旅の前
次の日、父はいつも通り仕事、母はいつも通りシャルマと留守番、ヴェルマは許嫁のメシスの元へ出掛けており、いつもはヴェルマにくっついていくシンは広場の大樹の上で本を読んでいた。
言わずもがな魔導師についての本だ。
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身体強化は出来ましたか?
次は外部干渉魔法についてです。
世界には基本的事象を引き起こす界力と呼ばれる魔力があります。
自分の魔力を操り界力に干渉し、異なる事象を引き起こすのが魔術です。
では界力への干渉から始めましょう。
まず掌を上に向けて下さい。
そして掌の上に自分の魔力を塊で出現させて下さい。
体内から魔力を出す時にその魔力の向こう側に異なる魔力を感じませんか?
それが界力です。
魔力の動かし方や界力との当て方によって消費する魔力が変わります。
では魔術の基礎を記します。
まず基礎属性です。
火・水・風・土
この四つの属性は基礎属性と呼ばれ、魔導師は基本的に皆この四属性を自在に扱えるようになります。
また、全ての魔法はこの四属性から派生したと言われています。例外はありますが。
では実際に魔術を使ってみましょう。
前記の通り掌を上にして魔力の塊を創って下さい。
そして魔力に火をイメージして下さい。
周りに燃える物が無いようにしてから行って下さいね。
火は出たでしょうか?
最初はしっかりと火のイメージをしないと出ませんが、慣れれば魔力の動きですぐに出せるようになります。
え? 火は出なかった? それならば後記の魔力トレーニングをするといいですよ。
水と土も同様です。
出来たでしょうか? 水や土の方が難しいですがイメージは同じです。
魔力そのものを物質に変化させるのは生きていく上でも欠かせない技術です。
そして風です。
風は魔力を使い界力に干渉して向きと大きさを変える事で発生させます。
今度は掌を下に向けて下さい。
掌に魔力を集中させ手を上から下に振って下さい。
その時に意識だけ周囲の空気を運んで下さい。
風を動かせたのではないでしょうか?
では今の風魔法の感覚で火・水・土の属性を操って見ましょう。
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そうして基礎属性魔法のページを読み終えた頃には日が真上に昇り家に帰るのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
本を拾ってから約二年。シンは現在六歳。
シンは隠れながら本を読み終え、様々な魔術や魔力についての知識を得ていた。
因みにこの本には魔導師以外の認識を逸らす魔法がかかっていた。
今では本に手を伸ばすことも無く、誰にもバレることなく魔術を発動させる練習をし、着々と魔導師として魔術の腕を上げていた。人を吹き飛ばすくらいの強風は創れるし、火球、水球、を創り出すこともなんどもした。手近な地面の形状を自在に変えることは朝飯前だ。
アシウェルとサフィアはもう大人として働いている。
子供達のリーダーはウォーグルがやっていた。
この二年で都市は大きく変わった。
まず領主が変わった。
ヴァハラ帝国から遣わされた貴族が領主となり、その際に元王族を都市から追放、反発した多くの貴族の爵位が剥奪された。
税も増え、徴収も頻繁に行われた。以前はスラム街に住む連中に税は掛からなかったが、新しい領主が入ってからスラム街に住む人にも幾度か税がかけられた。
それに伴い貴族に支えられていた平民やギリギリの生活を送っていた者がスラムに移ってきたのだ。
さらに、スラムに仕事を廻していた貴族が激減したため、ついにスラム民を攫い、奴隷として売り払う連中が激増しているのだ。
そんなストレスを抱えた者が増えスラム街は二年前とは比べ物にならない程荒れていた。
それに対応して、他の領域の大人達に話を通し、子供たちが奴隷にならないように気を配って貰うようにもしている。
そして今日はゴミの日。
貴族が減りゴミの量は減ったし漁りに来る人は増えたが、それでも没落した貴族がいつもよりはいい物を流す為、多くのスラム民が集まる。
広場で子供達が全員集まってからゴミ屋敷に向かう。
ゴミ屋敷に着くと大人たちの視線が集まる。一部は子供たちを見守る視線だ。だが、一定数品定めするような嫌な視線が混じっているのをシンは感じ取っている。
「いいか。狙うのは小物だ。取ったら直ぐ逃げろ。大人と取り合いになったら直ぐに手を離せ。三人以上で行動することを忘れるなよ」
