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神々の取り決めとアイドル

「え~とね、話すと長くなるんだけど……」


 スクルドが言うには、この世界に複数の種族がいて、闇が溜まりやすい事を知ったノルンの三姉妹は、意見が分かれた。長女のウルドは戦争の神らしく、一番強く優秀な種族のみが生き残ればいいという生存競争を示し、次女のベルダンティは、種族を隔離すればすむ問題だと言い、三女のスクルドは何とかして複数の種を融和させようと主張した。


 三者の意見は対立したままだったが、そのままでは世界は闇によって滅ぶしか無い。だからといって強力な女神が争えば被害は甚大となる。そこでそれぞれ『使徒』と呼ばれる存在を選び出し、フィフスガルドに送り込む事にした。意見が対立した場合は女神の代わりに使徒同士を争わせて決めればいい、というルールの下に。


「じゃあ種の共存派のスクルドが送り込んだ俺、つまり『共存の勇者』以外に、種の隔離派のベルダンティ神が送り込んだ使徒がいて、そいつが『隔離の勇者』と呼ばれる存在なんだな」


「そうだよ、ウルド姉さんはまだ使徒を送り込んでいないはずだから、あんた以外の使徒は『隔離の勇者』しかいないはずだよ」


『隔離の勇者』か……まあインムの闇を取り除けば戦う事はないだろが……


「それで、女神ベルダンティの使徒である『隔離の勇者』って、どんな奴なんだ?」


 それでも万が一でも争う可能性があるのであれば、どんな奴か聞いておくべきだ。


「この世界での名前はクロス・ウル・フィフスガルド……いわゆる英雄公クロスだよ」


「英雄公クロスだと?!」


 この世界最大の英雄である英雄公クロス。東遷戦争にてダース族の支配から人間やインム、獣人等を解放し、東方を開拓した人物。風土病を根絶し、東方諸国の社会制度の礎を作った人物。この世界に根強い奴隷制や一夫多妻制を否定しようとした人物。クロス・ウル・フィフスガルド(フィフスガルドの王)とは、最後まで姓が分からなかった彼に、この世界の人々が付けた尊称だ。


「とんでもない奴が隔離の勇者なんだな。そいつも俺と同じく、異世界から召喚されたんだな?」


「そうだよ。ねえさんが最も優れた人物を選び抜き、最強の魔法と、その何ふさわしい最も優れた職業に就けて送り込んだんだ」


 何て事だ、そんな奴に、勝てそうにない。

 俺なんて魔法もまともに使えない自宅警備士だぞ。この格差は何だ!


「ちょっとまて、英雄公クロスって東遷戦争の英雄だろ?300年も前の話じゃないのか?」


「うん。彼を召喚したのはフィフスガルドの世界では300年前だよ。あんた達の世界、ニホンの時間では数年前くらいになるのかな?」


「日本での時間と、フィフスガルドの時間のたちかたは違うんだな?」


「うん。だからこの世界で10年いても、日本では1ヶ月もたっていないから、安心していいよ」


 少し安心する。とはいえ、疑問が残る。


「英雄公クロスがまだフィフスガルドで生きているんだな?しかし、こっちの世界での年齢は300歳を超えているぞ」


「使徒には年齢は無いからね。あんたもあたしの使徒である限りは老化せずに何百年でも生きられるよ。眷属のニーアちゃん達もね」


 くそう、そんな大事な事を今更言いやがって……


「英雄公クロスはまだどこかで生きているのか」


「そう言う事になるね。彼がどこで何をしているのかは、さすがに言えないけどね」


 とんでもない事実が明らかになってしまった。

 とはいえ、必ず戦うと決まった相手ではないから、今のところ大丈夫だが。


 他にも聞いておく事はないだろうか?


 そういえばリリカが、この人間界を支配しているのはインムの女王リリーヌだと言っていたな。

 女王リリーヌに逆らうと、人間界では生きていけないとかなんとか……ユリスもそう脅されていたみたいだ。

 ただの脅迫だと思うけどな~

 ニーアに聞いてみても、


「インムが人間界を支配しているなんて、ただの陰謀論ですよ。昔はインムの愛人に籠絡されてしまい、言いなりだった王様とかいたそうですけど、いまのローラント王国の王様は女の人ですし、インムは政治でも経済でも重要な役職には就けないはずですから。それに力も弱い種族ですしね」


