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インムと妖魔

 ニーアからユリスが変だという報告を受けたのは、就寝前だった。

 歯を磨きに行った時に顔を見たが、顔色は真っ青で、すれ違うニーアの存在にも気付かなかったとか。


 嫌な予感がしたニーアはニンジャの索敵スキルを展開して、ユリスの隣の部屋で待機していた。夜中に部屋を抜け出し、俺の部屋に向かうと知り、階段ではなく二階の窓から俺の部屋に先行して、押し入れで待機していた。俺は賢者タイムに切り替え、寝たふりをして様子をうかがっていた。


 予想通り、ユリスは部屋に入って来た。どうやら、チャームで俺を誘惑しにきたらしい。

 ユリスの誘惑魔法を使えば、確かに俺を虜にできるかもしれない。だが、その心境の変化は一体なんだ?そういう行為が苦手だと、ずっと俺たちに嘘をついてきたとは思えないが……


「あう……あう……」


 ユリスは声にならない声を出し、そのままフリーズしている。余程驚いているのだろう。


「インムでもいい人がいると、信じた私が馬鹿でした。この……泥棒猫」


 猫はお前の方だろう、と思ったがつっこむのはやめておく。ニーアは口調を抑えているが、かなり怒っているみたいだ。


「あああああああああああああああっっ!!!!」


 突如泣き崩れるユリス。

 何かが壊れた様な号泣、言い訳の言葉さえ発せず、ユリスはこの世の終わりの様に泣き続けている。

 俺もニーアも、予想外の反応にあっけに取られている。


「……どうやらユリスは、失敗したようね」


 ドアの方から声がすると思ったら、女の人が立っていた。

 あれは、依然奴隷店にいたインムのリリカ。


「賢者並みの対誘惑防御に加えて、眷属でさえ驚異的な哨戒能力……ジョブ女神もずいぶんとえこひいきだこと」


「なんでお前が?これはお前の差し金か?」


 リリカは無言で部屋に入ってくる。口元に以前の余裕の笑みはない。


「そうよ。私がユリスに命じたのよ」


 リリカは悪びれもせず、肯定する。


「なんで……貴女達インムはなんでいつもそんな事を?女性達から大切な人を奪って、何が楽しいんですか!?ユリスちゃんも、なんでこんな人の命令を聞いたの!?」


 ニーアが怒声を発する。


「何故……か。そうね、端的に言えば生き残るためよ。私たちインムは、強い男を籠絡していかなければ、生きて行く事ができない。もっともユリスは、この家に残るために私のお願いを聞いてくれたんだけどね」


「え……?」


「……だって……だって……チャームを制御する方法が見つかったら……ぐず……追い出されると思って……」


 ユリスが嗚咽しながら、それだけの事を述べる。

 ーーしまった、知っていたのか。チャームを制御できるようになったら追い出されると思ったんだな。


「……そんな……」


 真実を知ったニーアもさすがに戸惑っている。


「ユリスは悪くないわ。カナタ君を籠絡できなければ、3人とも殺すと、私が脅迫したの。これは本当の事よ」


 言う事をきかないと3人とも殺す、か。大きくでたもんだ。


「どうしてそうまでして、俺をインムの側に引き入れようとするんだ?」


 リリカは自嘲気味に微笑みながら、俺の質問に答える。


「それは、貴方が女神スクルドの使徒だからよ。手のうちに置きたいと思うのは、当然じゃなくて?」


「俺がスクルドの使徒である事を知っているのか?!」


「当然よ。力ではなく、情報と魅力を武器に、世界を支配しようとするのが私たちインムという種族よ。強い力を持つ男がいれば、籠絡しようとするのは当然でしょう?」


「なぜそうまでして、強い力を求めるんだ?」


「さっきも言ったでしょう。強い男を籠絡しなければ生きて行けない。私たちインムはそうやって生きて来たの。石まで投げられたあなたは、この世界の女性のインムに対する弾圧がいかに激しいか、知っているでしょう?」


