別れと出会い
「さて、と、それじゃ、行くとするか」
伸びをしながら、出立を告げるエランドにシンは聞かねばならない。
「行くって、どこに?」
そう、目的地は浮遊都市国家エデン。だが、そのエデンは現在行方知れずなのだ。その状態でどこに向かうというのか。
と、シンの疑問はもっともだが、エランドには考えがあるようだった。
「とりあえずは北だ。この街から北には未開拓地になっている超巨大な森林が存在しててな、その中に異人の里が存在するんだが、その里の世界樹に宿っている精霊神ってのがまぁなんとなく世界と繋がっているんだ。一先ず、その精霊神に会ってエデンのある方角だけでも教えてもらうつもりだ」
「そうなんだ。じゃあ早速行こう」
エランドの言葉を聞いて早速移動を始めようとしたシンの肩をエランドが掴む。
「待て待て、転移で行けないのはエデンであって異人の里には行けるんだ。とはいえ急に転移で行ったら向こうにいる連中が驚くから先に連絡を送らねえといけねえ。だからちょっと待ってろ」
エランドはそう言うと何らかの魔法を発動させる。
複雑な魔法だが、今のシンには楽々と読み解ける。特定座標の周辺を探知し、特定の人物を探し出し、その人物に念話を飛ばす魔法だ。
念話であるためにシンはエランドが誰とどんな会話をしているのか知ることは出来ない。だが、連絡は取れたのだろう。
エランドがシンの方を見て頷く。
「そんじゃ、転移するぞ」
そう言うとエランドは転移魔法を発動した。
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一瞬で景色が変わり、そこは深い森の中だった。
だが、ただの森でないことは一目瞭然だ。立派な木々の上には家の様な物が建てられており、村が出来上がっていた。
エランドの世界でも見た異人達の住居だ。
「さっさと行くぞ」
周囲の様子を眺めていたシンだったが、エランドに声をかけられ、その背を追いかける。
エランドはこの場所の事をよく知っているのだろう。その足取りに迷いはなく、やや速い。
ほんの少し歩いただけでここでのエランドの立場がただならぬものであることは容易に分かる。
すれ違う人が全員シン達に向けて、正確にはエランドに対して深々と頭を下げるのだ。少なくともエランドがここの異人達に尊重されていることは確かである。
そして、エランドが向かっている場所も検討がついた。
前方に周囲の木々とは比べようがない程の大樹がそびえ立っている。エランドが作った世界にあった世界樹の倍はあるだろう。一定距離まで近付かなければ気付かないように、認識阻害の結界型魔法が発動している。
しばらく歩いて行くと、明らかに他の異人よりも強い者が数名現れる。彼らはシン、正確にはエランドに対して深くお辞儀をする。
「よくおいでくださいました、エランド様。なにかご用件がございましたら何なりとお申し付けください」
「あんまり畏まらないでくれ、べトラさん。俺はただの犯罪者だよ。それよりシルフィを起こすからしばらく精霊たちが不安になるかもしれない。その件を素早く伝えてくれ」
なにか言いたげなベトラの言葉を遮り、要件を告げるエランドに、ベトラはもう一度深いお辞儀をして行動に移る。
エランドは、世界樹に触れると自分の魔力を流し込んで呼びかける。
「シルフィ。そろそろ力も戻っただろう? また俺を手伝ってくれ」
直後、木の深部から魔力が浮き出てくる。その大きさは魔導師に匹敵するほどだ。
「おはよう、エランド。あれからどれくらいたったの?」
「おはよう、シルフィ。八年くらいになる」
木の中から姿を現したのは少女の姿をした精霊だった。シルフィと呼ばれた精霊は欠伸を噛み殺してエランドに問いかける。
「それで? ずいぶん半端なタイミングで起こすわね?」
少し不機嫌そうなシルフィに、エランドは頭を掻きながら経緯を説明する。
シルフィの手刀がエランドの頭をたたく。
エランドとシルフィの関係が分からないシンは特に何も出来ず展開を見守るだけである。
だが、シンが何もせずとも話は進んでいく。
「うん。大まかには分かったわ。この大陸の上空で、ここから南の方角ね。これ以上は近すぎて分からないわ」
