の中に訪れた重い空気を、紅茶を一口飲んで受けると、答えを纏める。
何かとてつもない何かがいたことは既に周知の事実。それをシンだとばれずに、シンの存在を隠した上で納得させる必要がある。
「えっと、恐らくでしか語れないのですが、デュラハンの死体がありました」
「なんと!?」
ルルの伝えた事実にプートンが驚きの声を上げる。その隣では息子も驚きを露にしており、周囲で耳を傾けていた人達も息を呑んだ。
「では、ミザロンの方にいた何かがデュラハンを倒したと?」
「いえ、それは分かりません。あの時私たちも気を失ってしまい、目を覚まして道を進むと既に魔物の死体の山がありまして。そこでデュラハンが倒れているのも目にしただけでして、その、詳しいことは何も……」
「ふーむ。……そうですか、分かりました。他に気付いたことは何かありませんか?」
「……残念ながら、特には」
ルルが少し考える素振りをして、頭を振って答える。
プートンは近くに立っていた護衛の騎士を呼びつけ、部隊を組んで街道の確認に向かうように指示を出した。
言うべきことは言ったし、これ以上ルルから話すことはない。
プートンの方も聞くべきことは聞いた、といった顔をしている。
後はたわいない話をしながらパフェを平らげ、紅茶を飲んで、時間を潰すと解放される。
「私は仕事があるのでこの辺で、丁度馬車も来たようですし」
店の前まで行き、ヴォーンズ親子が馬車で去っていくのを見送って、素早く宿に戻る。
うかうかしていると他の連中に捕まりかねない。
部屋に戻ると、シンとファルナがこちらを見ていた。
「パフェ、ずるい」
「ずるい」
二人揃って口を尖らせて抗議してくるのを、次の街で食べさせてあげることを確約することで、何とかなだめる。なだめた後は、頭の中に響いた声についての説明を求める。
その正体は念話で、本来は触れていないと使えない念話を、ルルの中に存在する、シンが刻んだ術式を介して行っていたとのことだ。
シンが得意とする時空魔法の応用でルルの様子は確認していたらしく、メニューも確認したらしい。
後は夕食時と明日の出立時に気を付けなければだが、何気に貴族と一人で対面したのは初めてだったため、疲れた感が否めなかった。
気を抜けず、手持ち無沙汰なヴォーンズでの時間はそれでも変わらず刻々と過ぎていった。




