106話 不幸中の幸いと絶望のケース
「何だと……」
ディーゼルはニアンの能力によって、ロップ村周辺でススの娘が解放されたことを知った。
「ディーゼル殿。これではまずいのではありませんか?」
イヴァンも動揺を隠せない。これがもしススの知るところになれば、ススの協力は得られず、それどころか敵対されるかもしれないのである。
「いや、すぐには大丈夫だ。万が一を考えてススには情報を送信する能力しか使わせていない」
「しかし、いくらでも彼女がそれを知る方法はあるでしょうし、止めようがないのでは」
「初めに私がススを紹介した場所を覚えているか?」
「はい、ずいぶんと厳重な地下でしたね」
「あれはススの存在を隠すのはもちろんだが、ススに余計な情報を与えないためにも必要なことであった
」
「というのは?」
「あそこは密閉してあって、空気は普通に入るが、風は受けない。シルフィードは自ら風を発して情報を送ることは出来ても、受けるためには風をもらわなければならないのだ」
これはディーゼルが偶然知ったことなのであるが、ススは初めは普通の場所に監禁されていた。もちろん風がきちんと吹く場所であった。
その時のススは非常に落ち着いており、騒ぐこともなかった。
その後、彼女の存在はやはり危険ということで地下に移動したところ、急に落ち着きがなくなり、その時分かれた小さいシルフィードのことをディーゼルに聞いたりしてきた。
そこでディーゼルは、初めの頃はススはその子供の無事を風から読み取っていたので落ち着いていたのだが、地下への拘束でそれが出来なくなったため、ススが落ち着かなくなったと考えた。
そして、シルフィードについての情報をメイリン国やユーリン国からの書物で確認し、それが確信に変わっていた。
「なるほど」
「これはニアンをつれてきておいて良かった。ニアンがいなければ、今頃計画は終わっていた」
ディーゼルがニアンとであったのはススよりも早い。現在はススが情報を得るよりも、ニアンが情報を得るほうが早く確実に情報を獲得でき、情報の伝達はニアンにはできないためススが担当しており、いわゆる併用する形になっている。
もしこれで仮にススを先に見つけていれば、おそらくディーゼルはニアンを探すことはなかったし、見つけてもここにつれてこなかったであろう。
ニアンはススと違って普通の少女とはいえ、やはり存在に違和感はある。下手なリスクを背負うことはあえて行うはずがなかった。
「ニアンがいたことが不幸中の幸いでしたね。後はなんとかそのシルフィードの子を取り返すようにしなければなりませんね」
イヴァンが胸をなでおろしながらそういった。
「ディーゼルか」
「リアム様に命を助けられた恩を忘れるとは!」
トラジアの兵士は怒っていた。
リアムの能力で黒幕がディーゼルと判明したことで、ディーゼルが悪事をまた働いていることが許せなかったのである。
「リアムさん、ディーゼルさんって確か?」
「ああ、能力は失っている。だから、口でうまく丸め込んだのと、後協力者がたぶんいる。でもそこまでしかわからないな」
リアムの能力は意思の力を捻じ曲げるが、拘束した兵士はディーゼルの名前以外のことは話さなかった。
そこまで忠誠心があるようにも見えなかったので、どうやらそもそも知らされていないようである。
ガサガサ!
そんな時、近くの茂みが大きく揺れ、木々も揺れる。明らかに先ほどまでとは違う空気が漂う。
「リアムさん! あれは」
ワニの頭に獅子の上半身。明らかにアメミットであった。
「うわぁ! 助けてくれ!」
アメミットはまず真っ先に拘束されていた兵士を襲った。
誰もがその兵士の体が真っ二つになるのを覚悟したが、アメミットの口はその兵士をすり抜け、血の一滴も出なかった。
「おい、大丈夫か?」
他の兵士がその襲われた兵士に近寄る。意識は失っていたが外傷はない。
そのことに安堵したのもつかの間。なんとその兵士はどんどん体が薄くなり、消滅してしまった。
「なるほど、これが魂だけを食らうというこの生物の正体か」
そう、アメミットはその兵士の魂だけを喰らったのである。魂は人間の体に実在するものではないから、直接は傷を負うことはない。
だが、魂を食べられた人間は、死の状態となり、そして後はアメミットの伝説同様、存在を消されて転生を二度と許されないことになる。
「これは少し厳しいな」
リアムは顔をしかめる。
例えば人間を1人殺そうとすれば、血も多く出るし、時間もかかるため隙を作ることは出来る。
しかしこれでは隙の作りようがない。
トラジアの兵士たちには何人かを犠牲にして隙をつくる作戦という最悪の作戦に出ざるを得ない場合も話していたが、その最悪のケースすら実行できない、絶望のケースであるといえた。