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魔導伝ー神が覗く物語ー  作者: 虎寅
第二.五章 再会までの話
30/60

それでも走り続ける

朝、昨日と同じく、後半の見張りの人達に起こされて目を覚ます。


何匹かの熊のような魔物の死体と大量の血の跡、そして、一人の重傷者。

誰ということはない、他ならぬアシウェル父だった。

左足が膝から、左腕が肩から無くなっていた。


既に止血済みのようだが、ずいぶんと顔色が悪くなっているのが窺える。

そのあまりの惨状に気分を悪くする者が何人かいた。


「グズグズしている余裕はないぞ。肉を食わんなら出発だ」


アシウェル父は指示を出すが、その声は弱弱しく、彼の限界を表しているようだった。


「アシウェル」


父はアシウェルを呼ぶと後の話をする。


「俺はまだくたばる気はないが、このなりで森を抜け切れる自信はない。無いとは思いたいが、もし道中俺が死ぬようなことがあったら、わかっているな? 境界線に沿って南西を目指せ。くれぐれも進む方角だけは間違えるなよ」


アシウェル父はそれだけ言うと体を起こす。

左側がないため倒れそうになるが、妻に支えて貰って移動を開始する。


いつも先導していたアシウェル父が半ばで移動している為、進行が遅くなっている。

さらに、稀に起こる魔物との戦闘がとても長引くのだ。

アシウェル父が抜けた戦力ダウンは非常に大きかった。

危うくもう一人重傷者を出しかけた所でアシウェルとウォーグルが入って倒したのだ。


危機的状況に陥ると人は限界以上の力を発揮するものだ。

同時に精神的に物凄く消耗する。


それでも歩みを止めるわけにはいかず、黙々と進み続ける。


ぎりぎりの戦闘を続けながら進み続け、日は真上を通り越し、既に午後になっている。

まだまだ森を抜ける気配はなく、全員の顔に疲弊の色が見える。


そして、遂に境界上の最悪の事態が起こる。

境界を挟む二種の魔物が同時に姿を見せる。


この場合の最善の選択肢は全力で逃げるだった。

異なる種類の魔物は敵同士である。

だから、魔物同士を出来るだけ戦わせ、自分たちは素早くその場を離れるのは冒険者の間では常識であった。

しかし、普段魔物と関わることのない彼らには知る由もないことだった。


そして、最悪の選択肢をとってしまう。

彼らは今まで通り、留まって迎撃することを選んだのだ。

魔物に挟まれる形になるため戦力を分散させる必要がある。


右側から姿を見せたのはさっきまで戦っていた熊の魔物だ。

しかし、さっきまでは一匹、多くても二匹までしか同時に出現しなかったのだが、今は五匹もいる。

中には一段大きい個体も存在しており、威圧感を放っていた。


左側からは蟻と蟷螂(カマキリ)を足して大きくしたような魔物が現れた。

その数は二匹だが、その異形な姿は戦慄を覚える。


「正面に立つな! 常に動いて戦え!」


アシウェル父が傷ついた体に鞭を打ちながら指示を出す。

その声に従い、男手全員で迎撃に当たり、それでは手が足らず女も戦闘に交じる。

武器はその辺に落ちている木の棒である。

当然一撃一撃は大したダメージにならないが、繰り返せば魔物の体力を消費させることになる。

だが、それでも明らかに戦力不足だ。


「移動するぞ! 両方を一か所に纏める!」


アシウェル父がすぐに手を打つ。

片足片腕を無くしている自分の移動が一番時間がかかるため、すぐに行動に移す。

妻に支えてもらいながら少しずつ前に進んでいく。


当然周囲の戦況の確認も怠らない。

直後、突然妻を突き飛ばす。


突き飛ばされたアシウェル母は地面に倒れ込む。

同時に頭上を突風が吹き抜けていくのを感じる。


驚いて夫の方を見やると、片足で立っているその体が傾いていく。

同時にその上体がずれていく。


倒れたその体は完全に二つに別れていた。


「あなた!!!」


