子供魔導師
シンが目を覚ますとどこかのベットの上だった。
起きるのが相変わらずスラムで生活していた時と変わらないため、非常に早い。
シンは寝起きがいいのですぐに意識がはっきりとする。
見慣れない光景に頭を働かせ、二番塔で本を読んでいたところまでは思い出す。
周囲を窺うと隣にシンが運んできたやせ細った女の子が眠っている。
その体にはたくさんのコードが繋がっており、複数の魔法がかけられている。
部屋の中の椅子にはリービアが机に突っ伏して眠っており、机の上には多くの本が積み上げられている。
壁の向こうでは魔法が使われており、いろんなものが絶えず動いている。
この魔法には見覚えがある。
昨日厨房で使われていたものと同じだ。
魔力の質もシェンのもので間違いない。
とすればここは間違いなくリービアの部屋だろう。
起こさないようにそっと部屋を出る。
階段に付いてる時計を見ると四時を少し過ぎた所だ。
シェンの料理が食べれるようになるのは六時だし、シンは起きてすぐに食事は摂らない。
とりあえず昨日の続きを読むために二番塔へ向かう。
昨日本を読んでいた場所に行くとシンが集めた本がそのまま散らかっていた。
昨日と同じように座り込み、昨日と同じように読み進める。
✩ ✩ ✩ ✩ ✩
しばらく本を読んでいると、リービアがやって来た。
「やっぱりここにいた。おはよう」
「リービアさん、おはようございます」
「あら、私の名前は知ってるのね。あなたの名前は?」
リービアはシンの名前を知らなかった。
実際昨日はアルフレッドとシェンにしか名乗っていない。
「シンです。あの、それで、何故に僕はリービアさんの部屋で寝ていたのでしょうか?」
名乗ってから、起きた時の疑問を聞いてみる。
「それは、こんなとこで寝てるからよ。ルイスちゃんが「新しい子がしんでるー」って呼びに来た時はビックリしたんだから」
「はあ」
よくわからない状況に曖昧な返事を返す。
「まあいいわ。それよりも、医学の勉強? だったら私が見てあげようか?」
数少ない魔導師の中で専門家はさらに少ない。
そんな中で医学の専門家であるリービアに教えてもらえるのは又とないチャンスだ。
だが、当然リービア自身にも研究していることはある。
「いいんですか?」
「ええ、私にも研究があるから合間の少しの時間だけだけどね」
「ありがとうございます。お願いします」
短い時間でも自分で一から調べるよりは効率もよくなるだろう。
許可が下りたところで、シンのお腹がなった。
「そろそろ、食堂に行きましょうか。ルイスちゃんにちゃんとお礼を言うのよ」
「はい」
シンは本を揃えてその場に置くとリービアと共に食堂に向かう。
中央塔に入って、時計を確認するとだいたい六時半を指していた。
階段からこの塔に住む四人が下りてくる。
一人はアルフレッド、昨日と変わらず、白くて長い髪と顎鬚。
ニコニコと笑みを浮かべて優しそうな印象を与える。
一人は男の子、金髪の髪が逆立っており、鋭い目つきをしている。
歳はシンと同じくらいに見えるが、その歩いてる様子はおこがましげだ。
残る二人は女の子で、おそらく姉妹だろう。
二人とも赤みのかかった茶髪で、姉の方は頭の両脇でツインテールにしてあり、妹の方はセミロングだ。
他にも節々に似通った部分が見受けられる。
一番の違いは姉の方が豪胆に見え、妹の方が小胆に見えるところだろう。
四人はこちらに気付くと近寄ってくる。
「おはようございます。アルフレッドさん、エルディオくん、フイスちゃん、ルイスちゃん」
「おはようございます」
「うむ、おはよう」
「お、おはようございます」
リービアに続けて、シン、アルフレッド、ルイスと挨拶をする。
そして、エルディオとフイスがシンを睨み付け、指さし、
「「誰だ(誰よ)、こいつは」」
異口同音
初対面でシンを睨み付ける二人に、アルフレッドもリービアも乾いた笑みを浮かべる。
「シンです。どうぞよろしく」
シンは名乗ると丁寧なお辞儀をする。
「お前、歳はいくつだ?」
「今年で十一です」
