大キノコとクリームシチュー
大キノコの生態。
1、頭に毒を持ち、胞子を飛ばす。
2、愉快なダンスで相手を油断させ、攻撃する。
3、オスは非常に勇敢で、メスは実にしとやかだ。
4、一度、好きになった相手には一途である。
ダンジョンに住む一匹の大キノコは、今日もブラブラとフロアを歩きまわっていた。
「はぁーだりぃ、やってらんねぇ」
そう言うと、近くの階段に腰を落とし薬草パイポをふかしはじめた。
「毎日、毎日レベルが上のモンスターにゴマするのも楽じゃねぇ」
パイポの煙が天井近くまであがり、消える。
パイポを半分ほど吸い終わった時、突然人間の声が聞こえた。
「おっ、やべぇやべぇ」
パイポを即座に足下へ捨て、一目散に逃げる。
ドサッ。
何か落とした気がしたが、振り返ることもなくただひたすらに逃げた。
「はぁ、はぁはぁ。ここまで来れば大丈夫だろう」
大キノコはおもむろに、腰に巻き付けた小さくて茶色がかった袋の中をがさごそと探り始めた。
「ちっ、三つも落としたか」
袋に入れた十二個の薬草が九つに減っていた。
大キノコは袋を揺らしながら言う。
「まぁ、良い。命あってこそだ」
ピーヒョロヒョロピー。
見当はずれの口笛を吹きながら、両手のひらを後頭部に当て、またダンジョンをさ迷うように歩く。
そんな大キノコの前で、どこからか飛び出して来た小キノコが豪快に転んだ。
「痛いよー!ママー」
転んだ態勢のまま小キノコが叫ぶ。
なんか面倒そうだな。
目を合わせず通りすぎようとする大キノコ。
しかし、目の前で倒れたままの小キノコは大粒の涙を流し、訴えかけるように大キノコを見ている。
「ちっ、仕方ねーなー」
手を再び袋に突っ込み、薬草を一つ取り出す。
「ほら、立ってみろ。これ擦りこんどきゃ直ぐ治るって」
小キノコを何とか立たせ、擦り剥いた足に薬草を馴染ませるように当てる。
丸い光が足を包み込み、みるみるうちに小キノコの怪我が治っていく。
「小キノコ一号!」
母親と思われるキノコが小キノコを見つけると、一目散に走ってきた。
「ママ、このおじちゃんが治してくれたんだよ」
小キノコが嬉しそうに母キノコに言った。
「まぁ、それは有り難うございます」
母キノコが深々と頭を下げる。
「じゃあねー!」
そして、小キノコは手を繋がれダンジョンの上の階へと消えていった。
その後ろ姿を見て、大キノコが呟く。
「子供か……。あいつも生きてりゃ」
しばらくダンジョンの天井を見つめ、首を振る。
「もう終わった事だ。これ以上考えても仕方ねぇ」
また口笛を吹きながら大キノコは歩き始めた。
その時。
数メートル先に柔らかい灯りがともっているのが見えた。
「うん?何だ何だ」
用心深く、一歩一歩確かめるように踏み出す。
狭い通路が突然ひらけた。
「いらっしゃいませ、ご注文は?」
「に、人間!」
驚いた大キノコはバネのように飛び上がり、後ずさった。
「人間……に見えますか。安心してください、私は何も危害を加えませんから」
優しい顔で謎の女性は微笑む。
「本当か?……んん?」
警戒する大キノコの興味を引いたのは、店主である女性よりも後ろに供えつけられた棚の中身だった。
「薬草に、まんげつ草に知恵の実か。これだけあれば少しの怪我も大丈夫そうだな」
「えぇ、これらは全て料理に使うんです。なので当店のメニューは体に良いですよ」
自信あり気に店主は答えた。
「体に良い!?それじゃあ、そこの看板に載っているクリームシチューとやらを」
大キノコは即座にメニューを注文した。
注文をとると店主は小麦粉とバターを炒め始めた。
香ばしい香りが辺り一面に立ち込める。
「体調に気を付けていらっしゃるんですね。良い事です」
店主がそう言うと、大キノコは「まぁな、命あってのものだからな」と答えた。
「命あってのもの……ですか、大キノコさんからそんな台詞聞くとは思いませんでした」
穏やかな顔で店主は鍋の中を混ぜている。
「俺らしくないか……。そうだなぁ、今から話すことは、一匹の大キノコの作り話だ。聞き流してくれてもいい。それは随分と昔の事。二匹の大キノコのオスとメス。二人は小さな頃から、どこへ行くにも一緒だった。オスの大キノコは、『今日こそは』とメスの……そうだな、名前はりりぃにしておこうか。りりぃにある台詞を言おうとしていた。その日は二人で星空を見に行く約束をしていたんだ。二人は時間が過ぎるのも忘れて、夜空一面の星を楽しんだ。そして帰る時間になった。オスの大キノコは勇気を出して、あの台詞を言おうとした。『僕と……』その時だった。『あそこに大キノコが二匹も居るぞ!』レベル上げをしている人間に見つかってしまったんだ。危険を感じたオスは、一心で愉快な躍りを踊った。何とか気をこっちに引こうと思ってね。でも、人間は見逃さなかった。HPの低い、りりぃに容赦なく攻撃し始めた。りりぃの頭、キノコのかさの部分はボコボコになり、次第にぐったりしていった。そして、りりぃは……。」
話続ける大キノコの目は真っ赤になっていた。
「どうぞ」
店主がそっと小さく四角い布を差し出す。
そして、横には温かで素朴な香り漂うクリームシチューが置かれた。
シチューにはジャガイモ、人参、玉葱、ベーコン。
全てがゴロゴロと惜しみなく入れられ、ミルクに溶けたバターがやんわりと黄色く溶けている。
大キノコは大きなスプーンでシチューをすくった。
一口食べた途端、素朴で懐かしい味が体中を駆け巡った。
「りりぃ……」
大粒の涙が一滴、二滴とテーブルに落ちた。
大キノコの胸はもういっぱいだった。
ジャガイモは口のなかでホロホロと崩れ、艶やかな人参はほのかな甘味を醸し、ベーコンの脂はすぐに口の中で溶ける。
全てが優しすぎるほどに優しいシチューだった。
「ご馳走さま……」
最後の一口を食べ終えた時、大キノコは静かにスプーンを置いた。
そして、去り際に振り向くことなく言った。
「もう気づいているだろうけど、あの話は俺なんだ。りりぃが居なくなって、俺は思った。とことん生きてやる、って。だから体にも気を付けるし、自分よりも強いモンスターには腰を低くもする。例え、同じモンスターに笑われてもな」
そして、大キノコは静かにダンジョンへと消えていった。
「何時でもどうぞ」
大キノコのHPが50アップしたことを、店主以外まだ誰も知らない。