隔離の女神ベルダンティ
「ベルダンティ……ねえ…さん」
スクルドの声が震えている。こいつのこんな声を聞くのは初めてだ。ベルダンティ神……あの神殿でスクルド神の隣に安置されていた神、ノルン三姉妹の次女、つまりスクルド神の姉か。
「異なる種族が並存することは、闇を生む。だから種族は隔離するべき……スクルドちゃんが私と同じ意見だったなんて、おねえさん嬉しいわ」
優雅にこちらに歩み寄りながら、話しかけてくる。なんだろう、上品な声が、なぜか恐ろしい。
「あたしは、異なる種が並存することは闇を生むけど、隔離すべき、とまでは言っていないよ。あたしの望みは、今も昔も、種の共存だよ。問題が起こるなら遠くに離せばいいって安易な発想に、賛成する気はないよ。それに、これはあたしとあたしの使徒との問題だから、関係ないねえさんは帰ってくれる?」
「ううう……冷たいわね、スクルドちゃん。ショックだわ。だいたい、神界に人間達を引き込んでるのはあなたでしょ?いつもいつもルール違反して、ずるいんだから」
「カナタ君はあたしの使徒だから、問題はないよ」
「そうね、でも、そこのハーフの猫ちゃんは、帰ってもらうわ」
ベルダンティ神が左手の中指を僅かに動かしたかと思うと、ニーアの姿が消える。
おそらく空間魔法だろうが……しかも一瞬で……
「……おい、ニーアをどうした?」
「心配ないよ、魔法で元の世界に帰っただけだよ」
スクルドがベルダンティ神を見据えながら、小声で俺に対して答える。
「くすくす……そのニートの少年が、スクルドちゃんの使徒なの?」
ベルダンティ神が、俺の方を見ながら言う。くそう、少年なんて年じゃないんだが、声も出ない。
「そ、そうだよ。カナタ君が私の使徒だよ。何さ、それぞれ1人ずつ使徒を召喚してフィフスガルドに送り込んでいいって、取り決めじゃないか」
「そうね、異種族の共存を望むスクルドちゃんの使徒だから、『共存の勇者』とでも呼べば良いのかしら……」
『共存の勇者』?俺の事か。
取り決め?いったいなんのことだ?
さっきから、ベルダンティ神の雰囲気に、圧倒されっぱなしだ。スキル情報強者でスキャンしてやる。
【名前】ベルダンティ・ノースアーリアン=ゴッドシード・ノルン
【年齢】18歳(ルーン年)【LV】????【HP】44【MP】66万
【スキル】絶対物理防御 魔法神 ???
ルーン年で18歳か……あとこいつもMPの単位がおかしい。神はみんなそうなのか?
「あら……女性のステータスを除き見るなんて、いけないんだ♩」
背後から声がすると思ったら、ベルダンティ神が真後ろにいた。いつの間に?全く気配を感じなかった。
長身の女神は両手を俺の首に巻き付ける。美女に後ろからハグされて、嬉しいはずだが、恐ろしいという感情しか沸き起こってこない。おっぱいの柔らかみが不気味だなんて思ったのは初めてだ。
「失礼な男の子ね……スクルドちゃんの使徒じゃなかったら、1000年くらい幽閉するところだったわ。そうすればもう共存派に邪魔される事もなくなるし、いっそそうしちゃおうかしら」
「それは取り決め違反だよ、ねえさん!あたしたち姉妹は、直接フィフスガルドに関与せず、送り込んだ使徒の活動を妨害しないって取り決めだろ?」
「あら、以前取り決めを破ったのは、スクルドちゃんじゃなくて?今度は汚らわしいハーフの猫ちゃんまで天界に呼んじゃうんなんて、それだけでこの男の子を1000年幽閉するのに十分な罪状よね?」
「や……やめて、ねえさん。カナタ君は、ひょっとしたらフィフスガルドを救う事ができるかもしれない存在なんだよ?!今だって大きな〝闇〟を、消したんだよ」
