30話 トラジアの内情とソフィアの理想
「攻め込むことになってしまったわ」
今回の会議の結果は彼女にとってあまり芳しいものではなかった。
ラムザの完全な確保は確かにマリジアにとっては理想であったが、現状でラムザをきちんと管理できるかどうかは怪しい。
彼女としてはラムザを攻めることそのものには反対していなかったが、トラジアに対して無断であることに関しては懸念があった。
「あ、ソフィアさん? 今リアムならサリウスに行ってますよ。リアちゃんと一緒に予算の件について話し合いに行ったんだよ」
ソフィアは城のリアムの部屋に邪魔していた。今回ミアとリアムが結婚したことで、リアムは今の家を出払って城に住んでいる。もちろんリアも一緒である。
ミアは留守番のため、部屋でのんびりとしつつ、学校関係の仕事をしていた。
「そうですか? 今日は戻られます?」
「うん。もうすぐだと思うよ」
「では、待たさせていただきます」
そういうと、備え付けの椅子に座って資料を確認する。
「やっぱりリアムに用事ですか?」
「はい」
「今回のラムザに行く話ですか?」
「いいえ、今回の件は決まってしまったことです。今回はそれ以外の相談です」
国づくりをはじめて間もないこの国では常に政務がたくさんある。1つのことにあまりこだわりすぎてはいけないのだ。
「ラムザに攻め込むのは大丈夫なのかな?」
ミアはあまり政務に関わっていないが、ラムザについては、ずっと長い間課題になっていたことなので興味があった。
「リアム様は攻め込まないほうがいいとおっしゃいましたし、攻め込むにしてもトラジアに相談をしてからのほうがよいとのことでした。すべて間逆になってしまいましたので不安ではあります」
「でもトラジアに許可をとると、トラジアにラムザの管理権を一部か全部とられるって話があるんじゃなかったの?」
「いいえ、トラジアは完全な資本主義で、お金がすべてです。いずれラムザを買い取れるだけの収入がマリジアにあれば必ず管理権を取れます。黙って攻め込むことのほうが不安です」
「そういえばソフィアさんはトラジアの政務に関わっていたんですよね。トラジアについて詳しいはずです。でしたら、その意見をおっしゃればよかったのでは?」
「トラジアで育っている上に、トラジアの血が濃い私がこの意見を言うことは、あまり皆さんによい印象を与えないでしょう。もちろん私はもう既にマリジアの人間であるつもりですが」
彼女はあくまでも皆の意見をまとめる役割であり、彼女の意見が議論を左右することは彼女が避けたかったのである」
「そういえば、どうしてソフィアさんは奴隷になったんですか?」
その後も話せば話すほどソフィアの教養の深さや、経験の多さにミアは驚いた。
それだけの実力を持つ彼女が奴隷に落ちる理由がまったくミアにはわからなかった。
「そうですね。この件についてはまずトラジアの内情について話すことになります」
ソフィアはリアムがくるまですることが無く、ミアも作業がひと段落着いていたため話を聞くことにした。
トラジア王国はジア大陸でもっとも発展しており、教養も高く住みやすい大都会である。
マリジアの国民が最も多く移住していることから、マリジアとの信頼関係も強い。
ジア戦争の間も、トラジアだけは積極的にマリジアを攻めなかったため、今でも信頼関係は強い。
このトラジアの強さを裏付けるのは圧倒的な資金力である。
自然が少なくとも輸入でシニジアから仕入れることができた。
そして、潤沢な資金を支えるのは、多くの国民が教養を得ていることである。
トラジアはジア大陸の外部にも多くの貿易相手を持っていて、技術を持った人間を外の大陸に派遣してそこで地元の人間を雇って安くものを作ったり、大陸同士での貿易の仲介を行ったり、とにかく外交がうまかった。
そのため、ほとんどの国民が必要最低限の収入を得ることは難しくなかった。
しかし、問題が1つだけあった。金本位主義を押すこともあって、資金力がそのまま差別につながってしまうのである。
金銭を持っている人は税金も高くなるが、その分良い待遇を受けることができる。
税を納める額が少なければ少ないほど、国から受けられる福祉は少なくなる。
ここまではそんなに問題が無い。
しかしここからが問題である。
トラジアでも、やはり家族の不幸や、仕事のミスで貧乏になってしまう人がおり、その人のための制度がトラジアには無い。
必要最低限の税を納められない人は、問答無用でトラジアを追い出される。
そうなると、他国への亡命か奴隷身分に落ちることになる。
トラジアに奴隷制度があることはどこも知っていたが、一切の救済措置なしに奴隷にされることは知られていないことである。
ソフィアの父は、この資本主義に反対していた。ソフィアの父の理想は富裕層が貧困層を支えて平等な国にする社会主義が理想であった。ソフィアもこの考えに賛同しており、彼女も外交に関係する仕事についた。
奴隷制度をやめさせて、全員が幸せな生活をできるようにするために、親子は奮闘していた。