第4話 あなたがあの人ですか
「う、ううん」
ミアをそすと少し古びた天井が目に入った。
辺りを見渡すと見これない風景が広がっている。
「あ、目が覚めましたか」
「えーと、ここは……」
「俺の家ですよ。見た目ほど中身はボロボロじゃないでしょう」
確かに廃墟のように見えた家とは思えないほどに綺麗になっている。
あくまでも外見との相対的な評価でボロボロでなくはない。
「何故ここに住んでるんですか?」
「俺はひっそりと過ごすのが好きなんですよ。結構山奥ですし見た目があんなですから誰も来ませんよ」
「でもあなたは純正のマリジア生まれではないですか?」
軍服同様、髪の色も王国毎に特色がある。
フィージアは金髪。
シニジアは白髪。
トラジアは茶髪。
そしてマリジアは黒髪である。
フィージアの兵士が少年を見てマリジアの生まれと分かったのは髪の色が黒色だったからである。
ちなみにミアも黒色である。
純正というのは、その国の血しか入っていない住民を指す。
例えばアリアは父がフィージアで母がマリジアなので、髪の色が少し金色ががった灰色をしている。父が純正のフィージア生まれだが、母はマリジアに少しシニジアの血が入っているので、本来黒くなる髪が、灰色をしているため、アリアも灰色になっている。
茶色、金色、白色、黒色は、その国の血が非常に濃いことを示し純正と呼ばれる。
ほんのわずかしか他の血が入っていなければほぼ見分けがつかないが、並ぶと色が違うのがわかる。
王族はもちろん純正が求められるが、純正かそうでないかで差別を受けたり優遇されることはない。
ただ、人口が少なく他国との結婚も多かったマリジアでは、純正は非常に他の純正と比べて珍しく、王族か、富裕層くらいしかいないのでそのどちらでも無さそうなこの少年が純正であることに驚いていたのである。
「はい、純正ですよ。でも元王族とかお金持ちではないです。本当に偶然です」
(そういえばあの人も純正だったな……)
かつての初恋の相手。あの少年も綺麗な黒髪をしていた。
「どうされましたか?」
「あ、ごめんなさい。それよりも危ないところを助けてくれてどうもありがとう」
色々聞く前に、まずお礼を言わなければいけないと思い、ミアは頭を下げる。
「いえいえ。それよりも、何故女の子がこんな山奥でフィージアの兵士に追われてたんですか?」
「それは……」
ミアは話してもよいか一瞬ためらった。
目の前の少年は信用できるが、いまいち正体が分からないし、兵士を追い払った戦い方はあまりにも強すぎてむしろ不安になる。
「お父様と喧嘩して山の方に来たら、たまたまフィージアの兵士がいて見つかって、追われているうちに山の奥地に来ちゃったんです」
ミアは自分が王族なことは隠した。
彼女は城ではちゃんとお姫様の格好をしているが、外出するときは町娘の格好で出歩いている。
その方が歩きやすいからである。
今もその格好をしているためを一見すると平民に見える。
嘘はつかなかった。
「そうですか……。しかし君は見た感じおとなしそうなのに喧嘩するんですね」
「実は……」
ミアはノアにマリジアを捨てて逃げろと言われたことを少し脚色を入れて話した。
彼女はワイアットの死以降は、誰にも愚痴や弱音は言わなかった。
ノアは毎日大変だったし、周りもそのフォローて手一杯で迷惑はかけられなかったからである。
しかし、この少年には何故か全て話してしまえた。
そして喧嘩の話をしたあと、マリジアのこと、自分が襲われて危機だったことも含め長年溜めてきた辛い気持ちも全て話してしまった。
話ながら彼女は涙を流していた。ワイアットの死以来の涙だった。
涙混じりの話も時々頷きながら少年は最後まで聞いていた。
話終わった後もミアは中々泣き止まなかった。
我慢していた分止まらなかったのだ。
「泣き止んでくださいよ。大丈夫ですから」
少年は慰めるためにミアの頭を撫でる。
ミアは母親が早く死んだために、あまり甘やかしてくれた人がいない。
頭を撫でてくれたのですら、ワイアット、父のノア、そして昔の少年の3人くらいだった。
「綺麗な黒髪ですね……、君も純正マリジアの人か」
3人にしか撫でられてないミアは3人の癖がわかる。
ワイアットは大きな手に似合わないやさしい撫でかた。
ノアは頭が左右に揺れる少しだけ乱暴な撫でかた。
そして昔の少年は軽く叩いてから鋤くような撫でかたであった。
「……え……?」
そして目の前の少年の撫でかたはその昔の少年と全く同じでミアは困惑した。
「そういえば名前をまだ聞いてなかったですね」
名前を聞かれてミアはまた躊躇う。
本名を言えば王族であることがばれてしまう。
「あなたの名前はもしかしてリアム=マーフィーではないですか?」
だから先に名前を聞いた。これが勘違いなら名前は伏せようと思った。
「何故俺の名前を知ってるんです? 俺の名前はワイアットさんの一族しか知らないはずですが」
「あ……、あ……」
しかし目の前の少年は、彼であった。そしてまた泣くはめになり、またリアムと言う少年はなだめることになる。
「何でまた泣くんですか? そして何で俺の名前を?」
「えーとですね……、あの~」
泣き止んだのは良いのだが改めて急な再会となったので言うことが思いつかなかった。
「とりあえず名前を教えてくださいよ」
名前を言うことすら忘れていたくらい頭が空っぽだった。
「わ、私は、ミア=マリジアって言……うの……」
詰まりながら名前を言う。
「ミア=マリジア……? もしかしてワイアットさんの孫のミアさん?」
「うん、うん。覚えてくれてたんだね……」
「それは覚えてますよ。ワイアットさんにはお世話になったし、ミアさんとは短い間とは言え仲良くしてもらえましたから」
「仲良くしてもらえたって……、私の方が助けてもらってたんだよ……。ずっと会いたかったよ……」
控えめに手をミアはリアムの手を握る。
「気づかなくて悪かったですね。8年ぶりですか。可愛らしくなりましたね」
「ふふ、ありがと♪」
徐々にミアの話し方が柔らかくなる。
謎の少年の正体が分かり、しかもずっと会いたかった人だったため緊張が一気に解れていつものミアに戻っていた。
「と、言うことは、さっきの話はノアさんと揉めた話ですか」
「うん。そうなるね。後、敬語じゃなくてもいいよ。昔みたいに話していいから」
「あ、そう? 後でワイアットさんに怒られない?」
「お祖父様は亡くなられたわ……」
「本当か!?」
「知らなかったんだね」
「マリジアにいたとは言え、ずっと山に居たからね。ワイアットさんがいないんじゃ、マリジアは大変なんじゃない?」
「えーとね……」
ミアは今のマリジアの現状を話した。
「中々不味いね……」
「うん、改めて口で言ってみると明日でも大変なことになりそうだね。お父様に悪いこと言っちゃったな」
2人で苦笑いしていた。
「マリジア諦めて逃げた方がいいんじゃない」
「そうなんだけど……、やっぱりギリギリまで諦めたくないな」
「ここで話しても答えは出ないかな。とりあえず城まで送るよ」
「ありがと。お父様にも会ってよ」
「山降りるの久々だな~?」
何故かほのぼのした光景が広まっていた。