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エル

 西に駐屯していた南の王の部隊を指揮していたのは、デルタというダース族の男だった。

 親衛隊を率いる南の王の片腕、2メートルを越える巨体をほこり、強力な暗黒魔法の使い手として知られる。

 南の王の元愛妾ヘレネが北の王のハレムにいるという報告は、南の王を激高させ、南北の全面衝突のきっかけとなった。しかし南の王はその仲介をしたクロス達第三勢力の存在を忘れたわけではなかった。

 多数の奴隷達がルティティアに集まっていると思われたが、新たな報告によると無謀にも彼らはエウロパ砂漠を越え、東方に向かっているらしい。


 奴隷達が砂漠でのたれ死のうが、東方で風土病で全滅しようが、知った事ではない。

 だがクロス団の下には多くのインムの女がいる。


『砂漠を横断中の敵を襲撃し、インムの奴隷だけは連れて帰れ。後はどうなろうとかまわん』


 それがデルタが受け取った命令だった。

 追撃は困難を極めた。ルティティア地方の大半が破壊されており、現地での補給ができかなったためである。

 そのため、部隊の大半を帰還させ、選りすぐりの部隊のみを率いて追撃せざるを得なかった。


 入念な事に、オアシスの泉ですら毒で汚染されていた。奴らは西方に戻ってくるつもりは毛頭ないらしい。

 だが良い情報もあった。オアシスに残された野営の後からして、敵は部隊を分割したらしい。あの恐るべきクロスは別の隊を率いていると思われる。

 

「昨日の野営の後を発見しました。明日中には、追いつけると思われます」


 デルタは部下からの報告を聞く。

 明日にはインムを捕えることができるだろう。

 戦闘はあるだろうが、この砂漠では連中が得意とする塹壕は掘れまい。遠距離からの暗黒魔法の斉射で決着はつく。ただインムの女達をいかにして無傷で捕縛するか、そのことだけがもどかしかった。


「申し上げます!敵の一部が、投降を申し出ました。どうもインムの女達の様です」


「なんだと?!」


 デルタは巨体を起こし、前線に向かう。


「私たちインムは、抵抗の無力を悟り、奴隷として投降いたします。いかなる行為でも受け入れますので、どうか命ばかりはご慈悲を……」


 インムの長と思われる女は、そう卑屈に申し出た。

 他の女達にも生気は無く、玩具となることを受け入れている様だ。

 自ら首輪をはめ鎖で腕を縛り、奴隷にふさわしい姿となっている。

 

 そうだ、インムの女はこうでなければいけない。弱肉強食こそこの世界の摂理、インムは強者の慈悲だけをすがって卑屈に生きるべきなのだ。クロスが何を吹き込んだのか知らんが、奴隷達を生意気にさせた罪は重い。


 とはいえ策略の可能性も捨てきれない。今夜は警戒を解かずに留め置き、明日敵の動きを見ながら判断しよう。

 これだけのインムを確保したのだ、撤退するにしろ残りを追うにしろ、随分と楽になる。


「久々の女です。将軍は、先に味見をなさってはいかがでしょう?」


 部下の提案を受け、夜伽の女を物色する。どういうわけか、成熟したインムばかりで、デルタが好む幼い娘が少ない。

 一人だけいた。水色の長い髪の美しい娘、あいつがいい。


「お前達は、このインム達を見張っていろ。敵への警戒も怠るな!」


 そう命ずるとデルタは水色の髪の娘の鎖をつかみ、乱暴に天幕に連行する。

 娘は目を伏せたままだ。恐らく死んだ魚の様な目をしているのだろう。インムの女は絶望の目に限る、希望などといって、生意気を言うべきではない。


 天幕のベッドに押し倒すと同時に、乱暴に服を引き裂く。

 発展途上の乳房があらわになる。強い劣情を感じる。


『いやっっほうううう!!!!』『ヒャッハー!!!!!』


 これからというところで、兵達の声がした。兵達がインムの捕虜達の存在に気付いた様だ。この分で警備は緩み切っているだろう。

 馬鹿者共が!警備を緩めなと命じたはずだ。デルタは天幕の外で待機している近従を呼びつけようと、声を上げようとする。


 声が……でない……?!


 声を出そうにも、口から出るのは奇妙な空気の抜ける音だ。喉元に、鋭い痛みを感じる。

 ふと見るとベッドで仰向けになっている娘に、赤いものがしたたりおちている。

 その時、初めてインムの娘と目が合った。死んだ魚の様な目ーーではない。デルタを強く睨みつける、戦場の戦士の目だ。

 その右手にはナイフが握られている。このナイフで、デルタの喉を刺したのかーーしたたりおちているこの血は、俺の血か。

 

「はああぁぁ!!!!(貴様!!!!)」


 声にならない声を出し、デルタは娘を殴りつける。

 この俺に傷をつけるとは!インムめ!強きものに体を開くしか能がないくせに!種族全体が性の玩具でしかないくせに!