 と言っていた。

 とはいえ、せっかくスクルドがいるんだ。神様でもあるこいつに聞いてみよう。


「なあスクルド、この人間界をインムが支配している、ってのは嘘だよな?」


「インムのリリカがそう言っていたの?」


「ああ、女王リリーヌに逆らうと、生きて行けないってさ。ただのハッタリだよな?」


 スクルドはしばらく沈黙した後、重苦しく口を開いた。


「……本当だよ。少なくとも神々は、人間界を影で支配しているのはインムの王リリーヌだと理解している」


「!!」


 俺は驚いて声も出ない。


「何だって?だってインムにはそんな力はないだろう?確かに魅力的な種族だけど、それだけだろ?」


「魅力は力たり得るよ。重要な人間の男達を籠絡し続ければ、影で人間界を支配しうる力を得る事ができるからね」


「だが……ローラント王国の王様は女性だって……それにインムは重要な役職には就けないはずだ」


「ローラント王国の女王は若く傀儡だし、近臣達はほとんどインムに籠絡されている。人間界の経済界を支配しているのはエウロパに本部があるアジェンダ商会だけど、アジェンダ商会を支配しているのはリリーヌ自身だよ。表向きは、アジェンダ商会の会長の愛妾という立場だけどね」


 ローラント王国、アジェンダ商会、この世界に来て日が浅い俺でさえ、その影響力は知っている。その二つを、影で支配しているだと?


「人間界を支配するには、表にでない方が好都合なんだよ。目立ちすぎると嫉妬や政争、暗殺や弾圧の対象になるからね。裏でインムの魅力とアジェンダ商会の経済力で支配する。リリカやユリスがカナタ君を誘惑しようとした様に、有力者をどんどん虜にしていくことによってね、」


「だが……いくらなんでも武力が無いインムにそんな事ができるはずが……」


「できるさ。インムの最大の武器は、魅力ではなくその寿命だからね。年を取らないインムは、病死や暗殺されない限り、かなり長生きする。長生きすれば経験を積める。特に……」


ーー現インムの女王リリーヌ・キングビッチ・アジェンダ、通称〝エウロパの大淫婦〟は希代の女傑と言っていい。経験に裏打ちされたそのカリスマと知略は、かつての英雄公クロスと肩を並べるかもしれないーー


「なんだと!英雄公クロスって、女神ベルダンティの使徒だろう??」


 この世界最大の英雄にして、女神ベルダンティの使徒、英雄公クロスと同等だと……


「そうだよ。立場上、これ以上は言えないけどね。禁則事項ってやつかな……ベル姉さんやウルド姉さんにルール違反を指摘されちゃうからね」


 ……リリカやユリスが言うとおり、この人間界を支配しているのが女王リリーヌだとすると……


「ちょっとまて!だとするなら、リリーヌを敵に回したら危険じゃないか!」

 

 俺たちの命が無い、って脅迫は事実となる。


「それに関しては、安心していい。女王リリーヌの目的はあんたを手にいれる事だから、危害は加えられないはずだよ。でも、あんたがインムに籠絡された未来は、見ての通り悲惨なものだからね、くれぐれも誘惑されない様には気をつけてね」


 以前にみたユリスの虜になった未来か……


「まあ……誘惑に失敗したリリーヌが、次にどんな手を打つのかは想像できるけどね。これも禁則事項だから言えないけどね」


 インムか……ユリスと妖鬼の件で、終わったと思ったが厄介なものだ。


「なあスクルド、お前はインムの神でもあるんだよな?……なんでインムという種族を作ったんだ?」


 悲しい種族間の対立を生むだけの種族な気がする。


「それはね……他の種族と交わる事ができる種族だからだよ。異なる種族、例えば人間と獣人の夫婦ができても、子供は滅多に生まれない。ハーフのニーアちゃんとはか、かなりの例外なんだ。そのうえ生まれたハーフ自身が子孫を残す事は、不可能に近い。相手がインムである場合を除いてね。インムは簡単に異種族の子孫を作る事ができる。そうやって、異なる種族の交流が深まれば、いずれ争いは無くなる、と思ったんだ」


 その後、スクルドは少し悲しそうな顔で言った。


「……結果は、今の所〝闇〟ばかりを生み出してしまっているけどね……だけど、あきらめちゃいけない。お医者さんと神様は、最後まであきらめたらダメって言うでしょ?」


 そんな格言は聞いた事が無いが、その通りだと思う。

 改めて、こいつも神様しているんだなと思った。



 食後の後片付けが終わったのか、ニーアとユリスがやってきた。

 そろそろユリスに眷属の指輪をあげなくては……


「スクルド、ユリスを眷属にしたいので、眷属の指輪をくれないか?」


「オッケー、はい」


 軽いノリで指輪を渡してくれる。ニーアのとデザインは同じだが、中心の宝石が異なっている。こちらはピンク色だ。


「……綺麗」


 ユリスがうっとり見つめている。


「でははめるよ」


 ユリスにゆっくり指輪をはめる。


「カナタ様、とっても嬉しいです……」


「これで正式にカナタ君の眷属となった。ユリスちゃんの運命は、従来の運命からはずれ、カナタ君の運命に統合された」


「はい、私、一生懸命頑張ります!」


 ユリスは涙を浮かべながら微笑んでいる。


 これで、ユリスはもう大丈夫だな。少なくとも、不幸になる運命からは外れたはずだ。


「スクルド、眷属の指輪はあと何個あるんだ?」


「え~とね、一人の使徒につき4つだから、あと2つだよ」


 そうか、あと2人まで眷属を増やせるのか。

 