「お前達インムが勝手な事をするから、この世界の女達が怒るんじゃないのか?」


「違うわ。私たちはあくまで自衛のために、強い男達を自分たちの陣営に引き入れているのよ。断じて逆ではないわ。それに女達だけが、私たちの敵ではない。異種族の女達の嫉妬は、強い思いとなって、魔物さえ生み出す。知っているんでしょう?女神スクルドの使徒である貴方なら、魔物を生み出すのが、異なる種族の思い、心の闇だと言う事を……ご覧なさい、二人のインムの匂いにつられて、嫉妬心に駆られた妖魔達が集まってきたわ」


ーー闇、なんでこいつがその事を?さっきの俺の使徒の事といい、知りすぎている。

俺は驚愕の色を隠せない。


「カナタさん、敵です!昼に戦った妖魔が、家に侵入してきます」



 窓から外を確認する。柵の中の敵は確認できるだけで10体、正確な数字はわからない。柵の外の敵数は不明。


「ニーア、俺は庭で迎撃する。ニーアは屋根から戦況を知らせてくれ」


「はい!大群ですが、大丈夫ですか?」


「庭は自宅だ。あいつとは戦った事があるし、自宅警備士の戦闘能力なら、負けたりはしないよ」


 俺は自宅警備士にジョブを切り替え、剣と盾と兜を装備して庭に飛び降りる。残念だが、鎧を装備している暇は無かった。


「シャー」


 こちらに気付いた妖魔エンヴィ2体が、ニーアの畑を踏み荒らしながら近づいてくる。


「畑を踏んづけるんじゃねー!」


 俺は妖魔に斬りつける。一撃で妖魔の胴を叩き切り、返す刀でもう一匹の首をはねる。

 大量の出血とともに、2匹の妖魔は倒れる。血が畑にしたたる。


「お前達の血なんて肥料にもなりゃしない!どうしてくれるんだ、ウチの大根!」


 いける。北の森ではそれなりに苦労した妖魔エンヴィだが、自宅警備スキルが使える庭でなら楽勝だ。


「カナタさん!玄関正面に2体。早く倒さないと家に侵入されます!」


 二階からニーアが戦況を報告してくれる。


「オッケー」


 玄関のドアを開けて、侵入しようとした妖魔2体を撃破する。


「ウチの家は土足厳禁なんだよ!」


「今度は裏庭です。敵は……10体以上!」


「おらおら!」


 ノートゥングを握りしめ、敵を蹂躙する。

 更に妖魔を3体倒した所で、敵に包囲されつつある事に気付いた。

 まずい、さすがに囲まれて動きを封じられるのは、よくない。

 特にこいつの蜘蛛の糸で、動きを封じられるとやっかいだ。

 その時、煙幕玉が炸裂し、視界が遮られる。敵味方の動きが止まる。


「カナタさん、こっちです」


 ニーアがストーム・ボムの魔法を使い、援護しに来てくれたらしい。

 俺はニーアに連れられて裏庭から玄関前に転進、ポーションを受け取って回復する。


「あと何匹くらいいそうだ?」


「分かりませんが、20匹は確実かと……」


 敵が多い、一体一体は弱くても、ダメージが徐々に蓄積されていってしまう。盾で正面からの攻撃は防げても、背後からの攻撃は防げない。

 敵が多すぎる、今までも強敵と戦ってきたが、全て1対1だった。1人で多数の強敵を相手にするのは初めてだ。魔法さえ使えれば敵を一掃できるのに……敵が暗黒魔法を使わない限り、MPは吸収できず攻撃魔法は放てない。以前にバルーン相手に無駄遣いしたのが悔やまれる。


「ニーア、屋根の上からサポートしてくれ。俺も囲まれない様に移動しながら戦うが、囲まれそうになったらさっきみたいにストーム・ボムで援護して欲しい」


「はい!役に立ってみせます」


 臨時の作戦が決まった。俺は再び窓から裏庭に飛び出すと、手前の1匹を切り捨てる。

 ニーアも跳躍し、見晴らしの良い屋根の上に陣取る。


 煙幕から抜けて出て来た2体の妖魔を切り捨てる。残りはまだ煙幕の中か……こいつらは後回しでいい。上手く各個撃破できそうだ。


「カナタさん、正面庭方向から9匹、こちらに向かって来ます。ストーム・ボムで時間を稼ぎますから、煙幕から出て来た順に倒してください。囲まれない様に、くれぐれも注意してください!」


