ユリスの初陣とバルーン危機一髪
ファーの町の雑貨店でまず生活用品を買う。歯ブラシと、パジャマと……あの部屋には布団も無く、代わりにワラだったから、買っておこう。一人増えるだけでずいぶん必要になる。
「……あのう、こんなに買っていただくわけには……申し訳ないです」
ユリスは困惑している。
「ユリス、俺からのプレゼントだと思って、好きなのを買っていいよ。あと、そういう時には、謝るんじゃなくて笑顔で感謝すること。そっちのほうがプレゼントした人も嬉しいからね」
いつも気を使って、困った顔で謝ってばかりのユリスにアドバイスしてみる。
ユリスは少し考えていたが、理解してくれたようで、嬉しそうに微笑みながら感謝の言葉を述べた。
うんうん、この方がプレゼントする側も嬉しい。
「えっと……ではパジャマはこれがいいです。え~と、買ってよろしいですか、カナタ様?」
ユリスは膝まであるロングのワンピースタイプのパジャマを指差す。淡い黄色の生地に、オレンジの水玉の模様が可愛らしい。
「ああ、いいよ。もちろん」
「ありがとうございます!」
ユリスは嬉しそうにはしゃいでいる。その横顔を、ニーアが複雑な表情で見つめている。
「ニーアも、新しいパジャマ買ったらいいよ」
「そんな……私はいいです。それに、ユリスちゃんみたいに可愛らしい服は似合いませんから」
「そんなことは無いぞ、ニーアもきっと似合う」
「そうですよ、ニーアさん!」
なぜかユリスと共同でニーアを説得してしまう。
「そうですか……?では……このパジャマが欲しいです」
ニーアが遠慮がちに指差したのは、膝まであるズボンタイプのパジャマだ。色は淡い水色で、フリルが付いている。普段のニーアのチョイスよりやや可愛らしい気がする。
「こっちのシュシュも買ったらどうだ?ニーアの長い髪に似合いそうだ」
シュシュを付けさせてもらう。ニーアの長い髪がポニーテールにまとめられる。ニーアは恥ずかしそうだ。
いいぞ、ロングも可愛いが、ポニーテールも可愛い。
「こんな可愛らしいシュシュ……恥ずかしいです」
ニーアは可愛らしい服も似合う。照れながらも、嬉しそうに、わずかに唇をゆるませる。
「えへへ……ニーアさん髪が長くて綺麗で羨ましいです」
「そ、そう?……ユリスちゃんは髪を伸ばさないの?」
「そ……それは……」
突如ユリスの表情がくもる。
「インムの髪は、男の人を誘惑する効果があるみたいなので……だから……私はずっと髪は短めにしてます……」
確かにユリスのピンクの髪は、ロングだったら数倍魅力的になるだろう。
ニーアはしばし無言で考えた後、言葉を選びながら、ゆっくり言う。
「……ねえ、ユリスちゃん。髪を伸ばしても、もう批難する人はいないから、伸ばしてもいいんじゃないかしら……」
とたん、ユリスの表情が明るくなる。
「本当ですか?カナタ様、私、髪を伸ばしても良いでしょうか?ニーアさんみたいに、ロングにしてもいいでしょうか?」
許可を求められるまでもない。
「ああ、良いよ。ユリスの髪も綺麗だから、ロングもきっと似合うよ」
「嬉しいです、嬉しいです!」
ユリスは本当に嬉しそうだ。余程、今まで禁欲的な生活をしていたのだろう。インムも大変だ。
必要品を買い、次は武器屋に向かう。荷物を置きに一度家に帰ろうとしたが、ニーアがスキル収納でどこかに収納してしまった。
ニンジャって凄い!自宅警備士より数段使えるかもしれん。
ファーの町の武器屋で装備を整える。ここのお店の品揃えは、大した事なかった気がするが、セコン市まで行く気は無かったので、仕方が無い。どれも無骨で重そうな武器ばかりだ。
「……使えそうな武器は……あんまりないです」
ユリスが残念そうにつぶやく。まあそうだろうな。
この世界の武器はどれも扱いに技量が要求されるものばかりだ。剣や弓は、幼少の頃からの訓練が必要なので、素人同然のユリスに使えというのも無理がある。ちなみに自宅警備士は一応〝士〟(サムライ)ということで、一通りの武器は使える。自宅警備士の、数少ないメリットだ。更に言うとニンジャは、器用さが高いのでほぼ全ての武器が扱える。ニンジャすげー。
素人にも比較的使いやすいのは槍だろうか?リーチも長いし、突き刺すだけだ。
「槍は……重くてとても使いこなせそうにありません……」
使えないみたいだ。
銃があれば、女の子でも使えるんだがな……さすがに銃は無いか……ではボウガンはどうだろう?