「……違う……私たちは……おもちゃじゃない……」


 頭から大量の血を流しながらも、娘はそれでもデルタを睨みつける。


「……クニを……国を作るの……私たちインムの……奴隷のいない国を……」


 なおも言葉を続ける娘。デルタは逆上し、そのまま突き飛ばす。娘は備え付けの大鎧に激突し、鈍い音を立てる。首はあらぬ方向に折れていた。


「……おねえ……ちゃん……クロス……さま……」


 娘は最後に何かをつぶやき、そのまま動かなくなった。


 デルタは娘の亡骸を一瞥すると、天幕の外に出る。そして外の惨状に驚嘆した。

 敵襲である。どこから現れたのか、既に陣内に侵入されている様だ。


『おおおおおおおおおおおおおおおおぁぁぁぁぁ!!!!』

 

 時の声とともに、前方の砂漠に無数の松明がともされる。その数、有に数十万。

 恐るべき質量をもって、無数の松明がゆっくりと迫ってくる。その圧倒的迫力に、歴戦の軍人であるデルタでさえ、恐怖を感じた。

 自分ですら恐怖を感じるのだ。部下達が、士気を保てるはずが無い。

 

「ぐぐ……ああ……」


 部下に指示を出そうにも、喉が潰れていて声が出ない。暗黒魔法も、喉が潰れては詠唱できない。

 その時、矢が飛んできた。矢に続いて、槍が繰り出される。

 

「ぐ……ぬ」


 槍を繰り出した人間達を、太刀でまとめて叩き切る。飛び散る血しぶきと肉片、それでも人間達は次から次から、槍を繰り出してきた。

 彼らはまるでデルタが総大将であると、知っている様だった。


ドス!!ドスドスドス!!

 

 数十人の人間を斬った後、背中に強い衝撃を感じた。

 背後から槍が突き刺された様だ。

 これが、『死』か……まさかこいつらに、あの娘に、殺されることになるとは……


『敵総大将デルタ、打ち取ったりー!!』


 最後に人間達の歓声を聞いた気がした。





 リリーヌが指示した作戦は以下の通りである。

 囮として敵陣に入ったインム達、そのうち誰か一人が天幕に連れて行かれたら、そこがデルタの天幕で間違いない。

 夜目が効く獣人部隊が先導し、人族の部隊がその天幕周辺を集中攻撃する。

 ダース族の軍隊は、徹底した実力主義である。したがって上が討たれると崩れるのは意外ともろい。


「どんな犠牲を払っても、敵将デルタを討ちとる様に。それが、勝利への唯一の道です!」

 

 リリーヌはそう厳命した。まさか、その犠牲が自分の身内になろうとは思いもせずに……


 次に数万の民に、一人複数の松明を持たせ、襲撃と同時に火を灯して前進させた。

 彼らは完全に非武装であったため、攻撃されたらひとたまりも無かったが、喜んで自らの役目を引き受けてくれた。


 戦場では士気と士気のぶつかり合いでもある。どんなに火力や魔力の差があろうと、士気を砕けば勝ち、砕かれれば負けである。

 突如前方より現れた数十万の松明は、味方の兵達の士気を大いに高め、敵の士気を打ち砕いた。

 さらに敵将デルタを打ち取りの報告を聞いた時、リリーヌは勝利を確信した。


 結果的に、多数の負傷者は出たものの、夜明け前にダース族の部隊は陣を捨てて敗走した。無数の物資と天幕が残される。


「兵士達に多数の死傷者が出ましたが、囮のインム達は全員無事です」


 兵士の報告にリリーヌは安堵した。ただ先ほどから秘書のエルの姿が見えない。

 指揮に夢中で気づかなかったが、いつからいないのだろう?

 その時、デルタの天幕でインムの少女の亡骸を発見したとの報告が入った。囮を引き受けたインムは、全員無事のはずだが、なぜ?