 言われるがままに煙幕から出てきた2体を倒す。


「カナタさん、周囲に5体、ストーム・ボムを張りますから、左手後方に離脱してください」


 ニーアの指示は的確で、俺は順調に妖魔の数を減らしつつあった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ユリスは涙を拭きながら、窓から戦況を確認する。

 カナタ様とニーアさんが、果敢に戦っている。

 北の森で戦ったのと同じ妖魔だが、今のカナタ様の力は圧倒的だった。まるでバターを斬るかの様に敵を次々と切り捨てて行く。自宅警備士は、自宅で圧倒的な戦闘力を発揮すると言っていたが、まさかこれほどまでとは、思いもしなかった。

 ニーアさんも機動力を生かして妖魔をかく乱、戦況を逐次伝える。囲まれそうになると、煙幕をはり一緒に戦線離脱。安全なところでポーションを使い回復、そして戦闘復帰。

 パジャマ姿で上下左右に駆け回るその姿は、とても美しかった。


 2人の息は、驚くほどピッタリだった。

 ボウガンという新しい武器のおかげで、少し2人に近づけたかと思ったが、ただの幻想だったらしい。2人の中に、とても入り込める余地はない。私は……一緒には戦えない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 敵を切り裂く、17匹目。

 ニーアとの臨時の戦術も、さすがになれて来た。いける、このまま削っていけば、何とかなる。

 あちこちに煙幕があり、視界不良だが、それはお互い様だ。

 むしろ、こちらにはいつどこに煙幕をはるか主導権を握っている点でアドバンテージがある。


「……敵が、引いて行く」


 突然、妖魔達が向きを変えて、撤退して行く。追い打ちをかけたいが、庭の外に出たので追うべきではない。

 勝ったのか?だが家を遠巻きにしたまま反転、こちらを向き直った。半包囲陣形を崩さない。


「カナタさん、あれ!奥を見て下さい!」


 ニーアに指差された先をみる。


 ひときわ大きな蜘蛛の様な妖魔……だがあいつには見覚えがある。

 まさか……そんな……

 蜘蛛の様な下半身、だが上半身は、人間の物だ。ユトラント伯爵公と同じ、あの妖魔も元人間。

 人間の負の思い、闇のエネルギーが変質させた人間。

 ユリスの元主人……


「……そんな、闇を集めて化け物になるくらい、ユリスが憎いのか?ザマース婦人」


【妖鬼ザマース・エンヴィ】

嫉妬による闇が、人間を変質させた妖鬼

妖魔エンヴィ達の長



 これで合点がいく、突然北の森に妖魔エンヴィが大量発生した理由が。

 なんて事は無い、ファーの町の北にセコンの町がある。その町で発生した負のエネルギーが、北の森の蜘蛛を魔物に変えたのだ。


 家の敷居から25メートルほどの位置で、妖魔達は大妖魔を中心に半円形の陣形を取っている。

 妖魔達の人海戦術が失敗したので、一時引き上げ、こちらの様子をうかがっているのだろう。


 自宅警備スキルが使えない敷居の外では、こちらも手が出せない。だが、妖鬼なら、魔人や悪魔と同じ、闇魔法を使ってくる可能性が高い。上手く闇魔法を撃たせれば、魔力を補給するチャンスでもある。

 何とかして、闇魔法を撃たす事はできないだろうか?


 あの悪魔付きの貴族も、ニーアに執着していた。妖鬼ザマースにも、同様の手が使えるかもしれない。


「ニーア、作戦がある。ここで敵の様子をみながら待機。俺は少し部屋に戻る」

読んでいただき、ありがとうございます。


次回、チートモード発動となります。

タイトルは「ユリスの戦い」

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