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ユリスの戦い

 妖魔達が後退した。勝ったのだろうか?ユリスは再び窓から外を覗き込む。敵に見つからない様に、細心の注意を払いつつ。

 だが期待に反し、家を遠巻きに半包囲するだけで、勝った訳ではなさそうだ。どちらにせよ、非力な自分はここで隠れているしかない。結局、何もできないことに変わりなかった。


 突然、カナタ様が部屋に戻って来た。いったいなぜ?


「……頼みがある。お前にしかできない役目だ」


 ユリスは息が詰まる。裏切り者の私を、まだ仲間だと思ってくれていたのだろうか?


「……ユリス、仲間なら、一緒に戦おう。お前が必要だ」


 思いがけない申し出だった。

 右手が差し出される……奥様から自分を買ってくれた時と同じだ……私は無言でその手を握りしめる。

 自分が、何かできるとは思えなかったが、役に立てるならなんだっていい。必要とされた喜びが、私を突き動かした。


 願いは意に反して簡単な事だった。庭に出て、敵に姿を現してくれればいいとの事だ。

 たったそれだけの事だったが、つい先ほどまで激闘が繰り広げられ、いまだに敵が遠巻きに包囲している庭に出るには勇気がいた。いざとなると、足がすくむ。


ーーこんな自分でも、何かの役に立てるなら、私を必要としてくれたからーー


 そう思うと、不思議と震えが止まった。心も、奇妙に落ち着いている。

 荒れ果て、黒煙があがる庭に出る。あとは……敵に姿を表せばいい。


 正面の奥、ひときわ大きな妖魔がいる。

 下半身は蜘蛛、だが上半身は……私が良く知っている人だった。


「……奥……様?」


 見間違えることはない。あれは、私の以前の主人。

 魔物になるほど私が憎かったのだろうか?

 この世のものとは思えないほど醜い姿、だが私を見つめる憎しみに満ちた目だけは、変わらない。むしろ人間としての姿を捨てる事によって、ただ憎悪の感情に身を任せることができる様になったみたいだ。


「!!」


 向こうも私の姿に気付いた。

 空間が歪むかと思うほどどす黒い魔力が、かつて奥様だった魔物に集まってくる。


「……あう……」


 私は動く事もできない。集結した魔力は、純粋な憎悪と嫉妬の塊となって、私に放たれる。


ーー暗黒魔法エンヴィ・レヴィーー


 それは憎悪……そして嫉妬でもある……だがその根底にあるのは……

 ああ、この人は恐ろしかったんだな。私みたいな、インムが……

 老いることの無い、美貌に長けた、インムという種族が……


 最後の最後に、自分を虐め尽くした人の、心の底に触れられた気がした。一緒に生活しているだけでは、決して交わる事は無いだろう、その奥底に……


 私の前に男の人が立っている。

 地を覆う闇も、憎悪も、嫉妬も、そして恐怖さえも、恐れる事をせず、無造作に左手を暗黒魔法に向かってかかげる。この人も、私と一緒に死んでくれるのだろうか?


 だが、闇の塊は、巨大な渦を描きながら、その左手に吸い込まれる。地を覆うかと思うほどの憎悪と嫉妬の闇ーーだがそれを簡単に吸い取ってしまった。

 私の前に立ち、盾になってくれたらしい。そういえばこの人は、いつも私の前に立って、私を守ってくれてた。


 私に向かって放たれた魔法は消滅してしまった。

 魔法は効かない……そう理解したのか、妖鬼は、こちらむかって跳躍する。

 30歩はあるだろうか、その距離を、一瞬で詰める。

 まるで黒い稲妻だ。


 一瞬だけ妖鬼と目があった気がする、笑っている。魔法という何の感触も得られない無粋なもので殺してしまうより、感触が残る自分の手で私を殺したかったらしい。

 私は恐ろしくて動けない、そもそも動いてどうにかなるとは思えない。覚悟を決め、立ち尽くす。


 あと一歩、蜘蛛の腕が大きく振り上げられる。私を殺すには十分だろう。

 スローモーションの様にゆっくりと腕が振り下ろされるのが見える、不思議と身動きができない。


 ……死ぬ……ここで、死ぬのか……


 だが、その腕はいつまでも私に届かなかった……おかしい

 よくみると、妖鬼の動きは止まってる。まるで


ーー蜘蛛の糸に引っかかった害虫の様にーー


 気付くと、無数の蜘蛛の糸が張り巡らされている。気付かなかった、いつの間に?

 これは……触手魔法スパイダー・シルク?


「……どうだ、蜘蛛が、蜘蛛の糸に引っかかる気持ちは?……張り巡らされた蜘蛛の糸に気付かないほど、ユリスが憎かったのか?」


 先ほどの男の人の声がする。そうだ、彼は、私の新しい主人……彼が魔法で蜘蛛の糸を無数に張りめぐらせたのか。確かに蜘蛛の糸の魔法を覚えたらしかったが……だが、MPはどうしたのだろう?

 そう言えば、以前この人は暗黒魔法をMPとして吸収できると言っていたが……まさか……?

 奥様と確執がある私を前面にだせば、憎悪を吐き出し暗黒魔法を放ってくる。それを吸収しMPとして還元、わずかな間に魔法で蜘蛛の糸を張り巡らせ罠を張り、妖鬼が突っ込んで来た所を捕える。

 ……全てが計算通りだったとでも言うのだろうか?


