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女神スクルドの降臨

 目覚めると自宅の寝室のベッドだった。


「カナタさん、大丈夫ですか?無事に目覚めてくれてよかった」


 ニーアはずっとベッドの横で看護していてくれたらしい。


「ニーアか、もう大丈夫だよ。それより、ユリスとリリカはどうなった?」


「リリカさんは、あれ以来姿を見ていません。……ユリスちゃんは、まだ部屋にいます」


 そうか、リリカがユリスを連れて行ったらどうしようかと思っていたが、まだ家にいてよかった。

 さて、ニーアにどう切り出すか……


「……なあニーア、少し話があるんだが……」


「はい。なんでしょう?」


 大きな猫耳をピクンとさせ、こちらを真っすぐに見つめてくる。う~ん、このニーアとの二人っきりの新性活も、悪くないんだけど……いかんいかん。ユリスが不幸になる運命も避けなくては。


「ユリスをここに置いてやりたい。ニーアと同じく、俺の眷属……いや家族としてだ」


「……」


 ニーアが無言でこちらを見つめ、次いで視線をそらしてうつむく。

 猫耳は悲しそうに垂れ下がっている。


「…番……じゃ……嫌です」


「は?」


 声が小さくてよく聞こえないが、何かが「嫌」らしい。


「……本当は……他の女の人が、私たちの中に入ってくるのは、嫌です」


 ニーアが瞳に涙を潤わせながら、絞り出す様に言う。泣きそうな顔が、可愛い。


「……でも、ユリスちゃんがいい子で、悲しい思いをしてきたことも知っていますから……ユリスちゃんを私たちの家族に加えるのには、反対はしません……でも、2番じゃ、嫌です」


 ああ、小さくて聞こえなかったが、さっき「2番じゃ嫌」って言ったのか……


「……私は……ずっと前からカナタさんの側にいて……おじいさまと生活したり……自分を売った私を命がけで買い戻してくれたり、一緒に悪魔と戦ったり、いろんな経験をしてきました。それを……たとえ私より可愛い女の子が後から現れたからって……2番になるのは嫌です……」


 瞳に貯められた大粒の涙は、流れ出す寸前だ。

 2番は嫌……つまり裏を返せば、自分を1番でいさせてくれるなら、ユリスをおいてもいいという解釈ができる。


「わかった。もちろんニーアの方が上だ。ニーアが嫌がる事は、決してさせない。今まで通り、先輩であるニーアの命令は、絶対だ」


「……私が、第1メイドで、いちばん近くにおいてくれますか?」


「ああ、もちろんだ。ニーアが第1メイド、ユリスは第2メイドだ。絶対だ」


「……ユリスちゃんに、誘惑されたりしませんか?」


「しないし、そんな事は絶対にさせない」


 これは断言できる。さっき見たユリスのチャームによって虜になった未来は、幸せだったが悲惨だった。


「……ユリスちゃんに、変な事しませんか?」


「(ドキ!!)へっ……変な事はしない」


「……本当ですか?今、ちょっと間がありましたね??」


 ニーアが疑いの目を向けてくる。だがその目は、もう泣いてはいない。


「じゃあ……信じてあげます。……どうしてもユリスちゃんに変な事がしたくなったら……その……さっ、先に私に言って下さいね」


 ニーアが真っ赤になりながら恥ずかしそうに言う。その言葉の意味が理解できない。

 たまたまか、もしくは運命の女神おそらくスクルドのいたずらか、ニーアの視線の先には偶然にもハサミが落ちていた。


 まさか……これは……そういう意味なのか!?


(ちょ……ちょん切るつもりか……)


 嫌だ!!!!

 まだ使っても無いのに、新品未使用品なのに、切るなんて!


 神様助けて!!!!

 と思ったらこの世界の神様はスクルドとベルダンティしか知らねー!

 多分どっちも助けてくれない!


