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ルティティア攻略戦

 リリーヌ達がクロス団に合流してから随分とたった。

 今では群衆の数は万を数え、一つの大きな流民の群れとなっていた。

 秩序が崩壊しているこの西方においては、流民は珍しくない。だが規律正しく、強固に維持されたクロス団はまるで一つの軍隊だった。


 クロス団の戦闘能力はすさまじく、戦闘には必ず勝利してきた。

 もっとも、常に少なからず一団には犠牲がでたが……


 一日に一度、群衆を集めたクロスの講義は続いていた。

 彼は必死で何かを、群衆達に伝えようとしていた。

 それは何となくだが、リリーヌにもエルにも伝わっていた。

 〝種族国家〟。皆が等しく人権を持つ共同体、それを作りたい……それがリリーヌやエル達インムが今望むものだった。


 種族全体が力のある男達の玩具に過ぎないインム達が、自分たちが主権を持つ国家を設立する。

 そこでは皆、等しく権利を持ち、奴隷制は禁止され、一夫一婦制度が維持される。

 人族や獣人族達も、望む願いは同じだろう。

 自分たちの国家を作る、歴史を作る、それはいかなる犠牲を強いるものであっても、実現する価値があるものだと思う。

 自らの血がそのために必要なら、喜んで投げ出す覚悟ができていた。


 リリーヌは幾度かの実戦から働きを認められ、インムの女達からなる小隊を指揮する様になっていた。

 それでもリリーヌはエルを実戦に出すのは気が引けたため、エルはリリーヌの意向もあって後方の補給部隊に配属されていた。

 補給部隊が絶対に安全と言う訳ではないが、エルには武器を取って欲しくなかった。

 

 エルはそれが不満だったらしく、何度もリリーヌに前線部隊への配属の希望を述べる様になっていた。

 今ではエルは美しい少女に成長していた。

 腰まである水色の髪を、可愛らしく大きく二つにまとめ、左腕にはクロスから貰った封魔の腕輪を大切そうにはめていた。

 支給された服のスカートを勝手に短くしていたため、リリーヌが何度か注意していた。「上にローブを羽織っているから問題ない」とエルは口答えするが、クロスに会うときだけは必ずローブを脱いでいる事に、リリーヌはとうに気付いていた。


 ヘレネより緊急会議が呼集され、おもだったインム達が集められた。

 

「補給部隊のインムから敵の挑発を行う特別部隊を編成します。身の安全は戦闘部隊が確保しますが、前線にでる役割です。それを承知の志願者を、募集します」


 エルを含む多くのインムの女達が志願した。エルだけでなく、彼女達も同胞の為に役に立ちたかったらしい。

 リリーヌは反対したが、エルの意思は固かった。

 これもクロスのせいだろうか?リリーヌは苦笑した。

 

 部隊を指揮するのは人族達の長であるローラントと呼ばれる男だった。

 丁寧な口調の礼儀正しい男だったが、粘り強い戦いがクロスに評価され、ジルと並んで副将格とされていた。クロスから直々に戦術を教え込まれた上級士官の一人で、特に地形を利用した巧みな防衛戦術に定評がある。彼が指揮官なら、安心ができる。

