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それぞれの思惑

 天界にはスクルド神とミルクの二人が残される。


「……今日のカナタさん、ちょっとカッコ良かったですね。カナタさんのくせに生意気です」


 ミルクがあたしに話しかけてくる。姿を消して一部始終を見ていたらしい。


「そうだね。まさかカナタ君に慰められる事になるとは、思わなかったね」


「そうよね、ニートのくせに生意気よね、死ねばいいのに……」


 よく通る声がすると思ったら、ねえさんがいた。


「ちょ……ねえさん、帰ったんじゃないの?」


「いえ、姿を消していただけよん。それよりスクルドちゃん、泣かせちゃってごめんなさいね。さっきのわたし、死ねばいいのに」


 死ねばいいのに」はねえさんの口癖だ。ほとんど二重人格といってもいいこの人の、優しい方の口癖である。

 長過ぎる寿命は一つの精神に複数の人格をもたらす事がある。ねえさんも同じだった。


 ねえさんはあたしを抱きかかえ、大きな胸を押し付けてくる。

 さっきまでの冷徹で圧倒的なベルダンティ神とは違う。温和な雰囲気が漂っている。


「何の用なの?ねえさんはカナタ君を使って闇を消す事に、反対なんじゃないの?」


 抱きかかえられたまま話すのに、ねえさんの大きな胸が邪魔だ。


「反対じゃないわよ。むしろあの闇の指輪を、闇属性の使徒に装備させ、闇を集めさせる。そして眷属に消させる、って凄いアイディアだと思うわ。これでもおねえさんはスクルドちゃんの計画に感心しているのよ。あんなに弱い少年を異世界から使徒として召喚した時には、びっくりしたけどね」


 ???よくわからない。さっきまでさんざん反対するような態度だったのに、どういうこと?


「じゃあなんで、あんなにカナタ君を挑発するようなことを言ったの?」


「あの共存の使徒は挑発するくらいで丁度いいのよ。あの子は、すぐにさぼってニート生活に戻ろうとするから。あなただって最初は彼を挑発してたじゃない」


 魔人マクスウェル戦の事か。確かにあの時はカナタ君を挑発したけど……


「むう……じゃあさっきのはわざとなんだね。そしてカナタ君の召喚の時からあたしを監視していた、ってことになるね」


「おほほ……ばれちゃった~」


 ベルダンティ神は頬をおさえながら照れてる。この姉は、わからない。


「どちらにせよ、一ヶ月でインムの闇を消さなきゃ、私の使徒の『隔離の勇者』に命じて、種族を分離させるしか方法は無くなるけどね。そのときには『共存の勇者』である彼に邪魔はさせないわ。そのための約束よ。でも『共存の勇者』が、インムの闇を消す事ができたら、もう一度共存の方法を模索してあげてもいいわ」


 なるほどそう言う事か……一ヶ月でインムの闇を消せれば種の共存の道を探す可能性が見いだせる。消せなければねえさんの使徒である『隔離の勇者』に種族の分断を命ずる。その時、邪魔をするであろうスクルド神の使徒である『共存の勇者』は、さっきの約束を使い、邪魔をさせなくする。


 もっとも、カナタ君が『隔離の勇者』の障壁になるとは思えないけど……。両者の実力にはあらゆる面で次元違いの差があることは、ねえさんが一番知っているだろうに。


「本当に、インムの闇を消す事ができたら、種の共存の可能性を一緒に検討してくれるの?」


「ええ、その証拠に彼専用の特別魔法をあげるわ。誠意のあかしとしては十分でしょ?」


 ねえさんは微笑んで、そう約束してくれた。この姉は、魔法の神でもある。確かに、専用魔法を授けることができるはずだ。

 職業の神である自分は、アクシデントによりカナタ君を自宅警備士という変な職業に就かせてしまった。でも魔法の神様でもあるねえさんに特別な専用魔法を身につければ、その職業のペナルティを克服できるかもしれない。


 とにかくインムの闇を1ヶ月で何とかする事だ。それさえできれば、何とかなるかもしれない。

 絶望しかみえなかった世界に、初めて希望がみえる。

 今は自分の使徒を信じよう。ベルダンティの胸に抱かれながら、スクルドはそう思った。






 意識が戻ったとき、俺はベッドに寝かされていた。ベッドの作りや、部屋は豪華なものだ。少なくとも、俺が寝床として与えられていた書斎とは違う。もっとも、その書斎は先ほどの悪魔との戦闘によって半壊しているだろう。