「……はは……というわけで、仲良くしてやってくれ……」


 ユリスに手を出したら、死ぬ。

 壮絶な勘違いをした俺には、乾いた笑いしか出てこなかった。



「じゃあ、ユリスちゃんを呼んできます。カナタさんが目覚めた事も、伝えなくちゃ」


 ニーアがユリスを呼びに行く。今度は、ユリスの方を説得しなければ……


「……カナタ様……」


 ユリスがやってくる。少しやつれたみたいだ。可愛らしい顔には、生気がない。


「ユリス、肩はもう大丈夫なのか?すまなかったな、痛かったろう」


「……そんな……こと……私は、どんな事をされても何も言えないですから……」


 ユリスはうつむいて、今にも泣きそうな顔をしている。

 それから、ずっと黙り込んでしまった。


 ……参ったな……どうしよう?

 ここは強引に切り出してみるか。


「ユリス、頼みがあるんだが」


「はっ、はい!」


 返事をする声は裏返っている。


「さっきの事は水に流して、今まで通り、ここにいて欲しいんだ。そしてニーアと同じく、俺の眷属になって欲しい」


「え!?」


 余程おどろいたのだろう。


「……私……ここにいていいんですか?」


「もちろんだ。これはニーアも同意している」


「ニーアさんも!?」


「そうよ。私も、同じ意見よ」


 沈黙を守っていたニーアが会話に参加してくる。


「でも……私……弱いし……卑怯で……カナタさんや……ニーアさんに酷い事をしようと……グズ……」


「もういいのよ。私も……ユリスちゃんを……追い出そうとしていた事も……事実だし……ごめんなさい」


 思いもがけないニーアのからの謝罪の言葉に、ユリスは泣きだしてしまう。


「ううう……私の方こそ……ごめんさない。ごめんな……さい」


「いいのよ。お互い様だから、忘れましょう?」


「ううあああん」


 ユリスは嬉しくてニーアの胸に泣きつく。

 ニーアは泣きしゃくるユリスをやさしく抱きしめる。元の仲のいい姉妹に戻ったみたいだ。


「これでユリスも俺たちの家族の一員だな」


 ユリスはニーアの胸に顔をうずめながら、頭だけでうなづく。


「でもニーアの命令は絶対だぞ。あと隠し事も無しだぞ。俺たちも、隠し事はしないから」


 ユリスは何度も何度もうなづいた。


 終わった。否、これは始まりである。

 俺のハーレム計画への偉大なる一歩が踏み出されたのだ。

 猫耳でしっかり者の美少女ニーアと、可愛らしくちょっぴり妖艶なユリス、どっちも最高に愛おしい。

 最高に魅力的なメイドさんを、2人もゲットできるなんて、異世界に来て良かった。

 ……はて?何か忘れている気が……


 ああそうだ。スクルドが、明日来たいって言ってたっけ?


「そうそう、ニーアにユリス、明日お客さんが来るから、準備をお願いね」


「お客様ですか?カナタさんにお客様なんて、珍しいですね。誰が来るんですか?」


「ああ、来るのはスクルドだよ」


「……」


 沈黙が訪れる。


「……カナタさん、もう一度、聞かせて下さい。お客様は……だれですか?」


「だから、スクルドだよ。ニーアも、会った事あるだろ?」


「スクルド……様?」


「そうそう、あいつが明日来たいってさ」


 その場が凍り付く。ニーアが、笑顔のまま固まる。


「ええええええええええええええっっっ!!!!」


 ニーアが驚きの声をあげる。


「なんでそんな大切な事を、もっと早く言ってくれないんですか!?スクルド様のご降臨……何百年ぶりなんでしょうか?祭壇とか、とても用意できません!!」


 ご降臨、祭壇……?


「ん?そんなのいらないと思うぞ。プライベートな訪問なんだから……」


「それでも……お料理とか、お部屋のお掃除とか……やる事は山ほどあります。お庭なんてカナタさんの魔法で焼け野原だし!!」


 そういや庭で灼熱魔法ぶっぱなしたっけ?


