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ダンジョンおかず。  作者: 道尾ゆう
6/11

暗黒騎士とテールスープ

その者は光沢ある鎧をまとい、暗いダンジョンで群れを成すことなく、ひたすらに自分より強い相手を探す。

傍らに錆びた剣を携えて。


今日もあるパーティーがダンジョンへ足を踏み入れた。戦士、黒魔導師、舞踏家の三人はモンスターたちを次々倒し、躊躇することなく前へ進む。


「やっぱり此処はレベル上げには最適だな。アイテムも色々落ちてるし」

舞踏家が嬉々として黒魔導師に話しかける。


「舞踏家さんと私の合わせ技、そして戦士さんの必殺の剣。もうバッチリですな」

黒魔導師は舞踏家と共鳴したように笑い声をあげる。


「シッ!」

戦士が人差し指を立て、鋭い眼光で周囲を見渡す。天井から滴の落ちる音、コウモリの羽音が響く。


そして、それらの後に何かを擦り合わせ、足を引きずるようなおぞましい音が聞こえる。


「お前……」


「うん?なんか言ったか?」

舞踏家が黒魔導師を見る。黒魔導師は警戒したように首を振る。


「近づいてくるぞ!」

戦士が空気を切り裂くように大声を張り上げた。

すぐに黒魔導師が呪文を唱え始め、舞踏家が構える。


暗闇で赤い目が光った。

それと同時に凄まじい速さで錆びた剣が飛んできた。剣は戦士の頬をかすり、洞窟の壁に刺さった。

戦士の頬からは、赤い血が出ている。


「次は、次こそは外さんぞ」

姿を現した、暗黒騎士に舞踏家と黒魔洞窟はおののき、後ずさりした。


「怯むな!」

戦士の声で、二人は目が覚めたように攻撃を繰り出した。


「・・・―――」

片手を額の前でかざし、呪文を唱える。たちまち大きな炎が上がり、暗黒騎士を包む。


「甘い!!」

その者が目を開くと同時に、凍てつくような波動が周囲を囲み、炎は一瞬で消えてしまった。


「くっ、それなら」

舞踏家は見えないほどの速さで手技足技を繰り出す。その間、暗黒騎士は一ミリたりとも動かず、不気味に口の端を上げている。


「子供の技か?」

そう言うと、舞踏家に体ごとぶつかり舞踏家は洞窟の壁に叩きつけられた。

黒魔導師が駆けつけ、体を起こそうとしても舞踏家はぐったりとしたままだ。


「くそっ!」

戦士は顔を歪める。

その顔は今、向き合っている相手とは対称的だった。


「お前も剣を持つものなら、正々堂々と勝負しようじゃないか」

暗黒騎士は剣を真っ直ぐと頭上に掲げた。

錆びているはずなのに、その剣は凄まじい妖気をまとっている。


「いざ、勝負!」

二つの剣と剣が打ちあおうとした、まさにその時。


「そいつには勝てやしない」

洞窟の壁にもたれかかった舞踏家がわずかに目を開け、戦士に叫んだ。


「俺たちとはレベルが違いすぎる。ここは一端、身をひこう」


戦士は悔しそうに頷き、腰に巻き付けた袋から煙玉を取りだし投げた。

辺りには煙が立ち込め、そこに居たはずの三人の姿がなくなっていた。


暗黒騎士は追いかける事もなく、ただ悔しそうに呟いた。

「あやつも勇者ではないのか……」

錆びた剣をしまい、重苦しい足を引きずる。


ダンジョンに呼吸音だけが響く。

わずかに歩いた先に柔らかい光が見えた。

暗黒騎士は、腰元から剣を取りだし構えながら、ジリジリと光へとにじりよる。


「いらっしゃいませ、ご注文は?」


店主の姿を見て、剣をしまう。

「気配が……しなかったな」


その言葉を聞き、店主が意味ありげに微笑む。

「お決まりでないのなら、当店のメニューでも」


メニューを差し出され多少、面食らったような反応をした。