悲痛な叫び声が響き渡る。

しかし、二つに別れたその肉体は動かない。


そして、リーダーの喪失にほぼ全員の動きが止まる。

ほとんどの子供たちはその光景に怯え、腰を抜かし、動けなくなる。

戦闘中の大人たちもアシウェル父がいた方向を見て、動きを止めてしまう。

特に、アシウェルは立ち尽くし、武器を落としてしまう。


当然魔物達はその間も攻撃しようとする。


「動きを止めるなぁぁぁ!!!」


その叫び声はウォーグルのものだった。

彼はまだ成人していないが、大人に混ざって戦闘している。


魔物の攻撃をはじきながらの叫びだった。


その叫び声に我に返り、守るべき子供が戦っているのを見て、大人たちが再び動き出す。

それはアシウェルも同様だった。

自分よりも幼い者が戦っているのに、自分が動きを止めるわけにはいかない。


そして、子供達にも動きがある。


「シャルマ、メシス、走るよ」


ヴェルマが傍にいた妹と許嫁の手を取って移動を開始する。


「皆、動いて!」


チーシェルが他の子供たちに声をかけると、皆ヴェルマの後に続く。


ウォーグル、チーシェル、ヴェルマと他数人の大人だけがアシウェル父の死にほとんど動じることなく必要な行動をとることが出来た。


子供たちの移動に合わせて、後退しながらの戦闘に変わる。

だが、それでも危険な状態であることに変わりはなかった。


「魔法に気を付けろ!」


虫の魔物と戦っている男が叫ぶ。

直後魔物の鎌状の腕から風の斬撃が放たれる。

その斬撃は熊の魔物と戦いながら後退していた女に当たる。


「あ、ああ、ああああああ!!!」


女の右腹部が大きく切れ、大量の血が流れ出る。

痛々しい声を上げながらその場にうずくまる。


すぐにその声は収まり、同時に女の体が気の抜けたように崩れ落ちる。


「次来るぞ!」


再び男の声が響く。

倒れた女に構う暇は全くなかった。


魔物の腕から風の斬撃が放たれる。

その斬撃は無慈悲に大人たちの息の根を刈り取っていく。


数度目の斬撃が放たれた。

だが、今度の斬撃は熊の魔物に当たった。

熊の首に当たった斬撃は一撃でその命を刈り取る。


「ゴオオオォォォ」


その様子を見て、今まで後ろで控えていただけの一際大きい熊の魔物が雄叫びを上げる。

その巨体を動かし、虫の魔物の近くにいた方に一気に駆け寄ると、その巨腕を振るい一撃で叩き潰してしまう。

振り下ろした腕は地面を大きく揺らし、へこませていた。


その威力はさながら速さも普通の人が応じれるものではなかった。


「キ、キシャァァァァァ!!!」


虫の魔物がその両手の鎌を振るい斬撃を飛ばす。

しかし、その斬撃は巨大熊の剛毛を数本切り落としただけで消滅してしまう。


「ゴオオォォォ」


再び巨大熊が動き虫の魔物の前に移動する。

その巨腕を振り上げ、下ろす。

虫の魔物は潰れ、地面が揺れる。


そして、巨大熊は次の獲物に目を向ける。

すなわち、先程まで虫の魔物の相手をしていた男だ。


目が合い男は息を呑む。

巨大熊はゆっくり男の前まで移動する。

しかし、男は委縮してしまい、逃げ出せなかった。

否、逃げれないと本能が悟り、諦めたともいえる。


目の前の熊の威圧に押され、男が一歩足を下げる。

その瞬間、巨大熊は左手を振るった。

真横から強い衝撃を受けた男の体は宙を舞い、大木にその体をぶつけて停まる。

地面に落ちたその肉体はピクリともせず、一撃の威力を示していた。


「ガウゴウ、ゴフゥ」


巨大熊が可笑しな声を上げると、残りの三匹が攻撃を止めて、転がっている死体に向かう。


「おい、今のうちに逃げた方がいいんじゃないか?」


誰かがそう呟く。

そして、誰が最初ということもなく、後退する速度が上がる。

次第に速度は上がっていき、いつの間にか全力で逃げている。

先に走って逃げていた子供達とはだいぶ間が開いているが、せいぜい五分程度の差だ。


「ゴオオオオオォォォォォォ!!!!!」