「ユリスちゃん!今すぐお部屋のお掃除をお願い!私はお買い物に行ってくるわ。ああ、スクルド様は何を召し上がるんでしょう?」


「あいつは何でも食べるだろ?そんなに気にしなくても……」


「カナタさんは気にしなさすぎです!女神スクルドの降臨なんて……どうしましょう、どうしましょう。あ、カナタさんは庭のお掃除をお願いします!」


「え~」


 自宅警備士は家事は専門外だ。


「え~じゃありません!あの焼け野原のお庭、明日の午前中までになんとかしてください!」


 ニーアはそれだけ言うと、買い物に行ってしまった。

 俺とユリスだけが残される。ユリスがチャームをかけようとすれば、かかってしまうかもしれないってのに、もう警戒しているそぶりもない。

 ユリスを警戒していないということは、信頼しているんだな、と思う。


「あのう……カナタ様。ユリスさんが言っていたスクルド様って、女神スクルド様の事ですか?」


「そうだよ」


「インムと獣人の女神様、スクルド・ノルン様の事ですよね?」


「そうだよ」


「明日来られる……カナタ様の、お知り合い……?」


「そうだよ。小生意気なガキンチョだけどね」


「なぜ……スクルド神様とお知り合いに?」


「なぜって、俺はスクルドの使徒だからね、言ってなかったっけ?」


「カナタ様が、スクルド様の使徒で……私がその眷属で……明日来られる……あう」


 パタリ


 ユリスはショックで倒れてしまった。

 む~、この世界でスクルドが降臨するって、それほどの大事なのだろうか??





 女神降臨。

 正史によれば数百年ぶりとされる、ノルンの女神の降臨。

 女神の降臨の最後の記録は、かつての東遷戦争の時だったとされる。女神ベルダンティはフィフスガルドに降臨し、英雄公クロスを導いたと歴史書に記されている。


 そして東遷戦争から300年後……

 今度は女神スクルドが、自らの使徒、自宅を警備する戦士カナタを導くためにこのフィフスガルドに降臨する。


 それは神聖な儀式であり、不可侵の神事であり、類いまれなる奇跡であった。


 神は決して「ネ申」ではない。

 ネ申キター……とかいう軽いノリではない。


 そのはずだったのだが……


「ピンポーン……こんにちは、カナタ君、ニーアちゃん、遊びに来たよ~」


 まるで親しい友人の家を訪問する様な軽いノリで、女神スクルドはうちを尋ねて来た。

 しかも、その頭には、今までは無かった物が生えている。


 猫耳である。


「おう……よく来たな、スクルド……その猫耳はなんだ?」


「へっへへ~、似合うかな?かな?猫耳だよ~にゃん!」


 スクルドの頭に生えている大きめの猫耳を、自分の手でさすりながら、スクルドは嬉しそうにクルクルまわる。


(神キターと思ったらネコだったでござる)


「……そんな作り物の猫耳、なんで付けているんだ?」


「え~とね、あたしはこれでも猫人の神だからね、やっぱり女神としての箔をつけないと……って思ったんだよ」


(猫耳を付けて、箔がつくのか??むしろ落ちる気が……いまいちこいつの価値観は理解できん)