「おう、大体の方角さえわかればあんな巨大な魔力だ、すぐにみつけれるだろ」
「それじゃ、私はしばらくお休みさせて貰うわね」
そう言ってシルフィはエランドの中へと消える。そこでようやくエランドはシンの方へ向く。
「おう、シン。いろいろ聞きてえだろうがもう暫らく待ってくれな。とりあえず彼女の事だけ話しとくと、彼女は俺の契約精霊で、恐らくこの世界最強の精霊、風の精霊神だ」
質問は後にしろと釘を刺された以上シンはエランドの後を追うしかない。
エランドはベトラにすぐ出る旨を伝え、飛翔魔法を発動する。シンも飛翔魔術を駆使して後を追う。
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世界樹の下から飛び立ち、ひたすら南に向かって進んでいる。
もちろん浮遊都市国家エデンを目指してである。
少し前にシルフィが世界樹を通して世界全体の魔力分布を観察したらしい。エデンは魔導師が集うだけあって、他に比較できるものがない程に膨大な魔力を放っている。故に間違えようがないとのことだ。
雲の上まで抜けたシンは早速魔力探知を行ってみる。
しかし、流石に感知できる範囲にはないのか、一向に魔力は感じられない。
少し離れた所に微弱な魔力反応が大量にあるが、これはおそらく魔物の群れであろう。
しばらくは、旧ヴァルキ王国とヴァハラ帝国の国境だった山が続くはずだ。
大して高い山ではないが、魔物の領域が続くことになる。
当然飛行型の魔物もいるが、シンはそれらの魔物よりも高い高度を飛んでいる。
というのも、魔物の餌となる生命体は地上にしかなく、魔物の種族球も地上に近いとこにあることが多いからだ。
かつて、二つの国が戦争をしていた時はこの山に住まう魔物をいかに敵国に相手させるかの駆け引きが重要だったらしい。
閑話休題。
とにかく、シンとエランドは南下を続けていた。
途中で幾匹か魔物がシンの高度まで飛んできたが、特に気にすることなく魔法で倒して、速度を落とすことなく進み続ける。
急遽シンが移動を停める。当然、エランドも停止する。
「どうした?」
エランドの問いに応えず、シンは下を見ているだけだった。
わずかに漂う雲間に割と大きい街が見える。しかし、特に変わった様子もないただの街だ。
エランドはシンが何に気を取られたのかが分からず、シンに近づく。
「何かあったのか?」
「少し待っててください」
そう言ってシンは光学迷彩の魔術で姿を消して降下する。
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そこには、今にも崩れそうなボロイ小屋があった。
その小屋の壊れた扉の隙間からはシンと同じくらいの年齢の女の子が見えた。
その女の子はぼろい布を体に纏い、背を壁に預け、一メートルほどの木の棒を抱え込んで床に座っていた。
その黒髪は手入れされた様子もなく、布から出ている手足はひどくやせ細っている。
そして、その視線はほとんど一点に留まることはなく揺れており、時折シンを捉える。
シンは小屋の前まで移動する。
すると、女の子は頭をわずかに動かし、視線を固定する。
シンと女の子の目が合う。
シンはそこでようやく一つの結論を導き出す。
(かすかだけど、この魔力は魔導師、だろうな)
シンがあまり自信を持てない理由は女の子の魔力の少なさにあった。
ほとんど生命力がないために魔力も残っていないのである。
だが、この状態でまだ意識を保っていられるのも彼女が創る魔力がそこそこ多いからだ。
そして、シンはここで彼女を放っておけるような育ち方はしていない。
四年と半年前に行き場のないシンに居場所をくれたルルとブレイがいるからだ。
シンは小屋の中に足を踏み入れると光学迷彩を解く。
シンが姿を見て、女の子の口元がかすかに動く。
女の子の首には輪っかが着いており、その輪から発される魔力が彼女の動きを阻害するように働いている。
シンは、その輪に自分の魔力を干渉させ機能を停めると、力ずくで壊して外し、彼女を抱き上げる。
身長と比べまるで重さがなく、赤子並の重さしかない。
シンは、とりあえず、今日泊まれる宿を探すことにした。
ローブを動かして、女の子を包む。