「……闇で魔物になってしまうほど、ユリスが憎かったのか?答えろ」


 蜘蛛の糸で身動きが取れない妖鬼の前に立ち、問いただす。その声は、ぞっとするほど低かった。


「オおオアアああ嗚呼あッー!!!」


 妖鬼が奇声を発する。この世のものとは思えないおぞましい奇声。

 周囲で様子をうかがっていた妖魔エンヴィが一斉に近づいてくる。どうやら部下を呼ぶための奇声だったらしい。

 数は……30体以上……囲まれる、さすがにこの数で一度に迫られたら、勝てるとは思えない。

 何体かの妖魔達が、蜘蛛の糸を吐き出す。それは、カナタ様の体に次々と命中し、その動きを封じる。もう、動く事などできまい。


「ニーア、ユリスを連れて戦線離脱。距離をとって後方で待機!こいつらは俺が始末する」


 蜘蛛の糸にとらわれながら、カナタ様はニーアさんに命令する。

 私はニーアさんに抱きかかえられ、戦線を離脱する。この戦いでの、私の役目は終わったらしい。

 だがカナタ様はどうするのだろう、あれだけの蜘蛛の糸にとらわれては、もう動く事も、武器を取る事もできまい。

 とても助かるとは思えない……しかし、私を抱きかかえるニーアさんの表情には、心配の色は微塵もみられない。むしろその横顔からは、主人の勝利を確信した、絶対の信頼がみてとれた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 妖魔達は、ゆっくりと俺に近づいてくる。

 先ほど周囲の木から岩に張り巡らせたスパイダー・シルクはおよそ5本、さすがにこれだけゆっくり近づいてくれば、妖魔にも見えているだろう。だがそれでいい、ゆっくり俺を取り囲んでくれればいい。何体かの妖魔達が、俺の動きを封じようと蜘蛛の糸を吐き出したが、されるがままにしておいた。こちらも動けないが、妖魔達も離れられない。

 俺のスパーダー・シルクにとらわれながらも、仲間の到来により勝利を確信した妖鬼が、舌なめずりしている。


 ニーアとユリスはもう十分に距離をとっただろう。

 これで、手加減は無用だ。


「嫉妬の妖魔達よ、その嫉妬以上の業火を、教えてやる!」


ーー灼熱魔法インフェルノーー


 ありったけの魔力を込め、灼熱魔法を唱える。

 俺の周囲に灼熱の炎が荒れ狂う。蜘蛛の糸にとらわれたままの妖鬼ザマースも、こちらに近づいて来た妖魔たちも、俺に蜘蛛の糸を吐き出してきた妖魔たちも、この炎から逃れる事はできない。妖魔達は次々と、灰になっていく。無数にあった蜘蛛の糸も、跡形も無く消滅してしまった。


 後には、火傷を負った老婆が、横たわっていただけだった。


 この痩せこけた老婆が、闇によって魔物になっていたのか……

 改めて闇の恐ろしさを痛感する。


「……カナタ様……」


 ユリスが駆け寄ってくる、いけない!来るんじゃない。ニーアの時と同じだとすると、この老婆に集まっていた闇は消えたのではなく、俺に移っただけなのだから……


ーーインム……インムノ……オンナ……ユリス……ーー


 いけない、意識が……闇に乗っ取られる。ニーアの時と同じだ……


「きゃあ!」


 俺の両腕がユリスの肩を強く握りしめる。ユリスの首を絞めたいという衝動を、最後の理性で肩にずらす。

 それが……俺の精一杯の抵抗だった。


「うう……い……痛い……です……」


 ユリスが何か言っているが、俺の理性には届かない。


「……カナタさん………ちゃん…………闇……………!」


 ニーアが駆け寄って来て、何か叫んでいるが、何も聞こえない。

 今の俺の力では、首でなく肩だとしても、握りつぶしてしまうかもしれない。

 ニーアが必死で俺の手を振り払おうとしているみたいだが、スキル自宅警備で数倍に強化された筋力を、振り払えるとは思えない。


「……インム……コロス……」


 俺の口から心にも無い言葉が出てくる。

 インムが憎い、弱いくせに、危険に身をさらさないくせに、容姿で男をたぶらかすしか能が無いくせに……インムめ!

 ……違う、ユリスの芯はとても強い、危険に身をさらしている、容姿に頼って生きてなどいない!むしろずっと耐えてきた。

 一緒に戦った、仲間だ……


「……痛い……やめて……本当に……死んで……しまいます……」


 だが俺の理性に反し、両腕にさらに力がこもる。このままだと、絞め殺してしまう。

 ユリスから体がきしむ音がする。体の組織が、堪え兼ねていくつか壊れだしている。

 あと少し……後少しで、ユリスは死んでしまうだろう……


「……あっ……貴方に……」


 ユリスが何かを言っている。耳では聞こえていても、頭には届かない。


「……貴方に……殺されるなら……私は……幸せです……」


 最後に、瞳から大粒の涙を流しながら、ユリスは微笑えむ。


「!!」


 その言葉は、確かに俺の心に届いた。一瞬で、意識が逆転する。

 ……違う、ユリスの芯はとても強い、この後に及んで、微笑むことができる彼女が、弱いわけがない。

 俺は必死で理性を呼び起こす。そうだ、今日だって妖鬼と一緒に戦った。以前から魔物相手に一緒に戦ってきた。それ以前は、ずっと辛い心の戦場で、たった一人で戦ってたとても強い女の子だ。その意思力の強さは、彼女の桁違いのMPが証明している。


 そして俺にとっても、既にニーアと同じくらい大切な女の子。


 俺に溜まった闇が浄化され、心に平穏が訪れる。

 ……闇に……勝った……

 そう思った瞬間、俺は意識を失った。


読んでいただき、ありがとうございます。

シリアスにしすぎて申し訳ないです。


次回のタイトルは、「BAD END」です。

エロくいきます。


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