ウォーグルが低く落ち着いた声で支持を出す。
「来たぞ」
誰かが呟く。
道の先に騎士が荷台を引いてくるのが見えた。
大人も子供も騎士の作業が終わるのを待つ。
騎士が作業を終えゴミから十分離れた所で一斉に動き出す。
シンも一番近いゴミ袋に突っ込む。
「宝石だ!」
シンが向かっていたゴミ袋が破け、中から飛び出したのは光り輝くいくつもの宝石だった。
シンは身体強化をすると、一番手近な宝石を掴みすぐにその場を離れる。
目の前を走っているウォーグルは一本の剣を持っていた。
そのまま広場まで行き、他の皆が戻ってくるのを待つ。
「宝石を捕れたのか? よくやった!」
そう言ってウォーグルは自分の得物を大樹の下に置く。
暫く待っているとちらほらと何人か戻ってきた。
戻って来た子供たちは何も持っておらず、腕やお腹を押さえている。
皆が集まるのを待っていると一人の少年が走ってきて、
「た、大変だ! チー姉ちゃんとヴェル君とメーちゃんとシャルちゃんが大人達に捕まった!」
それを聞いて皆に動揺が走る。今まで特に何も無かった為油断していたのだ。
普段なら守ってくれていた大人達も、今回は宝石に目を取られており、まさにその隙を狙われたのだろう。
「何処だ!? チーシェルは何処に居る!?」
珍しくウォーグルが取り乱し強い気迫で訊く。
チー姉ちゃんことチーシェルはウォーグルの許嫁だ。
その気迫に当てられ周りの動揺が沈む。
「確か連れ去った連中は領域八の方に向かったと思う」
「そうか。動ける男子は手伝え、動けない奴と女子は此処で待ってろ」
場所が判り僅かに落ち着いたのか即座に指示を出し、行動に移す。
「最後に見た所まで案内しろ」
「え? ああ。了解!」
男の子が案内で先に走るとウォーグルが持っていた剣を持ち、後を追う。
シンも後に続く。シンの他に付いてきたのは一人だけだった。
そのまま案内に添って移動する。
「よし、ここからは手分けして探すぞ。各自見つからないように行動し五分で戻れ」
「了解!」
素早く四方向に別れた。
別れた直後、シンは魔力を周囲に広げる探索魔術を行使する。
すると、そう遠くない位置に複数の人の存在を感知する。
その位置の方向を探索に当たった子は問題なくその位置を見つけていたことを確認すると、シンは戻る。
「いたぞ!」
別方向に向かっていた子が言う。
「よし、ナイスだ。行くぞ」
ウォーグルの指揮の元素早く行動する。
捕まった四人は領域の外れにある、少し丈夫そうな小屋の中にいた。
ヴェルマはボロボロになって地面に倒れており、残りの女子三人は手足を縛られているようだ。
周りの大人は男五人。
「けひゃひゃ。ほら立てよ、ぼーず。お前が起きなくなったら後ろの三人を売り飛ばすぞ」
男の一人がそう言うとヴェルマがゆっくりと起き上がる。
そうして起き上がったところで蹴り飛ばされ壁にぶつかる。
「ヴェル君!」
「ちょっとやるなら私にしなさいって言ってるでしょ!」
「あー、はいはい。お前はこいつが動かなくなったら違う意味でやってやるから、待ってろ、な?」
「くっ、バカにして」
チーシェルが身代わりを申すが、相手にされなく悔しそうに歯ぎしりする。
「次にヴェルが立ち上がって注目が集まった時に一斉に飛び込むぞ。俺が牽制するからお前らで捕まってる三人の解放だ。行くぞ」
ウォーグルの指示で突撃の用意をする。
そしてヴェルマがふらふらと立ち上がる。
「今だ!!」
ウォーグルの合図と共に小屋に飛び込む。
「なっ!?」
大人達が不意を突かれ驚く。
ウォーグルが剣を振り回し牽制している内に男子二人が女子達の解放に向かい、シンはヴェルマの元へ向かう。
だが、子供の行動がそんなに速いわけない。
大人達は一瞬不意を突かれはしたものの直ぐに状況を理解する。
「っ……! 逃がすな! 取り押さえろ!」
ヴェルマを蹴っていたリーダーらしき男が声をあげる。
大人たちが動き出し、女子の解放に向かった二人は容赦ない大人達の暴力によって組み伏せられる。
剣を振り回していたウォーグルも剣を奪われ組み伏せられた。
シンはヴェルマの元にたどり着くが、リーダーの男の蹴りが直撃し、ヴェルマと共に横に吹き飛ぶ。
順番に子供が拘束されていく。
他に救けてくれる人がいない今、このまま大人しく捕まったら奴隷商に売られるだろう。
「糞ガキ共が、手間かけさせやがって」
シンを蹴ったリーダーの男がぼやきながら、シンに近づいてくる。
「ちっ……」
シンは鈍い痛みに僅かないら立ちを覚え、舌打ちをすると、大人の男を見上げて杖を向け、魔力を動かす。
僅かな恐怖と、攻撃を受けたことへの怒りで、シンは冷静さを欠いており、今まで隠して鍛えてきた魔術を全力で使っていた。