「ええ、見ていたわ。でもそんなことをしなくたって、種族を隔離すれば良いだけの話じゃないの?今回だって、セコン地方に人間達がやってこなければ、そもそも何の問題も起こらなかった。異なる種族が交わる事さえなければ、〝闇〟の蓄積は抑えられるのよ」
どうやら種の融和を願うスクルドと違って、ベルダンティ神は異なる種は隔離してしまえばいいという考えらしい。
そういえば、種の純血の神だったな。
「前にも言ったよね、種族間の隔離政策を取った場合、ハーフはどうなるのさ?女しかいないインムはどうなるのさ?絶滅するしかないじゃないか!」
「ハーフは元々生まれて来てはいけなかった存在なのよ。女しかいないインムは、もはや種として不完全だわ、絶滅しても仕方ないんじゃないかしら」
何だって?つまりハーフやインムは、絶滅すべきって事か?この女神はあっさりと、ハーフとインムを切り捨てやがった。
「あたしはハーフやインムの神でもある。彼女達の、種族の存続を願う気持ちを、無下になんてできないよ。姉さんは知らないだろう?どれだけ多くのハーフやインムが、その守護神であるあたしに必死で願いを捧げているかを」
確かに、セコンの町の神殿で、多くの人々が必死でスクルド神の像に祈りを捧げていた。あの姿は、俺の目にも焼き付いている。
「あら?主権者である神が民草の願いをきく義務があるのかしら?むしろ神の願いを、命令を、民草がきくべきなんじゃなくて?神が隔離と決めたら隔離に従うべきだし。絶滅と決めたら、それに従うべきじゃないかしら?」
美しい顔をしておぞましいことをさらりと言う。ベルダンティ神の長い切れ目からのぞく、異様に小さい金色の瞳に、慈悲の心はない。爬虫類のように冷酷な目だ。
その迫力に、とうとうスクルド神は泣き出してしまった。
「……ハーフやインムだって……必死に……生きているんだよ……グズ……絶滅させるなんて、できないよ……うう……種の絶滅なんて、そんな悲劇は、もう二度と起こさせない……」
涙を流し、足を震わせながら、それでもベルダンティ神に抗議するスクルド。セコンの町の神殿で、ハーフの赤子を抱きながら微笑むスクルド神の像が思い浮かぶ。『種の共存』『分断による絶滅するハーフとインムの生存』『ハーフやインムの守護神』……いつも茶化していたが、そんなとんでもない事をあの小さなスクルドが抱え込んでいたのか。
「なあ、詳しくはしらんが、『闇』は俺が消す事ができるみたいだから、今回と同じ様に消していくわけにはいかないのか?」
二人の女神の会話に口を挟む。
ベルダンティ神は目を薄く開き、大きな目に反して小さな金色の瞳で俺を睨みつける。虫でも見る様な、ぞっとするほど無慈悲な視線だった。
「……たかが人間が、神々の会話に参加する事が許されると思って?」
ベルダンティ神は微かに眉をひそめる。
くそう、恐ろしい。だが負けるものか。
「俺はスクルド神の使徒なんだろう?なら会話に参加する資格はあるはずだ」
「……そうね、まあいいわ。でも、たかが『獣人の災悪』を防いだくらいで、自惚れないで欲しいわね。『共存の勇者』」
う、きつい所を突いてくるな。
「確かにセコン地方の獣人と人間の〝闇〟は、一掃されたわ。でもフィフスガルドにいる種族は、獣人だけじゃないのよ。貴方とハーフの猫ちゃんの二人では、他の種族の〝闇〟は消せない。いったいどうするつもりかしら?」
くそう、何も考えていない。
だが弱冠12歳(こちらの世界では1万2千歳)のスクルドが泣きながら抵抗しているんだ、俺も引くわけにはいかない。あいつだって、多くの人々の運命を背負って必死なんだ。俺は無言でベルダンティ神を睨みつける。