「おやじ、ボウガン……機械仕掛けの弓はあるかい?」
「クロスボウの事か?確か倉庫にあった気がするな、持って来てやろう」
武器屋の親父が持ってきたのは、俺が知っているボウガンと同じ物だった。
てこの原理を利用して、非力な者でも矢が装填できる様になっている。ユリスも扱えそうだ。
「しかしクロスボウなんて、よくそんな古い武器を知っていたな~。エルフの合成弓が普及した今、装填に時間がかかるクロスボウを使う人なんていないのに」
確かに連射速度と射程では合成弓の方が上だが、ボウガンは未熟な者でも使えるという大きなメリットがある。
「クロスボウ……英雄公クロス様がインムや女子供を武装させるために、発明した武器ですね。かつて東遷戦争の際に大量に使用したと言われてます」
ニーアが説明してくれる。英雄公クロスが発明した弓だから、クロスボウか。元の世界と名前が一緒だが由来が違うな。
しかし英雄公クロスと東遷戦争か……ロジーじいさんが言っていたな、多くの種族の民を引き連れ、東方を開拓したこの世界最大の英雄……その威光は人間族だけでなく、獣人やインムにもとどろいている。一体、どんな奴だったんだろう。
結局、クロスボウと護身用の小さなナイフ、防具は皮のエプロンを買った。
【クロスボウ】機械仕掛けの弓。弩、石鉄砲など呼称は様々、ボウガンは日本独自の呼び方。素人にも使いやすいため、ヨーロッパや中国では弓と併用され使われた。この世界では、英雄公クロスが発明した弓という事で、クロスボウと呼ばれている。
【皮のエプロン】戦うメイドさんのために開発された丈夫なエプロン。非常食にもなる。
ニーアとユリスを連れて、町をでる。目的は魔物狩りだ。
思えば、雑魚相手に経験値を稼ぐって、初めてかもしれん。何せ、ほぼいきなりボス戦だったからな。
魔人マクスウェルは当時の俺にとっては強かった。幸運が無ければ絶対に死んでた。
コブリンが4体あらわれる。
ニーアが2体、俺が1体、ユリスが後方の1体をそれぞれ相手する。
配分がおかしいだと?昼間の野外だったら、実力はニーア>>>>>俺>ユリス、なんだからこれが正しいんだよ。
俺が1体を倒した時には、ニーアは2体のコブリンを倒していた。驚く事に、コタチとシャムシールの二刀流で、それぞれコブリンの急所を突き刺している。忍者強いな~
……ユリスの方は大丈夫か?
「きゃあ!こないでください」
ダメみたいだ。コブリンに接近を許している。遠距離武器は射程が最大の武器だろうに……
「えい!」
ニーアが鎖鎌でユリスに迫るコブリンをぐるぐる巻きにして捕縛する。コブリンの動きが止まる。
「いまだ、ユリス!」
ユリスはほとんど目をつむりながら、引き金を引く。
接近されている上に、動きが止まっているのだ、外れる訳が無い。
だが、目をつむって震えているためか、あろうことか矢は俺の方に飛んで来た。
俺の頬をかすり、後方の木に突きさる矢。
あぶね~自宅警備士は自宅外ではHPが非常に低い、当たったら死んじゃうかもしれんかった。
コブリンの方は、ニーアが後ろからコタチでとどめを刺していた。
ボウガンは、次の装填に非情に時間がかかる。一発が外れたら、他のメンバーが助けるしか無い。
「ユリスちゃん、大丈夫?」
「……はい、ニーアさん。ありがとうございます……うう、私、役にたてませんでした」
むう、やはりインムは戦闘向きではないのだろうか?