「……そ、そうか。よくできた作り物だな」


「ぶー、作り物じゃないよ。本物の猫耳だよ」


 よく見るとスクルドの猫耳が生き物みたいにぴょこぴょこと動いている。気持ち悪い。


「神の奇跡でつくったんだよ。MP2万も使っちゃった」


「そんな事のために奇跡を使うなよ!」


 くそう、MP多くて羨ましい。妖鬼戦でMPゲットするのに、こっちはどれだけ苦労したか。


「ぶ~、カナタ君は冷たいね~。ニーアちゃんはいる?」


「はい。スクルド様、お久しぶりです。猫耳、とっても素敵ですよ。猫人として嬉しく思います」


「ほら、カナタ君と違って、猫耳の良さを理解してる。そんなんじゃ、あたしの使徒失格だよ?」


「ニーアの猫耳は可愛いからいいの!お前のは、なんか違うの!」


「ぶ~、憎たらしい。最近ちょっとハーレムだからって、態度でかいと思うにゃん!」


 わざとらしい猫の語尾を使う。


「そっちにいるのはインムのユリスちゃんだね?初めまして、スクルドだにゃん!」


 もはや権威の欠片も無い挨拶をし、スクルドはユリスに話しかけてくる。

 権威いいのかよ、権威。


「……はっ、はい。はじめまして、スクルド様」


 ユリスはガチガチに緊張している。声がすこし裏返っている。


「えへへ~あたしはインムの神様でもあるんだよ。セコンの町の神殿で。いつもお祈りしてくれてたよね」


「……見ていてくれてたんですか?」


「まあね。何とか助けてあげたいと思っていたので、あたしの使徒のカナタ君の眷属にしたんだよ。これで、もう大丈夫だよ」


 スクルドは微笑みながら言う。


「うう……ありがとうございます!わたしなんかのために……」


 涙もろいユリスは泣き出してしまった。


「お近づきのしるしに、これをあげるよ。はい、ユリスちゃん」


「これは……猫耳??」


「うん、あたしの猫耳と同じだよ。つけてごらんにゃん」


 スクルドはニーアに自分が付けているのと同じ猫耳を渡した。ユリスは恐る恐る白い猫耳を頭につける。

 う~ん、ピンクの髪と白い猫耳、てれくさそうな顔とあいまって、可愛らしい。


「とてもよく似合っているわよ。ユリスちゃん。みんな猫耳でお揃いね」


 ニーアが嬉しそうにいう。そうだよ、みんな猫耳になってるよ。俺以外はね。


「えへへ……似合いますか?にゃん」


 ユリスも嬉しそうだ。う~ん、可愛い。


「この猫耳には特殊な魔法の効果があってね……にゃんにゃんにゃにゃ……にゃん」


 スクルドが突然猫みたいに鳴きだす。


「え……にゃにゃん、にゃん……凄い、スクルド様、それは猫語ですね!」


「猫さんの言葉が……私にも理解できる……にゃん」


 ニーアとユリスが驚いている。

 どうもあの猫耳をつけていると、猫語が話せる様になるらしい。


「にゃんにゃんにゃん……カナタ君にゃんにゃんにゃにゃ……」


「にゃんにゃん……そんな事本人の前で言っちゃダメですよ……にゃにゃん」


「にゃんにゃんにゃん……楽しいです……にゃんにゃん」


 猫三匹が猫語で語り出す。

 俺には全く理解できない。一人のけ者にされた気分だ。

 しかも、話題は俺の事っぽいし……


「このように、カナタ君の前でもカナタ君のうわさ話が堂々とできる……にゃん」


「素晴らしいです……これが女神の奇跡……」


「凄いです。さすがスクルド様、にゃん」


 二人とも感心している。俺はちっとも嬉しくない。


「スクルド、俺にも猫耳くれよ」


「え~、やだにゃん。絶対に似合わないし……この猫耳は萌えない人には装備できにゃいんだよ」


 スクルドは楽しそうに笑った。


「……とにかくこちらへ、スクルド様。お魚料理にしてよかったです、にゃん」


 ニーアはスクルドをリビングに案内する。

 料理はニーアが買い付けて来た魚介類と牛乳でつくったホワイトシチューと、バルーンの皮で生野菜と生魚を巻いた春巻、ボブコブリンの甘辛肉団子、それにサラダに焼きたてのナン、デザートはフルーツの盛り合わせにヨーグルト、そしてニーアお手製のスコーンだ。

 ニーアは元々料理は得意だったが、ニンジャに転職してから手先が更に器用になったのか、ますます腕があがった。料理が苦手なユリスも、必死で手伝ったらしい。


 スクルドとニーア、そしてユリスの三人は、すっかり打ち解けたようで話が弾んでいる。

 時々、猫語での会話が入るのは俺には聞かれたくない女子トークだろう。


 女神との会食……か。

 スクルドにとって、こういう楽しい思い出も必要だろう。

 なんせ姉がアレだしな……


 楽しい夕食が終わり、俺とスクルドは食後のお茶を楽しんでいた。

 ニーアとユリスは、台所に立って後片付けをしている。


 なあスクルド、それはそうとベルダンティ神が言っていた『隔離の勇者』とか『取り決め』って一体なんなんだ?

 俺は気になっていた事を聞いてみた。

次回、ユリスが新しい職業に就きます。

タイトルは「神々の取り決めとユリスの新しい職業」


奇妙な職業二つ目です。



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