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ダンジョンおかず。  作者: 道尾ゆう
3/11

ドラゴンと麻婆豆腐

艶やかな巨大な尾を持つ、その者はダンジョンの地下深くで眠っていた。

体に尾を巻き付け、静かに呼吸している。

その周りにモンスターは一匹足りとも存在しない。

その時。


プーン、チクッ。

一匹の虫が、鼻に止まり躊躇なく刺した。


「うん?何だ嫌にむず痒いな」

その者は、ゆっくりと目を醒ます。


鼻はみるみるうちに赤く腫れ上がっていった。


「痒い、痒い、痒い」

鋭い爪の前足で鼻をこする。

そして、深くため息をついた。このため息だけでも、上の階は振動しレベルの低いモンスターたちは恐れおののく。


「これは困ったことになったぞ。一階まで上がって毒消し草をとってこないとなぁ」

頭をぽりぽりと掻く。


「ふぅ、やれやれ」

その見事な体を持ち上げ、一歩一歩踏み出す。

ドシーン、ドシーン、ドシーン。

足音がフロア中に響く。


日頃見ることのない、その者の姿にモンスターたちは飛び上がり、遠巻きに見ている。

それを、横目で寂しそうな瞳で眺める。


頭に毒を持った大キノコが手を擦り合わせながら、腰を低くして近づいて来た。


「今日はどうなさったんですか?ドラゴンさん。いやー、いつみてもその尾っぽ素敵ですねー」

いかにもゴマすりの台詞にドラゴンはうんざりしていた。


「あぁ、これは……」


喋りだした途端、大キノコは柱の陰に隠れた。


「炎は、炎は出しませんよね?」


そんな大キノコの姿を見て、またもドラゴンはため息をついた。

無言でダンジョンの階段を上がるドラゴン。

そこに、仄かに明るい柔らかい光が見えた。


「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」


ドラゴンは、さっきとはまた違う声が漏れた。

「ほぅ、これは……珍しい。こんな場所に店とは」

そして、隅から隅を眺め、目を細めた。

「品揃えも素晴らしい。よくこれだけのものを」


店主である女性は頷く。

「えぇ、それが私の仕事ですから」

そう言って、そっと木の板に書かれたメニューをドラゴンに差し出す。

ドラゴンは、それを興味深そうに眺める。


「ポテトオムレツに肉じゃが、サンドイッチにトンカツか……。うん?これは、麻婆豆腐と言うのは?」


「えぇ、これはとても辛いメニューなんです」


「辛いか。面白そうだな、ではそれを頼む」


さっそく店主である女性は豆腐を大きく切り、大きな鍋に棚の中の粉や液体状のものを入れている。


「辛いのお好きなんですか?」


「いや、好きではないんだ。ただ……ある考えがあってな」

ドラゴンは口ごもり気味に答えた。

「君にとってはどうでも良いことかもしれんがな、ここのモンスターたちはとにかく俺を恐がる。それはもうとてつもなくだ。仲間だと微塵も思っていないようだ。俺は……それが寂しいんだ。だからこそ、もし勇者が来た時のために、弱くて仕方ないモンスターたちを守ってやるために、普段から辛いものを口にし、より強力な炎を出せるよう努めているんだ。まぁ、気休めだがな」

ドラゴンは下を向き、フッと笑った。


「お客さんも大変ですね。弱いものには弱いもの、強いものには強いものの悩みがありますから。それこそ世界の真理かもしれませんね……っと、お待たせしました。麻婆豆腐です」


ドラゴンの前に置かれた真っ白な皿には豆腐と、それが溺れるくらいの赤い液体が入っている。

横には、氷がたっぷりと入った水がグラスに用意されていた。


ドラゴンはレンゲで麻婆豆腐を一すくいした。

レンゲの中に赤い液体、豆腐、肉、シイタケ、葱が一同に入り込んだ。

赤い液体は熱さを連想させ、今にもグツグツと聞こえてきそうだ。


口の中にそれを入れた瞬間、ドラゴンの目が大きく開いた。


「か、辛い」

みるみるうちにドラゴンの額から汗が噴き出す。


「辛い、でも止まらん!」

ドラゴンは次から次へと飲み込むようにかきこんで行く。

柔らかで淡白な豆腐にアクセントをつけるかのように、肉がジューシーさを演出し、葱そしてシイタケが歯応えを与える。


極めつけは赤く燃えるような液体だ。

それは地獄を想像させるほどの赤さで、辛さが鼻からも入ってきそうだった。


ドラゴンは額からの汗も気にせず食べ続けた。

そして、最後によく冷えた水を全て飲み終えると、しみじみと言った。


「辛かった。そして旨かった」


立ち上がったドラゴンは雄叫びをあげた。

まるで空気が震えているような、そんな感覚に陥るほどの見事な雄叫びだった。

上の階でレベルの低いモンスターたちが逃げ惑う足音が聞こえる。




ドラゴンが放つ炎、それが灼熱の炎に変化したことを店主以外、誰も知らない。

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