 リリーヌ達インムのボウガン部隊と、エルフの弓兵部隊、人族の槍部隊、種族混成の魔法部隊をローラントが指揮することになった。

 これまで主戦力とされていたジルが率いる獣人部隊とクロス本人は、別行動するらしい。


 クロスが別行動を取る事に、不安はあった。特にクロスが扱う隔離魔法は、いかなるダース族も一撃で葬り去る事ができたため、頼もしかった。

 それ以上に、言葉では言い表せない絶対的な安心感が、彼にはあった。


 だが戦場において、弱気や不安は禁物だ。

 指揮官の不安はすぐに部下に伝わるし、恐怖は伝染し集団の統率を無くす。

 リリーヌは多くの先輩と部下の死から、その事を学びとっていた。


 今回の戦闘の目標は、西方大陸の東端に位置するルティティア城、交易上の要所であり、莫大な蓄財がなされていると言われていた。


 ここを、るのか……


 初めての攻城戦となる。

 城に籠られたら、大きな犠牲が必要となるだろう。ルティティアは堅固な城塞で知られている。

 だが、この城と物資さえ奪えば、流民の群れに過ぎないクロス団が土地と物資を得て、一気に国家へと躍進できる。今は脅威である城塞も、穫りさえすれば頼もしい盾となる。

 価値がある戦略目標だった。


「ここで陣地を形成し、敵を迎え撃ちます。三重の塹壕を掘ります。時間がありません、一刻で掘る様に」


 臨時司令官であるローラントに塹壕を掘る様に命じられ、必死で土を掘る。塹壕はクロス団の防衛戦術の基本であるが、今回は城攻めのはずだ。どう使うつもりなのだろう?


 一刻もたたずに壕は掘られた。

 壕の一列目と二列目には人族の槍部隊が、三列目にはインム達ボウガン部隊とエルフの弓部隊、種族混同の魔法部隊が入り待機。

 ローラントの指揮所も三列目に置かれた。

 数千もの戦闘部隊は、壕に隠れてすっかり姿を隠してしまった。


 エル達を含むインムの特別部隊がルティティア城に向かう。

 若いインムしかいない特別部隊は華やかだ。

 クロス団を警戒しているのか敵は城にこもって出てこない。


 インムの特別部隊はルティティア城からギリギリの視界範囲内で、挑発する。

 華やかに歌い、淫らに踊り、楽しげにおしゃべりする。戦場とは思えない楽園の様な雰囲気を漂わしている。

 それでも城には変化はない。

 インム達はローブを脱ぎ出し、どんどん薄着になっていく。

 腕輪を外し、勧誘魔法テンプテイションを発動している者もいる。

 禁欲生活を強いられている城の兵士達にとっては、我慢できない挑発だろう。

 

 敵は必ず出てくる。だが、エル達は城に近づきすぎている気がする。

 もし逃げ後れたら助け出す手段が無い。城に引き込まれて慰み者にされるだろう。

 リリーヌはインム達の姿を固唾をのんで見守る。


 城の門が開かれ、騎兵達が飛び出してきた。

 よく見ると騎兵ではなく、半人半馬のケンタウルス達の様だ。

 インムが恐れるダース族の一つ、ケンタウルスの性欲は強く、裂けるまで執拗に求めてくる。

 

 インムの特別部隊達は、蜘蛛の子を散らす様に逃げだす。

 後方の草むらを迂回する様に逃げる。

 ケンタウルス達が一直線に草むらに突っ込む。後少しでインム達に手が届くだろう。生け捕りにするつもりか矢は放ってはこない。


 突如ケンタウルスの群れの前列が転倒し、勢いが止まる。

 草むらの中に無数にロープが張り巡らされており、それで動きを削がれている様だ。

 それで、エル達は草むらをわざわざ迂回したのか。さすがにローラント、用意がいい。味方に知らせていなかったのも、情報の漏洩を恐れてのことだろう。

 リリーヌはホッとする。


 ケンタウルス達は体制を立て直し、再びエル達を追いかける。

 予期せぬ罠に逆上したのか、先ほどよりも早い速度だ。

 もう少しで再び捕縛されそうになるところで、エル達インムの姿が次々と地に消えていく。一列目の塹壕に入ったらしい。


「おおおおおおおおおああおあっー!!!」


 鬨の声と同時に塹壕から無数の槍衾やりぶすまが現れる。

 塹壕に隠れていた人族の槍部隊だ、人族達は塹壕の高低差を巧みに利用し、ケンタウルス達騎馬隊の突撃の重圧を受け止める。その背中が頼もしい。彼ら人族も、自分たちの国家を作るために必死なのだ。クロスは彼ら人族の魂に火をつける事にも成功していた。彼ら人族も犠牲を覚悟の上で必死に戦っている。

 それでも強引に槍衾を突破したケンタウルス達も、二列目の塹壕の中にいた槍隊の槍衾やりぶすまに動きを封殺される。 


 ケンタウルス達の騎馬隊の動きが止まった。

 インムのボウガン部隊とエルフの弓隊が矢の雨を降らせる。動きが止まった以上、まとに過ぎない。

 ケンタウルス達は無数の矢を喰らい、バタバタと倒れていく。

 