「「クッ」」
指は下ろしたものの未だに睨んでいるエルディオが年齢を聞いてくる。
シンが正直に答えると、エルディオとフイスが悔しそうな顔をして視線を逸らす。
「ま、まあご飯にしましょう」
苦笑を浮かべながらもリービアが皆を食堂に促す。
食堂には十人ほどの魔導師が既にいた。
その全員がシンとほぼ同等の魔力を持っており、食堂は一時的にかなり巨大な魔力だまりになっていた。
その全員がシンを興味深そうに見ている。
「あの、なんか、見られてるんですけど」
シンが気になって、傍らにいるアルフレッドに訴える。
「まあ、あれじゃな、シンの魔力が年の割に多いからじゃな。特に気にせんでよいぞ」
アルフレッドは気にするなというが、視線を察知できるシンにとって大勢から見られるのはむず痒いものがあった。
と、そこで、エルディオがシンを指さして叫ぶ。
「おい! シン! 勝負だ! 貴様より俺様の方が強いことを証明してやる!」
シンは勝負を仕掛けられた。
だが、シンが返事をする前にフイスが待ったがかけられる。
「ちょっと! 勝負するのはあたしが先よ」
勝負することは確定事項になりそうだ。
「うるさいぞ、貴様みたいな雑魚はすっこんでろ」
「雑魚とは何よ! あんたなんかすぐに魔力切れを起こすじゃない」
エルディオとフイスが口論を始め、ルイスはオドオドしながら二人を交互に見ている。
すぐにリービアが仲裁に入る。
「はいはい、先にご飯にしましょ、ね?」
「「……フンッ」」
エルディオとフイスはしばらく睨みあった後、互いに顔を逸らす。
二人がいがみ合っている内に大半の人はシンから視線を外して食事を開始していた。
シンたちもシェンの下に行き食事を頼む。
「お、昨日の新しい子も一緒だね、皆おはよー」
シェンが軽い口調で挨拶してきたのに対して皆挨拶を返す。
それぞれシェンから食事を受け取ると、近くの席に座る。
この時、シンは素早くエルディオの横に座った。
シンの正面にはルイスが、その横、エルディオ側にはフイスが座っており、エルディオとフイスがさっきから睨みあっている。
二人が睨みあっている内に黙々と食べ進める。
いち早く食べ終えると、食器を返却口に持っていく。
食器を置くと、シェンが魔法で回収し、即座に洗う。
「ごちそうさまでした」
「はーい、お粗末様」
シェンに挨拶してから食堂を出て、二番塔へ向かう。
エルディオがシンが席を立った時点で急いで食べ始めたが、もう暫らくかかるだろう。
とにかく、今は医学の本を読むことに集中したかった。
本を積んでおいた場所に戻ると座り込んで本を読み始める。
✩ ✩ ✩ ✩ ✩
一番最初にシンの下に来たのはルイスだった。
シンは最初に来るのはリービアだと思っていたから、当てが外れた結果だ。
「あの~、その~、えっと~」
ルイスが少し離れた所から様子を窺うように声をかけてくる。
シンが本を下に置いてそちらに視線をやると、ルイスは身をすくませて、もじもじとしている。
「何か御用でしょうか?」
シンが声をかけるとようやく口を開く。
「えっと、お姉ちゃんとエルディオさんが探してて、それで、えっと、……」
そして、また口籠って黙ってしまう。
だが、シンは今の言葉でルイスの言いたいことに検討をつけた。
手招きしてルイスを近くに呼ぶと隣に場所を作って座らせる。
「ルイスさん」
「は、はい」
「あなたの気持ちは分からなくもないですが、私は今本を読んでいます。よって、彼女たちの相手は後回しです。分かりましたね」
「はい」
シンは念を押して、本の続きを読み始める。
ルイスは黙って座ってシンを見つめていたが、しばらくすると暇を持て余したのか立ち上がる。
「どこへ行くんですか?」
シンが本に視線を向けたまま声をかけるとビクッとして動きを止める。
「あの、その、ごめんなさい」
ルイスは謝って座りなおす。
シンは何故謝られたのか分からず首を傾げる。
だが、結論は出せず本を読むのに戻る。
「そういえば、昨日はここで寝ていた僕をルイスさんが見つけてくれたそうで、ありがとうございます」
