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真夜中の訪問者

 ユリスは3人での夕食と、その片付けを済まし、自室に戻る。

 今日も幸せな日だった。綺麗なお洋服を着させてもらった。女性なのにインムの自分を嫌わず、面倒を見てくれた先輩がいた。インムのくせに夜伽を拒否する自分を認めてくれた新しい主人がいた。2人とも、未熟な自分に戦闘の経験積ませるために、装備を買い与え、一緒に戦ってくれた。ご飯もおいしかった、3人でお話ししながら楽しく食べた。

 以前の、自分のチャームの暴走におびえる生活が嘘の様だ。いずれ新しい魔法を覚えれば、過剰な魔力の問題は解決するはずだ。そのために協力してくれるらしい。

 こんなに幸せな一日がやってくるとは、信じられなかった。毎日、スクルド様に祈りを捧げてきて良かった。心からそう思う。


 だが、その日は幸せのまま終わってくれなかった。

 ユリスにとって、とても不吉な出会いが待っていたのだから。


 だれもいない自分の部屋に見覚えのある女がいた。ウェーブの金髪と魅惑的な大人の体を持つインムーーリリカである。


「ひさしぶりね、ユリス」


「リリカ……お姉様」


 姉と呼ぶものの、ユリスとリリカは血縁関係は無い。だがインムのコミュニティでは、インムの長を除いた全てのインムは姉妹関係とされる。インムは一つの共同体として、長の下に一つの目的のために邁進している。それは、ユリスとて例外ではない。もっともユリスは数年間、コミュニティとの接点は無かったが……


「元気そうで何よりだわ」


 そう微笑むリリカ……だがユリスの第六感が告げている。リリカはユリスに取って、良くない知らせを持って来たに違いないと。


「……何の……御用ですか?」


 ユリスは恐る恐る尋ねる。本当は聞きたくない、そう思いながら……


「リリーヌ様の勅命よ、その体で、ある男を籠絡しなさい」


 心に電撃が走る。と、同時に……やっぱり……と思う自分もいる。

 ユリスに限らず、インム達は戦力を持たない。だだ優れた容姿を持ち、異性を魅了することのみに長けた種族である。彼女達は何世代にわたって、男の権力者や有能な武人、資産家達を籠絡し、その身を守ってきたのである。

 どのインムが、どの男を籠絡するか、それを決めるのがインムの長である女王リリーヌである。自分にもそろそろ勅命が下ってもおかしくない年齢だった。


「そんな……私には……できません」


「そう?でも拒めばこの世界に居場所はないわ。この人間界を裏で支配しているのは、リリーヌ様なのよ?逆らえばこの人間界に、貴女の生きて行く場所は無いわ。もちろん、あの猫娘と貴女の新しい主人もね」


「あの2人は関係ありません!」


 思わず叫んでしまう。だがリリカの言っている事は誇張でも何でも無い。何世代にもわたり有力者を籠絡した結果、その勢力は人間界を裏で支配するまでになったのだ。勅命を拒否すれば、自分達に生きる所は無くなる。


「そんな……突然現れて、会った事も無い男の人を籠絡しろだなんて、あんまりです!私が、そいう事が嫌いなのは、知っているはずなのに……」


「それが私たちインムの宿命なのよ。女しかいない、武力ももたない私たちは、そうしなければ生きていけないのよ」


 リリカの言っていることは正しい。有力な男達を籠絡していなければ。他種族の女達の嫉妬によって、インムはとうの昔に種族ごと絶滅させられていただろう。

 それから、リリカはうっすらと笑みを浮かべて、言葉を続ける。


「大丈夫、ユリス。貴女は幸運だわ。籠絡する相手は、貴女が良く知っている男よ。嫌いではないはずだわ」


 ユリスの顔色が変わる。彼女には男性の知り合いは一人しかいない。まさか……あの人を籠絡しろというのか……


「そんな……あの人には恋人がいます。とても良い女の人で、インムの私にもやさしくて……私のチャームの暴走を防ぐために手伝ってもくれて……あの女の人から、大切な人を奪うだなんて……そんな事、できません!」


 ユリスは泣きながら訴える。彼女がインムでありながら、性を嫌悪するのは、インム達が男性を籠絡し寝取るという行為を重ねてきたからだ。たとえ生きていくためだとしても、恋人を寝取られた女達が、憎悪し怒り狂う姿を何人も見て、ユリスはそういう行為そのものを嫌悪するようになってしまった。


 たとえ彼が相手だとしても、それは同じだ。彼女が傷つく姿は、見たくない。


 しかしユリスの必死の訴えに、リリカはさらに妖しく微笑む。まるでこれまでのやり取りが、全て彼女の手の内にあったと言わんばかりに……


「そう。でもその猫娘が、どういう約束で貴女をここに置いているか、知っているの?なぜ貴女のチャームを抑える事に、あれほど積極的だったか、理解しているの?」


 リリカから真実が語られる。

 ユリスの瞳孔が大きく開く。意識は絶望のどん底に落ちる。もう何も考えられない、何も信じられない。

 一つだけ確実なのは、最も幸せと思われた日々は、もう戻ってこないということだけだ。



 窓から差し込む月明かりを頼りに、ユリスは階段をゆっくり登る。決して音を立てない様に、ゆっくりと。

 カナタの寝室は二階の奥、もう2人とも寝静まっているはずの時間帯だが、用心するにこした事は無い。


 ユリスは可愛らしい黄色のワンピースタイプのパジャマを着て、枕を大切そうに抱えている。どちらも昨日、買ってもらった物だ。

 特にパジャマを買ってもらった時は嬉しかった。家族の一員に迎えてもらった気がした。


 だがそれは思い込みだったらしい。結局自分は、誰の家族にもなれなかった。

 ゆっくりと二階の廊下を歩く。目的はただ一つ、カナタの部屋に忍び込み、彼を虜にしてしまうこと。


「彼のベッドに潜り込んで、ラブチャーム魔法を全開にすれば、全て終わるわ。後は、天井のシミの数でも数えてなさい。大丈夫、インムの体は、最初から快楽を得られる様にできているはずだから。それに次回からは、優しく抱いてくれるはずよ」


