新たなる職業……賢者……?
「ふんふんふ~ん♩」
鼻歌混じりにセコンの町をうろつく。
シュリさんに十分な謝礼をもらったため、懐は暖かい。
本来の労働報酬である2万ルーグに加え、50万ルーグもの大金を貰ったのだから、飛び上がらんばかりの気持だ。
懐が暖かいって、こんなに安心感があったのか。
スキップして先行する俺の後を、ニーアは何も言わずについてくる。
ふふふ……ニーアも夜の奉仕の権利を買い取ってもいいって言ってたし、こんなに幸せな事は無い。
2万で夜の奉仕の権利を買い取って、残り50万ルーグでダラダラ自宅警備生活も悪くない。
フィフスガルドに来てよかったと、切に思う。
スクルドやベルダンティ神と、何か約束してた気がするが、しばらくはダラダラしてから考えよう。
何しろ俺はニートだからな、今日できる事は明日すべきだ。
「ファーの町に帰る前に、買い物を済ませておこう。ニーア、服を選んでおいで」
「はい、ありがとうございます。嬉しいです」
にっこり笑って答えてくれる。その笑顔がたまらない。獣人の災悪の事件も解決したのだし、ニーアも夜の奉仕の権利の買い取りを承諾してくれたのだろう。
だが、ここでがっついては男の器量が問われる、あくまで冷静に、ご主人様らしく余裕を持って接しなければ。
ニーアの夜の奉仕の権利を買い取るのは家に帰ってからだ。
それまではあくまで下心を悟られてはならない、あくまで冷静な、鉄仮面の様な顔であるべきだ。
「では服を買ってくるので、このあたりで待っていてくださいね。あと、よだれがたれてますよ、ご主人様」
鉄仮面の口からよだれがたれていたらしい。ニーアにちくりと釘を刺されてしまった。
……むう、まあ嫌がっていないからいいや。今夜から、夢の『新性活』が始まるのだから。
漢字が間違っているだと?あってるよ。
ちなみに悪魔との戦闘によって、俺のレベルは20、ニーアのレベルは15まで上がっている。
買い物を終えたニーアがやって来た。女性の買い物にしては早い方かもしれない。
「私服を2着と、下着類と……あとメイド服を新調しました。あの、似合ってますか?」
試着させてもらったらしい。ニーアは可愛らしいメイド服に身を包んでいる。
猫耳メイドはいつ見ても可愛い。生地は上等で刺繍も丁寧だ、何より白いガーターが素晴らしい。
この世界にもガーターがあるんだ、なかなかやるなフィフスガルド。
「うん、すごく可愛いよ。そのメイド服はもう一着買っておいてくれ」
ニーアは嬉しそうに微笑む。
「スカートは、もうちょっと短い方が似合うかな」
ついつい蛇足で本音を言ってしまう。
「……もう……これを買っておきます……たけ直しは自分でできますから」
ニーアははにかみながら答える。なんだかんだでミニにしてくれるらしい。いいな、忠実で可愛いメイドって素晴らしい。
見せてくれなかったが、下着も買ったらしい。う~ん、今夜が楽しみだ。全部で500ルーグ、安い物だ。
この可愛らしいニーアを今夜……もう笑いが止まらない。
だが遊んでばかりもいられない。武器と防具を新調したいが、その前にやることがある。
「ニーア、装備を整える前に、ジョブ神殿に行こうと思うんだ。ニーアもレベル15になったし、ジョブチェンジできるからね。装備はそれから選んだ方がいい」
俺の提案にニーアはうなずき、俺たちはジョブ神殿に向かった。
ジョブ神殿は混んでいた。
獣人狩りが中止になり、多くの傭兵が商人か農民に転職して、故郷に帰ろうとしている様だ。平和になった証拠だから、いい事だ。
以前に使った泉がある地下に向かう、今度はニーアも一緒だ。
地下の泉には、はやりスクルドとミルクがいた。以前のシスターの様な服を着ている。
「ようこそ、使徒カナタ君とその眷属のニーアちゃん」
「スクルド様?!」
ニーアが膝を床につけ、うやうやしく敬礼をする。
「あーいいよ、そういうの……俺たち友達だし」
「……そうだよ、ニーアちゃん。よろしくね」
友達という言葉に引っかかったのか、スクルドは少し口ごもる。だがまんざらでもないみたいだ。
神様の権威、なんてつまんないことをまた気にしたのだろうか。
「でも、私たち獣人にとっては、守護神といってもいい方ですし……」
ニーアは依然引っかかっている感じだ。
「いいって、こいつに気なんて使う必要はないよ」
「ぶー、カナタ君は気にしなさ過ぎ」
俺はひざまずいているニーアを立たせる。
「神族と獣人族という種族の違いはあるが、大した差じゃない。ニーア、スクルドの友達になってくれないか?」
この世界の住人にとっては大した差かもしれないが、異世界人の俺にとっては関係がない。
特にスクルドには、同世代(?)の女友達が必要だと思う。