「カナタさん、目が覚めましたか?良かった……」


ニーアが泣きついてくる。前から思っていたが、ニーアはしっかりしているようで泣き虫だ。

俺は優しく猫耳を撫でる。


「こっちはどうなっていたんだ?」


 悪魔付きだったとしても、雇用者であり、この地方の名士でもある伯爵公をボコボコにしたんだ。無事屋敷を出れるかどうか、わかったものじゃない。だが俺が寝ているこのベッドと部屋、相変わらずいい服を着ているニーアを見ると、それほどの心配はいらないかもしれない。


「話しました、シュリさんと……」


気付くとシュリさんが側に控えていた。いつからいたんだろう、プロのメイドさんとは気配も消すらしい。


「お目覚めの様ですね。お話は全てニーアお嬢様よりお伺いしました」


 ニーアお嬢様か……ということはニーアが伯爵公の孫娘であることはもう知っているらしい。


「私はシャルロット様にもお仕えしていましたので、ニーア様を見たときに、そうではないかと思っておりました。旦那様が密かに悪魔信仰をおこなっている事も、知っておりましたが、止める術を持たず、ただ見て見ぬ振りをするしかありませんでした。今では恥ずかしく思っております」


 まあメイドの立場で、どうこうできる問題ではないから、仕方なかったのか。


「伯爵公はどうなったんだ?無事なのか?」


 悪魔付き状態だったとは言え、あれだけのダメージを与えたのだ。そもそも生きているのだろうか?


「はい……未だ回復したわけではありませんが、以前の穏やかな旦那様に戻られた様です。悪魔の像も、ニーアお嬢様のご命令により完全に破壊いたしましたので、ご安心を」


 目覚めたら説明の必要も無く、ニーアとシュリさんが片付けてしまったらしい。

 ちなみにミルクがルール神の使者として現れ、特別恩赦によって伯爵の666の刻印は消されたらしい。


「私が目覚めてから、なかなか目を開けないので、心配していたんです」


 聞く所によると、ニーアが目覚めてから、さらに5日寝ていたらしい。


 5日間か……ベルダンティ神との約束が1ヶ月だから、あと25日。明らかに寝すぎたな。


「カナタさん、スクルド様の使徒ととしてのお役目があります。明日には、ここを出立しましょう」


 ニーアはやる気だ。実家に留まる気は微塵もないらしい。


 シュリさんも同意してくれているのだろう。


「ニーア様、旦那様が回復されたら、少しだけでいいのでお立ち寄り下さい」


「はい、シュリさん。色々とありがとうございました」


 ……それはそうと、ニーアの夜の奉仕の権利を買い取っていいって約束、まだ有効だよね。

 目覚めてから思ったのは、ベルダンティとの約束や、スクルドの使徒の使命ではなく、その約束の事だった。

 まだ25日もあるから、ちょっとくらい寄り道しても、大丈夫でしょう?

 ニートらしくそう思った。


 その日の夜、部屋で夕食を取っていると、二人の衛兵が部屋を訪ねてきた。


 衛兵は鉄仮面を脱ぐ。

 驚く事に、中からでてきたのは、犬人の男と猫人の女の顔だった。


「犬人族のアルと申します。こっちは猫人族のミーアです。カナタ殿、ニーア殿、伯爵に付いた悪魔を取り払っていただき、ありがとうございます」


「私たちは衛兵に紛れ込み、伯爵を説得するつもりでした。説得が通じず、北方出兵が行われる場合、伯爵を暗殺するつもりでした」


 暗殺?そのために紛れ込んでいたのか……気付かなかった。

 人間側が圧倒的戦力を有していたとしても、いきなり指導者が暗殺されたら、人間側も苦戦を免れない。

 獣人の最悪とはこういう事だったのか。


「お二人のおかげで、人類族との戦争は回避できそうです。感謝の言葉もございません、特にニーア殿……」


 アルさんとミーアさんの熱い視線が注がれる。


「ニーア殿のご両親も、とても立派なお方でした」


「父も……母も……知っているのですか?」


「はい。特にお母様は、人族でしたがとてもお優しい方で、我々も人族に対する偏見をなくす事ができました。不幸な戦争があったとしても、彼女は我々の同胞です。我々は、もう一度人族との共存の道を探そうと思っております」


「……そう、ですか……よかった」


 ニーアは泣いている。

 お母さんのシータさんの努力は、無駄ではなかったと言う事か。


「カナタ殿、えいスクルド神様の使徒カナタ様、もし我々獣人族の力が必要となったら、遠慮なく私に申し付けて下さい」


 そう言い残し、二人は鉄仮面をかぶり、部屋を後にした。


「いずれは北の獣人達の国にいきたいな」


「はい。お父様の故郷、カナタさんと一緒に行ってみたいです」





次回、3章突入です。


3章はエロくいきます。

タイトルは、エウロパの大淫婦、インムの女王リリーヌ


更新は午後21時です。

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