 吐き気がするほどの悪寒がした。第六感が告げている、良くない事が起こったと。


「その少女の身元は?すぐ確認しなさい。……いえ、私が直接行きます」


 後処理を部下にまかせ、一人天幕へ向かうリリーヌ。

 デルタの天幕は、まだ生々しい血の匂いが漂っていた。幾人かの死に立ち会ったリリーヌは、既に直感的に誰の遺体かわかった。だが、この目で確認するまで、認めたくない。水色の、長い髪を二つに分けた若い娘の亡骸が、横たわっていた。


「……エ……ル……」

 

 リリーヌは変わり果てたエルの亡骸を抱きながら慟哭した。

 幸い天幕には他に誰もいない。司令官ではなく一人の女として、妹同然の存在であったエルの死を嘆いた。




 それからどうやって合流地点のオアシスにたどり着いたのか、リリーヌは覚えていない。部下達が適切に対応してくれたのだろう。ただエルの形見の腕輪を抱きしめて、呆然としていた。

 他の隊は既に集結していた。襲撃にあったのはリリーヌの隊だけだった様だ。

 わずかな休息の後、クロスは全軍を呼集した。


 クロスの特命により、リリーヌはインム達全員から封魔の腕輪を回収する。

 ひとつひとつ、リリーヌは手渡しでそれをクロスに渡す。

 クロスは無言で封魔の腕輪の魔力を、隔離剣レーヴァテインに移していく。


 魔力を吸収するごとに、神剣の輝きが増している。


 インム達の魅了チャームの魔力を抑えるために配られた封魔の腕輪。そこに込められた魔力は、限界値に達するとクロスが回収し、空になって返されていた。込められた魔力をどうしたのだろう?と思っていたが、まさかこの神剣の魔力源が自分たちのインムの魔力だったとは、思いもしなかった。


 リリーヌ自身がはめていた腕輪もクロスに渡す。最後に、大切に持っていたエルの形見の腕輪を手渡し、全ての魔力が隔離剣レーヴァテインに移される。


「下がっていろ。これより、女神の奇跡を地上に降ろす」


 クロスが民達に命ずる。民達は、自分たちが今神話の1ページを目撃しているのだと思った。


「隔離の勇者にして、女神ベルダンティの使徒クロスが命ず。隔離の神剣レーヴァテインよ、その真の力を解放せよ!」


 クロスの命に応じ、神剣が答える。解き放たれる眩いばかりの奇跡の光。

 信じられない事だが、今まで見ていたこの剣の力は、その真の力のほんの末端に過ぎなかったらしい。

 封魔の腕輪に込められたインム達の魔力の総量は、MPに換算して数百万。


『隔離剣レーヴァテイン』ーー終末戦争ラグナロクにて、神々の切り札となる神の宝剣。その神剣を、使徒とはいえ人間が、ここまで使いこなすことができるとは、彼を遣わした女神を除いては、誰も思っていなかった。


 リリーヌはその光りをうっとりと眺めている。

 この人と最初に会った時も、この神剣は輝いていた。あれから何年たっただろう、長い苦難の道であり、犠牲も大きかった。

 あの神剣の光は、彼の手にある奇跡の源は、自分たちインムの魔力だったのだ。


「……エル……見えてる?あの光は……あの奇跡は、私たちインムの光なのよ……」


 リリーヌはエルの形見の腕輪を握りしめがなら、呟く。

 エルに伝えてあげたかった。自分たちインムは、誇り高き種族であると。こみ上げる感情は、大粒の水滴となり頬をつたる。涙を拭う気にはならなかった。


 機はーー満ちた。クロスは、隔離の勇者は、このフィフスガルド最大の英雄は、神剣を手に奇跡の御名を唱い、世界を薙ぎ払う。

 

「ーー西方をーー『隔離』するーー『終末奇跡レーヴァのーー隔離剣テイン!!』


 光が駆ける。

 奇跡が轟く。

 解き放たれた光はーー神々の奇跡はーーインム達の魔力でもあったそれはーーエウロパ砂漠を、フィフスガルドを南北に横断し、永遠に『隔離』する。

 リリーヌ達の目の前に広がっていた砂漠は、西方への道は、眩い光と共に見えなくなり、後は禍々しい亜空間が広がっているだけだった。

 故郷である西方は、忌むべきダース族と共に、永遠に過去のものとなった。 

 フィフスガルドは東方と西方に『隔離』された。二つの世界が交わる事は、もう無い。


 その事を理解したとき、リリーヌ達は初めて知った。

 自分たちはこの戦争ーー後に『東遷戦争』と呼ばれる事になるーーに『勝利』したという事を。

 


 


ここで完結とさせていただきます。

ちなみにエルの死亡は、登場させたときから既定でした。

ここまで読んでいただいた方、ありがとうございます。


ここからの「断章」のストーリーは、リリーヌがクロスから離反するお話となりますが、今まで以上に重い話になってしまいますので、綺麗なここで一時完結とします。

なぜリリーヌがクロスを裏切り、徹底して彼を憎むかについては、彼女のカナタとの会話や、ベルダンティの発言にヒントがあります。

本編でのカナタの次の敵は女王リリーヌであり、その次の中ボスクラスが英雄公クロスとなる予定です。


他賞に応募予定の作品を書きますので、本作の更新は随分と先になると思いますが、その時は再び読んでいただければ幸いです。


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