「……まあいいわ。『共存の勇者』、スクルドちゃんの使徒である貴方をここで消すのは簡単だけど、それは協定違反だし、1つチャンスをあげる。そうね、今の人間達が〝闇〟を生み出している大きな原因は、インムによるものよ。1ヶ月でそれを消ことができたら、今までの非礼を許しちゃう。特別に貴方専用魔法も授けちゃおうかしら」
「なんだと?!」
「代わりに時間内でインムの〝闇〟を消せなければ、貴方には私のお願いを一つ聞いてもらいましょうか」
「……わかった」
「カナタ君!」
スクルドが止めに入るが、俺はその条件をのむことにする。どっちにしろ、〝闇〟を消さなきゃフィフスガルドは救えないのなら、同じ事だ。
「スクルドちゃん、あなたはルールの神も兼ねているのよね?私と共存の勇者の契約の保証人になるようにね」
そう言い残すと、ベルダンティ神は姿を消した。
その場には俺とスクルドだけが残される。
「……グズ……このアタシが泣いちゃうなんて……神の権威も何もあったもんじゃないね」
「気にするな。ニーアはおまえが泣いている姿を見ていないし、仮に見たとしても嫌いになったりはしないさ」
あと、俺にはこいつに対する権威なんて最初から無い。無い権威は減りようがない。
「……なんだい、ニートの癖に、偉そうに……グズ……神が泣く事なんて、滅多に無いんだからね」
「泣いてもいいさ、まだ12歳だからな」
「……そうだよ、12歳だから、あたしが泣いちゃうのは仕方ないんだよ」
そうだな。俺の世界の感覚だとスクルドは12000歳だけどな。俺はスクルドにハンカチを手渡す。
スクルドは受け取って、チーンしてる。ニーアが常備させてくれたハンカチなんだが……洗えば良いさ。
それよりこのスクルド神が、こんなに大きなものを背負っているとは、考えもしなかった。たとえどんなに泣き虫で頼りなくても、種族を簡単に切り捨てる事を考える神より、必死で泣いて抵抗してくれるスクルドの方が良い。
「あんたさ、1ヶ月でインムの闇を消すって、どうするつもりなのさ?」
「正直、なにも考えてない」
スクルドは「はー」とため息をつく。だが今度は泣いていない。
「はは……あんたらしいね。あたしもどうしたら良いか考えておくよ……」
俺の事らしい『共存の勇者』や『取り決め』についても聞きたかったが、後にしよう。
正直、スクルドがこんな重責に一人で耐えていたなんて、初めて知った。
見た目は12歳の少女のくせに、孤独と戦っていたんだな。
「……なあ、スクルド。もうニーアと直接顔を会わせたわけだし、今度俺んちに遊びに来ないか?ニーアも歓迎すると思うよ」
俺たちが神界に来ることが、さっきベルダンティ神に言われた様に問題なら、スクルドの方が来れば良いだけだ。
スクルドは無言でこちらをじっと見上げ
「……いいの?遊びに行っても??」
「ああいいぞ。ニーアもきっと喜ぶ」
「やったー!フィフスガルドのお家に招待されるのは、初めてだよ。楽しみにしてるね!」
スクルドは少女らしく喜んでいる。
もう涙は流していない。そうそう、こいつはこうでないとダメだ。それに、同性の友人も必要だ。ニーアと友達にさせたい。
「……ねえねえ、泣いてる少女に優しくするって、ゲームだったらフラグ立たないかな?これはスクルドちゃんルート突入でしょ?このロリコン!」
スクルドは元気を取り戻したらしい、いつも通り茶々を入れてくる。
「お前のルートなんて、最初からないよ」
「えー、クソゲーじゃん。それ!」(ガーン)
「ガーン……じゃねー、リアルなんて所詮はクソゲーなんだよ」
「はは……なんだよそれ。ニーアちゃんがいるくせにさ。とにかく今は、ニーアちゃんのところにお帰り。どうするかは、後で協議しよう」
スクルドがそう言うと同時に、俺の意識が薄くなる。……フィフスガルドに戻るみたいだ……
読んでいただき、ありがとうございます。
次回も明日21時更新予定です。




