誕生
ここは旧ヴァルキ王国の首都ヴァルキのスラム街。
ここで今新しい生命が産まれた。
それと同時にその母体は体力が尽き、息を引き取る。
生まれたての赤子の手には僅か五センチの杖が生み出される。
赤子はその杖をしっかり掴んでいた。
出産を手伝っていた隣の小屋に住む母親は赤子の握る杖から魔導師だと理解した上で引き取った。
亡くなった母親はスラムの仲間の手で夜の内に火葬された。正しく弔わないと魔王の呪いで生ける屍となる為、きちんと燃やさなければならない。
また赤子の父親はその日鉱山で魔物に襲われ息を引き取ったと報告があった。
生まれた子はシンと名付けられた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
シンが生まれてから四年の月日が流れた。
拾ってくれた母の所には二人の子供がいた。
シンの一つ上で兄のヴェルマ。
一つ下で妹のシャルマ。
シンは自分が特別であることを感じ取っていた。
周りの子供たちは皆平等に接してくるが、大人たちは違ったからだ。
大人たちのシンに対する態度が他の子供達に対するものと異なるのも仕方がない。なんせ、シンは一つの国に数人しかいない魔導士なのだから。
この世界では子供の成長は早い。
三、四歳になって自分で考える事が出来るようになり始めると、貴族や商人の子は勉強を、平民は親の仕事の手伝いを、スラムの子は食べ物やお金の集め方を覚え始める。生きるためだ。
特に、魔導士であるシンの精神的な成長は非常に速い。
ヴェルマとシンも既にお金を集める事をしていた。
とはいえ、大人の様に鉱山や森や農場に行くわけではなく、ゴミ屋敷を漁るだけだ。
貴族が捨てた物の中には結構金目の物が入っていたりする。
そして、今日もヴェルマとシンは漁りに来ていた。
「なあ、シン。今日はいいの取れるかな?」
「……さあ? 大人が何人いるかによる」
ゴミ漁りに来てるのは子供だけじゃない。
都市が用意する仕事からあぶれた大人や仕事の情報を全く手に入れない大人なんかもゴミを漁ってお金にしている。
当然大人が多ければ子供であるシン達の取り分は少なくなる。
ちなみにシンが今持ってる杖は八十センチくらいまで大きくなった。ただ、見た目はそこらの木の枝と大差ない。
「そうなんだよな……。結局大人には敵わないからな」
ヴェルマが溜め息を吐きながら呟く。
「子供全員で掛かれば何でも狙えるけど、そうすると子供全体の収入は減るしな。よう、おふたりさん」
「二人とも、おはよう」
声を掛けてきたのはシン達と同じスラム領域に暮らす少年のアシウェルとその許嫁のサフィア。
どちらも来年には大人と同じ様に仕事に参加する。
「おおっ! アシウェルさん、サフィアさん、おはようございます」
「……おはようございます」
二人が挨拶を返す。
「今日はこっちなんですね」
成人して街で用意された仕事に加わることが出来ればゴミ漁りより遥かに稼ぎになる。
アシウェルとサフィアはまだ成人していないため、街の仕事はもらえないが、来年すぐ大人達と同様の仕事ができるように今の内から大人達について行き、仕事を手伝っている。当然報酬が増えたりはしない。
「おう! 流石にずっと手伝いで稼ぎゼロじゃまずいからな」
シンがいるスラム街はある程度領域で別れている。
シンがいる領域は夫婦と子供のみで全員の収入で全員の命を賄うといった協力体制を採っている。
ちなみに成人して結婚しなかったり出来なかった場合領域を追放される。
スラム街には元気な者が大勢いる。なぜなら、スラムの各領域に貴族が仕事を廻しているからだ。そのため、奴隷商人もスラム街にはあまり手を出さない。スラムで揉め事を起こすと、貴族の厄介になることが多いからだ。
しかし、スラム街は秩序がない。警備員もほとんど来ないため何かが盗まれることや、暴力沙汰もよく起こる。その結果、奴隷になる者も少なくない。
そのまま四人で喋りながらゴミ屋敷に入る。
ゴミ屋敷は都市の外れにあり、スラム街の横、というかスラム街の一角になっている。
ゴミという名目で、スラム街の住人に資金を流し、平民としての生活を得られるようにという貴族たちの計らいだ。
ゴミ屋敷に着くともう既に何人か来ていた。
同じ領域の子供も居るが他の領域から来た大人も多い。
皆互いに牽制しあい、ピリピリした雰囲気を広げている。
「はぁ~。やっぱり今日は多いな」
ヴェルマが溜め息を吐いた。
「しょうがないさ。今日はゴミの日だからね」
アシウェルも肩をすくめる。
この街では月に一度、旧王城と貴族街で出たゴミ(という名目の物品)を回収しスラム街の方に運んでくる。それが今日だ。
その為ゴミの日には多くの人がゴミ屋敷に集まる。むろん貴族の廻した仕事にありつけなかった連中だ。
「あ! アシウェルさん!」
先に来ていた子供や後から来た子供がアシウェルに気付いて近寄って来る。
そうして集まった子供はシン達を含め全部で十二人。
警備兵がゴミを回収して持ってくるのは昼頃だ。
皆でたわいもない話をしながら時間を潰す。
「そろそろ時間かな」
アシウェルがそう口にすると、子供達にも最初の様に周りの大人達を牽制するかのような、ピリピリとした雰囲気を醸し出す。
太陽は真上に差し掛かろうとしていた。
「よし! 皆、わかってると思うけど欲を出して無理はするなよ。すぐに広場に集合な」
アシウェルが指示を出すと子供達は散開する。
「来たぞ」
誰かが言った。
遠くに荷台を轢いてくる警備兵達が見えた。
荷台のゴミ袋は大きく膨らんでいる。
「ありゃ家具があるな」