シンのローブ、杖はシンの魔力の塊であるため、自由に形を変えられる。
それは、ローブの質にしても変わらず、手足のように動かせる布であるわけだ。
宿は街の門の近くか、商店街の裏に多い。
今は、日が沈み始めた時間帯なので、狩りに出ていた冒険者が戻ってくる時間でもある。
この街を拠点とする冒険者は各家があったりするが、旅をしながら各街を回っている冒険者は宿を使う。
商隊なんかもそうだ。
それに、そもそも、そういった旅をする人は数が限られている為、一つの街に存在する宿の数は少ない。
とりあえず、シンは商店街の方へ向かう。
理由はそっちの方が空きが多いからだ。
基本的に商隊は月に一度の間隔で来て、三日か四日で出ていく。
加えて、こっちの方が値段が高い。
稼いでいる冒険者はこっちの宿街の方を使ったりもするが、冒険者ギルドからも離れている為、その数は少ない。
よってこちらは空いてる場合が多い。
小屋から宿街まではそこそこ距離がある。
小さな住宅街と商店街を抜けていくかなくてはならない。
住宅街を歩いていると、依頼を終えた冒険者や商店街で買い物をしてきた人たちがシンを見てくる。
ローブで包んでいる為何かは分からないだろうが、明らかに大きなものを抱えているのだ。
これが、強面の大人とかだったら誘拐などといった言葉が頭をよぎり、目を合わせないのだろうが、シンはまだ成人してない子供である。
中には「なんか重そうなの運んでるな、手伝ってやろうか?」と声をかけてくる者もいたが、シンはそれらを丁寧に断り、視線を気にせず歩く。
商店街に入っても視線を向けてくる者はいたが、声をかけてくる者はいなくなった。
どこかの商会の子だと思われたのだろう。
下手に声をかけて、泥棒扱いされてはたまらないからだ。
商店街では夜中の営業ができない小、中の商会が店を閉め始めており、逆に、酒場や娼館などの夜に売り上げを出す店が開け始めていた。
商店街を二本ほど抜けると宿が建ち並ぶ宿街に出る。
手近にあった宿に入ると、受付に気前の良さそうなおばちゃんが立っている。
ローブの前を大きくしているシンを見て驚いた表情を浮かべている。
「一泊、個室一部屋」
受付に近寄り予約を取る。
「お金はあるのかい? 食事も風呂もなしで個室一泊銀貨一枚だよ?」
貨幣については記載していなかったと思うので、ここで一応。
銅貨十枚で大銅貨、大銅貨十枚で銀貨、以降大銀貨、金貨、大金貨、白金貨と価値が十倍になる。
シンはローブの隙間から手を出して、銀貨を渡す。
このお金はブレイに貰ったものだ。
大金貨一枚、金貨五枚、大銀貨、銀貨三十枚、大銅貨、銅貨五十枚、これだけ貰った。
これで、だいたい一年は暮らせる。
「ふーむ。ま、いいか。それじゃあ、これ、部屋の鍵ね」
おばちゃんは溜息を吐くかのように息を吐くと、部屋の鍵を渡してくれる。
「ありがとう」
シンは俺を言って鍵に書いてある番号の部屋へ行く。
部屋に入ると、まず女の子をベットに寝かせる。
(どうしよう)
連れてきたはいいものの、シンは何をしたらいいか分からなかった。
生まれてこの方、シンは病気なんてしたことないし、食事が食べれないこともなかった。
商隊の人達も病気にはならなかったし、精霊の民たちは精霊術で即座に治してしまった。
よって、シンは彼女の状態が良くないことは分かるが、その対処法どころかどんな状態かも全く分からないのだ。
シンは魔法を得意とするため、どうしても考えが魔法に偏ってしまう。
弱っているなら治癒魔法と考えた。
シンが女の子に治癒魔法をかけるが、効果はない。
治癒魔法は体力回復、傷の治療などの効果を持つが、今の女の子は体力の上限が下がっており、怪我をしているわけでもない。
打つ手なし。
シンはいろいろと考えてみるが、どうしようもなく、とりあえずご飯を食べることにした。
当然女の子にもあげようとするが、彼女は動くことができない。
体を起こしてやり、食べ物を少量口に含ませてやっても咀嚼できずに出してしまった。
仕方なしに、飲み物を与えてやると、これは何とか飲み込んだ。
一安心して、時間を掛けて少しずつ飲ませてやり、ある程度飲ませるとまた横にして寝かせた。
シンも横になり、眠ることにした。