戦闘
デュランの突進、ほぼ同時に繰り出される三十二の斬撃。
迎え撃つシンの爆炎。
デュランの動きにズレが生じ、斬撃の型がほんの僅かにズレる。
たったそれだけでシンのローブを斬撃が通ることはない。ズレなかった三斬撃のみをローブを動かして受ける。
同時に炎の槍が十六個生成される。この炎槍がデュランに傷を負わせることはない。
傷を負わせることは無いが、多少動きを牽制することは出来る。
(そう考えると槍の形で創らなくても良かったな)
わざわざ模ることをせずとも、威力はほとんど変わらない。
寧ろ形は用途によって変えるものであり、この場合は球状の方が効率が良かった。
創ってしまったものを使わないのはもったいない。
超至近距離にいるデュランに全てを打ち込む。隙が出来れば防御に回っているローブが攻撃に回る。
何だかんだでシンの今のところの最大の攻撃はローブの形状変化なのだ。
というより、魔導師の最大の武器は杖であるのだ。
デュランに放たれた炎槍をデュランはシンとの距離を更に詰めることで回避する。
そこまで距離を詰めると、普通なら剣を振ることは出来ないのだが、今はシンもデュランも『覚醒』状態である。どちらかが動けばその距離はとてつもなく大きい。直径一キロ、それが今の戦場だった。
超高速度で繰り広げられる戦闘は、一見デュランの怒涛の攻撃と防ぐシンで、デュランが優勢に見えがちだが、その実、明らかにシンに軍配が上がっていた。
速く、鋭い斬撃を繰り出すデュランだが、シンが創る炎球を浴びれば体の軸がほんの少しとはいえ動いてしまい、その些細なズレが斬撃の切れを殺し、シンのローブの前に無意味と化す。
かといって、炎球を避けたり、斬ったりするのに手や意識を回すと結局シンに届く斬撃は減る。それどころか、シンに攻撃を許すとその身果てるまで攻撃が止むことはないだろう。
故にデュランは攻勢に出続けるしかなかった。そして、その事実に焦りを感じ始めていた。
対して、シンは余裕そのものだ。炎球が直接ダメージを負わせることは決してないと言い切れるが、動きを鈍らせるくらいにはなっている。それだけ出来れば、シンのローブでいくらでも防げる。そして、シンは炎球にほとんど魔力を消費していないし、ローブの操作も魔力を必要としない。
魔力を消費している『覚醒』も日々の魔力トレーニングの成果か、消費が少なくなっているのが分かる。
今でこそ防御に専念しているが、『覚醒』状態に慣れてきたら炎球の威力を上げるなり、他の魔法を使うなりしても問題ないだろう。
『覚醒』を使い始めて十分。シンが口を開く。
「そろそろ、いいかな?」
あくまでも独り言だった。しかし、戦闘中で近くにいたデュランは確かにその声を聴き、冷たいものを感じて飛び退く。
直後、シンから溢れ出る覇気が増す。
段階を上げたのがデュランからしても分かった。シンとしては四割出力から六割に上げたに過ぎない。
先程の状態でもジリ貧でデュランが押されるという状況だったにも関わらず、シンは更に上があることを示して見せた。
シンの顔には余裕が見てとれた。
シンは至って真面目に戦闘をしているつもりで、真剣な表情をしていると思っているのだが、初見時の予想以上に実力に差があったことを無意識に理解して、無意識に手を抜いていた。
『覚醒』状態を手抜きと呼ぶにはいささか無理がある気もするが。
「シン殿、貴方まだ上があるとは言わないだろうな?」
さも当然の様に出力を上げたシンに対してデュランがそう声をかける。
デュランも奥の手を持ってはいるが、それを使っても、今のシンと互角か少し上回るくらいだろう。
即ち、まだ上があったらデュランに勝ち目はなく、戦う意味がない。
「今六割くらいかな?」
デュランの問いに答えながら、シンの本当の実力を測れなかったデュランは魔王軍の中でも大した地位にはいないのだろうと判断。同時にデュランの実力をきちんと測れなかった自分の経験不足を省みるのだった。
「もう終わりにしたいんだけど、まだやるの?」
「確かに勝ち目は薄そうだが、騎士たるこの身、今更引くわけにはいきませんな」
デュランの答えに辟易するシン。
デュランも勝ち目がないことを理解しているが、ここで引いたら他のデュラハンに斬られることは分かっている。一族の恥になることは出来ない。それ以前に、騎士として背を向けることは自分が許さない。
デュランは剣を片手で持ち前に掲げると、呼びかける。
「我が剣に纏え!」
それに応えるように黒馬の高い鳴き声が響く。
何をするでもなく戦場に突っ立っていたデュランの跨っていた黒馬はデュランの下に駆け寄る。同時にその体が漆黒の霧となり、デュランの掲げる剣やデュラン自身に纏う。
デュランの覇気が増幅する。
甲冑の細部が変形しており、剣もより黒く、鋭くなっている。