神族だかなんだか知らないが、こいつには強い孤独の匂いがする、以前にベルダンティ神と会ったときに感じたことだ。
ニーアはその大きな瞳で俺を見つめ俺の意図を悟ったのか、それからスクルドを見て微笑んだ。
「えーと、スクルド様……私で良ければ、お友達になりましょう。こちらこそ、お願いします」
スクルドの口元が大きく緩む。
「うん……ニーアちゃん、よろしくね」
スクルドはよほど嬉しかったのだろう。ニーアの手をとって握手している。年相応(12歳、ただしルーン年)の少女に見える。ニーアもはにかみながらも嬉しそうだ。明るいけど泣き虫のスクルドと、しっかり者だけど寂しがり屋のニーア、結構いいコンビかもしれない。
「それで、ジョブ神でもあるスクルドに、俺とニーアのジョブチェンジのための洗礼を頼みたいんだ」
2人に水を差すようで悪いが、そろそろ本題に入りたい。
「え!スクルド様はジョブ女神様も兼任されているのですか?凄いです!!」
「え?そうかな……ははは……大した事無いよ。他にもルール神とか色々と兼任しているよ」
「凄い!!やっぱりスクルド様はすんごい神様です。私、毎日の様にお祈りしていたんですよ。カナタさんがやる気を失っていた時に、早く真人間になれますように、って」
「うん、知っているよ。お供え物とか、ありがとうね。カナタ君を真人間にするのは、骨が折れそうだけどね」
ニーアははしゃいでいる。俺にとっては既知の情報だが、ニーアは初めて知る事ばかりなのだから、仕方ないか。
「カナタ君がさぼることがあったら、神罰を下すから、大丈夫だよ」
物騒なことを言う。なにが大丈夫なんだか。
「こほん、えー、じゃあスクルド、ジョブ神として、俺たちの洗礼を頼むよ」
話の矛先がおかしな方向に向かいそうなので、大げさに咳払いして本題に入る、これ以上はまずい。俺のニートとしての直感が危険だと告げている。意気投合し過ぎで、2人の話の矛先が俺に向かいそうだ。
「洗礼だね、わかった。更衣室はこっちだよ、ニーアちゃん。カナタ君は服を脱いでテキトーにその辺の布を腰を巻いておいて」
……なんか扱いがぞんざいになった気がするが、こいつは最初からこうだったな。
俺は黙って服を脱いで腰布を巻く。暇なので泉につかっておく。むなしい。
しばらくしてスクール水着のスクルドと、普通の水着のニーアがやってきた。
ニーアの白の水着姿が眩しい。スレンダーな体によく似合っている。この世界には元の世界みたいな水着は無いのだろうか、着慣れぬ水着にかなり恥ずかしそうにしている。
しかし、なんで俺だけ腰布なんだよ、俺にも水着くれ。
「じゃあこの泉につかってね」
ニーアも泉につかる。スクルドも泉に入り、俺たちに頭から水をかける。いわゆる洗礼だ。
前は自宅警備士から転職して、自室警備士にしかなれなかったんだよな。
俺の職業に関しては、期待はしていないが、自室警備士より局地戦特化型になるとは思えないから、少しはマシになるだろう。
ひょっとしたらもっと戦闘向きの職業につけるかもしれない。
「じゃあ、カナタ君がなれる職業は、以下の職業だよ」
【在宅ブラック企業批評家】
自宅警備士の亜種。
企業の暗部のみを暴くことを得意とする批評家。
その企業で働かなくても、企業の弱点、悪評、問題点等を発見する事ができる。なお長所等は発見できない。
自宅警備士と異なり、自宅内の戦闘は苦手。
商業活動等は決してしない誇り高き批評家。
なお興味の無い分野については鈍感。
スキル 情報強者 逃げ足 夜目 企業暗部スキャン
ペナルティスキル 労働敗北 弱対光属性 弱日光弱 弱自然環境 弱意志力 超弱対破魔
ユニークスキル
【企業暗部スキャン】
その企業で実際に働かなくても、暗部を発見できる。なお長所等は発見できない。
【にぶちん】
興味の無い分野に付いては非常に鈍感
【在宅政治評論家】
自宅警備士の亜種。
自宅で政治を語る評論家。政治について深い洞察を有する。
特に隣国の弱点、暗部、問題点等を発見する事が得意。なお長所等は発見できない。
隣国との交戦確率がアップする。
自宅警備士と異なり、自宅内の戦闘は苦手。
商業活動等は決してしない誇り高き評論家。
なお興味がある分野以外は鈍感。
スキル 情報強者 逃げ足 夜目 隣国暗部スキャン 好戦
ペナルティスキル 労働敗北 弱対光属性 弱日光弱 弱自然環境 弱意志力 超弱対破魔
ユニークスキル
【隣国暗部スキャン】
自宅において隣国の暗部を容易に発見できる。なお長所等は発見できない。
【好戦】
隣国から宣戦布告される確率がアップする。
【にぶちん】
興味の無い分野について、非常に鈍感
ちょっとまてwwwwwww
やっぱり使えないじゃないか!
