スライムと唐揚げ
鮮やかな緑の草原を超え、一匹のスライムが洞窟の入口にたどり着いた。
青く艶やかな体をプルプルと揺らす。
「このダンジョンは勇者さんいるのかなぁ」
心配そうに洞窟の入口を覗きこむ。
「ちょっとだけ入ってみようか」
プルルッと跳び跳ねて一歩進む。
洞窟の天井、水滴が一滴落ちた。
「うわぁあああ」
スライムは青い体を激しく揺らし上下している。
「な、なんだ水滴かぁ。これくらい何でもないない」
自分を納得させるように言い聞かせる。
「それにしても、いつ来ても洞窟系のダンジョンは緊張するなぁ」
おそるおそる前へ進むスライムは別れ道にさしかかった。右を見ても左を見ても飲み込まれそうな闇が続いている。
足を止め、しきりに暗闇を見ているとスライムは何かに気づいた。
「ん、何だ?こっちから良い匂いがするぞ」
その体というか顔のどこに、鼻があるのかは謎だがスライムは匂いに誘われるように、ふらふらと左の道を選んだ。
しばらく行くと、仄かに明るい柔らかな光がダンジョンを照らしているのが見えた。
目を凝らして見ると、まるでそこはダンジョンの湿った感じとは無縁で、何処かの店のように小綺麗なカウンターがあり、一人の若い女性が黙々と何かを作っている。
「いらっしゃいませ」
スライムに気が付くと女性はすかさず言った。
「ご注文は?もしまだお決まりにならないのでしたらメニューもどうぞ」
そう言って厚い木に書かれたメニューをスライムの前に置いた。
「ん?こんなところに店があったんだぁ」
スライムは能天気にメニューを見ている。
「最近出来たばかりなんです」
謎の女性は何かの葉と木の実を調合している。
「ポテトオムレツにテールスープ?それに唐揚げ?聞いたことのないメニューばかりだなぁ。じゃあ、この唐揚げっていうの頼んでみようかなあ」
「分かりました。唐揚げですね」
注文をとると女性は手早く、よく冷えたカゴの中から肉をとりだし、粉をつけている。
粉をつけながら女性はスライムに聞いた。
「この辺は初めてで?」
「いや、よく来るよー。実は僕、結婚しててね子供も二人いるんだぁ。家計が苦しいから勇者でも倒して有名になってこいって、奥さんからはよく怒られるんだけどねー」
スライムは体をプルプルさせている。
笑ったままの口がもの悲しさを誘う。
「それは大変で」
女性は話を聞きながら、グツグツと泡が浮く液体に肉を入れる。
激しい音がし、そのうち静かになった。
「それに僕は、ずっとレベル1なんだぁ。生まれた時から家から出た途端、倒されてまた家に逆戻りなんだぁ。ちょっと買い物に行くだけでも大変だよ。皆、僕をレベル上げに使うからねぇ」
ため息混じりに話すが、相変わらず口元は笑っている。
「出来ましたよ」
女性がスライムに声をかける。
「どうぞ、唐揚げです」
スライムの前に置かれた皿には黄金色になった肉が豪快に盛り付けられ、その横には葉っぱを細く切ったものが添えられている。
肉からは揚げたての音が聞こえる。
「うわぁ、美味しそうだなぁ」
スライムはいそいそと唐揚げを頬張る。
サクッと音が聞こえ、肉汁がわずかに滴る。
スライムは無言で食べている。次から次へと。
最後の葉っぱの細切りを食べ終わった後に、のけぞるようにして言った。
「こんなに美味しいもの食べたことないよ。ご馳走さまー」
嬉しそうに体は震えている。
「よーし、これで勇者も倒せそうだぞ!」
スライムは勢いよく跳び跳ね、店を後にした。
「また、何時でもどうぞ」
スライムのレベルが1から2に上がったことを、彼女以外誰も知らない。