誕生、『共存の勇者』
宮殿の中の豪華な一室に通される。この部屋には見覚えがある、スクルドにみせられた未来で、俺とユリスが生活していた部屋だ。
さて、どうするか……
ニーアもユリスも、リリーヌの迫力に圧倒されたのか、先ほどから無言だ。
俺も、ゆっくり一人で考えたい。一人で、ベッドルームに向かう。
リリーヌの最後の言葉が胸に突き刺さっている。
確かに俺は、この世界を助けたいという、覚悟も決意も無い。
単に、ニーアやユリスを助けたかっただけだ。魔人を倒したのも、獣人の災悪を防いだのも、ザマース婦人の闇を消したのも、その結果に過ぎない。
女神ベルダンティの前でインムの闇を消すという約束をしたのも、スクルドがかわいそうだったからだ。
俺にとって、この世界に対する義務も責任も、そして覚悟もない。ベルダンティの使徒である隔離の勇者クロスとは違う。
リリーヌの提案は、ニーアとユリスが安全で、俺も豪華なニート生活が満喫できるというものだ。はっきりいって、願っても無い提案と言える。
受けてしまっても、いいのかもしれない。
最悪、この世界が滅んでしまっても、俺は元の世界に戻るだけだ。
……本当にそれでいいのだろうか?
リリーヌと戦う場合、ニーアとユリスの命の保証が無い。戦い続けるということは、ローラント王国から一生政治犯として追われることになる。そんな辛く、危険な目には、あわせられない。二人の身の安全のために、提案を受けるべきだ。それが、大人の判断と言うべきものでは無いだろうか?
……本当に、二人の安全のためか?
……二人の身の安全は、口実ではないのか?
否定はできない……
問題の本質は、俺にこの世界を守るために、自分だけでなくニーアやユリスの命をかけて戦う決意があるかどうかではないだろうか?俺にそんな決意があるだろうか……?
「あの、カナタさん……女王リリーヌからの提案の事について……お話があるんですが……」
ニーアが部屋に入ってきて、遠慮がちに話しかけてくる。
「私はカナタさんの眷属ですし、カナタさんのものですから、意見を述べる立場に無いのですが……もし私たちの身の安全を気にしているのであれば、心配はいりません。私たちの事ではなく、カナタさんが本当に正しいと思う道を、選んで欲しいんです。それがどんな道であれ、私は受け入れます」
俺はニーアの話に、無言で答えず、猫耳を撫でながらわずかに微笑む。うまく笑えたか自信が無かったが、ニーアも微かに唇をほころばせる。一瞬だけ視線が交差する。
この忠実だが誇り高い猫人は、口ではこう言っていても、同胞である獣人達がインムとの戦争で殺されていくのを、ただじっと我慢できるとは思えない。いずれ1人飛び出して他の獣人達と一緒に戦うだろう。スクルドにみせられた未来みたいに、いつか俺が救援に駆けつけるのを期待しながら、絶望的な戦いを続けるのだろう。
ニーアが部屋から去ってからしばらくして、今度はユリスがやってきた。
「あの、カナタ様……私は……カナタ様の決定に従います。ただ……リリーヌ様のお力を知っていますから……たとえどんな卑怯で間違った道を選んでも……最後までご一緒します。貴方に助けられた命だと思っていますから……ずっと一緒です」
悲しそうに微笑むユリスの言葉にも、何も言えない。
ユリスは無言で俺の胸に顔を埋めてくる。体は小さいが柔らかい。視線を合わせるのが辛いから、この方がいい。
この従順なインムは、最後まで献身的に尽くしてくれるのだろう。スクルドに見せられた未来みたいに、罪悪感で小さな胸を一杯にしながら、最後まで従ってくれるのだろう。
……なんだ、答えは、もうでているじゃないか。
2人が心から笑える未来は、一つしか無い。ついでに世界とやらも、救ってやろう。
そうだ、俺はこの世界が、実は結構好きなんだ。この世界が、戦争やら虐殺やら災害やらで滅んでしまうのは、気持ちよくない。
ーー覚悟は決まった。後は、突き進むだけだ。
「ユリス、ニーアを呼んできてくれ」
「は、はい!」
ユリスは走る様に部屋を出て行き、すぐにニーアを連れて戻ってきた。
「ニーア、ユリス、どうするか、決めたよ」
二人は固唾をのんでこちらを見つめている。俺の次の発言で、二人の人生も決まるのだ。
「二人とも、こっちへ」
2人を抱き寄せ、軽くニーアの猫耳を撫でる。ニーアは片目を閉じ、くすぐったそうにしている。
今度はユリスのピンクの髪を撫でる。ユリスは不安げにこちらを見つめている。
深呼吸をし、二人の空気を肺一杯に入れる。ユリスはインムらしくフェロモンの匂いがし、ニーアは少しだけ猫の匂いがする。落ち着く。
ひと呼吸の後、俺の決意を述べる。
ーーインムの女王リリーヌとーー戦うーー
二人がはっと息を飲むのが分かった。
「……この人間界は、女王リリーヌに支配されています。それでも戦いますか?」
ニーアが確かめる様に意見してきた。
「戦う。世界が女王リリーヌに支配されているのなら……」
ーー女王リリーヌからの解放ーー革命を起こすーー
ニーアが唇をわずかに緩める。瞳に光が宿ったのがはっきりとわかった。
「カナタ様……インム達は、どうなるのでしょう……?」
今度はユリスが不安げに尋ねてくる。
「俺は共存の勇者だ。もちろんインムとも、共存の道を探す。インム達もみんながリリーヌのやり方に賛成しているわけじゃないはずだ」
ユリスが小さくうなずく。覚悟を決めたみたいだ。
二人とも無言で俺を見つめてくる。
ーーニーアにとって、ユリスにとって、この時この瞬間ほど、自らの主を誇らしいと感じた事は無かったーー
新たな決意と覚悟を胸に、今ここに運命の女神スクルドの使徒である『共存の勇者』が正式に誕生した。
インムの女王リリーヌとの、長い戦いが始まる。
カナタが新たな職業に就けるようになりました。
【在宅革命家】
自宅で暗躍する強力な革命家
自宅で……革命家……
いいところなんだから、ジョブ女神スクルド空気読めよ!
きりがいいので、ここで第一部完となります。
以後は不定期更新となります。
作中で主人公が成長できた事が良かった反面、ストーリーがシリアスになりすぎた気もします。
次回「異世界からの刺客」
三人目のヒロインが登場します。
前書きにキャラクター紹介を追加しました。