しかも自宅内での戦闘プラス補正まで無くなっているし、まさか自宅警備士や自室警備士より使えない職業を紹介されるとは……
特に在宅政治評論家、スキル【好戦】って、戦争してどうする!むしろ俺は戦争をやめさせるのが役割なんだよ。
まさか、自室警備士より使えない職業を紹介されるとは思ってみなかった。しかも当然のようにスキル労働敗北付き。
俺はがっくりうなだれる。
「……まあまあそんなに落ち込まないで、もう一つ、職業以外にタイムというのを使える様になったよ」
「タイムって何だ?」
「タイムって言うのはね、自宅警備士のままで、他の職業の状態になれる、時間制限付きの、特別職みたいなものさ」
「で、どんなタイムになれるんだ?」
「賢者だよ」
「賢者だと?!」
賢者?賢者キター!!
勇者と並ぶRPGの最強職業。
あれだな、遊び人のままレベル20まで上がると、賢者になれるみたいに、レベル20のニートも賢者になれるんだ!
やったー!!これで攻撃魔法も回復魔法も使い放題だ。もうバルーンは怖くない。我ながら目標低いが、これでいい!賢者で決定!!
俺も晴れて異世界チート魔術師達の仲間入りだ。
さよならニートだった俺。こんにちはチートな俺。
「……え~と、盛り上がっている所悪いんだけど、賢者じゃないんだよ。賢者のタイム、つまり【賢者タイム】ね」
え?
賢者タイム
【賢者】じゃなくて【賢者タイム】だと?
ヤバい。嫌な予感しかしない。今までの経験が、危険を告げている。
【賢者タイム】
自宅警備士の特別タイム。
一日30分だけ切り替え可能
煩悩から解脱し、無の状態に至った高僧の精神状態を体現できる
一切の性的な誘惑を無効化できる神聖状態をキープ可能
なお魔法は使えない、戦闘も苦手
商業活動は決してしない誇り高き賢者
スキル 情報強者 逃げ足 夜目
ペナルティスキル 労働敗北 弱対光属性 弱日光弱 弱自然環境 弱意志力 超弱対破魔
ユニークスキル
【神聖状態】
一切の誘惑系魔法を無力化できる
ちょwwwwww
やっぱし、賢者じゃなくて賢者タイムかよ!!魔法も使えないし、戦闘は苦手だと?
自宅警備士も職業じゃないけどさ、それでも自宅内の戦闘能力はそれなりに高いぞ。
結局、新たにジョブチェンジ可能になった2種の職業は共に戦闘向けじゃなかった。
さらに自宅警備士に追加された賢者タイムについては、使い道すらなさそうなものだった。
これだったら、自室内ではそれなりに強かった自室警備士の方がマシだ。
「つくづくあんたの自宅警備士ってジョブは恵まれないね。上級職も酷いもんだ。上級職なのに戦闘面で強くなるどころか、弱くなってるし」
ほっとてくれ、だいたい俺が自宅警備士としてこの世界に召喚されてしまった原因の半分は、スクルドとミルクのせいだろうに。
「賢者タイムって、どんなタイムなんですか?なぜ賢者なのに魔法が使えないんでしょうか?」
ニーアがキョトンとして尋ねてくる。えーとだな……
「賢者タイムってのは、欲望が満たされた後の状態をさす言葉であって、特に賢いわけじゃないんだ。賢者とは別物ね」
自分で説明して空しい。
「はあ……賢者タイムって、私にもあるんですか?」
「いや、男性限定だよ」
これ以上説明すると、墓穴を掘りそうだったので、説明は切り上げることにする。ちなみに女性には聖女タイムってのがあるとか無いとか言うが、俺も良く知らない。
変な職業が一気に追加されました。
今章では、賢者タイムがメインとなります。
次回は明日更新します。
ニーアの新しい職業のお話がメインとなります。