(番外編)店主の一日
燦々と光を放つ太陽が、暗闇を切り裂く。
一匹の小鳥のさえずりが僅かに聞こえ始め、草木は風と共に生きているかのように揺れ始める。
店主が店を開くダンジョンの中は、まだ静まりかえっていてモンスターたちの足音すら聞こえてはこない。
店主の朝は早い。
小鳥のさえずりが聞こえるとまずは、混じり気のない黒い髪を1本の紐で結い、縛り終わった髪を両手で持ち、左右に引っ張る。
そして、右手に茶色の桶を持ち丸く茶色いドアから店の外に出る。
店から数メートル歩いた先には、旅人たちが疲れを癒すための古びた丸い井戸がある。
桶の取っ手に紐を固く結びつけ、井戸の中に垂らす。
ザブンと音を立て、桶は澄んだ青い水の底に沈む。
紐を引っ張ると、ずっしりとした重さが両手にのし掛かる。
「綺麗な水は料理の基本だものね」
手に入れた水を鍋に移し換える。
鍋に張った透き通った水に、顔がぼんやりと映る。
手慣れた仕草で、色とりどりの野菜を切る。
一度切る毎に小気味良い音が響き、野菜が板の上で踊る。
カウンター後ろに並べられ小瓶に入れられた、薬草、まんげつ草を擦ったものと調味料を混ぜ合わせる。
そして、両手からはみ出すほどの見事な肉の塊を取り出し、物切りにし、それら全てをじっくりと時間をかけ煮込んでいく。
鍋の蓋が蒸気で踊る音の他には、時計の針の音のみだ。
肉の脂が、出し汁にじゅわっと浮き出て野菜には茶色い照りがついている。
「よし、これで完成。特製肉じゃが。これであの方を待つだけだわ」
店主はしっかりと頷き鼻歌を歌う。
食器に泡をつけ、撫でるように洗い乾かす。
そこにドアに小石を当てるような音がした。
「今日も来ちゃった」
舌を出し、ブロンドの髪の女性は言った。
「今日も相談に……ね!」
酒場をやっているという、その女性リオナは時折こうして此処を訪れる。
ウィスキーを一杯だけ頼み酒場の愚痴を「あーでもない、こーでもなあい」
と実に楽しげに発散していく。
店主もこの時間は、決して嫌ではなかった。
二人の女性の話しはいつまでも尽きることはない。
「やばっ……もうこんな時間。酒場の準備しなきゃ」リオナは店の時計を見上げた。
「じゃあまた一週間後に。楽しかったわ」
そう言うと、猛スピードで駆け出した。
その後ろ姿に、店主はひらひらと手を振る。
「人間もモンスターも面白いものですねえ」
コップを持ち上げ、テーブルの水滴を拭く。
その時。強い風と共に軋んだ音を立て、ドアが開いた。
目を一瞬、見開き驚いた表情を見せて直ぐに笑顔を作る。
「お待ちしておりました。魔王さま」