シンの足元の土が隆起し、鋭い槍となって、男の体を突き刺す。
「は?」
「え?」
他の大人達だけでなく子供達も間の抜けた声を出す。
その間にシンは狙いを定め、突っ立っている大人に向けて魔術を使っていく。
「この、雑魚どもがぁぁぁ!!!」
シンが杖を掲げて叫ぶ。
すると、人の顔よりも大きな火の玉が出現し、あっけに取られている大人達に向けて飛んでいく。
避けようとするも、火玉は一人の男の体を捉える。
「ぎゃあぁぁぁぁ!!! あちい、あちーよぉぉぉ!!!」
高温の火は即座に広がり、男の体を呑み込む。
男は熱さから逃れようと、地面を転げまわる。
近くで縛られている子供たちには熱が伝わり、その子供たちは悲鳴を上げながらできるだけ離れようとする。人が燃えているだけでも恐怖を掻き立てる情景だ。
「に、逃げろ! 逃げろぉぉぉ!!!」
「ば、化け物ぉ!」
「ひいいぃぃぃ!!」
残りの大人たちが悲鳴を上げて逃げていく。
シンはみすみす逃す気はなく、魔術を発動させる。
唯一の扉と、窓を覆い隠すように地面が隆起する。
逃げ場を失った大人たちに再度火の玉が襲い掛かる。
「きゃっ!」
「や、やめろ! 今すぐ魔法をっ……」
大人の一人がシャルマを捉え人質にしようとするも、その男がシャルマの手を掴んだ瞬間、シンは風の魔術でその男の手首を切り落とし、即座に重力を操り男の体を潰していた。
それは、非常に高度で複雑ながら瞬間的な事だった。
それに気を取られた残りの大人達は火の玉に呑まれ、悲鳴を上げながら炭となる。
周囲に大人がこと切れたのを確認したシンは子供達を縛る縄を風魔術で斬り解放する。
隆起させた地面を元に戻すと小屋の中は焼け跡と、いくらかの血痕が残った。
これで子供達は助かったが、どこか怯えたような、驚いたような顔でシンを見ている。
「う、あ……? シン……か?」
ボロボロになって倒れていたヴェルマがフラフラと立ち上がる。
「兄さん、今から魔法で治療します」
シンが足早にヴェルマに近寄り治癒魔術をかける。
すると、瞬く間にヴェルマの肉体から痣や腫れが無くなっていく。
それを見てヴォーグルは正気に戻り、
「皆無事か!? ならすぐに家に戻るぞ! さっきの奴らが戻ってくるかもしれない」
皆が無事であることを確認すると移動の指示を出す。
このままこの場にいたらまた危険が及ぶと判断したからだ。
子供達は殴られ叩き付けられたが、動けなくなる程の怪我はしていなかった。いや、実際に動かすと痛いが、それよりも早く安心できる場所に行きたいと思ったのだろう。素早く指示に従い行動する。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その日の夜。
「何っ!? 子供達が誘拐されたが犯人を殺して逃げて来ただと!?」
領域長であるアシウェルの父の元に今日の情報が渡っていた。
「うーむ、困ったな。魔法を使える者がいるとばれれば厄介な連中に目を付けられかねん……。はぁ、やはりシンを追放するしかないか」
「そんな! 彼のお陰で皆助かっんですよ」
「そんな事は分かっとる。だがそれが一番あいつの為になる。それに魔導師ならいつかはここを出ていくだろう。いろいろ不安は残るが、魔法が使えるなら外でも問題なく生きていけるはずだ」
「だがっ!」
「しかたなかろう。シンを利用しようとする者が領域内の身内を人質に取るなどはよく考えられることだ。そうなってからじゃ手遅れなんだよ。そんな不安定な危険を放ってはおけん」
アシウェルが食い下がるが父親の決定を覆すことはできなかった。
朝、シンはアシウェル宅へ来ていた。
領域内で生活してる大人達も結構来ていた。
「シンよ。お前をこの街に居させる訳にはいかん。我々の為にもお前の為にも、な。
よってお前をこの街から追放する!」
アシウェルの父、即ち領域長は静かにしかし力強くそう告げた。
それに対してシンは黙って頷く。
シンはこの二年で、大人たちの自分に対する態度は自分が魔導師であるからだと感じ取っていた。
そして、シンは魔導師の力も、その価値も理解していた。
その力を使えばこうなることは予想できていた。
「シン、何かあったら戻って来いよ」
「私達はいつだってあなたの味方よ」
「出来る限り助けになるぜ」
大人達が子供を守ったシンに感謝し、力になると口々に言う。
その言葉にシンは珍しく笑顔を浮かべ、
「……行ってきます」
別れの挨拶をし、自らの生まれた領域をあとにした。
その笑顔は嬉しそうな、寂しそうな複雑な雰囲気を醸していた。