 快楽などいらない。ただ、一緒にいてくれれば良い。だが他に方法がないなら、その方法に頼るしかない。

 ユリスがリリカから引き出せた条件は3つだけ。


1つ目、虜にしたカナタとずっと一緒にいる権利

2つ目、もう二度と勅命は受けないという権利

3つ目、ニーアには手を出さない事


 どれもリリーヌ様の権威に反する可能性がある条件だが、リリカはあっさり承諾してくれた。


「いいわ、彼は私たちインムにとって最重要の存在だから、貴女が彼とずっと一緒にいるのはむしろ好都合よ。もう二度と勅命が下ることは無いと、この身を賭けて約束してあげる。彼を虜にしたら、いっそ夫婦になりなさい。そうすれば、誰も口だしできないし、ずっと一緒にいれる。猫娘は、どこに行こうと知った事ではないわ」


 廊下を歩き切り、カナタの部屋のドアのノブに軽く手をかける。

 いっそ、カナタに全てを話して、逃げてしまおうかと思った。だが逃げる事もできない。


「彼や猫娘に話したら、2人の命は無いわよ。リリーヌ様の力を知らないわけじゃないでしょ?」


 退路はとうに閉ざされている。3人死ぬか、3人生きるか。それだけの選択で、後者を選んだだけだ。

 何もかも捨てて逃げてしまいたい。だが前の主人の元に戻るなど考えられない。弱い自分が、男の人から独立して生きていけるとは思えない。それなら、あの人と一緒にいたい。


 とはいえ、こういう行為は初めてだ。鼓動で胸が爆発しそうだ。大きく何度か深呼吸する。

 今までの事を思い出す。


 あの人と最初に出会ったのは神殿の階段だった。

 インムと蔑まれながら、スクルド神殿への礼拝は欠かさなかった。嫌いだったあの汚れたローブと香水が今では少し懐かしい。あのローブを踏んでしまい、派手に転んだ時に介抱してもらったのが、始まりだった。


 2度目は宿屋でだった。ニーアさんとお似合いのカップルに見え、幸せそうだった。宿泊先が無く、困っていたようだったので、少しでも恩返しにと思い宿を案内してあげた。普段なら、男の人に声をかけたりは決してしなかっただろう。後で勝手に料金をサービスした事がバレて、前の主人にひどく怒られた。


 3度目はより劇的だった。

 封魔の腕輪を無くし、女の人達に罵声と石を投げられ、うずくまっていた自分を助けてくれた。

 普段と口調が違い、とても凛々しく、頼もしかった。

 信じられない様な大金を、あっさり出して、自分を買い取ってくれた。

 それでも侮辱を止めない前の主人に対し、俺のものに手を出すなと怒鳴ってくれた。


 悔しくて涙が出てくる。

 嫌で泣いているわけではない。泣いているのは無力な自分が恨めしいからだ。自分にもっと力があればこんな卑怯な手段を使わずにすんだのだ。

 もっと違う形で出会いたかった。だがもうこれでもいい、虜にした後に、優しくしてもらえばいい。犯した罪は、献身的に尽くせば、罪悪感はいずれは弱まるだろう。


 家族に入れてもらえないなら、自分で作れば良い。それも、インムらしい方法で……インムである自分には、結局それしかできないのだから。



 ゆっくりとドアを開ける。


 奥に、男の人が寝ている。部屋は真っ暗、うっすらと、寝息が聞こえる。

 大きなベッドで十分に余裕がある。横に潜り込むスペースは、十分だ。


 枕を置き、ゆっくり背中から布団の中に潜り込む。

 布団の中があたたかい……

 心臓が今にも爆発しそうだ。痛くないだろうか?自分の体は、どこか変じゃないだろうか?

 色々な思いが湧いて出てくる。

 天井を見上げる。古い建物らしく、シミがたくさんある。数え終わるには時間がかかりそうだ。


 後は、向こうを向いて、ラブチャームをしかければいい。まだMPは満タンではないが、十分すぎる。


 大きく息を吸い込んで、はく。明日になれば、自分とこの人は恋人同士になっているはずだ。

 それ以後のことは、後で考えれば良い。


 魔力を集中させる。



「こんな夜遅くに、どうしたのかな?ユリス君」


 突然、男がしゃべり出す。あまりの事に、声がでない。

 それにこの口調は……一切の魅惑魔法が効かない神聖状態、つまりは賢者タイムの時の口調のはずだ。


「私にも理由を聞かせてください」


 後ろからも聞き覚えのある声がする。ユリス予期しなかった絶望的な状況に、頭が真っ白になった。


読んでいただき、ありがとうございます。


次回のタイトルは「インムと妖魔」です。

多分誰も気にしていないでしょうが、主人公の年齢を23歳(大卒ニート)から19歳(大学中退ニート)に変更しました。

理由はヒロインの王道である幼なじみを登場させるためです。

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