今までで一番大きな雄叫びが聞こえてくる。

すぐに巨大熊が追いつき、そのまま体当たりで一人吹き飛ばす。

隣を走っていた女を右手の一振りで吹き飛ばし、そのまた近くにいた男を突進で吹き飛ばしていく。


まるで紙切れの様に吹き飛んでいく友人達を見て、他の大人たちは戦慄する。

そこで二人の男が足を止める。

誰であろう。ウォーグルの父とヴェルマの父である。


「ウォーグル、先に行きなさい。きちんと他の子達の面倒を見ろよ」

「アシウェル君、君もだ。生き残って他の子を養うのは君の仕事だよ」


覚悟を決めた二人の姿を見て他の男達も足を止める。

同時に巨大熊も攻撃を止めて二人を見ている。


アシウェルとウォーグルも足を止め残ろうとするが、二人が何か言う前にアシウェル母がそれをさせなかった。


「早く行きなさい! 親の覚悟を、決意を無駄にしないの!」

「っ……行くぞ」


二人は言いかけた言葉を呑み込み、再び走り出す。

アシウェルは迷いがあったが、ウォーグルに促され走り出した。


大人たちの中で何人かがアシウェル達の後に続くが、半数以上が巨大熊と対峙して残ることになる。


その後、アシウェル達は子供達と無事合流し、日が沈むまで走り続けたが、巨大熊が追ってくることはなかった。

同時に大人たちが追いかけてくる気配もなかった。


数が少ないため、見張りをしながら、魔物が来たら全員を起こして迎撃することにして夜を過ごす。



 ✩ ✩ ✩ ✩ ✩



朝、日が昇る前の明るくなり始めた時間に皆を起こす。

結局夜中の間に追いついてくる大人はいなかった。


魔物との戦闘が無かった為、食べれるものがない。

朝は食べずに出発し、魔物との戦闘があったらその魔物を食べることに決める。


暫らく進むと魔物と遭遇する。

それを総出で何とか倒すと、早速その魔物を食べることにした。

大人達で火を起こして、肉を焼いてくれる。

子供たちは喜んで食べるが、その顔には疲労の色が出ている。


既に、大人だけでは魔物の相手は出来ないため、子供達も戦っているのだから当然ではあるが、あとどれだけ森が続くかも分からない。

それに加えて、軽傷を負っている者も何人かいる。

軽傷とは言っても、水も奇麗な布もないため、最早とりあえず止血しているだけだ。

動かせば痛みがあるし、早めにきちんと手当しないと病気になる可能性が高い。


しかし、水場もなければ出口も見えない。

ひたすら歩き続け、再び魔物と遭遇する。

その数は四匹だ。

巨大熊との戦闘からここまで単体との戦闘は幾度かあったが、複数は初である。


「皆まだ走れるな? ここは俺に任せてくれ」


一人の男が声を上げる。

というか、アシウェルを除いて大人の男性は彼しかいなかった。


「なっ! 駄目に決まってるだろ」


アシウェルが驚いて否定する。

だが、男は語る。


「ここまで俺達を逃がしてくれたおやっさん達の言葉を忘れたのか? お前が森を抜けて、子供たちを養うんだよ。こんな所でくたばる訳にはいかんだろう」


その言葉にアシウェルは言葉を失うが、そこに割って入ったのはウォーグルだった。


「いや、ここであんたと逸れても俺たちは森を抜けることは出来ないだろう。あんたがなしで魔物を倒せるとは思えん。だったら、ここであれを倒した方がいいだろう」

「だが……」

「来るよっ!」


男が尚も食い下がろうとするが、魔物はもう待ってくれなかった。

ゆっくり近付いてきていた魔物が走って向かってくる。

チーシェルの合図で、全員で臨戦態勢をとる。


魔物は鹿の姿をしている。

普通の鹿と違うところは異常に大きく尖った角を持つところだ。


男とその妻、アシウェルとサフィア、ウォーグルとチーシェルで一匹ずつ、残りの大人の女性達で一匹、そして、それぞれに子供たちの援護が入る形での戦闘になる。

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