「何時ぶりだろうか……このような店を利用するのは」

上を見上げ何かを思い出すように言う。


「遠慮しないで、まずはお掛けになってください」

店主が手のひらを開き、椅子に案内する。


「こういった店は久しぶりなんですか?」

椅子に腰かけた暗黒騎士は大きな笑い声を轟かせた。


「久しぶりもなにも、人間の時以来だよ。人間だったころはテールスープが好物でね」


「もとは人間……だったんですか?」


「あぁ、あれはもう何百年も昔の事だ。私は刀鍛冶の職人だった。来る日も来る日も、刀を炎に当て打ちつづけたよ。ある晩、酒場に行った時だ。興味深い話しを聞いたんだ。話しによると、この世界のどこかで『勇者』しか持つことが許されない剣があると。しかも、それは値がつけられないほど素晴らしいものだと。最初は噂の域を出ない話しだと思った。でも、聞いてしまったんだ。城に剣を献上に行った際の、王と大臣の話を」


「それがあなたの運命を変えたと……?」


暗黒騎士は大きく頷いた。

「話の続きは、食事の後にしようか。テールスープを頼む」


注文を受けると店主は、手際よく肉の塊をぶつ切りにし、茹で始めた。

湯を一度捨て、特別な配合のスープで煮始めた。


「ほぅ、良い香りだ。腹の奥から刺激する」


「当店特製のテールスープですから」


肉が柔らかくなり始め、フォークで刺すと崩れそうになるのを目安に、店主はソレを真っ白な皿に盛った。


「何と懐かしい。これが今日食べられるなんて、ダンジョンでの生活も捨てたものではないな」

皿の近くに顔を寄せ、暗黒騎士は言った。


唾をゴクリとのみ、フォークを肉の塊に刺しこむ。

肉は予想通り、ホロホロと崩れた。

ゆっくりと、それを口に運ぶ。

口の中で、凝縮された肉の一気に旨味が広がった。


「何と旨いんだ。人間の時に食べたものよりも、ずっと旨い。」


暗黒騎士は一唸りし、感心したように頷いた。

そして、肉の脂がほどよく溶けた、黄金色のスープも一滴残らず飲み干した。


「大変に満足した」


暗黒騎士はそう言い、剣をひと撫でし店を立ち去ろうとした。


「あぁ、そういえば話のまだ続きだったな。私は聞いてしまったんだ、王が城の地下深くに『勇者の剣』を大切に守っていることを。それを聞いて、日に日に勇者の剣への興味が募っていった。ある晩、欲望に負けた私は城に忍び込んだ。監視の目をかいくぐって地下まで何とか進んだ。そして、一つの部屋に出た時、とうとう見つけたんだ『勇者の剣』を。手が震えるのが分かった。でも、触らずにはいられない。そして、手を伸ばし『勇者の剣』に触れた途端、体の中に凄まじい量の怨念が流れ込んできたんだ」


「怨念……とは?」


「今まで、何百年と続く勇者の血筋に倒されたモンスターのものか、それとも勇者になりたかったものの怨念か。倒された者の恨み、なれなかった者の妬み……。そのおぞましさに私は思わず叫んだ。そして、その叫びを聞いて城の守りの者が飛び込んできた。そこで私はやってしまったんだ。罪のない者を自分の剣で殺してしまった。それと共に、望んでもいない『永遠の命』を手に入れた。だから私は探すんだ、本物の勇者を。私の命を終わらせられるのは勇者しかいないんだからな」


そうして、暗黒騎士の背中は店を去った。


誰も居ない店の中、カウンターを拭き皿を洗う。

その手を止め、店主はため息をついた。

「人やモンスターの欲望や恨み。解き放てるのは、その人自身なんです」


草原が目前に広がるダンジョン。ゆっくりと夜の闇は明けていった。

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