「最初はみんなそんなものよ、バルーンにさえ瀕死になったりする人だっているし、気にしないで」
うん、そうだけどさ、そうだけどさ、俺を例にするのはやめてもらいたい。
「バルーンで思い出したけど、バルーンを見かけたら真っ先に倒す様にしてね。カナタさんはペナルティスキル超弱対破魔のせいで破魔魔法は100%即死してしまうから……」
「え?超弱対破魔スキルですか?ゾンビでもないのに、なんでそんなスキルを?」
なんでだろうな?多分ジョブ女神のせいじゃないかな。ルール神でもあるあいつが、いい加減な職業に俺を就けたから、こんな事になってしまったんだろう。俺は全く悪くない。
そうこう言っていると、バルーンが5匹現れた。言わんこっちゃない。
超弱対破魔を持つ俺にとっては、バルーンは天敵といっていい。だが以前とは違う、破魔魔法を撃たれる前に、倒してしまえばいいだけだ。攻撃は最大の防御なり。
それにここはご主人様の強さを見せつける丁度いい機会でもある。幸い、前回の悪魔戦でのMPはまだ残っている。
ふっふっふっ、風属性魔法を極めた者のみが使える雷魔法の威力を見せてやる。
風魔法は極めるどころか、一つも使えないけどね。
俺は精神を集中して、雷魔法を放つ。
「ユリス、みていろ。これが雷撃魔法だ!」
ーーサンダーボルトーー
バルーン5匹に電撃が直撃する、敵は無惨にゴムの塊に……ならない?!
バルーンは電撃を食らってもぴんぴんしている。
そうか、忘れてた。こいつらは雷魔法が効かなかったんだ。
むしろこいつらが電撃魔法に対して強い耐性を持っているからこそ魔人マクスウェルの魔法に耐える事ができたのだった。
それを忘れるなんて、いくらなんでもうっかりしすぎている。
バルーン5匹のうち、すべてが光る。
あれは、破魔魔法……!?しかもすべて、だと?
いけない、一度に5匹の魔法は防げない。魔法の発動前に倒すにしても、数が多すぎる。
威力は………超弱対破魔のせいで100%即死。
「あぶない!カナタさん」
ニーアはとっさにナイフを5本投げる。右手で3本、左手で2本。
右手の3本は全弾命中、連続の破裂音とともにバルーンは砕け散る。しかし左手で放った2本のうち1本は外れてしまう。
いかん!もう間に合わない。
ニーアは俺の上に覆い被さってきて、必死に俺の盾になろうとしている。
ダメだ、そんな事では防げない。
死ぬのか?こんなところで??しかもバルーンに???
油断にもほどがある。せっかく可愛いメイドさんが2人もいるのに?
そう思った瞬間、残る1匹のバルーンが破裂音とともに砕け散る。
俺とニーアはあっけにとられている。
「や……やりました……」
ユリスの矢が命中したらしい。膝はガクガク震えている。
「ユリスちゃん……今の、あなたが撃ったの?」
「はい……カナタ様が殺されると聞くと……不思議と引き金を引くのが怖くなかったんです。でも……撃った後に怖くなってしまて……」
そう言うと、地面にへたり込む。
「良くやったわ。ユリスちゃん、今のは本当にお手柄よ」
「……ありがうございます……えへへ……私、初めて人の役に立てました……」
「カナタさんも、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
今のは本当にヤバかった。
「よかった…カナタさん…カナタさんは私達のご主人様なんですから……カナタさんまで死んじゃったら……私……どうすればいいか……」
ニーアが瞳を涙でうるわせながら、訴えてくる。爺さんが亡くなった時の事を思い出しているのだろうか。ニーアが涙ぐみ、ユリスがもらい泣きしたのか、一緒に涙ぐんでいる。もともと泣き虫なんだな。
こんなに可愛いメイド達より先に逝くなんてあり得ない。今後は用心しよう。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回は妙なスキルが増えます。
タイトルは「自宅警備士は美白です」