「あ、いえ、はい」
ふと、思い出したようにお礼を伝える。
「昨日ルイスさんは何故ここに?」
「えっと、ルイス、治癒魔法しか取り柄がなくて、……」
「なるほど、それで医学もですか。ルイスさんは勉強家ですね」
「えっ? いえ、そんなことは…」
シンはルイスが得意な治癒魔法の強化のために医学を勉強していると解釈した。
「普段はどんな本を読んでいるんですか?」
「えっと、あっちの方にいつも置いてあります…」
「じゃあ、行きましょうか」
ルイスが右の方を指さすと、シンは周囲に積んであった本を念力で持ち上げ、スタスタと歩いていく。
ルイスも慌てて後をついてきた。
進んでいくと机と椅子が置いてあり、机の上には本が数冊置いてあった。
シンは机の上に本を積み重ねると、床に座り込んで本を読み始める。
ルイスはしばらくシンと椅子を交互に見ていたが、机の上にあった本を取るとシンの横に腰を下ろす。
「椅子は使わないんですか?」
「あの、はい」
「そうですか」
短いやり取りの後昼食の時間まで本を読み続ける。
✩ ✩ ✩ ✩ ✩
(そろそろ昼食ができる時間だろうか)
だいぶ長いこと本を読んでいたが、二番塔内に時計はないため、経過時間が分からない。
当然、厨房の匂いがここまで届くこともない。
だが、シンの体内時計はあまりずれがない。
時間外だと食事が貰えないようだからそろそろ食堂に行くべきだろう。
シンは寄りかかっているルイスを揺すって起こす。
ルイスは本を読み始めてから二時間ほどで眠ってしまった。
その際にシンの方に体を崩して寄りかかっているのだ。
起きる気配のないルイスをもう少し強く揺すると、ルイスはシンにかぶさるように寝返りをうってきた。
「う~ん。ムニャムニャ、あと五年……」
(いったいどれだけ寝るつもりだよ)
シンはまず念力でシンが読んでいた本とルイスが読んでいた本を机の上に置く。
次にうつ伏せのルイスをひっくり返すと、そのまま持ち上げる。
状態で言うならお姫様抱っこの状態だ。
そのお姫様はスヤスヤと寝ているが。
(とりあえず、この子は姉の、フイスさんといったかな? に任せよう)
そう決めると、シンは食堂に向かう。
中央塔に入ると上から声が聞こえた。
「あーー! 貴様、そんなとこにいたのか!」
エルディオの声だが、随分と遠くから聞こえる。
上を見上げてみるとエルディオは十階にいた。
時計は十二時を少し過ぎたところだ。
更に、その声を聞きつけてフイスが顔を出す。
彼女は六階にいた。
「ちょっと! ルイスに何してんのよ! 今すぐぶっ飛ばしてあげるからそこで待ってなさい!!」
ぶっ飛ばされるのは勘弁だが、どうせ任せるつもりだったフイスが向こうから来てくれるのなら、と待っていると、全力で階段を駆け下りるフイス、エルディオを追い抜いて、アルフレッドが飛んで降りてくる。
「ふぉっふぉっふぉっ。皆元気そうで何よりじゃ」
次いでフイスが下りてくる。
シンは息を切らしているフイスに近付くと、抱えているルイスを押し付ける。
「フイスさん、はい」
「っ……とと」
ルイスを押し付けられ、反射的に手を出して抱えることになったフイスは一瞬ルイスの重みで倒れそうになるが、身体強化を施すことで何とか受け止める。
そして、シンはエルディオが下りてくる前に食堂へ向かう。
シェンに食事をもらい、席に着くと四人も食堂に入ってくる。
ルイスも若干寝ぼけているが目を覚まして自分で歩いており、どうやったのか分からないが流石は姉といったところか。
だが、シンはここで一つ失敗をした。
食事を受け取ったエルディオがシンの正面に座ったのだ。
「おい、シン、午後はちゃんと勝負してもらうからな」
エルディオが宣戦布告してくる。
しかも間に割って入るはずのフイスは未だに寝ぼけているルイスの面倒を見ている。
「……分かった。受けて立とう」
吐きたくなった溜息を飲み込んで答える。
だが、シンも少し体を動かしたかったところだ。
こうして午後はエルディオとの模擬戦が決まった。