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ダンジョンおかず。  作者: 道尾ゆう
5/11

踊り子とパンケーキ

今日も彼女はステージの上で踊っている。

その美しい容姿に軽やかな身のこなし、人気NO.1になるのも当然だった。


彼女が踊ると観客たちは、身を乗り出す者や食い入るように見つめる者、反応も様々だった。

そして彼女へのプレゼントの量も尋常ではなかった。


楽屋裏で彼女のファンたちが列をなし、それは途絶えることはない。

深夜12時から早朝5時まで続くこともあった。

山積みにつまれたソレを見て、劇場の支配人は感心したように言う。


「いつ見ても凄い量だねぇ。まぁ、セレナほどの踊りの名手なら、これほど人気なのも当然か。私の目に狂いはなかったということだ。お前を引き取って本当に良かったよ」


セレナは13歳の誕生日に、この劇場支配人のもとへ引き取られた。

家は貧しく、両親は泣く泣くセレナを手放した。

支配人は一目見るなり、セレナを大変気に入った。それもこれも、その美しい容姿に魅いられたからだ。彼女は『宝石のよう』セレナを見た人間は、口をそろえ言った。


彼女が16になると、結婚の申込みが絶えず届くようになった。

大富豪や、どこぞの王子まで。

セレナは、それらの求婚を受けることはなかった。理由は簡単だった。

一つは、自分の躍りの完成度を高めるため。

そしてもう一つは、あの人のため……。


真夜中の二十四時。

セレナはあるダンジョンに足を踏み入れていた。


「う~寒い寒い。それにしても、ここはいつ来ても不気味ね」

薄い毛皮のコートを着たセレナは両腕を擦った。


セレナがダンジョンに来た理由。

それは『すばやさの種』を手に入れるためだった。


「あれがないと、体が重くて躍りにキレがなくなっちゃうのよね」


セレナの体は半年前よりも、わずかに肉付きが良くなっていた。


「はぁ~、甘いものが止められないのよね。何で食べちゃいけないものってあんなに美味しいのかしら。このままじゃ、躍りだけじゃなくて『あの人』さえも振り向かせられなくなっちゃう」

セレナはため息混じりに呟いた。

足下では、一歩進むごとに小石が音を立てた。


モンスターたちは、もちろんセレナの存在には気づいていたが、一匹足りとも攻撃しようとする者は居ない。

彼女を見たモンスターもまた『メロメロ』の術にかかっていた。


「はやく『すばやさの種』持って帰らなくちゃ……ん?あの光は何かしら」


セレナは光の正体を探ろうと、躊躇することなく進む。狭い通路から開けた場所に出た。


「いらっしゃいませ、ご注文は?」


店主を見たセレナは驚きを隠せなかった。

「女の人がこんな場所で店を?あなた恐くないの?」


店主は頷き答える。

「ここでの生活が私の日常ですから。それにモンスターさんたちは優しいんですよ」


「あなたが良いならまぁ、良いけど。それより……何かしら、この匂い。甘くてとっても良い香り」

セレナは店を見渡した。


「これはメープルシロップの香りです。今、仕込み中なんですよ。良かったら一匙どうぞ」

そう言って店主は、小さなスプーンになみなみとメープルシロップを注いだ。


それは濁りのない褐色で、透き通っている。

セレナはそれを口に入れた。


「凄い……スッと溶けて、くどくない。こんなシロップあるのね」


「えぇ、上質なカエデの木からとったものです。これを使ったメニューがいくつかありますが、注文なさいますか?」

店主はセレナにメニューを差し出す。甘味と書かれたコーナーにセレナの目はくぎ付けになった。


「チョコレートパフェ、あんみつ、パンケーキ?どれも聞いたことがないわ。そうねぇ、このパンケーキとやらが気になるわ」


「パンケーキですね。これはシロップをたくさん使用するのでセレナさんにピッタリですよ」


「じゃあ、それを頼むわ」

注文を受けた店主は手早く粉、卵、ミルクを合わせる。


「セレナさんほどの方がどうしてダンジョンに?」

手を休めることなく店主が聞く。


「ちょっと恥ずかしいんだけど……今日は、すばやさの種を取りに来たの。私、実は甘いものに目がなくって。この半年で3kgも太ってしまって。そうなると踊りのキレはなくなるし、なにより『あの人』にアピール出来なくなっちゃう」

もじもじとし、頬を赤らめながらセレナは話す。


「あの人、ですか……?」


「そう。あの人は時々、本当に時々劇場に来てね、踊りを見てすぐに帰っちゃうの。私のことなんて眼中にないみたいにね。そんな客初めてで、最初は『気取っちゃって』と思ってたけど、段々と気になって仕方なくなってきて。今じゃ、あの透き通った目に見つめられるだけで体が熱くなってくるの。でも……これは叶わぬ恋なのよ」


「叶わぬ恋?ですか」


「噂じゃね、あの人は『勇者さま』だって言うの。勇者さまなんて凄い方が、私に振り向いてくれるはずないもの。だからせめて、あの人の前では最高の躍りを踊ろうって決めたの」


店主は微笑み、セレナの前に皿を置いた。

分厚いパンケーキが二つ重なり、上には四角く切り取られたバター。

そしてメープルシロップがたっぷりとかけられている。

その香りは芳醇で人を虜にする。


「凄く美味しそう!」

セレナはナイフとフォークでソレを切る。

切ったパンケーキにバターとメープルシロップをたっぷりとつける。

シロップが生地にじわじわと染み込んでいく。


セレナが口に入れた瞬間、思わず言葉が漏れた。

「もちもちしてる!しかも、バターのしょっぱさとメープルシロップの上品な甘さが混ざりあって、絶妙だわ」


セレナのフォークは止まることを知らないように動き続ける。

丸かったパンケーキは半分になり、またその半分になり、残るは最後の一口になった。


「はぁ、名残惜しいわ。でも、こんなに満足したのは久しぶり」


残るパンケーキにシロップをつけ、セレナは幸せを噛み締めるように食べた。


「ご馳走さま、美味しかったわ。美味しいものってお腹だけじゃなくて心も満たすのね」

セレナは小躍りしながら店の出口へと向かう。


「また何時でもどうぞ」




セレナの素早さ、魅力が30ずつアップしたことを店主以外誰も知らない。




♦♦♦


ダンジョンを抜けた時、セレナは首を傾げ振り返った。

「あれ?あの人、何で私の名前知ってたんだろう……。まっ、いいか」


草原が目前に広がるダンジョンの夜明け。

夜の闇は次第に明けていった。

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