 もう一つ、やる事がある。先ほどの妖鬼戦で、ユリスのレベルが15まであがった。せっかくジョブ女神が家に来ているんだから、ジョブチェンジも済ませておこう。


「スクルド、ユリスの転職も済ませたいんだが、可能か?」


「水さえあれば大丈夫だにゃん」


「……」


 大丈夫らしい。

 ニーアにたらい一杯の水を持ってきてもらい、略式の洗礼を行う。

 最低でも、ユリスが誘惑魔法以外の魔法を使える職業なら何だっていいが、できれば戦闘で役に立つ職業がいいな。


「ユリスちゃんが転職可能な職業は、次の2つだよ」


【踊り子】

魅惑的な踊りを踊る事ができる職業、回避力アップ、攻撃力ダウン、防御力大幅ダウン

戦闘は苦手


ユニークスキル 

【魅惑の踊り】男性を惹き付ける踊りを踊る事ができる



【歌い手】

官能的な歌を歌う事ができる職業、攻撃力ダウン、防御力大幅ダウン 

戦闘は苦手


ユニークスキル

【官能の歌】

周囲の男性を惹き付ける歌を歌う事ができる



「……」


「……」


「……うう、インムの上級職は、やっぱり戦闘の約に立たないです」


 確かに役に立たない。ユニークスキルは両方とも魅了系だし、もとから高くない戦闘能力が、さらに下がっている。

 インムは戦闘の役に立たない種族、ってのは本当らしい。


「あきらめちゃダメよ。私みたいに、カナタさんの眷属になったのだから、特別職に就けるはず」


 ニーアがユリスを励ましながら言う。そうだったな。ニーアみたいにニンジャになればいい。


「ユリスちゃんの特別職は、これになるよ」


【アイドル】

歌と踊りが得意な異世界の特別職

異性を夢中にすることができる魔法を多数覚える


【魅力大幅UP】

歌と踊りにより魅力を大幅にアップする事ができる。


ユニークスキル

【清潔】

トイレに行く必要が無くなる

アイドルは「○○○」しない


【異性接触禁止】

異性が2メートル以内に近づく事ができなくなる。


「……」


「……」


「……アイドルって、どんな職業なんですか?カナタ様……」


 やはりこの世界にはアイドルという職業は無いか。


「え~とだな、歌ったり……」


「歌ったり……?」


「踊ったり……」


「踊ったり……?」


「水着を着て写真を撮ったり……」


「……水着……あの、戦ったりはしないんでしょうか?」


 う~ん、戦うアイドルか、聞いた事が無いな……


「……戦わないと、思うな」


「うう……カナタ様の役に立てません」


 ユリスは残念そうにうつむく。


「え……エッチな職業じゃないんですよね?カナタさん?」


ニーアが気を利かせてくれたのか、質問してくる。


「エッチな職業ではないぞ。(多分)」


 アイドルはエッチな職業ではないよな?みんな?

 スキル異性接触禁止あるし……


 まあ異性接触禁止のスキルがあるから、戦い様によっては男性相手には強いかもな。近づけない男性相手に至近距離からボウガンで狙い撃ち……いかん、どんな状況か想定できない。


「うう……カナタ様の2メートル以内に近づけないんですよね」


 ユリスは悲しそうだ。俺も悲しい。2メートルは、結構距離があるからな。


「今回のジョブチェンジは無しだ。次のジョブチェンジまで、今のままな」


 ジョブチェンジは見送る事にした。

 俺とニーアのレベルはそれぞれ24と20まで上がっていたが、転職可能な上級職は無かった。


「ところでカナタさん、アイドルってなぜトイレに行く必要がないのでしょう?」


「……しっ……信仰上の問題かな?」


「??」


 ニーアもユリスも怪訝な顔をしていた。


変わった職業が追加されました。

「アイドル」も戦術によっては役に立つ……かもしれません。


これで第3章も終わりです。

何度も名前が出ている英雄公クロス、中ボス相当です。日本人です。


次回「自宅vs軍隊 ロジー家陥落」

いよいよロジー家が落城します。

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