 ケンタウルス達も負けじと弓で騎射してくるが、塹壕に隠れて被弾面積の少ないリリーヌ達と、巨体な上に立ったままのケンタウルス達とでは分が悪い。


 体制を立て直すため、撤退するケンタウルス達の背中に、塹壕を出て追い打ちをかける。


 太鼓の音がなる。

 追撃の中止の合図だ。

 リリーヌ達は再び塹壕に戻る。多くのケンタウルスの死骸と、いくつかの人族の遺体が転がっている。

 部下のボウガン隊のインム達は幸いにして全員無事だ。エルも無事だと良いのだが……


 ケンタウルスは撤退した。第一陣はリリーヌ達の勝利である。


 突如、轟音と共に城の方角から真黒な炎が放出される。

 ダース族の暗黒魔法の様だ。

 リリーヌ達は塹壕でかがみ込み、暗黒魔法をやり過ごす。

 

 暗黒魔法は物理的に防ぐ事ができない魔法で、土塁や城壁でも防ぐのは難しい。

 だが弱点もある。

 ほとんどが放出系の魔法で、被弾面積が少ない塹壕ならやり過ごす事ができるのだ。

 クロス団が一見不利な塹壕戦を多用する最大の理由が、ここにあった。


 敵の暗黒魔法には必ず強弱の波がある。

 リリーヌ達は経験的にその事を知っていた。

 暗黒魔法の投射が弱まる一瞬の隙をついて、ボウガンで敵の魔法部隊を狙い撃つ。

 

 言わば砲撃部隊と狙撃部隊の撃ち合いである。

 両者の火力は比較にならない。だが、火力が戦争の決定的要因でない事を、彼女達は知っていた。

 無防備に突っ立ったまま暗黒魔法を放ってくる敵と、塹壕に隠れたまま狙撃するリリーヌ達、火力は桁違いだが有利なのは後者なのだ。

 戦争は火力や武器の差だけではなく、むしろ戦術と士気で決まる。

 クロスが何度も何度も教え込んだ事だった。

 それでも塹壕から頭を出し過ぎたインムの一人が被弾し、倒れる。

 リリーヌの部下で、名前はセシル。彼女は今回が初陣だったはずだ。

 リリーヌはセシルが即死したと判断し、持っていた矢を奪う。部下の死を悲しむのも、自分の責任を感じるのも後回しだ。 


 撃ち合いの末、敵魔法部隊はたまらず後退する。

 最後に出てきたのは無数の歩兵部隊。多数の魔物も混じっている様だ。


 ここぞとばかりに味方の魔法部隊が魔法の雨を浴びせる。

 電撃と豪雨の魔法を併用し、空気魔法と火炎魔法を併用する。それによって威力が増す事も、クロス団の戦術として確立されていた。

 それでも犠牲をかえりみずに前進を続けてくる敵歩兵部隊、その数に恐怖を覚える。

 リリーヌ達も矢を射かける。今日放った矢は数十発に及び、腕の腱が千切れそうだったが、ここで諦める訳にはいかない。

 クロスが直接指揮していないとはいえ、彼が承認した作戦だ。負ける訳が無い。

 いや、たとえ自分たちが全滅しようと、その犠牲にもきっと意味が有るはずだ。 

 だから――最後の一兵まで戦うのだ。


 突如、敵歩兵部隊の進撃が止まる。

 敵の多くは後ろを振り返り、明らかに狼狽している。

 敵の後ろのルティティア城が、燃えている。


 旗が翻っている。あれは――クロス団の旗だ。

 そうか、自分たちが城から敵主力をおびき出している間に、クロスとジル率いる獣人部隊がルティティア城を奪ったのか。

 囮はエル達の特別部隊ではなかった。ローラントの指揮する部隊全体が、言わば囮だったのだ。


 ――勝った――


 混乱の極みに達して四散するダース族の群れを見て、リリーヌは自分たちが勝利した事を知った。

 彼女達は初めて自分たちの拠点となる城を手に入れたのである。


読んでいただき、ありがとうございます。



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