第2話 血か誇りか
「お父様、急に何かな?」
アリアが去った日の夜、ミアはノアに呼び出された。
病気がちなノアは部屋で寝ており、横にある椅子に座って待機していた。
その席には、グレイソンも同席していた。
「今日アリアちゃんの一家がマリジアを去ったな」
「うん、でもきっと戻ってくるって約束したよ。だから私もがんばんなきゃって思ったんだ」
「それでだ……、ミア。お前もマリジアを出なさい。イーサン含めた若い兵士とグレイソンが護衛としてついていくから」
「え……、どういうこと?」
ミアの顔色が変わった。
要はマリジアを捨てて逃げろという話だから内容は理解できているが意味が理解できなかった。
「もう防衛戦も限界だ。すぐにでもコロンを出てフィージアと戦おうと思っている。フィージアはここを完全に支配しようとしているから、俺とお前は絶対に殺される。マリジア王国は滅んでも、マリジア王国の王族の血は絶やしたくない。トラジアにいる親戚が匿ってもいいと言ってくれているから、すぐにでもトラジアに逃げてくれ」
「お父様はどうするの?」
「俺は一緒に死んでもいいと言ってくれた兵士と一緒に特攻する。若い衆は断ったがな」
するとミアは沈黙する。
「お父様が覚悟されたことなら私は文句は言わないよ」
少し考えた後、ミアが口を開く。
「分かってくれたか。ありがとう」
ミアは基本的にはいい子で、ノアに逆らったことは反抗期ですらめったにない。
「じゃあ早速準備を……」
「ちょっと待ってください。私が納得したのはお父様が特攻することだけです。私がトラジアに行くことには賛成してないです」
いつもと雰囲気の違うミアにノアは驚いた。いつも笑顔でしゃべり方も軽いミアが真剣な顔で丁寧に話しているのだ。
「私もマリジアの王族です。マリジアが滅ぶのなら私もここを死に場所にします」
「何を言ってる! お前が死んだらマリジア王族の血は滅ぶんだぞ!」
「私がマリジアから逃げたら、マリジア王族としての誇りが滅びます!」
「お前は死にたいのか!」
「お父様、私はもちろん死にたくないです。でも私は王族としての責任を果たしたいのです。私はこの生涯をマリジアにささげるつもりでした。ですから、結婚相手を勝手に決められても、マリジアから一生出られなくても、今後自由がなくなっても、戦争で死ぬことがあっても受け入れる覚悟をしていました! それだけの心構えなくして何が王族ですか! 私はマリジアに骨をうずめると決意しています」
「ミア……」
ノアはミアがこれだけ怒っている姿を初めて見た。そしてその姿に父親の姿を思い重ねるくらいだった。
「話はそれだけですか? ごめんなさい逆らって。でも私の気持ちは変わりません」
そういうとミアは部屋を出て行ってしまった。
「グレイソン、ミアはあんなことを考えていたのか?」
ノアはグレイソンに話しかける。
「はい、常日頃からワイアット様のようになりたいと努力されています。イーサンや他の兵士や使用人からもよくミア様のお話は聞きます」
「ミアの気持ちは分かった。それでもグレイソン、明日ミアを無理にでも連れ出してくれ……」
「かしこまりました」
ノアはミアを死なせたくなかった。最後にものを言ったのは親心であった。マリジアを離れて、王族の重責が無くなれば、優しいミアは周りに迷惑をかけないようにしてくれると信じていた。
「ノア様! ミア様が部屋にいらっしゃいません!」
次の朝、グレイソンがしてきた報告にノアが病気にもかかわらずベッドの上に立ちあがる。
「何だと! 城の中にはいなかったのか!?」
「くまなく探しましたが見つかりませんでした」
病気がちのノアに負担をかけぬよう、先に見つけてなかったことにしようとしたのだが、発見できなかったのである。
「城の外もすぐに探せ! コロン内であっても危険には変わりない!」
ミアは城の外にでることは珍しくなかったが、戦争が激化してからは常にイーサンやグレイソンがついており、危険な場所には行かせないようにしていた。
「お父様のバカ……」
ミアは周りが断崖絶壁なコロンで、唯一崖ではなく山になっているところにいた。城のすぐ後ろに位置している高い山である。
まだ第3次ジア戦争が起こる前にたまにきていた彼女のお気に入りの場所である。
昨日珍しく怒ったため、気持ちが高ぶって眠れなかった彼女はもう1度話をしようとノアの部屋に向かったのだが、ノアとグレイソンの話を聞いてしまい、誰も起きていない時間にこっそり抜け出していた。
「でも、お父様の言ってることも分からなくはないんだよね」
ミアは王族だが、17歳の少女である。戦争はできればしたくないし、マリジアの外にも出てみたいし、恋もしてみたいと思わないわけがない。
「あの子はどうしてるのかな?……」
ミアが思い浮かべるのは、彼女の初恋である。
それは8年前、突如現れてマリジアを救った自分と同じ年の皆が神の子と崇める少年である。
戦争が終わって、姿を消す僅かの間だけだったが、
自分と遊んでくれたり、優しい笑顔を向けてくれた
り、悩み事を聞いて頭を撫でてくれたりと楽しく過ごしたのは覚えている。
神の子である彼ではなく、男の子の彼に恋をしたのである。
だから、さよならも言えずいなくなってしまったのはとても悲しかった。
それをワイアットに話すと、彼に見合う大人にミアがなれればおのずと出会えると言われた。
ミアがマリジアを捨てて逃げられないのは、そうしてしまったら、彼と2度と会えない気が何となくしたからである。
しかし、ノアの気持ちもないがしろにしたくない。優しい彼女はかなり悩んでいた。
ガサガサッ。
彼女が長い間そこにいると、近くの茂みから音がする。
ミアが驚いて反射的に隠れるとそこには赤い軍服を着た兵士が3人いた。
(フィージアの兵士……、何でこんなコロンの近くに?)
各国の兵士は決まった色の軍服を着ているのですぐに分かる。
フィージアが赤色、シニジアが白色、トラジアが茶色で、マリジアが黒色である。
『ここからなら城が見えるな』
『壁も越えられるし、攻めやすい』
『シニジアとトラジアに先んじてマリジアを奪えるな。まさか山越えをしてきてるとは誰も気づかないだろう。すぐに戻って道を報告しよう』
どうやら他の2国を、出し抜いてコロンを攻めるつもりのようである。
ノアはもちろん、マリジアでは全員が周りは攻めこんで来ないで、こちらが出るのを待っていると思っている。
そんな状況で攻め込まれたらあっという間にコロンは落とされるだろう。
(大変……、お父様に知らせなくちゃ……)
少し焦ったミアは足元を見ておらず木を踏んで音を出してしまった。
『誰だ!』
『今の話聞かれたんじゃないか?』
『捕まえろ!』
ミアにとって不幸だったのはミアが兵士より山の上側にいたことである。
そのため、城側ではなく、山側に逃げるしかなかった。