大人の誰かが呟く。
大人達は皆家具を狙っている。
子供達は如何に大人達の取り合いに巻き込まれずに如何に良い物を取るかを考える。
誰もが荷台に注目している中でシンはふと目をゴミ屋敷に向ける。
すると不思議と目を奪われる本を見つける。
シンはそっとその不思議な本に近付き、隠し持つ。
その間に警備兵が到着し、ゴミを捨て始める。
皆、警備兵の作業の終わりを今か今かと待っていて、シンの行動に気付いた者は一人もいない。
警備兵達が全ての作業を終え、ゴミから離れた所で一斉に動き出す。
大人は大きい物に跳びつき、子供は小物を探して袋を破っていく。
シンも適当に何かを引っ掴み、すぐにその場を離れる。
領域内の広場に着く。
まだ誰も来ていない。シンの手に握られていたのは小さなボタンだった。普通ならもう少し時間をかけて、もっと価値のある物を探すのだが、シンはそれよりも本の方が気になったのだ。
シンは広場の中央にはえる巨大な木に登る。
かなり上の方まで登ると、大きな枝に座る。
そこでシンはさっき見つけた本を開き読み始めた。
シンは文字が読めないが何故か書いてある事は理解出来た。
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これは、魔導師によって書かれた魔導師の為の本です。
人は皆魔力と呼ばれる不思議なエネルギーを持っています。
魔力制御とは体内に存在する魔力を自在に操ることです。
魔力を自在に操る事が出来る様になると魔法や魔術が使える様になります。
それではまず魔力がどんなものか実感してみましょう。このページに手を翳しながら『チェック』と唱えて下さい。
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シンが手を翳し、『チェック』と唱えると身体の中で何かがざわついた気がした。
初めて経験した不思議な感覚に続きが気になった。
しかし下の方が何やら騒がしくなってきたので降りることにした。
「お! シン! 戻ったか!」
シンが大樹から降りるとアシウェルが気付いて声を掛けてきた。
シンは無言で頷き、持っていたボタンを渡す。
そこにヴェルマとその許嫁のメシスが戻ってきて全員揃った。
メシスはヴェルマと同年齢、シンの一つ上になる。
「おかえり。どうだった?」
「こんなもんだ」
アシウェルが尋ねると、ヴェルマはいくつかの長い鎖を取り出した。
「今日は思った程良いのが取れなかったな」
会話に入ってきたのはウォーグルだ。
シンの四つ上で男の中ではアシウェルに次ぐ年齢だ。
「となると、今日の俺らの収入はこれっぽっちか」
「しょうがないさ。いつも通りだよ」
ヴェルマの呟きにアシウェルが答える。
一番値がつきそうな物で壊れた懐中時計だ。サフィアが取ったらしい。
「さぁ、じゃあ大人達が帰ってくるまで遊ぶか」
「おお〜」
暗い空気を祓う様にアシウェルが提案し、空気が明るくなる。
基本的に旧ヴァルキ王国のスラム街は生きていくのがやっと、なんて事はなく、殺伐としている訳でもないため、子供たちは自由に使える時間が割とある。
だが、遊ぶ為の道具なんかは無いから、自然と身体を使った遊びになる。
この広場も子供が遊ぶ為に作られたものだ。
「じゃあ追いかけっこかな。最初に追いかける役は俺とサフィでやる。範囲は領域内の外から二番目の道までな。三十秒したら行くぞ。よーい、ドン」
アシウェルの掛け声で他の子供たちが一斉に駆け出す。
それはシンも変わらない。
広場を出て隠れる場所を探す。
広場からある程度離れた所の家と家の間に入る。
そのまま奥まで行き、杖を立てかけて本を取り出す。
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さて、魔力の存在は解りましたね。
では早速操ってみましょう。
では目に魔力を集中させて下さい。
次に耳、首、胸、手、胴、足と順番に動かして下さい。
魔導師である貴方なら簡単にできる筈です。
何度も魔力を動かすことで自然と無駄無く素早く魔法が使えるようになります。
では実際に魔術を使って見ましょう。
まずは身体強化の魔術です。
イメージして下さい。
イメージがはっきりしてればしてる程強い魔術を起こせます。
身体強化は言わば基礎です。
イメージ次第で際限無く強くなります。
世界には音速を超える速度で動く者もいます。
いつもより動きが速いとか力が強いのが解れば身体強化の魔術は成功です。
どれくらい強くなりたいかによって訓練を続けて下さい。
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そこまで読むと足音が近付いて来ているのがわかった。
素早く本を服の下に隠す。
「シン~、何処だ~、後お前だけだから一回終わるぞ~」
どうやら見付けれないからやり直すらしい。
よくあることだ。シンが本気で隠れると誰も見つけれない。
杖を持って道に出る。
「おっ! シン! こんな所にいたのか」
近くに来ていたのはアシウェルだった。
「シンは隠れるのが上手いな。さ、一旦戻ろう」
無言で頷き、アシウェルの後ろを黙って歩く。
その後、かけっこは日が沈み始めるころまで続き、その間、シンは魔術の練習をしていた。
捕った獲物を運ぶ。
仕事から戻った母親達を手伝い食事を作る。
ご飯が出来上がる頃には男勢も帰ってきて皆で食卓を囲む。
いろんな話をして盛り上がり、ある程度の時間が経つと各家に戻り眠りにつく。