「ここまで出させたのは貴方が初めてです。貴方に敬意を。ここまで出さざるを得ない私に戒めを。尚も及ばぬ未熟な私に罰を」
デュランは呟き、剣を構える。
シンは両手を広げて炎、ではなく雷を創り出す。
両者が同時に動く。
光を越えた速度での一瞬の交錯。しかし、勝負は着いた。
デュランの剣は半ばから焼け切れ、その胴体の腹部には甲冑ごと貫通した風穴が空いていた。
『雷帝龍の祝福』を受けたシンが雷系統の魔法を纏えば、それは『覚醒』同様の威力を秘めている。
また、最速を誇る雷系統を前に、デュランの速度では相手にならなかっただけのことだ。
「御見事」
最後にそう言ってデュランはその場に崩れる。
シンは『覚醒』状態を解除、デュランに興味を無くし、ルルとファルナの待つ馬車の方へ歩いて行く。
シンが六割とはいえ『覚醒』を使ったのだ。ルルやヴェルマは勿論、ミザロンやヴォーンズにいる腕の立つ一部の者を除いた全ての人が気絶していることだろう。
生命体として上位に君臨する存在に対しての恐怖は生まれながらに持つものだろう。
暫らくは近付いてくる者はいないだろうが、馬も気絶していて移動も出来そうにない。
そんなことを考えながらシンが馬車に戻ると、馬車から一定距離離れた場所に、馬車を囲むように、重なって倒れている魔物の山が見えた。ファルナが近付けまいとしていた所をシンの存在に気絶したか、普通にファルナに倒されたか。
どちらだとしても大した違いはない。
その山を越えて馬車に戻ると、気を失っていると思われるヴェルマ、メシス、シャルマ、その他雇った冒険者数名と乗ってた馬達が馬車の傍に横たわっていた。馬車を引くはずの馬も体を横たえている。
考えるまでもなくファルナが運んだのだろう。
そのファルナは馬車の御者台からシンを見つけると大きく手を振っている。
手を掲げて応えて、一跳躍で御者台まで戻る。
「お疲れ様。おかえりなさい」
「ただいま。こっちは?」
「襲ってきた魔物は全滅させました。皆さん気を失っていますが怪我人はいません」
向かえるファルナに応え、シンはこちらの状況を訊ねると、ファルナは簡単に説明してくれた。
褒めて褒めてと言わんばかりに良い笑みを浮かべて報告するファルナの頭を撫でてあげる。するとより一層嬉しそうな顔をする。
怪我人がいないのはファルナが治療済みということだろう。何気にファルナは聖魔法と相性が良かった。触れて魔力を流すだけで回復させることが出来るし、条件さえ揃えば無理なく蘇生魔法も使えたりする。
因みにシンは回復系魔法とはこれといって相性がいいわけではなかった為、蘇生魔法を使おうと思ったらひどく悪い制約の下、魔力のほとんどを費やしてようやくである。
馬車の周囲にはデュランが引き攣れてきたと思われる魔物の死体が積み重なっている。
だが、シンはそれをどうにかするつもりはない。
シンがこの場を離れれば、その内周囲に領域を持つ魔物が食べに来るだろう。死体とは言え魔物の肉体だ。当然魔力を保持しており、それを食べた魔物は強化される。だが、それは何があったのかを確認にも来ない人間の失態だと、シンは考える。
「ちょっとやり過ぎちゃったかな」
魔物も人間も反応しない平原に乾いた風が吹き抜ける。
かけ離れた戦力を持ったシンにとって戦闘は興味の無いものとなっていった。
✩ ✩ ✩ ✩ ✩
デュランを倒してから三十分ほどで冒険者たちが意識を取り戻しはじめ、一時間しない内に商人含めて周囲の全員が目を覚ました。
倒れていた馬も立ち上がり、行動には支障ないか確かめている。
その間森から魔物が出てくることもなく、街から人間が様子を見に来ることもなく、シンとファルナは実に長閑な時間を過ごしていた。
「えっと、何があったのか聞いてもいい?」
「「面倒臭いから、嫌」」
馬車の周囲に魔物の死体が山となり、明らかに襲撃があったことを証明しているが、迎撃に当たったであろうたった二人の人物は説明責任を放棄。しかし、誰も何も言えない。否、ルルやヴェルマ達なら口を割らせることも出来なくはないだろうが、ヴェルマ達は外にいる為、実質事の顛末を聞けるのはルルだけとなっている。
そして、ルルは優先順位が分かっていた。
「とりあえず、ヴォーンズまで行きましょう」
周囲の魔物の死体から魔石だけでもと集めていた冒険者達を仕事に戻させ、次の街に向けて出発する。
因みに集めた魔石は大人二人分程の量になり、商人が「魔石は倒した人の物では?」と口にしてしまい、冒険者から睨まれるようなことがあったものの、シンが「興味ない」と言ったことで、冒険者の間で山分けすることになった。
ヴォーンズまでの道中、ルルは四苦八苦しながらシンとファルナから話を聞き出し、デュラハン討伐に驚くのだった。また、改めてシンの強さを痛感するのだった。




